『偽善』二

 次の日の昼頃。やってきました二度目の闘技場。

 今回も他の皆とは別行動で、私一人で受付に来ています。


「昨日のアレは何ですか?」

「アレってなんだ。というかソレはこっちの台詞だろう」

「登場時の選手説明ですよ! あれじゃ完全に悪の召喚師じゃないですか!」

「実際はそれ以上だっただろ。何が不満なんだ」

「もっと光の戦士みたいな……こう、キラキラした感じのものをですね!」

「〝戦士〟というのは厳しいが、キラキラした感じのヤツだな? オーケー、伝えとこう」

「お願いしますよ……」

「ああ任せておけ。出番までは控室で待機してな」

「……わかりました」


 控室にまで行ってみると……既に選手の誰が死んでいるのでしょう。

 控室には血生臭い臭いが広がっています。

 私の前に居る選手は二人で、その内の一人が声を掛けてきました。


「へっ、初戦は凄かったな。あれの賭けをお前に掛けてたんだよ」

「えっと……」

「ガッポリ儲けさせてもらったぜ! ああ、俺の名前はダースってンだ!」

「えっと、ダースさんはもしかして……」

「その通り! 今回が初挑戦だぜ!! 一戦勝ってかわいい子をゲットするつもりだ!」


 陽気に話し続けているダースさん。

 体は仕上がっているようですが、彼は強いのでしょうか。


「可愛い上に戦える。そんな自由に出来る奴隷が欲しかったんだよ!」

「勝って奴隷にしたとしても、大事にしてあげて下さいね……?」

「んあ? そりゃあ大金使ってンだ。そう簡単にコキ捨てたりしねぇよ」

「そうですか……」


 微妙に観点が違うような気がしますが、まぁそれは、もう仕方の無い事。

 彼が勝っても負けても、それに干渉するのは止めましょう。

 と、そんな事を考えていると、ダースさんが呼ばれました。

 軽い挨拶を交わしたダースさんが闘技場へと続く扉の先に進んでいきます。

 ――ダースさんの戦闘時間は短く、五分程で帰ってきました。

 勿論――遺体で。

 ダースさんの遺体は両目が潰れていて、その後に心臓を一突き……といった状態。

 闘技場の相手はやはり手練れ揃いで、そう簡単にはいかないのでしょう。

 つい先程まで話していた人物の呆気ない死。

 それは予想以上に心に響くものでした。

 昨日の温泉で緩んでしまった覚悟が締め直されたような気がします。

 もう一人の剣闘士は二時間程度で帰ってきました。

 その手には、ボロボロになった女性が抱えられています。

 男性剣闘士の片耳は切り落とされていて、たぶん逆上して酷い事をしたのでしょう。

 助けてあげたい気持ちはあります。

 が、ここで暴れてしまうと身内を助けられない可能性が出てきます。

 ササナキさんを仲間にしての脱出路の確保。

 ――ですが今この場に居るのは、私と彼と、あとは負けた女性剣闘士のみ。

 職員は闘技場の方に行っていて丁度居ません。

 それでも、ここで大きな問題を起こしてしまえば……ッ。

 エルティーナさん達を無事に助け出すのが難しくなる危険性もあります。

 ポロロッカさんも〝変な気は起こすな〟と言っていました。

 ――なのでここは……ここは……――ッッ!!


「妖精さん、彼女を助けて下さい」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 妖精さん形体での笑い声が控室内に響きました。

 ――暗転。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると……。

 闘技場の職員らしき者が豚に剣を突き立てているところでした。


「プ、プギィイイイイィィィイイイイッ!!?」

「ったく、何処から入ってきやがった……って、なんで全裸なんだ?」

「…………」

「……はぁ。剣闘士は女の死体も捨てていっちまうし、どいつもこいつも自由だな」

「ブギップギギギギギッ……!」

「お前もそう思うだろ? なぁ豚」

「プ……プッ……ギィ…………」

「死んだか。ちゃんと美味しく料理してやるからな、安心しろ」

「あの女性は……?」

「処理場に運ばれてったよ。あー勿体ねぇ、怒りに任せてヤリ捨てられちまった」

「そんな……」


 では一体、私は何の為に……?

 豚になった彼は、きっと悪人ではあったのでしょう。

 ですがそれは、このように殺される程だったのでしょうか……?


 …………。


 私は偽善者です。

 誰かを殺したのに、誰かを助ける為だったと言い訳をしてしまう。

 最低最悪の偽善者なのでしょう。


「あの野郎、最後に女剣闘士の首の骨を折りやがったんだ」

「……そうですか」

「顔と性格の良い子から殺されるか、貰われていっちまう」

『さぁさぁ続きまして! 賞品剣闘士はリオン! 挑戦する剣闘士は前日からの連戦で――』


 闘技場内に響く、アナウンスの声。

 今はそれが、どこか遠い場所から聞こえてくるような気がしました。


「……っと、出番だぜオッサン」

「…………」


 私は、どうしようもない程に悪人です。

 きっと行きつく先は、豚になって死んだ彼と大差無いでしょう。

 ……ですが――例え、ほんの少し先にソレが待ち受けていようとも。

 私は最後まで、偽善者であり続けてやりましょう。

 それが私という人間であり……私の生き方です。

 覚悟はもう――済ませてきました。

 私はフード付きローブだけを羽織り、闘技場への道を進みます。


『闇の中でさえ眩しい程の黒い輝きを放つ男! 最悪の到来か? いや、この男こそ魔王と双璧を成す存在だ!! 男の触手はどんな希望をも絡め取ってしまうぞ! 男の真の実力は未知数!! 今回はどんな戦いを見せてくれるのか……――挑戦者! 黒星の召喚術師!! その名も……――オッサァァァァァァァン――――ッッ!!』


 耳が痛くなるような大歓声が闘技場内に響きました。

 ……誰が魔王と双璧を成す者ですか。

 邪悪過ぎる前口上に悲しい気持ちになってしまいました。

 が、杖を地面に突き立てて真っ直ぐに対戦相手を見つめます。


『それでは――試合開始ィィィイイイ!!』

「妖精さ――」

「【短駆け!】」


 眼前に居た青髪の剣闘士が消えたかと思えば――。

 私の視界は傾き――地面に落ちていきます。

 ……首を、切り落とされたのでしょう。


 暗転。


『死にましたー』


 暗闇から復帰すると、女性剣闘士の反対側に立っていました。


『これはどういう事だァ!? 確かに首が地面に落ちていたオッサン! 地面に溶けたかと思えば別の場所に全裸で湧いたァ!! その手に持っている杖に何か秘密があるのかァッ!!?』


 闘技場内に響くアナウンス。

 その声には驚きの色が強濃く浮き出ているようでした。


「馬鹿な!!?」

「ちなみに、この杖は関係ないですよ。ただの飾りです」


 私は地面に杖を突き刺して手を離します。


「た、確かに手ごたえはあった筈だ! だと言うのに、何故だ!!?」

「普通の攻撃では私を倒す事など叶いません。――妖精さん、力を貸して下さい」


 褐色幼女形体になった妖精さん。

 そして――響く、妖精さんの笑い声。

 ズルリと地面から這い出したのは一体の――おっさん花セカンド。


「……へぁ……? なに……あれ……」


 おっさん花セカンド。触手が集まって形成されている無数の腕。

 その上に生えている、おっさん花の首が変な角度に曲がっているのが特徴です。

 それを見て完全に固まってしまったリオンさん。

 足をガクガクと震わせて、立っているのがやっとだという状態です。


「行きますよ」

「――ひっ! 【短駆け!!】」


 四の腕を伸ばして地面を大きく削り取ったおっさん花セカンド。

 リオンさんの姿は闘技場の壁際です。


「や……やだっ……や、やめて……!」


 シンと静まり返っている闘技場。

 が、リオンさんの怯えている姿にヤジを飛ばしてきました。

 ……やれ! 剥いちまえ! 犯せ! 殺せ! 等々……。


『お、おおっと! 普段は勝気のスピード自慢剣闘士リオン! 自分よりも二倍はあるう大男をも仕留めてきた彼女が珍しく怯えているゥ!! かく言う私も、少し漏らしてしまいましたァァアアッ!』


 そんな実況に対し、ヤジが飛び交います。


「てめぇの痴態なんて知らねェンだよ!!」

「リオンを漏らさせろ!!」

「俺も漏らしたぜクソがァッ!!」


 ……等々。


「も、漏らすからっ! 漏らしたから、助けてくれます……? ひうっ……っ……」


 涙をポロポロ流しているリオンさん。

 次の瞬間には太腿から黄金水が伝って……地面に吸い込まれていきました。


『剣闘士リオン! 漏らしたァァァアアアアアアア!! ……いやこれは……自発的に漏らしたものなので漏らしたというよりは放尿かァッ!!?』


 飛び交う観衆のヤジ。

 ……この状況で、まだ勝利の判定にはならないのでしょうか……?

 観衆のヤジとリオンさんの反応から判断するに……まさか。

 リオンさんには、リタイアという選択肢は与えられていないのでしょうか。

 となると本当に心の底から嫌ではありますが……一芝居うつしかありません。

 この都市から脱出するまでなら、私が恐れられていた方が安全です。

 仲間に被害が出にくいのなら、それが一番でしょう。


「……ちっ、排尿だらけとは汚いですね」


 嘘です、リオンさん程の美少女おしっこであれば汚いワケがありません。

 それは黄金水というジャンルに入る伝説の聖水です。


「私は綺麗なものが好きでしてね。汚いリオンさんは嫌なのですが……実況さん! 嫌でもヤらねばならないと!!?」


 ――響く、妖精さんの笑い声。


『い、いえ。それはですね……ですが……!』

「お、おっきい方も、漏らしますから……い、命だけは……っ……んっっ……くぅっ……!」


 ――!!?

 地面には落ちていませんが、漏らしてしまったのでしょうか。

 とは言え私には、そういった趣味はありません。

 涙目で息を荒くして媚びた目で精一杯の笑みを浮かべようとしているリオンさん。


 ……。

 …………。

 ………………。





 可哀想すぎるのは、全く興奮できません。

 私は落ちていたフード付きローブと杖を回収して、闘技場の出口を目指しました。


「帰ります。私の勝ちでいいですね」

『えあっ……はっ! 流石にあの状態では好みが分かれるでしょう! 勝者オッサン!!』


 私にとってはアレでしたが、観客にとっては好みのものであったようです。

 そこそこ強い歓声が響きました。

 やはりこの地下都市には、あまり長居しない方がいいかもしれません。

 長居し過ぎると、マイサンが不能になってしまいそうです。

 どういう原理で出てきたのかは不明ですが……。

 おっさん花セカンドは、もう出さない方がいいかもしれません。

 一戦目に続き、私はほぼ不戦勝のような勝利を勝ち取りました。

 こんなに虚しい勝利は――タクミ戦以来。

 私には、ジェンベルさんの酒場でストリップを楽しむ方が性に合っています。



 私は血に濡れた闘技場の道を通って、この場を後にしました。

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