『救援』二

 ――南東補給基地の攻略部隊――。


 時刻は昼下がり。

 魔王軍の駐屯部隊は、リザードマンとオークの混成軍。

 第二部隊の第二分隊は、砦の門を突破するまでは上手くいっていた。

 なので問題が出てきたのは――門を突破した、その後。

 拠点内を制圧している最中に突如として現れた、くすんだ黒い鎧を纏う黒騎士。

 何人で攻めて掛かろうともビクともせず、瞬く間に切り捨てられてしまう。


『世界ト、人々ノ為ニ……』


 黒騎士は躍り掛かる数人を切り捨て、生き残っている冒険者の元に足を進めた。

 リザードマンとオークの軍勢に対しては圧倒的な優勢を取った南東部隊。

 しかしその数は減り、もう既に全体で三百以上の血が流されている。


「誰でもいい! 早くあの黒騎士を止めろ!!」


 そんな声と共に飛び出したのは――四人の冒険者。


「弓の陣形! 俺に続けェ!!」

「いくぜぇ!!」


 楔の形に並び、黒騎士に向かって走り出した三人。

 その後ろには一人の戦士が付いて走っていた。

 四人は一組の冒険者であり、ライカンスロープをも屠った事のあるベテランだ。


「うおぉおおおおおお!!」


 一人が真正面から打ち込むが、それは当然のように弾かれた。

 弾かれた戦士は一メートル近く吹き飛ばされたが、転倒してはいない。

 弾かれた男は姿勢を低くし――後ろの男がそれを台にして跳んだ。

 それと同時に台にされた男も動き出す。

 黒騎士の左右に動いた二人は飛び上がりながら剣を振りかぶり――首を狙う。

 一人が空から。

 一人が正面から。

 そして二人が左右から。


「「【ソードストライク!!】」」

「「【ソードスラッシュ!!】」」


 四人の薄く光を纏った長剣が黒騎士に襲い掛かった。

 が――。


『【アクセル】』


 高速で動いた黒騎士は瞬く間に四人の腕を切り裂き、その手を止めさせた。


「まだだぁ! お前らァ! コイツだけでも道ずれにするぞォッ!!」

「やってやる!」

「クソッタレ!!」

「うおぉぉおおおおおお!!」


 腕を切断されたというの、黒騎士にしがみ付いた四人の冒険者。

 ヒトの心は悪に染まりやすい。

 だが、だからこそ、煌めきの中に生きる者もいる。

 冒険者は確かに粗野で横暴な者も多いが、それが全てではない。


「誰か! コイツの首を掻き切ってくれ!!」


 ――だがしかし、勇敢な者から死ぬのもまた事実。

 別拠点を攻略していたオッサンと共に、少年に戦いに挑んだ者達。

 彼らもまた、勇敢な者達であったのだ。

 そして、この場に残されている勇敢な者は――。


「クソッ! どうして誰も来ない!!」

「なにしてンだぁああああ!!」

「か、体が千切れとびそうだ……!!」

「はやくしろぉおお!!」


 ――この場には、もう居ない。

 みな黒騎士を恐れ、足が竦んでいるのだ。

 四人の冒険者が諦めて拘束を解いてしまいそうになった、その時。

 光に生きる者達が恐れるような暗がりから――〝ソレ〟は現れた。

 ズルズルと土の上を這いずり回る音。

 クスクスと響く不気味な笑い声と共に姿を見せたのは、赤黒い触手の塊。

 そんな蠢く触手の塊の中心には……人間の上半身が生えていた。

 冒険者たちはその姿に目を見開き、身の毛もよだつような嫌悪を感じてしまう。

 それこそ自身の腕が切られた事さえ、一瞬だけ意識から抜け落ちてしまうような。

 それ程の嫌悪感。

 冒険者の全身を悪寒が襲い、黒騎士に対する冒険者たちの拘束が緩んだ。


「〝空を泳ぐビッグピック隊〟――援軍に来ました!!」


 黒騎士は瞬く間に四人の冒険者を弾き飛ばしたが――触手の波に飲まれた。




 ◆◇◆




 おっさん花の三体がグチャグチャに黒騎士を飲み込みました。

 が、ものすごい勢いで千切られていっているのを感じます。

 強くなったおっさん花は、かなり頑丈になりました。

 なのに今は、完全にやられてしまうのも時間の問題。

 おっさん花は弱い相手に対しては、無類の強さを発揮する存在。

 しかし、ある一定のラインを超える相手には――簡単に葬られます。

 ブチブチと触手を千切られ、おっさん花のおっさん部分が切り捨てられました。

 それと同時に地面に溶けて消えたおっさん花。


「シルヴィアさん!」

「効果はあまり期待できないが――【氷結牢獄アイシクルプリズン!】」


 瞬く間に黒騎士を覆ったシルヴィアさんの氷。


「皆さんは負傷者の回収と残敵殲滅! リアはその援護!!」

「はいっ!」

「妖精さん、力を貸して下さい!」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 それと同時に地面から這い出してきた、三体のおっさん花。

 私の指示通りに動く部隊員たち。

 これはナターリアとも事前に打ち合わせをしていたことです。

 綿がナターリアとシルヴィアさんに目配せをした、その直後。

 氷の棺が――砕け散りました。


『何処ニ行ッタンダ……』


 真っ直ぐ私を見ているのに、そんな事を言った黒騎士。

 シルヴィアさんの氷を受けて……まさかの無傷……?

 いえ、元々の鎧がボロボロなせいで判りません。

 おっさん花を遠目から触手による攻撃をさせ、時間稼ぎをします。


「シルヴィアさん」

「お前、私の名前を呼べば考えが伝わると思ってないか?」

「伝わりませんでしたか?」

「いや……考えは理解はできる。結論から言えば、ダメージは皆無だ」


 名前を呼んだだけで知りたい事をバッチリ答えてくれたシルヴィアさん。

 嬉しいような怖いような、複雑な気持ちです。

 っと……触手の半分くらいが切り落とされました。


「シルヴィアさん」


 ――攻略方法は?

 私はワザと伝えるべき内容を口には出さず、心の中で呟いてみました。


「お前……ハァ。フォスの浄化、もしくは物理。魔力攻撃は通らないと思っていい」


 ――伝わりました。嬉しいみ。

 状況が違えば、おパンツ下さい、と思っていたかもしれません。


「わ、わたしにもっ……!」

「リアには後から何度でもしてあげます。だから今は我慢してください」

「う、うぅ。わかったわっ!」


 何やら、私の考えている事を理解する自身のありそうなナターリア。

 割と本気で、考えている事が常に筒抜けにならない事を願います。


「ちなみにシルヴィアさんの氷は……」

「物理が多い。氷で殴る、潰す、刺す、といった攻撃は通る。【氷結晶剣】」


 そう言って氷の剣を生成したシルヴィアさん。

 もしかして、近接戦闘を仕掛けるつもりなのでしょうか。

 おっさん花を殲滅した黒騎士。

 ゆっくりとした動作で、私達一行の方へと歩いてきました。


「分かりました。では妖精さん、力を貸して下さい」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 地面から這い出してきたのは、三体のおっさん花。

 操作権があるのは一体です。


「リアは隙を見て攻撃! 相手の行動が判らない今は一撃離脱を心がけてください!」

「わかったっ!」

「ふんっ。ある程度は気を引いてやる」


 ――なるほど。

 近接戦闘はナターリアの為なのでしょう。

 なんだかんだ言って仲間には優しいシルヴィアさん。

 廃教会組の〝猟犬群〟と冒険に出た時も、子供達を助けていました。

 しかし、この場に居るのが私一人であれば……。

 彼女は、大規模な攻撃を仕掛けていたかもしれません。

 ほとんど他人に無関心なシルヴィアさんの事です。

 ナターリアが居なければ倒れている負傷者だって巻き込みかねません。

 ……そのついでに、私も巻き込まれていた事でしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る