『地下闘技場』二
「さぁ、始めましょうか」
「……………………はぁ?」
「ユリおねぇちゃん。たぶんこの人、さっきの女の子と同じ人」
「…………嘘だろ?」
「真実ですよ。そうですよね、リア」
「勇者様は、どんな格好をしていても勇者様だわっ!」
「狂信者こわ」
満面の笑みを浮かべて私の手を取ってきたナターリア。
眼前で茫然としているユリさんとは違って逆に嬉しそうです。
「さ…………詐欺だぁあああああああああああああああああああああ――――ッッ!!」
「いいえ違いますよ? これが私の本来の姿なのですから」
「ぐぅぅぅぅぅ……あっ! じゃあせめて、さっきの姿でさっ!」
「無理です。嘘とかではなく、本当にもう少女の姿にはなれません」
「そんなバカなッ!」
「なんせ、TSポーションは使い切ってしまいましたからね」
「TSポーション……? さ…………詐欺だぁあああああああああああああ――――ッッ!!」
「ユリおねぇちゃん、それはさっきも聞いたよ……」
「ユリさんは美人ですからね。私のマイサンも準備万端です。さぁ、始めましょう!!」
私はルパンダイブ――。
しようとしたところを、ナターリアに引っ張られて停止しました。
「勇者様。今の跳びついていたら、そっちのその子に殺されていたわ」
見れば、平静そうな顔をしているシズハさんが背後に手を回していました。
パッと放したその手には、短剣が握られていたようです。
「はぁ、仕方ない。今回はアタイの負けだ。ただし最低、二泊はさせてもらうからね」
「むさいおっさんの私が居るのですが、大丈夫ですか?」
「比率で言えば女の子の方が上でしょ」
「まぁそうですね」
「しかも、あのニコラちゃんと同室なんだ。それくらい我慢するさ」
「もっとごねるか攻撃されるのでは、と思っていたのですが、意外と普通ですね」
「話がうますぎるとは思ったんだ。まぁいい勉強にはなったよ!」
「それは良かった」
「それにしても、あんたは幸せ者だねぇ。なんせ同室に居るのが美女だけなんだから!」
「まぁそうですね。別嬪さん、別嬪さん、ユリさん飛ばして別嬪さん」
「オイっ!! ほんとにオッサンはおっさんだな!」
険悪なムードになりかけていましたが、何とか平常を取り戻す事に成功です。
入り口に立っていたシズハさんとユリさんが室内へと入ってきました。
入り口の扉を閉めたて、その扉に閂を掛けます。
「あっ、まだ人探しをするので、私は出ますよ」
「んあ? 夜の町は冗談じゃなく危ないぞ?」
「どのみち、エルティーナさんが酷い暴行を受けていると思ったら一睡もできません」
「一応、厚意で言ってるんだけどなぁ……」
「それに――夜は私たちの時間でもありますから」
――響く、妖精さんの笑い声。
最近は妖精さんのノリが良くて、かなり雰囲気が出ます。
そのタイミングで【念話】を終えたのか、ニコラさんが駆け寄ってきました。
「オッサン! ヨウ君は無事だって!! それと、オッサンの探し人ってエルティーナさん?」
「はい」
「エルティーナって人と子供達、今はヨウ君が保護してるって!」
「――本当ですか!!?」
「うん。危ない場面だったらしいけど、悪い人を数人切り捨てて助け出せたらしいよ」
「そうですか……本当によかった……」
途端に肩の力が抜けてしまい、地面にへたり込んでしまいました。
ニコラさんの主人であるヨウさんなら、かなりの実力を持っているはずです。
実際ライゼリック組に馬車を襲撃された際の立ち回りは見事なものでした。
エルティーナさんと子供達。
その全員が無事であるというのは、奇跡であると言えるでしょう。
「それで、その場所は?」
「んー、今のボク達の位置も判らなければ、ヨウ君自身の居る位置も判らないって」
「ああ、それは確かに……」
「エルティーナが疲れ切ってるらしくて安全を考えたら、しばらく動けないみたい」
「そうですか。闘技場を目印にして明日合流、とはいかない訳ですね」
「うん」
「まぁ、無事であるのなら何でもいいです」
「えーと、それでお願いがあるんだけど……」
「何でも言って下さい」
「本当に?」
「エルティーナ達の恩人からの頼みであれば、この体だって差し出しても構いません」
「ほんとぉぉぉに?」
ニコラさんの、前かがみ上目遣い攻撃。
――ッ!
現在の私が座っているという事も相まって、服と胸にできた隙間がッ!!
隙間がぁぁぁぁああああ!!?
「何でもです!!」
――キリッ!
「それじゃあ明日から闘技場に出て欲しいんだけど、いいかな?」
「……確かに今いるメンバーの中で出られそうなのは、私だけですからね」
私は部屋に居るメンバーを見渡してから、言葉を続けます。
「そもそも男性が私だけです。勿論やりますよ」
「やった!」
「ちなみに、ササナキさんという人はここからの脱出方法を知っているのですよね?」
「タブン?」
そう言葉を返しながら、ユリさんの方を見たニコラさん。
視線を受けたユリさんは力強く頷きました。
「では、私の目的の第二目的にもなります。参加しない手はありません」
◆
その日の夜はベッドが四つしか無かったという事も相まって……。
私は出入り口の扉付近で寝る事になりました。
毛布は二枚頂いていて、地下があまり寒くないと言うのもあって十分に温かいです。
「ゆうしゃさま、寒くなぁい?」
「リア、まだ起きていたのですね」
「……わたし以外にも、ニコラって子と、シズハって子は起きているとおもうわ」
耳元でボソボソとそう言ってきたナターリア。
私はナターリアの囁き声に全身がゾクゾクしてしまい、眼が冴えてしまいました。
起きていると言っても寝ようと努力しているところかもしれません。
煩くはせずに小声で会話をするとしましょう。
「リアは寒くないのですか?」
「うふふ。そういう時はまず、『毛布の中においで』って言うものなのよ?」
「……リア、おいで」
スッと毛布の中へと体を滑り込ませてきたナターリア。
元から寒くはなかったのですが、二人であればポッカポカです。
「まさか、こんな場所に来る事になるとは思いもしませんでした」
「勇者様……」
「なんですか?」
「わたしね。勇者様に助けられるまでは、これに近い環境にいたの」
……ナターリアの過去。
「通りにはね、いつも誰かの死体が転がっていて、次は自分がああなるんだ……って思いながら日々を生きてきたわ。それも……最底辺の汚い売女として……」
他人からはよく聞いていましたが、本人からその話を聞くのは初めてです。
なんせそれは、ナターリアにとっての、トラウマになっている筈の話だから。
「……無理して話す必要はないですよ」
「ううん、勇者様には聞いてほしいの」
「…………」
「聞きたくないって言われたら何も言わないけれど……」
「聞きましょう。ほんの少しでもリアが楽になるのなら、私は全てを受け入れます」
「うふふ。大好きよ、勇者様」
「私もですよ、リア」
私はナターリアの髪を、優しく撫でてあげました。
「むぅ……子ども扱いして。まぁ、それも嫌いじゃないからいいのだけれどっ」
わざとらしく頬を膨らませるナターリア。
この愛らしい顔の下にある影は、一体どれほどのものなのでしょうか。
「……わたしね。もうこんな風にお話する事なんてできないって、本気でそう思っていたの。ボロボロの体になって、あとはゴミみたいに捨てられるだけ。それがわたしの運命だって、そう確信していたわ」
彼女のこれまでの人生は、常に先の無い袋小路だったのでしょう。
明日に希望を見いだせない日々。
明日がやってこないのではありません。
辛く、暗く、苦しくても、必ず明日はやってきます。
それを経験したワケでもない私では、慰めの言葉すら思い浮かびません。
「あの日だって、ずっと死ぬ事を望んでいたはずなの。なのに……いざ自分が死ぬって時になったら怖くなっちゃった。……いいのかしら、こんな血に濡れた手の、わたしが生きていても……」
私は黙ってリアを抱きしめます。
大丈夫、リアは大丈夫ですよ。という気持ちを込めながら、優しく……。
「……わたし本当はね……勇者様に救われる資格なんて無かったんだわ。マキロンって人が言っていた兵器のお話でしょ。それを聞いて納得しちゃった。で、それで安心もしちゃった。……あぁ、わたしみたいな汚い女が、勇者様と別の生き物で良かった……って」
それは――鳥肌が立つ程の自己嫌悪。
一体誰が……一体どこの誰が……この少女を、ここまで追い詰めたのでしょうか。
「リアは綺麗ですよ」
「勇者様……」
言葉が欲しいのではないと、理解してはいるのです。
ですが、それでも――言わずにはいられませんでした。
口からこぼれ出てしまった言葉は……。
ナターリアよりも、自身の心に安定を与える為なのかもしれません。
「すいません。月並みな言葉しか出てこなくて」
「うふふ、そんな勇者様も大好きだわ」
ですが、それでも――自己満足な言葉が止められません。
「私だって汚い生物ですよ。いつだってリアや他の女性に興奮していますし、今だって心の中では、リアにエッチな事をしたいと思っています」
一体私は――何を口走ってしまったのでしょうか。
我ながら理解に苦しむ言葉です。
「……してもいいよ……」
「…………」
「わたし、本当の愛を知らないの。だから……勇者様に教えて欲しいの……」
「私は……ッ」
「こんなわたしでも良かったら……勇者様、勇者様、勇者様ぁ……!」
切なげな瞳で見つめてくるナターリア。
この純粋で美しい瞳を見ていると、自身の矮小さを思い知らされます。
「私は卑怯で本当に汚い人間です。この状況であんな事を言ってしまえば、リアは絶対に断れないと解っていて言ったのかもしれません。偽善と独善、そして最低な下心で塗り固められているのが、私という人間です!」
私には、この綺麗な少女を抱く資格なんて、ありません。
「勇者様ぁ……」
潤んだ瞳で見つめてくるナターリア。
「この世界の旧人類は私のような人物で溢れかえっていたのだと思います。だから滅びた。滅びて当然の人類だったから滅びた。それはあの地下シェルター、ノアで見知った事だけでも一目瞭然です。……私はですね。大切な人の為になら百万人だって他人を切り捨てられる、そんな最低最悪な人間なんですよ」
――それでも何故だか……今は、この少女を放してはいけないような気がしました。
「わたしはっ……わたしはっ……! …………勇者様の何番目……?」
「……判りません」
「…………」
「……これは最低の回答になるかもしれませんが、片手の指には入っています」
「ううん、すっっっごくっ、うれしいわっ」
そう言ったナターリアの方を見てみると……。
眼帯に覆われていない右目は、潤んだ切なげな瞳になっていました。
ジッと私のことをを見つめてくるナターリアの瞳。
――ッ!
この少女を、めちゃくちゃに愛したい。
そんなドロドロと感情が際限なく湧きだしてきました。
ですが私は、そり感情を抑えなくてはなりません。
――きっと私は、この世界で一番の悪人です。
だから偽善者の仮面を被っているだけで、本当の善人ではありません。
助けた少女に対して情欲しているのが、何よりの証拠なのではないでしょうか?
――傷つけたくない、傷だらけにしたい。
この澄み切った瞳に、常に自分だけを映していてもらいたい。
そんな感情が湧いて出ては、偽善という仮面で蓋をされています。
「き、キスだけっ! キスだけでいいからっ……! 勇者様ぁ! わたし、わたし欲しいわっ……! お願い……! それ以上は望まないからっ……!!」
私は……汚い人間です。
その背中には何時だって、見えない悪魔の羽が存在していました。
だから今もこうして――リアの唇を奪ってしまうのです。
優しく、我慢できる限界まで優しく……触れるだけのキスを……。
最低な男の、精一杯の我慢。
異世界でのファーストキスは……甘い甘い、罪悪感の味でした。
「えへへっ、勇者様にキスしてもらっちゃったわ!」
そう言ったナターリアをもっと強く抱きしめたくなる衝動を抑えて……。
私は、彼女の頭を優しく撫でてあげました。
ナターリアが夢の世界に旅立つ、その時まで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます