『救援』一
冒険者たちに囲まれているこの状況。
妖精さんは笑い声を響かせ、褐色幼女形体になりました。
「妖精さん、力を貸して下さい」
――響く、妖精さんの笑い声。
地面から這い出してきたのは、三体のおっさん花。
私に操作権があるのは一体のみ。
「出てきやがったなクソ化け物!」
「全員で同時に行くぞ!」
腰を低くし、今にも跳び掛からんとしている冒険者たち。
私の側に負けはありません。
問題なのは、被害をどれだけ最小限に抑えられるのか。
「行くぞ!」
『『『うおおおおおお――ッッ!!』』』
囲むように攻めてくる冒険者たち。
触手を唸らせ、一定の範囲に入ってくる者から順番に触手で攻撃を仕掛けます。
数人を一度に薙ぎ払い、数人に触手を絡めて投げ捨てました。
『『『うわぁぁああああああああ!!?』』』
何人かが攻撃を受けて気絶し、何人かが再び立ち上がりました。
投げ飛ばした冒険者は地面の上を数回バウンドし、体勢を立て直して向かってきます。
「数だ! 数で押せ!!」
「クソ隊長殿の手数は多いが、頭は一つだ!!」
自然とリーダー的なポジションになって部隊を指揮している二人組。
それにしても――まるでマシュマロを薙ぎ払っているかのような抵抗の無さ。
意識しているのは事実ですが、ナターリアの間合いにまで来る者が誰も居ません。
ナターリアは捕虜の魔族をカバーできる位置に立ってくれています。
なので彼女は、攻めていません。
「……弱すぎて呆れたわ……」
あんまりにもあんまりな光景に、ナターリアの毒気が抜けていました。
しかし殺さずに無力化とは、どのようにすればいいのでしょうか……?
「まだだ、いッ――――」
「なッ!? だッ――――」
二人組の冒険者が、ゴスッという音と共に地面に崩れ落ちました。
ナターリアも驚いたような表情をしています。
つまり彼らの意識を落としたのは、ナターリア以外ということ。
「……敵に甘い指揮官に、命令無視の兵士か。これが小さい部隊で良かったな」
そう呟いたのは、崩れ落ちた二人の背後に立っていた男。
彼はいったい何時の間に、あの二人の背後に立っていたのでしょうか?
存在感が希薄すぎて目を離したら消えてしまいそうです。
そもそも部隊員の中に、彼のような人物が居たでしょうか……?
しかし、どこかで見た覚えがあるような……。
「リア、彼は私の部隊員ですか?」
「たぶん居たとは思うのだけれど……他の人の影に隠れていたのね」
――影に隠れていた。
なんらかのスキル?
そう言えばナターリアも、気が付いたらそこに居る事がありました。
さっきの少年との戦闘でも、気が付いたら少年を刺していたのです。
ある意味、理想の盗賊的な立ち回りでしょう。
「俺は訳あってジェンベルの酒場で仕事を貰ってる――ジャックだ」
「あっ……」
そういえば居ました。
ジェンベルさんがカウンターを空けた時、その代わりに立っていた人物。
ジェンベルさんは彼の事を〝ジャック〟と呼んでいました。
もしや彼は、ジャンベルさんの懐刀的な人物なのでしょうか?
であれば、あの情報収集能力も納得です。
「お前らは、本気でこの男に勝てると思ってるのか?」
「なんでぇ! こっちの方が数は上だ!!」
「そうだそうだ!」
「例の最高位精霊だって置いてきたじゃねぇか!!」
その光景を見たジャックさんは私の元へとやってきて、口を開きました。
「まぁいい……俺はコッチ側に付く」
「ジャックさん……!」
私がジャックさんの名前を呟くと、ジャックさんはギロリと睨みつけてきました。
「勘違いするなよ、俺も考え方としてはアッチ側だ。俺は単純に、勝てない戦いをしない」
「勇者様、このヒトからは血と臓物の臭いがしているわ」
「……裏切るタイプに見えるか?」
「見えるわね。状況次第で簡単に強い側に付く。わたし、このヒト嫌いだわ」
「……チッ。俺もオマエは嫌いだ。臭すぎて鼻が曲がりそうだ」
味方になってくれたと思いきや、いきなりで険悪すぎる雰囲気な二人。
ジャックさんは知りませんが、ナターリアが臭くないのは知っています。
ずっと近くに居たいような良い香りがする、そんなナターリア。
――くんくんくんくんくんくんくん。
「で、もうかかって来ないのか?」
『『『…………』』』
ジャックさんは自分のハンティングナイフを鞘から抜いて、軽い様子で構えました。
先程までは殺気ムンムンな雰囲気だったというのに……。
「無知なお前らでも少しは理解したんじゃないのか? この男は一騎当千の力を持っている。文字通りな」
冒険者たちはお互いに顔を見合わせ、出方を窺っているようにみえました。
何人かはケガを負い、何人かは何処かを痛めたのか地面に蹲って動きません。
立っている者はジャックさんの話に耳を傾け、緊張の糸が緩んでいます。
「冬期のアークレリック防衛戦に参加したヤツは?」
この場に居る冒険者の四分の一が手を上げています。
ジャックさんは顔を顰めながら「これだけか……」と呟きました。
「あの防衛戦の際この男は、個人で数千の魔王軍を殺している」
「なにッ!?」
「ばかなッ!」
「流石に話を盛り過ぎなんじゃないか!?」
騒がしくなる冒険者たち。
結論から言うと、ジャックさんの話しは――盛っています。
私個人では何もできません。
騒がしく言い返す冒険者たちを制するように手を上げた、ジャックさん。
「嘘じゃない。空を埋め尽くす程の敵飛行戦力の殆どを単体で殺した、氷の最高位精霊」
シルヴィアさんの事でしょう。
これに関しては殆ど事実。
ダヌアさんや城壁上の魔力バリスタも活躍していましたが……。
シルヴィアさん無しでは、間違いなく空は取られていました。
「だからそいつは置いてきたって……」
「ああその通り。だがこの男はその最高位精霊にプラスして、もう一つ戦う術がある」
「……気色わりぃ召喚物か」
「コイツは一体で百の魔王軍を相手にできる召喚物を――無限に召喚できる」
『『『――ッッッ!!?』』』
冒険者全員が目を見開き、私とおっさん花を交互に見ました。
何故なのか判りませんが、これ以上の戦闘は避けらそうな雰囲気になってきています。
もしかして――先導者である二人が倒れたから?
「そんな化け物が三体も出ているみたいだが、お前らはコレに勝てるのか?」
「そ、それは……」
「一瞬の事だったが……今のを危険度を、体で理解しなかったのか?」
ジャックさんは他のメンバーを説得してくれています。
中立の立場であった物からの言葉であれば、コチラ側からよりも届くでしょう。
「結論から言ってやる。答えは――絶対に無理。お前らは無意味に死ぬ」
『『『…………』』』
「こっちのメスガキに見える女一人にさえ、お前らは全滅させられるだろう」
「嘘だろ……?」
「嘘じゃない。そもそもこの部隊を半壊させた相手を倒したのは、この女だ」
ジャックさんの言っている事は事実なのですが……。
もしかして、どこかから見ていたのでしょうか?
「で、どうする? この場所で無駄に戦って無駄死にするか、指示に従って金を貰うか」
『『『…………』』』
黙り込む全員。
時間的な猶予がどれくらいなのか判りません。
もしかしたらもう既に勝っている可能性もありますが、負けている可能性もあります。
援軍に行くのであれば早いに越したことはないのですが……。
「お、俺は行くぜ!」
「俺もだ! 金が欲しい!!」
「あ、ああ。隊長の指示には従わねェとな!」
一時はどうなる事かとも思いましたが、話しは纏まりました。
「ジャックさん、ありがとうございました」
「一から十まで、全て俺自身の為だ」
「それでも、ありがとうございます」
「……チッ」
小さく舌打ちをしながらそっぽを向いたジャックさん。
彼にとっては合理的に動いただけなのでしょう。
が、それでも、助かったという事実に変わりはありません。
「どうしようわたし……ジャックの事、嫉妬でバラしたくなってきたわ……!」
「オイふざけんなキチガキ! なんでそうなるンだよッ!」
ニッコリと柔らかい笑みを浮かべてジャックさんに迫るナターリア。
それに対して数歩後退りながら怒鳴ったジャックさん。
「お、おじさん。たすけてくれて、ありがとうございます……」
「あ、あり……がと……た……」
「水です、ゆっくり飲んでください」
私が皮水筒を手渡すと、少女はゴクゴク飲み始めました。
彼女らの同族を数多く殺しておいて、今更良い顔ができるとは思えません。
だからこれは、ただの自己満足です。
自己満足の為だけに保護するだけのこと。
「カギュウちゃんも連れて行ってくれるんですか?」
「カギュウ?」
「あっちの……」
そう言って倒れている青い肌の子を指差した少女。
「……ええ、勿論です」
本当は謝りたい気持ちでいっぱいです。
ですがそれは、自分の為にしかなりません。
彼女らが敵側である以上、これからも彼女らの同族を殺すでしょう。
だから私は、心の中だけで、何度も謝罪を続けました。
「で、どうする?」
「どうするとは?」
「コイツらだ。ここで殺しておいた方が後腐れはないぞ」
そう言って気絶している二人の冒険者を見た、ジャックさん。
敵を助けて、味方である筈の彼らを殺す……?
タクミ&エッダさんの時とは、状況が違います。
あの時は元々が敵で、同行していた経緯も仕方が無く。
しかし今回の彼らは、完全に味方の立ち位置。
殺していいワケがありません。
「殺すのは無し。縛るだけにしておいてください」
「……甘いな、俺なら間違いなく殺しておく」
「ジャックさん。死人はですね、何時だって少ないに越したことないんですよ」
「……絶対に後悔するぞ」
そう言葉を残して背を向けたジャックさん。
私はナターリアの方に向き直り、口を開きました。
「リア、あの子の介抱をお願いします」
「ん、わかった」
「皆さんは出発の準備!」
『『『おうっ!』』』
「シルヴィアさんと合流し、南東部隊の援軍に向かいます!! それでは――行動開始ッ!!」
幸いと言うべきか不幸と言うべきか。
動けないような負傷をしている者は生きていませんでした。
冒険者たちを先導した二人の冒険者は拘束し、連行するような形で連れて行く事に。
シルヴィアさんと合流した後は負傷者を荷台に乗せ、来た道を少しだけ引き返します。
そこから分岐点を第二部隊南東方面部隊の方に向け、私の部隊は移動を開始しました。
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