『高貴な者』三
止まることなく広場内を蹂躙する四体のおっさん花。
チラリと背後を振り向いて見ると、仲間たちの姿がありません。
戦場を見渡してみれば、おっさん花や建物の影から混乱に乗じて攻撃している影。
しかしいくら目を凝らしてみてみても、ナターリアの姿が見つけられません。
攻撃に巻き込んでしまわないかが心配です。
「司令部ヲ守レェエエ!!」
『『『ウオオオオオオ!!』』』
必至の抵抗を見せるオーク達の攻撃は、おっさん花に傷一つつけていません。
か、思っていたよりも態勢の立て直しが速いです。
「【ファイアアロー!】
「【マジックミサイル!】
「【アイスジャベリン!】」
無数の魔術がおっさん花に命中。
流石にこちらは無傷とはいきませんでした。
オークたちを壁にして攻撃を放ってくる純魔族の魔術師たち。
私はおっさん花を操り、オーク達をなぎ倒しながら前進します。
「うわぁああああ!!?」
「【ファ――】ガァ!!?」
「クソッ! 壁が意味を成してな――ギャッ!」
魔術を放つ純魔族を串刺しにし、確実に殺します。
純魔族を掃討した丁度その時。
天幕の中から、少し変わったリザードマンが二体出て来ました。
「気をつけろ! 情報にあったドラゴンリザードだ!!」
ポロロッカさんから聞こえてきたそんな声。
一体、どこの情報にあったのでしょうか……?
情報収集能力が低い私は、あのドラゴンリザードを知りません。
――広場の奥に設置されている大きな天幕。
この場を蹂躙し、あそこを破壊すれば任務は達成です。
「「【火炎岩玉!】」」
ドラゴンリザードのしゃがれた声。
おっさん花目がけて飛んできくる、燃えたぎる岩の玉。
直感的な判断で、それを真っ向から受け止めず受け流します。
岩の玉に見えたソレは――溶岩の塊。
辛うじて受け流したそれが、おっさん花の周囲に居たオークを溶かします。
受け流した触手にも当然溶岩が付着し、僅かに炎を上げていました。
まともに受け止めていたら、おっさん花の本体が溶けていたかもしれません。
あの溶岩が付着した触手は、長くは持たないと考えていいでしょう。
私は溶岩の攻撃を食らったおっさん花を――突撃させます。
ドラゴンリザードの二体も迎え撃つ態勢。
数の多いオークを蹴散らし――接敵。
「「【ハードスラッシュ】」」
ドラゴンリザード二体の曲刀が、溶岩に蝕まれていた触手を両断。
しかし、それで怯むおっさん花ではありません。
おっさん花はそのままの勢いで二体のドラゴンリザードを絡め取りました。
もがくドラゴンリザードに触手を突き立て――。
「固い!?」
鱗が余程固いのか、おっさんの触手が入っていきません。
「それなら……!」
触手をドラゴンリザードの口と目から侵入させ、体内を蹂躙します。
脳を掻きまわされ、ビクビクと震えるだけになったドラゴンリザード。
このまま天幕の中におっさん花を――、
「【一刀両断ッ!!】」
天幕の入り口から出てきた、巨大な肉切り包丁。
それによって文字通り縦に両断されてしまったおっさん花が、地面に溶けて消えます。
「グハハハ! 奇襲とはやるではないか!! 貴様らの相手は、この――〝牙皇、ガーブ・ビッグワンリーブ〟様がしてやろう!! 【部族の団結】【集団の意思】【牙皇の指揮下】」
またもや出て来ましたガーブ。
これまで見て来たガーブよりも、また一回り巨体です。
「ガーブ様ー!」
「牙皇! 牙皇! 牙皇!」
「さぁ、目の前の敵を討ち滅ぼし、雌の尻を追いかけ回すのだ!!」
『『『ウオオオオオオオオオ――――ッッ!!』』』
ガーブの登場に勢いを取り戻したオークたち。
が、この圧倒的な実力差を前には無意味です。
的確に急所を突く攻撃を繰り出し、繊細な動きをするリュリュさんとササナキさん。
そんな二人が数で押されないような立ち回るポロロッカさん。
敵の剣をも使い縦横無尽に暴れ回るアロエさんは、何時の間にか【顕化】しています。
地面に落ちている剣を蹴り上げ相手を殺している様などは、思わず見惚れてしまう程。
「ぬぅ……こうなれば我自ら――――……?」
唐突に首を傾げた牙王ガーブ。
一体何が――。
「【グラス――チョッパー!!】」
ガーブの心臓の辺りから首筋にかけて走る、一本の赤い線。
かと思えば――壊れた蛇口のような噴き出した血液。
――リア。
一体何時の間に、ガーブの背後に……?
ナターリアの実力は、出会った頃よりも数段上がっているような気がします。
もし今の出会った頃のナターリアが、今の実力であったのなら……。
エッダさんとタクミを容易に惨殺し、間違いなく私と戦っていた事でしょう。
「ぐぉおおおのれえぇえええええええ!!」
血を噴水のように噴き出しながらも振り返り様に武器を振るうガーブ。
しかし、そこにはもう、ナターリアは居ません。
切れたのは天幕と、天幕から出て来ようとしていた純魔族だけ。
指揮官クラスをも一刀で断ち切る剣戟の威力。
おっさん花が一瞬で殺されたのも納得です。
「うふふっ! ブタさんこーちらっ!」
「――ッッ!!?」
「【チョッパー!】」
呆気なくゴトリと落ちた、ガーブの首。
「ガーブ様!?」
「ガーブ様ぁあああぁぁぁぁぁ……」
それと同時に勢いを無くしたオークの戦士達。
脅威であった敵魔術師の姿は、もう確認できません。
◆
残っていたオークを千切っては投げ、千切っては投げ……。
この広場に居るのが死体だけになった頃。
「少し場を空けただけでこのザマか。やはり雑種は使えんな」
広場に入ってきた一つの人型。
普通の人と違うところは――紅い角に、紅い翼。
格好としては豪華なプレートメイルに身を包んだ屈強な戦士。
「……ッ! ドレイクンだ!」
「これだけ大きな戦場に一体も居ないのは、変だと思っていたのよねぇ」
即座に臨戦態勢を取ったポロロッカさんにリュリュさん。
いつの間にか複数のカタナを生成していたアロエさん。
ナターリアの姿は、もう見えません。
「――フンッ!」
「きゃあ!?」
「ッ! リア!!」
背後に向かって唐突に紅い剣を振るったドレイクン。
……かと思えば、大きく吹き飛ばされて建物に突っ込んだナターリア。
一つの建物を突き破り、その先の建物も大きく破壊しました。
「チッ、ガードされたか。この私に不意打ちが効くワケなかろう」
手応えに不満があったのか、顔を顰めさせたドレイクン。
――勝てない。
私でも瞬間的にそう察知できる程の威圧感。
これはおっさん花では、どうしようもないタイプの存在です。
少なくとも一晩丸ごとは掛かるであろう相手。
この龍人のような男は一体……?
ドレイクンとは、ドラゴンなのではなかったのでしょうか?
――いえ。
思えばアークレリック防衛戦の時も、ドラゴンの巨体は突然現れました。
つまりこの龍人は、龍化する前の人型。
……ナターリア、ナターリア、ナターリア。
私は視界が赤く染まりそうになるのをなんとか抑え、指示を飛ばします。
「全員逃走! ポロロッカさんは、リアを連れて距離を取って下さい!!」
「……了解だ」
「だ、だが! 相手はドレイクンだぞ!? しかもかなり高位だ!!」
即座に動き出したポロロッカさんと、渋るアロエさん。
リュリュさんとササキナさんも逃走の準備を進めています。
「皆さんが居ると、私が全力で戦えないんです。逃げて下さい、アロエさん」
「――っ! ……了解」
逃走の準備を開始した仲間達を黙って見送ったドレイクン。
少しでも攻撃するような素振りを見せたら、おっさん花を突撃させるつもりです。
一体はやられたので居ませんが、動けば妖精さんの二体も合わせてくれるでしょう。
「…………」
ドレイクンは動きません。
そうしている間にも、ポロロッカさんがナターリアを連れてこの場を離脱。
離脱の間際に横目で見えたナターリアは、かなりの血を流していました。
しかし、それでも意識はあったのでしょう。
申し訳なさそうな表情をしていたように見えました。
「追わないのですね?」
「フン。何故この私が、雑魚など追わねばならん」
この口振り。
高位なのは実力だけではなく、貴族的な階級も高位なのでしょう。
なんにしても好都合です。
時間を稼げるのであれば、もう少し稼ぎましょう。
「彼らは強者ですよ」
「そこの化け物よりもか?」
そう言って三体のおっさん花を見たドレイクン。
化け物とは、一体どの口が言うのでしょうか。
単純な戦闘力〝だけ〟で言えば、一番高いのかもしれません。
おっさん花は確かに強力です。が、それだけ。
「雑魚の追撃は雑魚の仕事だ。アークデュークである私の仕事では無い」
「慢心は、英雄にだって死を招くものですよ」
私の言葉に表情をゆがめ、ニィと笑ったドレイクン。
「まずは龍化を引き出してみろ。話はそれからだな」
確かにその通り。
ですがその龍化、一瞬で引き出させてみせましょう。
「私はオッサン! 貴方を殺す雑種の名前です!!」
「クハハッ! 私はレバンノン。雑種を踏みつぶす、高貴な者の名だ!」
……虫けら程度にしか見られていないのかもしれません。
確かに私の実力は、カナブンと引き分けてしまい、鶏に負ける程度です。
今いるおっさん花も簡単に処理されてしまうでしょう。
「さて、そろそろ時間稼ぎは十分かね?」
「理解していたのに待ってくれていたのですね」
「見せてみるがいい。雑種のささやかな抵抗を……!」
本格的に慢心しています。
今まで彼は、各上の存在と戦った事が無かったのでしょう。
「今日、ここで、今ッ! 貴方の格上を見せて差し上げますよ!」
「御託はいい。さっさと始めろ」
準備は万端です。
ポロロッカさん達も今はきっと、もう遠くに逃げた筈です。
私の格好悪い所を見る者は……妖精さん以外に残っていません。
「では……助けてくださぁああい! シルヴィアさぁあああああん――ッッ!!」
――響く、おっさんの情けない声。
同時に響く、妖精さんの笑い声。
「………………は?」
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