『いつもの床』一
「契約では一日一回って話だったの酷いですよ、シルヴィアさん……」
暗闇から復帰し、現在は服を着ながらシルヴィアさんに見下ろされています。
冷めたようで高揚しているようなシルヴィアさんの視線。
おっさんのマイサンがイキリ立ってまいりました。
「ふんっ、お前が話を聞いていないのが悪い。それに了承は取った」
「……オッサン、お前は回避する度に服が脱げるのか?」
「いえ、死んで生き返ると全裸になってしまうようです」
「……は?」
ポカンとした顔をして固まってしまったポロロッカさん。
そんなポロロッカさんを見て、シルヴィアさんは一つ溜息を吐きました。
周囲の温度が数度も下がったので止めて頂きたい。
「おま……ご主人様、それは話してもいい事だったのか? 唯一の特技なのだろう」
「シルヴィアさん、私の力が全て妖精さんの力であると気づいていたのですか?」
「ふんっ、一緒に行動していれば嫌でもわかる」
確かにシルヴィアさんは基本的にずっと一緒に居るので、隠し事ができません。
私の戦う力の原理を理解したシルヴィアさん。
今のシルヴィアさんが敵に回ったとしたら、もうどうしようもありません。
私の生かして殺す程度の攻略方法だって、シルヴィアさんなら難しくはないでしょう。
「お前が妖精さんと呼んでいる存在の力を最後に見たのが……四千年以上前だったか? ……ふんっ、昔の事過ぎて思い出すのに時間が掛かっていただけだ」
そう言ってそっぽを向いてしまったシルヴィアさん。
足を組み直してくれるサービス付き。
今が冬近くの寒空でなければ、もう少し近い距離で見せて頂きたいところ。
何か地味に重要な事を言っていたような気がしますが――。
白い太ももに塗りつぶされて消えました。
「……ッ! ちょ、ちょっと待て! 死んでも生き返る? そんな事があり得るのか……?」
「能力は女神様から頂きました。ほら、口の動きと言葉が違うでしょう?」
「女神……だと?」
「実は私は――異世界人です」
言葉が通じる能力だけは付与さてくれて本当に助かりました。
これがなければ物乞いとして生活するしかなかったでしょう。
「……異世界からの旅人なのは知ってる……が、言葉が通じるのは関係ないぞ」
「へっ?」
「神が定めた世界の理に、一定以上の知性を持つ生物は言葉が通じる、というものがある」
「神の定めた理、ですか」
女神様の存在を知っている今、神の存在自体は疑いようもありません。
もしその世界ごとにルールを定めている管理者的な神様がいるのなら――。
まぁ、言葉の壁が取り払われている世界だってありましょう。
その言葉の壁が取り払われている世界がこの世界だったというだけの事です。
「……でなければ、俺が最高位精霊の言葉を理解できるはずがない」
「あれ、つまり私が女神様から頂いた能力は、死んでも生き返る能力だけ……?」
「……十分だろ」
「いえ、確かに十分なのですが……少しだけショックです」
「……まぁ死んで生き返ったのなら催眠術の魔力は完全に抜けたな、そろそろ戻るぞ」
ポロロッカさんはそう言いながら立ち上がり、移動を開始しました。
私も立ち上がり、ポロロッカさんの後に続きます。
「……ちなみにだが、今の話はリュリュにしてもいいか?」
「勿論いいですよ」
「……そうか、話の種が増えるのは助かる」
「なるほど」
何となく〝なるほど〟と答えてしまいましたが、何一つ理解できていません。
リュリュさんとポロロッカさんは現在、一体どういった関係なのでしょうか。
私は悶々としながらも、黙ってポロロッカさんの後に続きました。
◆
リュリュさんの元へと戻ってみると、催眠術は仕上げの段階に入っていました。
「四……わたし達と出会ってからの事は全て忘れている」
よくある締めのカウントに入っています。
本来このカウントは催眠術を解除する際に使われるのが普通。
ですが今回は、その逆で利用されているようです。
ポロロッカさんが耳元で「最後だけなら大丈夫だろう」と耳打ちをしてきました。
「三……忘れていても、わたしの命令は絶対」
コツッ、コツッ、と靴音を鳴らせ続けているリュリュさん。
これも催眠術に必要な工程なのでしょうか。
「二……いざという時は、無意識にわたしの盾となれ」
――かなり酷い催眠術の終わらせ方です。
と思いながらポロロッカさんの方を見てみると、私と同じような顔をしていました。
「一……はい、終わり!」
パンッ! と一度手を叩き、こちらに歩み寄ってきたリュリュさん。
「ポロロッカ、わたし達は後から屋敷に忍び込むわよぉ」
「……簡単に言うが、できるのか?」
「この町に何人、わたしの催眠術が残ってる人が居ると思う~?」
両方の指を立てて不敵に笑うリュリュさん。
少なくとも十人以上だとは思っていいのでしょうか。
「……考えたくない」
「たっくさん、いるわよぉ~」
「……頼むリュリュ、この町を出させてくれ」
「だめぇ~」
そんなやり取りをしながら離れていくお二人。
気が付くと瞬きをしている間に、お二人は薄暗い闇の中に消えていました。
「う、ううん……」
「俺達は一体何を……?」
「さっぱりわからん」
何かを整理するかのように頭を捻っていた私兵三人組。
が、こちらの存在を確認すると、ゆっくりと立ち上がって近づいてきました。
「失礼、少し歩く速度が速すぎたようで置いていっていましたね」
「大丈夫ですよ」
三人の私兵には、つい先程まで座っていたという記憶すら残っていないご様子。
というか先に居たのは私だと言うのに……記憶の何もかもがねじ曲がっています。
私を取り囲む例の陣形に戻った私兵三人組。
ですが先ほどまでとは逆で、前に二人、後ろに一人という配置です。
――いったい何処まで調教されてしまったのでしょうか?
と疑問を覚えずにはいられません。
詩編三人組の纏っている空気が全く違います。
私はもしかすると、本当に危険な人物を野に放ってしまったのかもしれません。
ぅんぅんと唸りながらも、全身鎧の私兵三人組の後に続きました。
今ならば誰がどう見ても、この三人を善良な私兵だと思う事でしょう。
私は湖に落とされて綺麗になったイキリっ子の話を思い出して――ブルリ、と震えます。
リュリュさんのことが少しだけ怖くなってきてしまいました。
――響く、妖精さんの笑い声。
◆
私兵の三人に連れられて歩くことしばらく。
石造りの立派なお屋敷の前に辿り着きました。
それ自体が砦であるかのような造りをしているお屋敷。
その重厚な石壁は、籠城戦をする事を想定されているようにも思えます。
何かの襲撃で町の壁が突破されたとしても、ある程度はここで戦えるでしょう。
まぁ……ここまで押し込まれている時点で増援頼りになるでしょうが。
「オッサン殿を連れてきた」
「よし、門を開けろ!」
門番の掛け声で重厚な扉がゆっくりと開き、私は中へと招き入れられました。
石壁の内側には芝生が敷き詰められていて、果物の木が何本も立ち並んでいます。
そして、それらを手入れする数人の庭師。
どこまでも実用を想定されたお屋敷です。
この町がどのような位置にあるのか、今更ながらに気になってきました。
「ささ、どうぞこちらです」
「足元、凹凸などございませんのでお気をつけて」
「え、ええ、ありがとうございます」
気持ちが悪い程の完全エスコート。
凹凸が無いのに気を付けてとは一体? うごごごご……。
案内されるがまま屋敷の中を歩いていると、会議室のような部屋に通されました。
長テーブルには多くの椅子が設置されています。
部屋の中にいたのは十人程の私兵とお偉い感じの方々。
長机の一番奥には、豪華な服を着た鋭い目付きの男が座っています。
もしや、この男が領主なのでしょうか。
そしてその隣に立っているのが……領主夫人。
この貴婦人然とした女性は――間違いありません。
スラムで出会ったあの貴婦人です。
そんな事を考えていると推定領主が、ゆっくりと口を開きました。
「よく来てくれました。早速で悪いのですが――貴方は様々な悪行を重ねて悪魔を使役している事を認め、積み重なる罪を認めた上で、罰を受ける事を受け入れますか?」
――悪魔?
「いいえ」
反射的にそう答えてしまいました。
悪行に関してはほんの少しだけ心当たりがあります。
が、悪魔に関しては全くと言っていい程に心当たりがありません。
故に何も考える事無く、反射的に否定の言葉を返してしまいました。
ニィと口元を歪めた領主が、声を大にして叫びます。
「【拘束捕縛術式――起動!】」
瞬く間に魔力の鎖に拘束され、動けなくなってしまいました。
妖精さんは丸いシャボン玉のようなものに閉じ込められ、地面に転がっています。
妖精さんを見て驚愕の表情を浮かべている、領主とその夫人以外の高官と私兵。
ややあって飛び出してきたのは――シルヴィアさん。
――が、拘束術式はシルヴィアさんをも抑え込んでしまう程に強力でした。
シルヴィアさんも床の上に転がってしまいます。
できれば少し待って、術式が完全に収まってから暴れてほしかったところ。
ドジっ娘シルヴィアさんに、ドジッ子属性プラス十点!! グ○フィンドール!
私は当然のように背後から殴られ――意識を奪われました。
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