『高貴な者』一
私達のグループは目立たないように路地を駆け抜けます。
こちら側の任務は敵の指令部を叩き、破壊する事。
戦闘で敵を倒す派手な仕事がメインではなく、地味な仕事なのかもしれません。
しかしこれが重要な任務だという事は、心の底から理解しています。
理解しては、いるのですが――。
「ひぃ、ひぃ……ぜぇ、ひぃ……っうっ……!」
気持ちと体力は別問題。
私以外の者にとってはジョギングペースなのでしょう。
が、私にとっては、全力疾走だったのです。
「うーん、流石にもう少しくらい体力をつけた方がいいんじゃないか?」
「ゆうしゃさま、かっこいい……」
「恋は盲目って言うけどぉ、大丈夫かしらねぇこの子ぉ~」
「……さっきから同じことしか言ってないな」
「…………」
いけません。
最初は勢いよく案内してくれていた妖精さんでしたが。
今は様子を見ながらゆっくりと移動してくれています。
司令部破壊組の中で今の私に肯定的なのは、盲者と化しているナターリアだけ。
妖精さんにおっさん花を出してもらうのは目立ちすぎるので却下です。
そもそもおっさん花を出す為には、妖精さんが妖精さんの姿ではいられません。
褐色幼女形体の妖精さんも私と同じく移動速度が高くないのです。
目を離すといつの間にか傍に来ていますが、先導するのには向いていません。
「オッサン、私が抱えて走ってやろうか? 体力的には余裕だぞ」
「えっ!? それならわたしがおんぶしたいわっ!!」
アロエさんは兎も角、ナターリアにおんぶをされる……?
私がナターリアをおんぶするのなら問題はありません。
が、しかし、その逆は流石に絵面が酷過ぎるのではないでしょうか?
何も知らない者が見たら虐待だと通報されかねません。
「モテモテねぇ~。まぁ持たれる方なんだけどぉ?」
「……はぁ。このメンバーなら俺が居なくても大丈夫だろ。俺が抱えて走る」
「ポ、ポロロロッカさん。お、おねがいします!」
「〝ロ〟が一つ多いぞ」
「ポロッカさん?」
「……それだけ冗談が言えれば、もう平気だな」
そんな事を言いながらも私を小脇に抱えてくれたポロロッカさん。
ポロロッカさんの身長が高いので殆どは大丈夫なですが……。
「ポロロッカさん。多分これ、走ると足を引きずります」
「……結局背負う事になるのか」
「すみません」
「……気にするな。って言わないと、背負いたい奴等の視線が痛いからな」
ササナキさんが羨ましそうに私を見てきています。
それから、アロエさんとナターリアの恨めしい、この視線。
特にナターリアの視線がポロロッカさんに突き刺さっています。
ついさっき好きだと明言してしまった相手に背負われる。
それに勝る羞恥プレイは他にないでしょう。
「……で、どっちだ?」
「あっちです」
私が指を差した先を見て、顔を顰めたポロロッカさん。
妖精さんが指し示す先は建物の扉。
これが近道なのか、敵との戦闘を避ける為のものなのかは判りません。
ナターリアとアロエさんが扉の前に移動し、中の様子を耳で探りました。
「いるね」
「いるな」
建物の扉は木製。
二人の言うように中に誰かが居るのだとすれば、物音で気が付かれています。
アロエさんは手信号で〝数二〟とやってから、リュリュさんを手招きしました。
リュリュさんは私を下ろそうとしたポロロッカさんを手で止めます。
「この気配、たぶん一般人よぉ~」
「……そうか」
そんな事を言いながらも両手にエストックを構え、扉に近づいたリュリュさん。
私以外は、この建物の中にどんな相手が居るのかを理解しているのでしょう。
城壁の方では戦闘が激化しているのか、激しい喧騒が聞こえてきています。
「行くわっ! 【ディーサーセンブル!】」
ククリナイフを突き立てられた扉が、バラバラになって弾け飛びました。
あの技は生命体以外にも有効だったようです。
ぬるりと体を建物内へと滑り込ませていく三人。
……数秒もするとリュリュさんが出てきて、手招きをしてきました。
私はポロロッカさんに抱えられたまま建物の中に入ります。
周囲の様子を探りながら、それに続いたササナキさん。
建物の中は文字通り、一般家庭の内装。
別の扉の前ではナターリアが外の様子を窺っています。
「中に居るという人たちは……」
「こっちだ」
声のした方を見てみると、壁際に座らされている親子の純魔族が二人。
母親とその娘というところでしょうか。
その傍にはアロエさんが立っています。
武器は抜いていますが、切っ先は家族の方に向けていません。
「おじゃまします……」
「「…………」」
当然ですが、無反応。
扉をバラバラにして侵入してきた者達など、邪魔者以外の何者でもありません。
しかも声を掛けてきたのが屈強な男に背負われた私ともなれば……。
ええ、反応を返してくれないのも仕方が無いでしょう。
「顔合わせの時にお前が言ってたから殺してないが、どうする?」
「あらぁ~。殺すのを止められたと思ったら、そういう理由があったのねぇ」
「……突入にオッサンの部隊員が居てよかったな。俺たちだけなら殺してた」
「きっと他の連中ならぁ、慰み者にした後に殺していたわよぉ~」
「アロエさん、止めてくださり、ありがとうございました」
「部隊方針だろ? 気にするな」
きっとリュリュさんがサクっと殺そうとしたのをアロエさんが止めたのでしょう。
ナターリアがチラチラとこちらを見てきています。
「リアも、止めてくれてありがとうございました」
「……! とっ、当然の事をしただけだわっ!」
気が付いてもらえたのが嬉しかったのか、笑顔で警戒作業に戻ったナターリア。
私は女性が髪を切ったのを気が付かないタイプなのですが、今回は正解です。
「で、どうする? 殺しておいた方が後顧の憂いは無いと思うが」
「……だめ。死人は少ないほうがいいわ」
意外……でもありませんでしたが、ササナキさんは殺すのに反対です。
元々彼女は戦うのが好きではないタイプ。
地下闘技場の時も私に害意があまり無いのを察知され、ほぼ不戦勝でした。
これはササナキさんの個性なのかエルフの特性なのかは判りませんが……。
少なくともササナキさんは、命を大切に思っているという事なのでしょう。
「そうです。彼女らが攻撃してこない非戦闘員である限り、殺すのは無しにしましょう」
「……はぁ。相変わらず甘いな」
「まぁこの子たちくらいならぁ、後ろから襲われても対処は余裕よねぇ」
「……だな。俺達もオッサンの指示に従おう」
「ありがとうございます」
私はポロロッカさんに抱えられながら、親子に言いました。
「いいですか、貴方がたが大人しくしてくれていれば手は出しません。ですが、この戦いで人族軍が勝った場合は上の方々が貴方達をどうするかも、私にはわかりません。……なのでそうなった場合は、速やかにこの都市から逃げて下さい」
無責任なのは理解しています。
しかし私には、彼女らの処遇を決める権力がありません。
何の意味も無いのかもしれませんが、言わなければ気が済みませんでした。
「勇者様、外は大丈夫そうだわ!」
「分かりました。では行きましょう」
ポロロッカさんに背負われながら外に出ると、先程までよりも少し広い通路に出ました。
しかし一般的には、この道も路地裏の通路と言われるかもしれません。
まぁ普通の剣であれば、なんとか振りまわせるかな? くらいの道幅です。
「どっちだ?」
「左です」
妖精さんが指し示す方向を指差しながら、ただ背負われているだけの私。
海路に使われる羅針盤の気持ちをたった今、理解する事が出来てしまいました。
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