『不幸か幸福か』二

 再び空を見上げてみれば、かなり有利な戦況になっていました。

 城壁から飛んでいる魔力バリスタの援護が、かなり大きいのでしょう。


「オッサン! 大丈夫でしたか!?」

「ええ、エルティーナさんもご無事でなによりです」


 メイス片手に駆け寄ってきたのはエルティーナさん。

 投下された目玉触手の魔物とも戦ったのでしょう。

 エルティーナさんのメイスは見事な血濡れメイスになっています。

 知り合いでなければ裸足で逃げ出していたかもしれません。


「よかった。それと……子供たちを見かけませんでしたか?」

「子供たち?」


 エルティーナさんの後方には廃教会の子供たちの姿が視えています。

 が、トゥルー君をパーティーリーダとした〝猟犬群〟の姿が見当たりません。


「トゥルー君達ですね?」

「はい。穴から魔物が出てくる前に聞こえてきて悲鳴に反応して……」

「分かりました、探してみましょう。皆さんはどっちの方向に?」

「あっちです」


 心配そうな顔をしているエルティーナさんが指差した先は……路地道。

 民家が連なっている場所で入り組んだ道が多くあるような場所です。

 スラムで慣れているトゥルー君らが迷う事はないでしょう。

 が、他の戦力からの増援が期待できない場所です。

 万が一ここと同じだけのスケルトンが湧きだしていたとしたら――。

 私はエルティーナさんに一言だけ残し、駆け出します。


「――行ってきます!」

「お気をつけて……」



 ◆


 指の差された方向に走ることしばらく。

 白い粉の小さな山が、いくつも点在している場所が見つかりました。

 手で直接触れてみると、それが灰であると判ります。


「自然物、でないのは間違いないですね」


 私は直感的に灰の山を辿るように歩を進めます。

 盛り灰を辿ってしばらく進むと……フォス君が一人で立っているのを発見しました。

 その周囲に舞い散っている大量の灰。

 住宅地の一角は、かなり異様な雰囲気を醸し出しています。

 フォス君が立っている場所の傍には、マンホールサイズの穴が開いていました。

 フォス君は、その穴の中を覗きこんで様子を窺っているのだと見て取れます。

 近づくと顔を上げて私の方を見てきたフォス君。


「ああ、我等が救世者オッサン。ここは任せて頂いて大丈夫ですよ」

「これは、フォス君が一人で……?」


 ――大量に舞い散っている灰。

 状況を見るに、この光景を作り出したのはフォスくんしか居ません。


「はい、アンデッドに対しては滅法強い僕がここで足止めをして他の仲間が救助に向かう。一番合理的な判断です。みんなは多少渋りましたが瞬きの間にアンデッドを浄化して見せたのと、ナターリアさんのお言葉の御かげで最良の行動を取る事が出来ました」


 ――スケルトンであった物。

 元々はスケルトンであった大量の灰の山が風に乗って舞い上がり……。

 優しげな笑みを浮かべているフォス君に不気味な影を落としています。

 この世界の聖職者とは全員こんなにも、アンデッドに強いものなのでしょうか?

 こんなにも、アンデッドに対する絶対的な優位性を持っているものなのでしょうか。

 この世界で初めて見た教会の聖職者は、これ以上の実力を持っていたのでしょうか……?

 ――否、直感的にそれは間違っているのだと理解させられました。

 私はこの圧倒的な力を、どこか別の場所で体感した事があります。

 最近もずっと傍に居た……圧倒的な存在。

 更には、その者がフォス君に対して言った、あの言葉。

 ――『意外と残っているものなのだな……』という、シルヴィアさんの言葉。

 そして、あの星の夜にシルヴィアさんと話した会話の内容。

 まさか――。 


「…………」

「ここはもう大丈夫だと思うので僕も皆の場所へと向かいます」

「……私も子供達を探していたところなので、ご一緒してもいいですか?」

「ええ、もちろんですとも! 大歓迎です!!」


 同行を願い出たると快諾してくれたフォス君。

 シルヴィアさんとは全く違う性格。だというのに――。

 そうなのではないかという疑惑が、私の中で激しく浮き沈みしています。

 なので私は一つだけ、フォス君に質問を投げかけてみることに。


「ところでフォス君。フォス君は今年で何歳なのですか?」

「僕の歳ですか? 二千年以上前の記憶は消失しているので分かりませんね」

「そう、ですか……」


 ――二千歳以上。

 私は理解してしまいました。

 フォス君が、シルヴィアさんと同等の存在であるという事に……。



 ◆



 結果的には無事トゥルー君らと合流する事が出来ました。

 合流したのは路地の行き止まり。

 が、そこに転がっていたのは原型の無くなっている親子らしき肉片。

 泣き崩れていたナターリア以外の子供達。

 その近くには見事に両断された目玉触手の魔物も転がっていました。

 何とか全員を宥めた私は子供達を連れて仮設司令部にまで移動します。

 エルティーナさんにと合流したところで別れ、城壁へと向かいました。

 今もなお魔王軍との戦力差は数の上で圧倒的に負けているのでしょう。

 ですが現在は制空権も完全に支配しています。

 シルヴィアさんも、かなり疲弊しながらも勝ちをもぎ取り帰ってきました。



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