第四章 『忘れなくちゃいけない、ボーケンも、ある』

『忘れ物』一

 葬儀を行ってから早数日。

 孤児院の空気は完全に戻っていて、平穏な日常が戻ってきました。

 私はというと……。


「今着てるのと同じローブが欲しいのですが」

「んー、ちょっと見せてみな」


 愛用しているローブと同じ物を探し、市場をぶらぶらと歩いている最中です。

 予想外にも長い付き合いとなり、着心地も良いこのフード付きローブ。

 可能であれば少し高くとも予備で一着くらいは確保しておきたいところ。

 なのですが――。


「あっちゃー、こりゃ家じゃ扱ってないタイプの特殊繊維だ」

「特殊繊維?」

「そっ、ベースが魔法繊維のローブ」

「この近くで入手できないのですか?」

「魔術師が経営する魔道具店にでも行かないと手に入らないと思うよ」

「魔術師経営の魔道具店ですか……」

「まぁ当然、それ相応な値段にはなるけどね」


 幾つかのお店を周ってようやく入手した愛用ローブへの手掛かり。

 どこの店でも『うちには置いてないが、これは安価で丈夫だよ』という流ればかり。

 結果……このお店で情報を入手するまでの情報賃で、かなりの私服を買わされました。

 これだけ買い込めば廃教会の子供達も全員が平均的な服で過ごせるでしょう。

 この店でも情報珍として幾つかの適当な服を購入します。

 すると、気を良くした店主さんは色々と教えてくれました。


「これは迷宮産や遺跡産とも違う、最近作られた新しい生地だよ」

「最新型というやつですか」

「冒険者用の防具を売っている店なら作った魔導師が卸していて売ってるかもね」


 元々は古着屋で購入したこのフード付きローブ。

 このローブは本当に、かなりお得な買い物だったのかもしれません。


「同じものが無かったとしても金属繊維、魔法繊維、魔物の素材で作られたローブを買えば、防御面でならそれより良い物はいくらでもあるよ。まぁ、すごく高いけどね」


 そこまで聞き出して店を出たところで、荷物の総量に限界を感じ始めました。

 このままでは目的のローブを見つけても持ち運べずに足踏みをしてしまうのは必至。

 一度教会にまで戻る事にします。

 が、その帰宅途中。

 体力にも限界がきてしまい、路地の隅で座って休憩を取る事になりました。


「おいアンタ、まさか〝肉塊〟か?」


 座り込んでいた私に声を掛けてきたのはスラムの住民という感じの男性。

 男性の腕は太く、屈強な体躯をしている上に腰からは剣を下げています。

 首に冒険者証であるドックタグを下げているので、どこかの冒険者でしょう。


「帰る途中で疲れちまったってとこか、銀貨一枚で荷物持ちをしてやってもいいぜ」

「少し高いですが……お願いしてもいいですか?」

「おう」


 助かりました。

 腕が疲れてしまい、丁度どうしようかと途方に暮れていたところです。

 銀貨一枚を手渡して杖を地面に突いて立ち上がると――。

 男性は私の荷物を軽々と持ち上げました。


「俺はヴェストロ。アンタは怖いが子供は好きだ。……その服、子供用のだろ?」

「はい」

「大人の女用の服はボランティアシスターの分か?」


 情報通なのか、これが普通なのか。

 このスラムの男性は廃教会と私の情報を持っているようです。


「まぁ流石に下着の類は買えませんでしたが、これから更に冷え込むと思いましたので」

「そうか。……アンタ、意外と普通そうに見えるな」

「えっ?」

「いや、それが逆に怖いのか?」


 よくわからないこと言っているヴェストロさん。

 その言葉に反応し、クスクスと笑い声を上げた妖精さん。

 ヴェストロさんは妖精さんの笑い声を聞いた途端に驚いたような顔してきました。


「オーケーオーケー、俺が悪かったから変なことはしないでくれよ?」


 手を上げて降参だ、というような態度を示してきたヴェストロさん。

 突然どうしたのでしょうか?


「……?」

「家には俺を待ってるガキ共が居るからな」


 ヴェストロさんが何故降参の態度を取っているのかはわかりません。

 もしかして、愛らしい妖精さんの御声にまいってしまったのでしょうか。


「たまに可愛い妖精さんの笑い声がすると思いますが、あまり気にしないでください」

「あ、あぁ。……か、可愛いね、ああ。俺はもう何も突っ込まないぞ」


 ヴェストロさんの視線が危険人物を見るような目に変化しました。

 が、それはきっと気のせいでしょう。

 なんにせよ、荷物を持ってもらった御蔭で移動速度は格段に上がります。

 御かげで短い時間で教会の傍にまで帰ってこられました。


「んじゃ、俺は此処までだな。お土産ってのは自分で渡した方が効果があるもんだぜ」

「わかりました。何から何まで有難うございます」

「良いって事よ。まぁ俺はこの酒場で活動してるからな、何かあればここに来てくれ」


 そう言って酒場の位置が書かれている薄汚れた紙を手渡してきたヴェストロさん。

 心がイケメンなヴェストロさんは小さく手を振りながら去って行きます。

 そんなヴェストロさんが立ち去った後に紙を確認してみて、驚きました。


「ここは……」


 紙に書かれていた場所は、丁度スラムと普通の街との間に位置する酒場。

 まぁ、それだけであれば驚きはしません。

 私が驚いたのは、その酒場がミリィさんの活動している酒場と同じだったということ。

 これはもはや運命だと言っても過言ではありません。

 更に今は丁度、買い物によって懐が寂しくなってきたところ。

 冒険者として仕事を受ける酒場は、紙に書いてあるこの場所でいいでしょう。


「わぁ! ありがと、おじさん!!」

「ありがとーございます!」

「まぁ、こんなに沢山! オッサン、本当に助かります」


 プレゼントの衣類を大いに喜んでくれた廃教会のメンバー達。

 皆さんのファッションショーを楽しんだのち、私は廃教会を出ました。

 ――嬉しいみ。

 適当に買ってきた服でしたが、廃教会のみんなは完璧に着こなしてくれました。

 が、トゥルー君がスカートとズボンに悩んでいたのはかなり気になるところです。

 トゥルー君は元から人懐っこい男の子。

 しかし最近は尚更にベッタリとくっ付いてくるトゥルー君。

 コレットちゃんのソフトタッチなんかとは違い、ガンガン距離を詰めてきます。

 手入れされた髪は普通の男の子に比べれば長く、今は肩口近くまで伸びていました。

 あの愛らしさは――もはや男の娘。


 ◆


 私はスラム町を歩き、冒険者用店で解体用ナイフを一振り購入。


「こんなもんでどうだ?」

「助かります」


 魔道具店の場所の情報を聞き出し、地図を書いもらうことに成功しました。

 教えて頂いた場所はスラムの路地奥にあたる場所。

 黒魔術師が経営しているという魔道具店を紹介されました。

 普段から生活しているスラムですが、まだまだ行ったことのない場所は多いようです。





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