『救援』三

 敵を見て、作戦を立てて。

 こちらの準備は万全です。


「では――行きますよ!」

「ふんっ」

「うふふっ。【ハイドシャドウ】」


 高度を下げて、地面スレスレに陣取ったシルヴィアさん。

 影の中に溶けて、何時の間にか見えなくなったナターリア。


『ココマデ、来タノダ……』

「……? どういう意味ですか?」

『…………』


 同じ言語で何事かを呟いている黒騎士ですが、言葉が通じているワケではなさそうです。

 黒騎士は剣を構え、突進してきました。

 チラリとシルヴィアさんに目配せをした後、おっさん花を突進させます。

 おっさん花に合わせて黒騎士に切り掛かるシルヴィアさん。

 ――ガギィッッ!!


「む、意外と力があるな」

『…………』


 一度強く打ち合った後に繰り広げられる、剣戟の応酬。

 ……剣先が見えません。

 おっさん花を操って触手を伸ばし、足首に絡みつかせました。

 バランスを崩した黒騎士に――大きく後ろに跳んだシルヴィアさん。


「【氷結晶槍ダイアモンドランス!】」


 空中に生成された四の氷の槍が黒騎士に殺到しました。

 ズドンッ! という音と共に、土くれが舞い上がります。


「命中はしたが……むぅ」

『此ノ身ハ、不滅ナリ……』


 そんな事を言いながら前に進んできた黒騎士。

 しかし黒騎士が着ている鎧は、かなりボコボコです。


「【バックスタブ!!】」


 ギャリィッ、と鎧を引っ掻くような音が聞こえてきました。

 黒騎士に背後から攻撃を加えたのは――ナターリア。


「うふふふっ!」


 そんな笑い声と共に大きく後ろに跳んだかと思えば、闇の中に溶けて消えました。


『此ノ身ハ、不滅ナリ……』


 ガシャガシャと鎧を鳴り響かせながら、シルヴィアさんに向かって駆け出す黒騎士。

 シルヴィアさんとナターリアの攻撃によってボロボロになっていた、黒騎士の鎧。

 それが、少しずつ回復していっています。


『【短駆け】』

「――っ」


 一瞬でシルヴィアさんとの距離を詰めた黒騎士。

 シルヴィアさんは咄嗟に氷剣を盾にしようと構え――。


『【魔人狩り】』


 白い光を纏った黒騎士の剣が、脇腹から胸にかけて侵入。

 シルヴィアさんは大きく肉を抉り取られながら近くの建物に叩きつけられました。

 崩れ落ちる建物に、それに埋まったシルヴィアさん。

 今の刃は確実に心臓まで到達していました。

 ですがシルヴィアさんの急所は、恐らく別の位置……だと思いたいですが。


「まぁ、許容できるモノではありませんね……!」


 地中を進ませていたおっさん花の触手。

 それが黒騎士の足元から地上に出て、黒騎士に襲い掛かりました。

 狙いは――胴鎧の隙間。

 ゴズリッ、という音と共に黒騎士の鎧の中への侵入を果たした触手群。

 私はその触手を黒騎士の鎧内で――暴れさせました。

 寄生種も使いましたが、発芽しません。

 ……妙な感覚です。

 少なくとも肉の感触ではありません。

 まるでゼリーでもかき回しているような、そんな感覚。


『【アクセル】』


 地中から侵攻した触手を切り裂き、おっさん花本体を目指す黒騎士。

 鎧内部をグチャグチャにかき回したハズなのに――どうして?


「チィ! 偽物のクセに、しぶといヤツだ……!【氷結棘アイススパイク!】」


 自身に特大のブーメランを放ちながらそんな事を言ったのは、シルヴィアさん。

 瓦礫の隙間から立ち上がり、腕を突き出しています。

 シルヴィアさんの脇腹から胸部にかけては……まだ大きく抉れていました。

 黒騎士は地面から突き出した氷の棘をジャンプで回避し、棘の上を走り出します。

 黒騎士の重量がどのくらいなのかは判りませんが、氷の棘はビクともしていません。


「ふんっ、【氷結槌アイスハンマー!】」


 棘の上を走っていた黒騎士の上から、巨大な氷面が落ちてきます。

 黒騎士は剣を構えながら――潰されました。

 が――。


「だめだな、効いてる気配が無い」


 地面に衝突した氷塊は二つに割れ、剣を振り抜いた態勢で立っている黒騎士。

 シルヴィアさんの、あの氷を、あんなにも容易く……?

 ナターリアは追撃に出てきません。

 危険だと判断しているのでしょう。


「シルヴィアさん! 破砕は使わないのですか!?」

「バカめ、お前はナターリアを殺したいのか! 見えにくいだけで普通に居るんだぞ!」

「な、なるほど」

「ふんっ。それにヤツに対しては、効果が薄い」


 つまり〝破砕〟を使わなかったのは、ナターリアを気にしていたから。

 私単体であれば、まず間違いなく巻き込まれていたでしょう。

 シルヴィアさんの傍にまで移動し、口を開きます。


「では偽物とは?」

「アレは恐らく本体じゃない」

「ッ!!?」


 あれだけの強さを持っていて、本体ではない?

 では本体は何処に?

 この場所に居るのか、それともどこか安全な場所に居るのか……。


「おいっ、避けろ!!」

「えっ?」


 ――死の感覚。

 そして訪れる、腹部を刺し貫かれた感触。

 高速移動してきていた黒騎士の剣が、私の胸を刺し貫いていたのです。

 考え事をしていたせいで、反応できませんでした。

 そもそも十全に知覚していたとしても、避けられるタイプの攻撃ではありません。


『死にましたー』


 ……。

 …………。


 気が付くとそこは、見覚えのある天幕の中。

 ここはサタンちゃんの天幕の中です。

 地下奴隷都市で悪夢を見せられて以降、お金を持っていても姿を現していませんでした。

 御かげで今は、お金だけはかなり持っています。

 しかし、それが何故このタイミングで?


「ヒヒッ。そろそろ覚悟だけは、しておいた方がいいナ」

「……? 何の事ですか?」

「鈍重なヤツらにしては異常な程に素早い対処ダ。まぁ……頑張レ」


 質問には答えてくれず、そんな事を呟いたサタンちゃん。

 意味がわかりません。

 景色は掠れ……。

 気が付くと、元居た場所から少し離れた地点に復帰しました。

 眼前では黒騎士と互角に打ち合っているシルヴィアさん。

 そして殺意マシマシな表情で黒騎士に追撃をしているナターリア。

 おっさん花は、全滅していました。


「妖精さん、力を貸して下さい!」


 ――響く妖精さんの笑い声。

 地面から這い出した三体のおっさん花が、二人の援護に動きました。


「よくも勇者様を、よくも勇者様を、よくも勇者様を……ッ!!」


 私の死に憤ってくれるのは、ナターリアだけでしょう。

 が、ナターリアは生き返りを知っています。

 それなのに何故か、妖精さんやシルヴィアさんから以外の死を気にします。

 地下遺跡を探索していた時も……極力、私を死なせないようにしていました。


「おいっ、粘り過ぎだ! 私の技が出せないだろう!! クッ……っアッ!!?」


 大きく弾き飛ばされたシルヴィアさん。

 やはり季節による弱体化があるのでしょう。

 シルヴィアさんが弾き飛ばされたのに、黒騎士の間合いから離脱しないナターリア。


「リア、下がって!!」


 黒騎士はおっさん花の触手を切りとばし、ナターリアの首に向かって剣を振るい――。


『…………』


 首を跳ね飛ばす直前で、黒騎士が停止しました。

 私はさっさと殺されたのに――どうして?

 もしかして黒騎士は、ロリコンなのでしょうか。

 いえ、それにしてはシルヴィアさんも容赦なく斬られていました。

 シルヴィアさんくらいであればロリコンの対象に入ってもいいと思うのですが……。

 もしかして――重度のロリコン?

 妖精さんの冷ややかな視線が、私に突き刺さります。


「お願いだから、早く死んでよォッ!!」


 黒騎士が寸止めをした事には一切目もくれず、黒騎士の鎧をガリガリ削るナターリア。

 ククリナイフはもうボロボロです。

 が、ナターリア二つのククリナイフを黒騎士の兜にある隙間から捻じ込み――。


「【ディーサーセンブル!!】」


 黒騎士の兜部分から、パァン! という音が響きました。

 兜の隙間にククリナイフが捻じ込まれた黒騎士は、数歩後退り……。


『キュオァアアアァァァァアアアアアアァァアアアアアアア――――……!!』


 甲高い悲鳴のような、そんな耳障りな音を響かせました。

 黒騎士の鎧がグシャグシャと圧縮され、ソフトボールくらいの大きさになったその時。

 ――掻き消えるようにして、その姿は消えました。

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