『危険人物は誰だ』三

 ……。

 …………。

 ………………。

 少しの時間にマシカンガンのような舌戦を繰り広げましたが――残念。

 リュリュさんは、ポロロッカさんに言い負かされてしまいました。

 仕方なく別の案について考えてみるとしましょう。

 顎に手を当て、首を傾けながら思案しているリュリュさん。

 リュリュさんは三十秒ほど考えたあと、ゆっくりと口を開きました。


「やっぱりぃ、確実に領主の屋敷へ侵入できる方法は、罠に掛かる事なのよねぇ……」

「……地下牢に閉じ込められるのなら良いが、その場で殺される可能性も低くないぞ?」

「そこよねぇ。問題があるとするとぉ、一番死ぬ可能性が高い作戦だって事だわぁ~」

「まさか! そこまではしないのでは?」


 無条件な処刑。

 処刑するにしてもその場で殺されるのではなく、きちんとした手順を踏んでされるはず。

 上の一存でその場処刑が可能な世の中であれば……いえ、この世界でなら……。


「オッサンの場合、支払ったお金の回収目的っていう線も考えられるわねぇ~」

「……まぁ俺からすれば、オッサンが本当にヤってないのかどうかも疑わしいが……」

「――ところで、一つ聞いても?」


 一時間近く経過しているのですが、座ったまま大人しくしている私兵三人組。

 リュリュさんが使った魅了の、残っている効果時間が気になります。


「かなり時間が経っていますが、リュリュさんの魅了はいつ解けるのですか?」

「完全に忘れてたわねぇ。……今回のはあと三十分くらいかしらぁ」

「……魅了状態のコイツらにオッサンを連れて行かせるのは、流石に気づかれるぞ」


 リュリュさんの魅了という言葉に反応し、そのまま言葉を続けるポロロッカさん。


「魅了状態は回復した後も、魅了されていた時の事を忘れる訳じゃない」

「となると……私は私兵に言われて一人で来た、と言ってお屋敷に向かうのですか?」


 三人の私兵がその旨を伝えていない現状、その言葉で入れてもらえるでしょうか。

 何もなしに一人で行けば、逆に怪しまれる可能性も高くなってきます。

 チッチッチッ、と口を鳴らしながら指を横に振ったリュリュさん。

 リュリュさんは、不敵な笑みを浮かべながら口を開きました。


「わたしはコレのプロなのよぉ? 完璧に仕上げてみせるからぁ、少しだけ時間を貰えないかしらぁ~?」


 私の背筋に冷たい何かが走り抜けました。

 妖精さんもそれに気付いたのか、クスクスと笑い声を上げています。


「えぇ、勿論……」

「全力で魔力を突っ込めば一週間くらいはあの状態にできるわよぉ~」

「……嫌な予感しかしないぞ」

「ポ――」


 ――ポロロッカさん、私もですよ。

 と口を開こうとしたのが……。

 リュリュさんが静かにするように、と人差し指を立てたので口を噤みます。

 人差し指を口の前に立てているリュリュさんの姿は、妖艶な雰囲気を纏っていました。

 怪しい笑みを浮かべてこちらに背を向けたリュリュさん。

 座らされている私兵三人組の周りをグルグルと歩いて回りながら――言葉を紡ぎます。


「【さあ、わたしの言葉に意識を傾けて……わたしだけの言葉に意識を傾けて?】」


 三人の周りを、グルグルと……。


「【わたしだけの言葉を聞いて? そう――私の言葉しか聞こえなくなる】」


 コツリ、コツリ、と靴の音が響きます。


「【肩の力を抜いてリラックスするの……そう、だんだん力が抜けてくる】」


 体に力が入りません。

 コツリ、コツリ……。


「【心臓の音に意識を傾けて……そうよ、私の言葉を刻み込んで】」


 自分の心臓の音が、ドクン、ドクン、と妙に大きく聞こえます。

 コツリ、コツリ……。


「【わたしの言葉は絶対よ……あなたは私の言葉に逆らえない】」


 リュリュさんの言葉は、絶対……。

 コツ、コツ、コツ、コツ――。


「……ッ!? オッサン、耳を塞げ――ッッ!!」


 ポロロッカさんの声が何処か遠くから聞こえたような気がして……。

 瞬時にそれが、遠い過去の出来事であったかように感じられます。

 その直後にはその声が記憶から薄れ、消えていきました。

 もう私の心には、リュリュさんの言葉しか届きません。

 ……。

 …………。

 ………………。

 随分と長い間……リュリュさん言葉と靴音。

 それから自分の心臓の音を聞いていたような気がします。

 淡々としていて心の奥底に響くような……。

 そんな優しい雰囲気を纏っていたリュリュさんの口調が――突然変化しました。


「【堕ちろ! ……堕ちて……堕ちろ! そう……ゆっくりと落ちていくの】」


 ドクン、ドクン、ドクン。

 コツリ、コツリ、コツリ。


「【堕ちろ! 堕ちろッ! 堕ちろ! 堕ちろ――ッ!!】」


 リュリュさんの言葉によって薄くなっていく自意識。

 私が全てを放棄してしまいそうになったその時――頬に強い衝撃。

 更に――衝撃。

 痛みは無く、誰かが強めに触ってきたかのような感覚。


「……クソッ!」



 ◆



「――!」


 ハッとなって周囲を見渡してみれば、そこは見覚えのない細路地。

 私が座っている壁の反対には、頭を抱えて座っているポロロッカさんの姿がありました。


「……? 一体何が?」

「……正気に戻ったか。まさか、途中でも痛みで正気に戻らないとは……」

「痛みで正気に……?」

「……ああ、リュリュの催眠は強力だ」

「いえ、私の場合は妖精さんが痛みをカットしているので痛みを感じません」

「……なるほど、今回はそれが悪い方向に働いたわけか」


 クスクスと笑い声を響かせた妖精さん。

 一瞬黒い光に包まれた後、褐色幼女形体となって姿を現しました。


「……痛み、あったほうがいい?」

「今は遮断する方向でお願いします」

「……わかった」

「――それで、一体何があったのですか?」


 妖精さんは再び黒い光に包まれ、小さな妖精さん形体に戻りました。


「……魔力を乗せた催眠術だ」

「催眠術? 一時期される側で試していた時期があったのですが……」

「ほぅ……」

「我が強すぎるせいなのか、全く効果がありませんでしたよ」

「……一般人の催眠術ならそういう事もあるだろうな。ちなみに、魔力を乗せた催眠術か?」

「いえ、普通の催眠術でしたね」

「魔力を乗せたリュリュの声は手法も相まって、効果が強い。一般人では耐えられん」


 リュリュさんの――魔力催眠術。

 見目麗しく、声も魅力的なリュリュさん。

 一般人ならごく普通に誘惑されただけでも魅了されてしまうでしょう。

 そこに更なる上乗せをするような、強力な催眠技術。

 敵じゃなくて本当に良かったと思わざるを得ません。


「オッサンの魔力抵抗が案外と弱かったというのもあるな」

「魔力抵抗? どうやって抵抗すればいいのですか?」

「……精神系は体内に侵入してくるそれを、自身の体内にある魔力で押し返せばいい」

「魔力で、押し返す……?」

「ああ、もしくはせき止めるかだな」

「魔力でせき止める、ですか……」

「そうだ、そうすれば効果を打ち消す事ができるぞ」


 ――また魔力ですか。

 と内心で呟きながら……ポロロッカさんの話に相槌を打ちました。

 魔力抵抗に魔力が必要だと言うのなら、魔力の無い私には不可能な行為です。

 今後は精神系の相手が出てこない事を願うしかありません。


「……それにしても、なるほどな。魅了して一切の抵抗力を奪った上で、あの時間を掛けた催眠術。リュリュはあれで、今回の記憶を消すつもりだろう。……都合よく操れるような細工をしている可能性だってあるな」


 ――そのコンボは大犯罪級なのではないでしょうか。

 体内に魔力を持っていない私は、嫌でも思い出してしまいます。

 シルヴィアさんに魔力を打ち込まれた時は何も起こらず、冷気で死んでしまった事を。


「シルヴィアさん」


 名前を呼ぶと魔石が光り、シルヴィアさんが姿を現しました。


「なんだ? あぁ、呼ばれてから出るのに時間が掛かったが、慣れるまでは許して欲しい」

「そんな事は気にしていませんよ」


 私は「出てきてくれるだけで有難いです」と言葉を繋げ、更に言葉を続けます。


「シルヴィアさんはヤークトホルンの山頂で、私に全魔力を打ち込みましたよね」

「そうだな」

「あの時の攻撃は大丈夫で、何故精神系は駄目なのでしょうか?」

「ふんっ、簡単なことだ。私のアレはお前の魔力を暴走させて、内から破裂させるものだ」


 ――内から破裂させるもの?

 まさか私の体内に魔力が存在していたら、水風船のような爆発していたのでしょうか。

 たった今、初めて魔力が存在していなかった事に感謝しています。


「魔力の存在していない空っぽのお前の場合は……そうだな、雷に打たれた鉄柱のように魔力を外へと受け流した、と例えれば理解できるか?」


 懇切丁寧に教えて下さったシルヴィアさん。

 説明の最中は宙に浮いていて、足を組んでいます。

 話の間に組み直される御足と太股が素晴らし過ぎて、説明が全く頭に入ってきません。

 私はシルヴィアさんに魅了をされたか、催眠術にでも掛かってしまったのでしょうか。


「おい、ちゃんと話を聞いているのか?」

「はい、実は私もそうだと思っておりました」

「……これは聞いていない時の反応だ、リュリュの催眠術が残っているのかもな」

「ふむ…………ハグをしても良いか?」


 足を組み直しながら腕組みをし、普通おっぱいを強調してくださるシルヴィアさん。

 見る場所が多すぎて、他の部分に回す思考の余裕がありません。


「はい、全面的に同意見です」

「そうか」


 バッ、と両腕を広げて迫りくるシルヴィアさん。

 ……――ハッ!

 全身に広がる、シルヴィアさんからの圧倒的な冷気。


『死にましたー』


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