『価値観』三
ポカンとした顔で見てくる二人の冒険者。
――否。
その二人だけではなく、半数以上の者が似たような顔をしています。
「何言ってんだよ……捕虜? 今回は無しって話しだろ??」
「だいたい隊長殿、アンタ、最初は殺そうとしてたじゃねぇか」
二人の言う通り。
虚ろな目をしている青い肌の少女を、私は殺そうとしていました。
今更正義面できないのも理解しています。
しかし、ここで今の立ち位置を変えたら――。
私はもう、元には戻れなくなってしまうでしょう。
偽善にもならない行いなのかもしれませんが……。
胸に抱えている信念だけは――曲げたくありません。
「私は間違っています。ですが、それでも私は、私の意見を通します」
「意味わかんねぇ!」
「ちゃっちゃと済ませて、ちゃっちゃと処理する! 何が悪い!!?」
「これは勝者の権利だぜ、隊長殿」
冒険者達に怯えていた少女の二人が立ち上がり、私の背後にやってきました。
「た、たすけて下さい!」
「たすけて……」
今回の襲撃を実行に移したのは、私自身。
――大丈夫。と言ってあげる権利は、私にはありません。
この場において唯一の、少女たちが助かる道筋。
細い希望に縋るその思いが、私に強く伝わってきました。
しかし青い肌の女の子は……一歩も動きません。
「多少の略奪には目を瞑りましょう。ですが非戦闘員への暴行は、無しにします」
「クソッ! ボンボンの騎士みてぇなコト言いだしやがった!」
「めんどくせぇえええええええ!!」
徐々に殺気だっていく空気。
二人の冒険者だけでなく、半数以上の冒険者から同じ空気が流れています。
「なぁ隊長さんよ! アンタ、部下にブッ刺されて死ぬタイプだぜ!」
「そうだぜ隊長殿! ここは平和的に、敵であるその子らを差し出すべきだ!!」
「嫌です。私が隊長であるのは、意見を通すだけの力を持っているからですよ」
彼らは一時的なものとはいえ、仲間。
が、同時に私の下についている部下でもあります。
彼等との戦いは、脅してでも避けたいところ。
「クソッ、クソッ、クソッ! 別にアンタの女を犯そうとしてるワケじゃねぇンだ! 普通の町娘にだってこんな事はしねぇよ! そのくらいの良識は持ってるぜ!!? だが、コイツ等はちげェだろ!!?」
冒険者は憤り、とうとう武器を構えました。
「アンタにとってのこの光景は、クソみてぇなモノなのかもしれねぇが――飲み込め!」
それを見た男の相棒も武器を構え、他の何人かも武器を構えだしました。
「クソってのはな、噛みしめるモンじゃねぇ! クソはあまり味わわない方が良い。千切って、噛まずに、飲み込むんだよ!! じゃなきゃココで、アンタを黙らせるしかなくなるぜ!」
無茶苦茶なことを言っていますが、意味は理解できます。
要するに周りに合わせて、我慢しろと。
最悪な光景をじっくり体験するのではなく、早く流してしまえと……。
そういう事なのでしょう。
「おい、クソ隊長に不満のあるヤツは武器を抜け!!」
残っている部隊員の半数以上。
おおよそ五十人前後が武器を構えました。
それとは逆に関わり合いになりたくない残りの半数は、ここから距離を空けています。
「勇者様、もうヤってもいいのかしら?」
「ストップ、ストップですよ、リア。まだ、まだ待ってください」
今この場所で不条理を通そうとしているのは、私の側です。
不満は大いにありますが、その事実は変えられません。
「こっちはこの数だぜ、隊長よぉ」
「いい加減にしねぇと死ぬぜ?」
戦闘は避けられない?
――否、彼らが性欲という欲求でこの行動に至っているのなら。
まだ可能性はあります。
「そんなにスケベな事がしたいのなら、プロのヒトらにお願いして下さい」
「あん?」
「お金なら私が出します。それに、その方が気持ちいいのではないですか?」
「わかってねぇ。わかってねェよ隊長さんはよォ! そういうコトじゃねぇんだ!!」
「隊長殿はもうダメだ、やっちまおう!」
その言葉を聞いたナターリアは薄い笑みを浮かべ、姿勢を低くしました。
彼女が止まってくれているのは、ただ私が止めているから。
ですが襲い掛かられれば流石に、自然と防衛措置に動くでしょう。
そうなったら死ぬのは、高確率で向こう側。
確かにナターリアが死ぬよりかはマシですが……。
「ナァ隊長さんよ、最期にもう一度だけ言うぜ。そいつらを、コッチに寄越せ」
「…………」
冒険者たちはもう既に、完全な臨戦態勢です。
説得は……もう無駄でしょう。
残っている選択肢は二つ。
引き渡すか、渡さないで戦闘をするか。
前者は、私では選べません。
だから選択するのは……後者。
課題なのは、どれだけ生かしたまま無力化できるのか。
ナターリアに殺すなとは言いません。
それでナターリアが死んだら嫌だから。
「私はですね、この中で一番の悪人を私だと思っています。……が、彼女らにとっての悪人は貴方達。……貴方達は彼女らを嬲り、そして殺す。彼女らにとっての貴方達は、扉の向こうに潜んでいる恐怖そのものですよ」
ここでは勇気を持って扉を開けると、その先には、本物の恐怖が待ち構えています。
しかもその恐怖は、勇気を振り絞らなくとも、自分から扉を破って入ってくる。
そこには扉の前に立っていた者の意志など、一切関係ないのでしょう。
その扉を開けなかった者では、その恐怖に抗う事など――できはしません。
「実を言うと隊長殿。俺はずっと、あんたの連れてるガキをヤりてぇと思ってたんだ。魔族なんか目じゃねぇくらい……最っっっ高にキちまうぜ!」
じんわりと張りつめていく空気。
「うふふっ! 貴方じゃ絶対わたしを満足させる事なんてできないわっ! ああ、でも安心してくれてもいいわ。貴方はちゃんと――殺してあげるからっ!」
ナターリアは白い歯をむき出しにして、危険な笑みを浮かべています。
まるで出会った時にしていたような、そんな笑み。
一番強い殺意を剥き出しにしているナターリア。
「俺にゃ隊長が何言ってんのかは、わかンねぇよ。だがどれだけスゲェ奴でも、そいつの価値ってェのは、そいつの一番最低な時で決められちまう。……後の努力は関係ねぇ。過去がずっと足を引っ張るんだ。だから今この時が、テメェの最低最悪だ」
弓で言うのなら弦を思いっきり引っ張っている状態。
あとはもう、放すだけ。
「小さな女の子が泣きながら助けを求めているのに、勇者も、英雄も、白馬の王子様だって現れない。助けが無ければ、希望の光だって灯りません。……だったらそんなの、私が彼女らの希望に――なるしかないじゃあないですかッ!」
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