『偽善』一

 拠点にしている木造小屋の中での休憩中。


「い、一試合目、おつかれさま!」

「勇者様……」

「流石のアタイも、アレにはドン引きだったわ」

「ユリおねぇちゃん。一歩間違ってたら、シズハ達がアレと戦ってたよ?」

「…………ジュンジュワー?」

「そうなってた可能性は高いね」

「ひえー」


 人一倍、私から距離を取ったユリさん。


「オッサン様は昨日の夜とは別ジ――モゴモゴモゴ……ニコラ? 一体何を」

「あはははは、そういう事は黙ってようかー」


 何かを言おうとしたシズハさんの口を押えて止めたニコラさん。

 私とユリさんは揃って首を傾げてしまいます。


「ゆ、勇者様! わたし、お風呂に行きたいのだけれどっ!」

「闘技場は一日一戦だけですからね。ユリさん、どこかに銭湯のような場所は?」

「あるっちゃある。それも温泉がね」

「おおっ!!」

「ただし――全て混浴だ」


 ――ッ!?


「だからアタイも滅多に利用しないし、普段は体を拭くだけに済ましてるよ」

「では女性の利用客は居ないのでは?」

「まぁ女で利用するのは娼婦の連中が多いね」

「……困りましたね。私一人であればまだしも、他は全員女性になる訳ですし」

「わたしは勇者様が居れば気にしないのだけれど、二人でいく?」

「ぐぬぬぬ――ッ!」


 激しい葛藤が私を襲います。

 ――ナターリアと、二人でッ!


「ぐへへ、そっちの子が行くならアタイも……」

「んー……まぁ、ボクはやめとこうかな。ヨウ君が居ない場所で肌は出したくないし」

「ユリおねぇちゃんが行くなら、シズハは当然行く」


 ニコラさん以外は温泉に行く流れでしょうか?

 と私が考えていたら、ニコラさんは外出の準備をしながら口を開きました。


「ボクの場合は、まだヨウ君を探したいからね」

「あっ! 確かに時間があるのなら、エルティーナさんを探すべきですよね」

「探し始めたらキミ、夕暮れまで探しちゃうでしょ」

「それはまぁ……」

「ササナキって人を助けて脱出路も確保しなきゃだから、休養は大切だよ」

「そう……ですね。了解しました」



 ◆



 なんやかんやとありましたが、とうとうやってきてしまいました――混浴。

 道中では道行く人々に避けられていたような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。

 混浴と言っても脱衣所は別で、受付でお金を支払ってから二手に別れます。

 男性用の脱衣所に来てみると……引き締まった体の持ち主が多いのが見て取れました。

 このような環境である為、自然と鍛えられてしまうのかもしれません。

 それを見てクスクスと笑う妖精さん。

 ムキムキな方々は妖精さんの笑い声を聞くなり顔を青くしたかと思えば――。

 私の姿を見て全員が後ずさりをしました。

 これは……いけない流れです。


 ――混浴――。


 それは男性と女性がいるからこそのお風呂。

 万が一女性だらけのお風呂に男性が私のみとなってしまえば。

 それは混浴であって異なるものになってしまいます。

 環境から見るに女性客も相当な数が居るはず。

 男性客の皆がそれをチラチラと見るのであれば恥ずかしさは人数割り。

 が、それが私一人になった場合、恥ずかしさで直視する事ができなくなります。

 男性が居るからこその――混浴。

 ここは気さくな挨拶の一つでもして場を和ませなくてはなりません。

 ――響く、妖精さんの笑い声。


「み、みなさん! ごきげんよう!!」

「……お、おう?」

「不気味な笑い声以外は、意外と普通そうだな?」


 一時はどうなる事かと思いましたが、無事に皆さんでお風呂に入れそうです。


「裸の付き合いというのは良いものです。あっ、実を言うと私は今回、仲間の女性と一緒に来ていましてですね。それがまた美人揃いで――」


 ――ガタッ。

 不意に、誰かが物を取り落したような音が聞こえてきました。

 その音の出所を見てみると、そこには――。


「お、おおおっ、お前! お前のツレって事ァ――ッッ!!」


 おやっ、こり男性には何処かで見覚えがあったような……。


「見逃すって言ってたのに結局殺しに来たってのか……? ――ッ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」


 そんな寒気を感じる言葉を残して銭湯を出て行った彼は、確か――木造小屋の持ち主。

 ナターリアに仲間を皆殺しにされたゴロツキの男です。

 ――森へ帰ったのでは、なかったのですか……?


「確かあいつ……〝見た目だけは美少女〟の悪魔に、仲間を皆殺しにされたって……」

「内臓を玩具のように扱う女だったとも……」

「あ、ああ。挙句の果てに拠点の木造小屋も奪われて?」

「それで何とか命だけは見逃して貰ったって……な」

「おい……」

「……ああ」


 シルヴィアさんが出て来ていないというのに、凍てつくような空気が流れています。

 見渡してみると数人は既に逃げる準備をしているところ。

 ――いけません。

 何としてでも一言で場を和ませなくては、皆が居なくなってしまう危険があります。

 しかし一体、何と言えば……?

 異世界ジョークなんて、私では咄嗟に思い浮かびません。

 ならば、せめて共通の話題で場を和ませましょう。

 この場に居る皆が知っている……共通の話題。

 ……共通の……話題……。

 ――! 閃きました!!


「み、皆さんはご存知ですか?」

『『『…………?』』』

「――木造小屋の扉って、内側に開くんですよ……?」


 響く、妖精さんの笑い声。


『『『うわぁあああぁぁぁあああああああああああああああああああ――――ッッ!!』』』


 血相を変えて銭湯から出て行ってしまう皆さん。

 服やら荷物やらが残っているのですが、それはいいのでしょうか……?

 ……ちょっと泣きそう。

 気落ちしていても仕方が無いので私は服を脱ぎ……。

 タオル一枚になってから湯船を目指して移動します。

 視界の端に入った張り紙には、いかがわしい絵と共に書かれている文字が。

 おそらくは『性行為禁止。破ったら殺す』的な事が書かれているのでしょう。

 たぶんアレがアレして、掃除が大変だったり、水回りが詰まるのかもしれません。

 扉を開けて中へと入ってみると、そこは――混浴という名のパラダイス。

 多少の男性客は居るのですが、殆どは見目の麗しい女性ばかり。

 殆どの人は体をタオルなどで隠してはいなくて、堂々とした佇まいです。

 が、これでは逆に興奮を覚えません。


「ぐへへ、ナターリアちゃんはバスタオル巻かない派かぁ」

「ユリおねぇちゃんは無い方が喜ぶから、シズハは巻いてません」

「ん、わたしはそういうの気にしないのだけれど。普通は巻いた方がいいのかしら?」

「少なくともオッサン様は、巻いた方が喜ぶむっつりタイプかと」


 とはいえ混浴とは……もろもろ含めて最強なのです。

 今なら世界最強のカナブンにだって勝てるでしょう。

 幸運に恵まれたら、シルヴィアさんにだって勝てるはず。

 まぁ鶏とキサラさんは……少しだけ難しいかもしれませんが。


「うふふっ。勇者様ってばそんなところにボーっと立って、どうしてしまったのかしらっ?」

「――ッ!?」


 胸の突起が見えないギリギリのラインでタオルを巻いているナターリア。

 ナターリアが後ろで手を組んでいて、前屈みに上目遣いという必殺技を放ってきます。

 タオルは既に水で濡れていて、ナターリアの体にピッタリと張り付いていました。

 タオルの生地はあまり厚くないのか、うっすらと褐色の肌が透けています。

 ――これは、隠す気があるのでしょうか……? それとも無いのでしょうか?

 私がほんの少しでも変な気を起こしてタオルに触れてしまえば……ええ。

 それは瞬く間に眼前に晒される事となるでしょう。

 っ……今は体に力を入れてはなりません。

 何故なら、マイサンが猛烈に私へと呼び掛けてきているのです。

 落ち着いて下さい、マイサァァァァァン!!


「い、いえ、大丈夫です。とりあえず体を流してこないといけないので……」

「わたしが流してあげてもいいのだけれど?」


 ――呼んだ?


 ぐぁあああああああああああああ――!!?

 落ち着くのですマイサン。

 それにしても――何故でしょうか。

 昨夜を超えてからのナターリアは愛らしさが倍増しているような気がしてなりません。

 ナターリアが声を掛けてくるだけで、マイサンが産声を上げようとしているのです。

 こんな恰好をしているナターリアが……。

 私好みドストライクのシチュエーションで掛けてきたら……――。


 ――呼んだ、だるるぉぉぉお?


「あらっ……うふふふふっ!」


 私の顔とマイサンを交互に見て、そんな艶のある笑い声を上げたナターリア。

 ナターリアは私の右腕に抱き着くと流し場まで引っ張っていってくれました。

 腕に伝わってくる柔らかい感触はバスタオル越しでも凄まじく。

 距離が近い為に時々当たるナターリアの太腿は……ッ。

 私のマイサン、もう抑えきれません。

 煩悩大臣が脳内の支配領域を拡大していっています。

 私の決意は、こんなにも脆いものだったのでしょうか……?

 ――否、そんなワケがありません。

 この程度のスキンシップで崩れる程やわい決意はしていないのです。

 しかし、では何故、私は彼女に、されるがまま体を洗われているのでしょうか?


「ごしっ、ごしっ! ごしっ、ごしっ! うふふっ、きもちいい?」

「せ、背中だけですよ。前は……前は自分で洗いますから……!」

「わたしは前も洗ってあげていいのだけれど? 勿論、笑ったりなんてしないわっ!」


 ナターリアは一体、ナニを笑ったりしないのでしょうか……?

 大丈夫、マイサンは元気なマイサンです。恥ずかしいモノではありません。

 銭湯にいる他の男性のビックダディーは確かにビッグなのですが、違うのです。

 マイサンとは大小問わずに希望とロマンが詰まっているものなのです。

 そうだとエロイ人が言っていました。

 ……悲しいみ。


「あっ、あれっ? なんか元気が……! んっしょっ、んっしょっ!」


 背中に広がる、幸せ過ぎる肌の感触。

 それはタオルなどとは比較にならない圧倒的質感で……。

 私の汚肌にぷにスリしてきていました。

 なにより、言葉にする事のできない大切なものが、幸せを送り届けてきています。

 これは……これは――。


 ――呼んじまえ、よぉぉぉぉおお。


「うふふっ」


 それから綺麗になるまで、ナターリアに洗われ続けましたが。

 私は何とか自制心を保つことに成功しました。

 ――ナターリアのお父さん、お母さん。

 ナターリアこの世に生んでくれて、ありがとうございます。

 湯船に入ってからは、ナターリアが変な事をしてくる事はありませんでした。

 私の隣で静かにお湯に浸かっています。

 常に押してくるのではなく、インターバルを設けてくれているのでしょう。

 こういった配慮をしてくれる辺りに歳相応の経験を感じさせられました。

 湯船の水は少しだけトロみを帯びていて、この温質は肌に良いのかもしれません。

 このような温泉が町にあれば是非とも愛用したいところです。

 とはいえ、この温泉は地下都市だからという副産物なのかもしれません。

 それでも今この瞬間だけは――ゆっくりと体を癒す事にしましょう。

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