『忘れ物』二

 書いてもらった地図を片手にスラムの路地を奥へ奥へと進むことしばらく。

 薄暗い路地の突き当りに出ました。

 その行き止まりにあったのは一枚の扉。

 杖と魔法瓶の絵が彫り込まれている看板が取り付けられています。


「失礼します」


 扉を開け中に入ってみると、左右に並んでいる幾つもの棚が出迎えてくれました。

 棚に並んでいる見た事もないような様々な小瓶。

 見慣れたものだと、治癒のポーションでしょうか。

 店内の右奥にはカウンターがあり、店主らしき人物が座っていました。

 目深にフードを被った――正に魔術師です、と言わんばかりの店主さん。

 他には人が見当たらないので恐らくは店主さんで合っているでしょう。

 店内を見回してみると……カウンターの左隣にもありました。

 幾つもの見慣れた感じのフード付きローブ。

 探していたローブが、木製ハンガーに何着も掛けられています。


「いらっしゃいませ! 何をお探しで?」

「えっ!?」


 唐突に背後から声を掛けられました。

 振り返るとそこに居たのは――黒い鳥、と表現するには丸っこくて大きな何か。

 翼は存在しているのですが、その翼? はかなり小さなもの。

 果たして、その翼で空を飛ぶことは出来るのでしょうか。

 更にはペンギンに似ている、その小さくて短い足。

 水生生物であれば辛うじて理解できる見た目をしています。

 が、地上に生息している生物には見えません。

 しかし、この丸くて大きなボディーには水をよく吸いそうな羽毛が生えています。

 海に入ったら水を吸った翼の重さで沈んでしまう事でしょう。

 空を飛ぶには翼が小さすぎて、陸を歩くのには足が短すぎる。

 なのに、水中を泳ぐにしても体が丸い上に、水を吸いそうな羽毛が生えている。

 ――どんな生体をしているのでしょうか?

 と思いながらも、フード付きローブについて聞いてみる事にしました。


「このローブと同じものを探しているのですが、このお店にないですか?」

「んー、少し見せて頂いても?」

「はい」


 私はフード付きローブを脱ぎ、鳥のような生物の頭の上へと置きました。


「…………」

「…………」


 ――沈黙。

 その沈黙を破るかのように、妖精さんがクスクスと笑い声を上げました。

 妖精さんの笑い声だけが響いた店内。

 座っている店主さんと目の前にいる謎鳥が、ビクリと震えたのが解りました。


「えっと……見えません!」


 ――でしょうね。

 と口に出かけたところで、謎鳥の名前を呼んだカウンターの店主さん。


「ほらヌーア、早く持っといで」


 ヌーアと呼ばれた謎鳥は「はい、ご主人様!」と元気よく声を上げ、浮かび上がりました。

 そのまま店主さんの元へと飛んで行きます。

 ええ、確かに翼はパタパタとさせていたのですが……。

 翼で飛んでいるというより、何か別の――魔法的な力で浮いているといった印象です。


「へぇ……相当使い込んだみたいだね。防御術式もグチャグチャだし、修繕痕が残ってる。自動修復も機能してないのかな? ……辛うじて生きてる付与効果は、気候適応だけかー」


 フード付きローブを弄くり回しながらブツブツと呟いている店主さん。

 そのまま真剣な表情で細かなチェックを始めました。

 普段薄着でも温かかったのは、異世界ならではの特別な付与効果だったのでしょう。


「うん、替え時だね。これと同じ付与効果のローブだと金貨十枚! ……って言いたいところなんだけど、最近はお客さんが少なくてね。特別大特価の――金貨五枚でどうだっ!」


 ――金貨五枚。

 思っていたよりも、かなり高いです。


「なんと……」


金額の高さに驚いていると、店主さんは明るい雰囲気で口を開きました。


「安過ぎて驚かせちゃったかな? うんうん、いいよいいよ。キミ……お客さんは有名人だからさ、周りの冒険者にすこーし宣伝してくれると嬉しいんだ。まぁ、この店を愛用してくれるだけでも嬉しいんだけどね!」


 カウンターから身を乗り出すようにこちらを見てくる店主さん。

 その拍子に店主さんのフードが落ち、素顔が露わになりました。

 ――少女です。

 茶髪の混じった一本一本が細い黒髪が、ふわりと揺れました。

 紅というよりはピンクの瞳が爛々と輝いています。

 印象的なのが瞳の下から頬にかけて伸びている逆三角形の赤いペイント。

 それが黒魔術師っぽさを前面に押し出していました。

 右頬にある泣きホクロが実に良いアクセントになっています。

 衝動買いしたいところなのですが、今はそれが出来ない理由が一つ。

 私が口を閉ざしてしまう、ヤークトホルンよりも高く、クレバスよりも深い理由。

 それは……――お金が足りない。


「あ、あれっ? もしかして安過ぎたせいで疑ってる? 大丈夫だって! 防具屋かどこかで効果を確認してもらえば一発だから! 効果を実感できなければ返品も受け付けてあげる! ほらほら、こんな機会は滅多に無いよー」


 いけません、少女の胡散臭いお顔が可愛らし過ぎます。

 タイミングを逃し、手持ちが無いと言い出せなくなってしまいました。


「マスター、お客さんは手持ちが無いのかもしれません」


 ――ナイスです謎鳥!

 と思いながらも、それに便乗して告白する事に――。


「ええ、実は――」

「そんな訳無いって! 情報屋が香草を買いに来た時に言ってたでしょ!」

「言ってましたか?」

「〝肉塊〟がメビウスの新芽を持ち帰って依頼を達成した、ってね」

「そうでした!」

「まったく、このモフモフめ! 適当な事ばっかり言ってぇぇぇええええええ!!」


 店主さんが謎鳥を抱きしめてモフり始めてしまいました。

 これはもう、素直に手持ちがありませんとは言えない空気です。

 かなり追い詰められてきてしまいました。

 が、それでも、どうにかして言わねばなりません。


「……っと、ごめんごめん、お客さんの前だった」

「えーと、ですね……もっと高いと思っていたので今日は下見だけの予定でして……」


 その言葉に、露骨に顔を曇らせた少女。

 ――いけません。

 私は反射的に、余計な事を口走ってしまいました。


「明日お金を持ってきて購入しようと思っていたのですが、取り置きってできますか?」


 持ってくるお金なんて――どこにもありません。


「あ、ああ、そっか。魔法繊維に付与効果まであると普通金貨三十枚はするもんね」

「は、はい」

「拠点のある冒険者が普段から持ち歩いてるワケ無いかー」

「マスター! お客さん、やっぱり手持ちが無かったじゃないですか!」

「ううっ、ごめんってば。後でアップルパイ焼いたげるから」

「おー! おー!」


 小躍りを踊り始めた謎鳥。

 ――もう、後には引けません。

 何が何でも明日までに、金貨五枚を揃えなくてはならなくなってしまいました。


「ええ、この場所を見つけるまでに結構な時間探し歩きましたからね」

「ん、明日もお店開けて待ってるね。私はダヌア、高額商品も多いけど贔屓にしてね」

「はい、では私の事はオッサンとお呼びください」

「おーけーオッサン、それじゃあまた明日ね」


 こうして私は、大きな墓穴を掘りながらダヌアさんの魔道具店を後にしました。

 薄暗い路地裏を歩きながら、頭を抱えて考えます。

 ――明日までに金貨五枚を用意する、その方法を。

 私の愛大売出しでも、流石に金貨五枚は流石に稼げないでしょう。


「こうなったらもう、なり振り構ってはいられませんね……」


 借金しましょう。

 リュリュさんとポロロッカさんに。


 ◆


 廃教会に戻ってみると、リュリュさんは子供達と遊んでいました。

 ポロロッカさんは廃教会の入り口で門番のように立っています。

 子供達にこんな話を聞かせる訳にはいけません。

 リュリュさんとポロロッカさんを適当な場所に呼び出し、教会から距離を取りました。


「オッサン、話ってなぁにぃ?」

「……また厄介ごとか?」

「非常に申し上げにくいのですが……」

「もっっっの凄く、嫌な前振りねぇ~」

「……俺は山には登らんぞ。絶対にだ!」


 二人とも不安気な顔をしています。

 ヤークトホルンの影響のせいか一歩下がったポロロッカさん。

 様子を見るに、山を登る事に対するトラウマができているのかもしれません。


「いえ、少々お金を貸して頂きたいのです」

「「…………」」


 二人とも黙ってしまいました。

 が、黙って懐から金貨袋を取り出したリュリュさん。

 その中から金貨五枚を取り出し、手渡してくれました。

 私はそれを両手で受け止め、感謝の気持ちでいっぱいです。

 おぉリュリュさん、なんと女神様のようなお方なのでしょうか!!


「有難うございます!!」

「いいのよぉ~。金利はトットでぇ、三週間は返済させないけど、誤差よねぇ?」

「えっ……」


 リュリュさんの言葉で反射的に固まってしまった体

 やはりリュリュさんは悪魔のようなお方です。


「トットというのは? トイチなら知っているのですが……」

「勉強不足ねぇ、十日で十割よぉ~」


 ……ざわっ、ざわっ……。

 十日で十割、それを三週間は返済を認めない……。

 こんなにも恐ろしい闇金が他に存在しているでしょうか?

 ――否、私は知りません。


「……オッサン、メビウスの新芽を回収した報酬はどうした」

「そうよねぇ、一体何処に捨ててきたのかしらぁ~?」

「え、えっとですね。……よ、妖精さんの装備品に消えました」

「……そういえば屋敷で見た時、ブーツを履いてた……か?」


 何かを思い出すよう、首を傾げたポロロッカさん。


「ニーソも穿いてたわねぇ~」

「……まて、あの二点だけであの報酬が消し飛んだのか?」

「はい」

「装備品に何か特別な効果があったのぉ?」

「妖精さんのお姿と、褐色幼女形体のお姿。その両方に適応している特別な装備です」

「……それだけか?」

「それだけぇ? 〝妖精さん〟対応のブーツとニーソが売られていたのよぉ~??」

「……確かに、その店は早く潰した方が良いな」


 さっそく、と言わんばかりに冗談っぽく数歩歩いたポロロッカさん。

 それを呼び止め、店が既に潰れている事を告げます。


「待ってください、そのお店はもう潰れてます」

「……なに?」

「出た直後に店内に戻ったら、もう潰れてました」

「……は?」

「瞬間的にボロボロになった天幕の中央には、何故か頭蓋骨が置かれていましたね」

「ぃやぁぁぁ……」

「……聞かなければ良かった」


 リュリュさんはか細い悲鳴を上げ、ポロロッカさんはがっくりと崩れ落ちました。

 私は少しだけ精神ダメージを負った様子のお二人が立ち直るのを待つことに。

 ……ちなみに私は、リュリュさんに金貨を返しました。


「……そういえばオッサン、屋敷でのごたごたのあと領主の屋敷には行ったのか?」

「私兵達が探してたわねぇ。お金と勲章の準備ができたのかもしれないわよぉ~」

「リュリュにはそう見えたのか? 俺には別の、切羽詰まった様子に見えていたが……」

「少し気にはなりますが、今はお金に困っているので今から行ってみます」

「……それが良い」

「わたしは廃教会を見てるわねぇ~。付いていくのは嫌な予感もするしぃ」

「……俺もそうしよう」


 お二人の言葉からは断固たる意志を感じられました。

 ここで渋ったとしても二人に付添人をして頂くのは無理でしょう。

 響く、楽しげな妖精さんの笑い声。


「では、妖精さんと二人で向かってみることにします」



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