『高貴な者』二
人間の羅針盤として背負われながら進む事しばらく。
自力で走っていた時には気が付きませんでしたが、足音が殆どありません。
足音を殆ど立てないで進む一行。
足音がしているかな? と思えるのは私を背負っているポロロッカさんのみ。
自身がどれだけ隠密作戦の足を引っ張っていたのかが理解できました。
――響く、妖精さんの笑い声。
妖精さんは口元に手を当てて笑っています。
ポロロッカさんは相変わらず妖精さんの笑い声が苦手なのか、足音が大きくなりました。
「……先の通路に六体」
ポロロッカさんの小さな声に反応し、音もなく駆け出した三人。
先行しながら影に消えたナターリアに、それに続くアロエさんとリュリュさん。
その姿も瞬きをしている間に消えてしまいました。
「ギィ……ッ!」
「……だめ」
ハッとなって後ろを見てみれば。
ササナキさんが黒ずくめの影にショートソードを突き刺していました。
ササナキさんがショートソードを引き抜くと黒い影は前のめりに倒れます。
倒れた拍子にフードが取れ、その顔が露わになりました。
「レッドキャップの暗殺者か」
黒い影の正体は赤い帽子を被ったゴブリン。
私には普通のゴブリンとの違いが判りません。
「……長く跡をつけられるのは面倒だったからな。でなきゃ止まらん」
もしかして気が付いて居なかったのは、私だけ……?
空を見上げてみれば、建物の隙間からシルヴィアさんとホープさんが見えました。
二人は並んで空を飛んでいて、向かってくる魔王軍の人型を瞬殺しています。
シルヴィアさんの見慣れた氷の技でしたが、ホープさんの攻撃は始めて見るもの。
ホープさんの攻撃は、腕の銃口から破壊光線のようにものを出す攻撃でした。
……かと思えば、光の玉を細かく打ち出す攻撃も存在しています。
ホープさんのはファンタジーというよりかは、SFっぽい攻撃でした。
「ポロロッカさん、シルヴィアさんとホープさんが編隊を組んで飛んでますよ」
「……敵からしたら悪夢だな」
チラリと空を見上げて、そのように言ったポロロッカさん。
言われてみればその通り。
理不尽の塊であるシルヴィアさんと、その完璧な補助をするホープさん。
敵からしたら悪夢以外の何ものでもありません。
遥か昔では彼女らの大群が編隊を組んで空を飛んでいたと思うと……。
敵対していたマキロンさんの絶望感は、相当なものだった事でしょう。
「彼女らが空を飛んでいるという事は、落下した二人は助かったのですかね?」
「……だろうな」
一瞬何かを言いかけて、それを飲み込んで出てきた言葉。
――もしくは死んでいるか。
ポロロッカさんが最初に言いかけた言葉は、たぶんこっちなのでしょう。
「気を遣ってくれなくとも、私は理解していますよ」
「……そうか。お前は出会った頃と違って、少しだけこっち側寄りになったな」
「それは褒めてます?」
「褒めてるかどうかは兎も角、面倒くささが減ったのは間違いない」
そんな会話をしていると三人が帰ってきました。
その手には当然のように血濡れている武器。
倒れている黒ずくめのゴブリンを見ても無反応である事から考えるに……。
やはりこの追跡者に気が付いて居なかったのは、私だけ。
「先の六人は待ち伏せだったわぁ~」
「そっちの子と一組だったのだと思うわっ!」
「……なぁ、今の待ち伏せ不自然じゃないか?」
楽しげな様子の二人とは対照的に、腑に落ちない顔をしているアロエさん。
なぜか、笑みを浮かべていた二人の表情が一瞬で引き攣りました。
「ま、まぁ、そういう事もあるんじゃないかしらっ!」
「そうよねぇ~」
「いいや変だ。このタイミングの良さ、あの親子が密告したんじゃないのか?」
「「…………」」
アロエさんの言葉に、二人して目を逸らして黙ってしまいました。
――えっ?
この反応は、もしかして……。
「そ、そんな事より! 待ち伏せしてた魔族から司令部の場所を聞き出せたわっ!」
「もうかなり近いみたいだからぁ、案内なしでもタブン行けるわよぉ~」
「……? 二人ともなんか変だぞ?」
「空気読みなさいよ、空気をぉ~」
「ん? っ……あっ!」
私の顔を見て、何かに気が付いたように表情を引き攣らせたアロエさん。
……そんなに酷い顔をしていたのでしょうか。
「私なら大丈夫ですよ。裏切られるのにも裏切るのにも、慣れてしまいましたから」
「全っ然、大丈夫そうな顔してないわよぉ~」
「勇者様……」
「えっと、すまなかった」
全員が気遣うような視線で見てきます。
相手が魔族軍側の者である限り、こういう事態も想定しておくべきでした。
時間と手間を惜しまず、最低でも拘束をしておくべきだったのです。
「いえ、裏切られたのとは違いますね。元々こっち側じゃなかっただけです」
「殺しに戻る……?」
「リア、それは時間の無駄というものです。なのでその必要は、ありません」
意識していたワケでもないのに、少し強い口調になってしまいました。
この場に居る誰かが、あの家族らが害を加えてきたから、と言ったら。
最悪――誰かを殺しに向かわせねばならなくなります。
「うん。わかった」
「作戦目標が近いのなら、何より先にそっちを優先するべきです」
結局のところ、あの家族にとっては、人族軍は蛮族です。
ただ私が侵略者であったというだけの事。
確か攻めてきたのは魔王軍ですが、現在攻め込んでいるのはこちら側。
憎悪の感情を持っていたとしても仕方がない事だったのです。
「敵司令部を破壊したあとは、魔王軍の殲滅に加勢しましょう」
「勇者様、その殲滅って……」
「はい。他の魔王軍に告げ口をされ、跡をつけられた上に待ち伏せまでされました」
急がないといけないのに、言葉を待ってくれている皆さん。
「それでも私は――非戦闘員への暴行は無しでいきたいです」
私のワガママを黙って聞いてくれている仲間たち。
これは紛れもない偽善。
――いえ。
仲間を危険に晒す可能性すらある、酷い裏切り行為なのかもしれません。
だからこそ私は「ですが――」と言葉を続け。
「誰か一人でも殺したいという者が居れば、今回はその意見を受け入れます」
「……オッサンの言った通り時間の無駄だ。さっさと敵司令部を叩くぞ」
「ポロロッカさん……」
「もう走れるな?」
「はい」
ポロロッカさんが私を下ろしました。
体力は殆ど全回復しています。
多少の時間であれば全力疾走もする事も可能でしょう。
「よし。ここからは頼んだぞ」
「分かりました。では、力を貸して下さい――妖精さん!」
笑い声を響かせ、褐色幼女形体になった妖精さん。
更に響く、妖精さんの笑い声。
地面から這い出してきたのは二体。
――と思っていましたが、民家の屋根にも二体湧きました。
私に操作権があるのは通路に居る二体です。
「それでは――突撃!!」
狭い通路の壁などをゴリゴリ削りながら突き進んでいく、おっさん花。
おっさん花一体がギリギリ通れる幅の通路。
そのせいで前が見えないので、先頭を行くおっさん花の視界を共有化させます。
しばらく進んでいると、巡回らしき純魔族が五人立っていました。
驚きと恐怖の入り混じった表情で硬直した純魔族。
「な、なんだコイツは!!?」
武器を構えられたのは――戦士風の男、ただ一人。
「「うわぁあああああああああああ――――ッッ!!」」
「「……っ……っっ」」
二人が逃げ出して、二人が口をパクパクさせながらの直立不動。
そんな全員を――おっさん花で殺害します。
立ち向かってきた者の首を削り取り、直立不動の二人の心臓を一突き。
逃げ出した二人は足首を掴んで――。
「「アァアアアアアアアァアアア――――ッッッ!!?」」
空高くに投げ飛ばしました。
しばらく悲鳴が聞こえていましたが、屋根を走っていたおっさん花が捕食。
「おい! 前方に――……死んだか」
「頼りになる前衛よねぇ~」
「……慣れるまでは正気を削られるがな!」
走りながらチラリと後ろを見てみると、歩いて付いてきている妖精さん。
見ながら走っていると、みるみる距離が離れていくのですが……。
一瞬前を向いて後ろを見ると、その距離が詰まっています。
誰も見ていない時だけ、ワープでも出来るのでしょうか?
「はっ、はっ……っ! みなさん……! 後ろは見ないでくださいね!」
私は既に息切れしているというのに、どうして他の皆は余裕なのでしょうか。
息一つ乱さずお喋りする余裕もあるのです。
自信の体力の無なさを痛感せざるを得ません。
「……おいっ! 後ろに何かあるのか!!?」
「なんかぁ、不気味な気配はするわよねぇ~」
「……ひぃ、ひぃ……ッッ! 余計なお喋りをする余裕は、ありませんッッ!!」
「クソッ! 前の敵よりも後ろが怖いぞ!!」
「大体いつも通りねぇ~」
「そうかしら? わたしは結構、好きな気配なのだけれど……」
ポロロッカさんとリュリュさんの言葉にそう答えたナターリア。
私も好きな気配なので、好きになってくれて――嬉しいみ。
「うげぇー、私はニガテなやつだ」
「……怖い」
アロエさんとササナキさんは苦手派。
ナターリアは共に行動していた時間も長かったので慣れたのかもしれません。
そうして細路地を走り続けていると、先に開けた空間が見えてきました。
が、その出口にギッチリと詰まっている完全武装のオーク達。
今まで見てきたオークたちよりも一回り屈強な印象のオーク達です。
「皆さん、突っ込みますよ!! っ――ゴホッ!」
私は咽てしまいましたが……。
通路を突き進むおっさん花は当然、速度を落としません。
おっさん花は出口に詰まっていたオーク達を吹き飛ばし――広場に突入。
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