『食肉プラント』二

 暗闇が晴れると私は、ナターリア達からかなり離れた位置に立っていました。


「こけぇ~?」


 ――ッ! ――――ッッ!?!?

 背中に触れる、ふわりとした羽毛の感触。

 恐る恐る振り向いて見てみると、そこに居たのは――キサラさん。


「こけぇ……」

「な、なんですか……?」


 キサラさんとの距離は数センチ。

 まじまじと私を見てくるキサラさん。

 まさかこのまま……殺される?

 シルヴィアさんの一割くらいの力を持っていれば、それは容易く達成されます。

 冷や汗と油汗が……溢れ出してきて止まりません。


「こけぇ♪」


 不意に、キサラさんが二つの翼と一つの腕で抱き付いて来ました。

 あぁああああ!! 鳥肌が止まりません!!!

 ダブル鳥頭からなる上目遣いは強力なので片方の頭は完全な鶏。

 本当に申し訳ないのですが、シルヴィアさんとは別の意味で近づかないで頂きたい。

 ――ふにっと背中に押し付けられている双丘は柔らかく……。

 マサインに問い掛けてくる感触が私を襲います。

 マイサンは鶏的な部分に反応しているのではありません。

 女性的な部分に反応している……と信じたいところ。


「……信じられん」

「うー……!!」


 ふと周囲を見渡してみれば二羽の鶏が完全に停止しています。

 その光景を驚いた表情で見ているマキロンさんと頬を膨らませているナターリア。

 マキロンさんとパンちゃんを中心に青い膜が展開されています。

 恐らくは、それで鶏の爆発を凌いだのでしょう。

 周囲には何か所かの爆発の形跡があるので、十体は居たのかもしれません。

 にも拘らず、施設のガラスドームが割れていません。

 焼け跡を除けば被害は少々物が散らかっている程度。

 ……そして私を見てくる、ジトっとした視線。


「勇者さま……?」


 私には判りません。

 鶏と人間で修羅場になっても良いものなのでしょうか?

 教えて下さい――鶏先生。

 ……否、スズキ先生。



 ◆



 事態は無事に収束して場所は変わらずの食肉プラント。

 私は身格好を整えて、いつもの姿を取り戻しました。


「驚いたな、そいつを手懐けられるとは思わなかった」

「こけ~?」

「まさか……不細工が好きなのか?」

「こけ~?」

「ふむ。自分の歪さと相手の歪さを重ね合わせているのかもしれないな」

「こけ~?」

「ああいや、オッサンとスズキの存在感が原因か?」

「こっ、こけ~?」

「浮世離れした雰囲気も似ているな。それで上手く行ったのかもしれない」

「こけ~?」


 何気に酷い事を言っているマキロンさんに首を傾げているキサラさん。

 確かにこの世界には、私のような顔をしている者は一人も居ません。

 ですがそれは、あんまりに、あんまりなのではないでしょうか。


「マキロンさん。スズキというのは多分、私の同郷です」

「そうなのか?」

「ええ。随分と時代がズレているような気はしますが、たぶん知り合いです」

「となると、オッサンは異世界人か。異世界の壁は思っているよりも厚い」

「異世界との壁、ですか?」

「ああ。時代の流れがグチャグチヤに歪んでしまう程度にな」


 ――時間の歪み。

 SFジャンルには詳しくない私なのですが……なるほど。

 異世界が存在しているのなら、そのくらいの事が起こっても不思議じゃありません。


「その影響を殆ど受けないパターンと言えば、高次元からの干渉があった時だな」

「なるほど……」


 私の周りには二羽の鶏がテクテクと歩いています。

 首を前後に動かして進む様などは鶏そのもの。

 そして何より……私のローブの裾を掴んで離さないキサラさん。

 ナターリアはふくれっ面になっていて珍しくやきもちを焼いているご様子。

 右手を背中側に回していて今にも手羽先を作り出しそうな勢いです。

 ですがキサラさんが爆発する可能性があるので、それは止めて頂きたいところ。


「コケッ♪」


 ……ふと、キサラさんが何かを差し出してきました。

 キサラさんの掌に乗っていたのは――卵。

 僅かにねっとりとしている白い卵です。

 それは、まるで今生みましたよとでも言わんばかりの――美しい卵。


「おぉ、良かったな」


 そう言って笑いかけてきたのはマキロンさん。

 冗談で言っているとかでは無く、本心から出てきた言葉であるように感じられました。

 私は黙って卵を受け取り。

 ボロボロになっているバックパックの中へと仕舞い込みました。

 持ってきて良かった、メビウスの新芽の回収ケース。

 回収ケースは無駄にあと二つ残っていて、二つは教会に置いてきています。

 帰ったらTKGを作りましょう。

 まぁ、有卵生でなければ話ですが……。


「まぁ何にせよ、キサラが仲間になるのなら食肉プラントは制圧だ」

「ほっと一安心ですね」

「それとオッサン、少しだけ二人で話をしたい。前の部屋に俺と戻ってくれ」

「えっ……」


 真剣な顔をしてそう言ってきたマキロンさん。

 私はマキロンさんがホモで無い事を願います。

 ホモ成分はトゥルー君でお腹いっぱい。

 ――あー! 高階級のカード落としちゃったー! と言われない事を願うばかり。


「こけぇー?」

「……少し行ってきます。キサラさんは待っていて下さい」

「こけぇ~……」


 しょんぼりとしながらも手を離してくれたキサラさん。

 こんな見た目ではありますが人語を解しているご様子です。

 私はマキロンさんに言われるがまま前の部屋へとやってきました。

 扉はきっちりと閉められていて、それなりに広い部屋で二人っきり。


「さて……少し言い難い事なんだが」


 ドンピシャリ。これは愛の告白の前振りです。

 何時の間にか私は、マキロンさんの心を射止めてしまっていたのでしょうか。

 心の内より溢れ出す、モワモワとした吐瀉物が止まりません。


「キサラの話しだ」

「……何か問題が?」

「まず奴は、頭がよくて人語を解す事が可能だ」

「そのようですね。先ほどの反応でも、その点だけは理解できました」

「そして奴は――人語を話せる」

「……?」


 マキロンさんは一体、何を言っているのでしょうか。

 私はこの遺跡に来てから疑問の連発でした。

 が、これが一番理解出来ません。

 あんなにも鳥頭で「こけー」以外の言葉を話していないというのに。

 もしかして、アレを人語だとでも言うつもりなのでしょうか。

 もし違うと言うのなら――。


「ヤツはな、頭が悪いフリをしている……ケホッ」

「そんなまさか……! もし本当だと言うのなら一体何のために!」

「知らん。だが奴は、間違いなく頭が良い。演算戦も多少はできる筈だ」

「確証の程は?」

「俺の言葉だけ」

「……嘘を吐く理由はありませんからね。信じますよ」

「俺もヤツの声を聞いたのは一度きり。食肉を回収する為にあの部屋へと入った時だ」

「それは珍しいのですか?」

「そうだな。まぁスズキと二人きりになると、よく話したと聞いた」

「不思議ですね」

「声を聴こうとマジックミラーの部屋に移動させると――全く話さなくなるらしい」

「少し気になりますね」

「……ゲホッ……やめた方が良い。声が美し過ぎて危うく惚れてそうになった」

「声で一目惚れ?」

「でだ。ここからが肝心な話になる」

「……はい」


 惚れてしまう程に美しい声。

 ――気になります。


「ヤツの頭の良さに気が付くな」

「……? 何故?」

「理由は不明だが、奴の頭の良さに気づいたと悟られれば襲われる。性的にな」

「……へっ?」


 全くもって意味が解りません。

 何故、頭が良いのに気が付いたら襲われるのでしょうか。

 スズキという人物に懐いた話や、私に懐いた事にも何か関係が……?

 鳥の心情は鳥のみぞ知る、という事なのでしょうか。


「俺にも行動の原理が解らん」

「そうですか……」

「知りたければブルーエッグに直接訊くのが一番なのだろうが……もう居ないのだろう?」

「話を聞く限り、そのようですね」

「俺は危うく……ゲホッ、オエッ!! スズキの子供入り茹で卵を食わされそうになった」


 ――ッ。

 通常の有卵生タマゴですら嫌な気持ちにさせられるというのに。

 それに同族のものが入っていたとしたら――。

 その不快感は計り知れません。


「実験で一つ育てられた事もあった。が、化け物過ぎてな。すぐに処分された」

「それを食べるのは……死んでも嫌ですね」

「だろう? 身近な者に卵を食わせるつもりなら絶対に気が付くな。俺からはそれだけだ」


 話を終えて食肉プラントへと戻ってくると、扉にぴったりと耳を張り付けていた三名。

 扉が開いたと同時に崩れて山になりました。


「パンちゃんとキサラ、お前たちは此処の防音性能を知っている筈だろう」

「イエ、私ハオフタリニ合ワセマシタ」

「こけぇ~?」

「ふ、ふたりとも重すぎっ! 早く退いてくれないと、わたしが潰れてしまうわっ!!」


 壁は防音になっているらしく、中の声は届いていなかったご様子。

 今の会話がキサラさんに聞こえていなくて本当に良かったです。


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