『独裁者の采配』一

 長い一本道を進む事しばらく。

 両開きタイプの大きな扉の手前にまで辿り着きました。


「――っ!」


 その扉に手を掛けた瞬間、酷い悪寒に襲われました。

 ここまで酷い危険信号に襲われたのは、何時以来だったでしょうか。

 父親の背中に一つ目鬼が見えた、あの日に近いかもしれません。


「どうした?」


 扉に手を掛けたまま停止していた私に声を掛けてきたユリさん。

 ふと思いユリさんを見てみましたが、赤い一つ目鬼は見えません。

 できる事ならば、ユリさんにも生きて脱出して欲しいところ。

 確かに一つ目鬼による死の運命が、どれ程のものなのかはよく知っています。

 が、それでも乗り越えてくれると信じましょう。

 妖精さんの力で死の遣いを取り除く事ができて、それで人を助けられるのなら。

 もし――それで死の運命を変えられるのなら。

 妖精さんは人々にとって、善なる者であるという証明なのではないでしょうか。


「……なんでもありません」


 もしかしたら、それは、世界の理を捻じ曲げる行為なのかもしれません。

 ――死ぬ運命だった者を、特別な力で生き長らえさせる。

 冒涜的で甘美な響きのある言葉です。

 しかしそれが悪であるというのなら――なせ私には、死が見えるのでしょうか。

 子供時代はこの力を疎み、不幸に思っていました。

 が、今は違います。

 きっと、この死が視える能力は――運命を変える為に存在していた。

 そうであると信じています。


「開けますよ」


 私の言葉に全員が小さく頷きました。誰一人として油断はしていません。

 それぞれが武器を構えて、完璧な警戒態勢です。

 この先に何があったとしても、きっと対処は可能でしょう。

 私は扉の両方を押して――扉を開けました。


「諸君。そう長い道では無かった筈だが、ゆっくりと来たようだね?」


 扉を開けるなりそう声を掛けてきたのは、黒いタキシードの正装をしている男。

 濃い黒紫色の髪に、白目の無い黒の瞳。

 ……凄まじい威圧感です。

 アロエさん側ではなく、私の側がハズレを引いてしまったのでしょうか。

 部屋は壁が明るく光っていて、視界は悪くありません。

 壁の発光度合から見るに……ノアで発光していたモノと同じ材質でしょう。

 左右には大理石の柱が幾つも立っていて、その間から壁の光が差し込んでいました。


「案の定というべきか……待ち伏せされていましたか。タイプζさん」


 私の言葉を聞いた男は、驚いたように目を見開きました。

 手で他の皆を制し、私は一人で前に進み出ます。


「驚いた、今になってその呼び名を聞く事になろうとは。……お前は何者だ?」

「――ふんっ。タイプζ、ニンゲンとそれ以外の見分けが付いて居ないのか?」

「貴様は何型だ? 吾輩以外にもパルデラレリック公国の生き残りが居たのか」


 隠れる必要が無くなったからか姿を現したシルヴィアさん。

 シルヴィアさんは男の返答で逆に驚いたのか、大きく目を見開きました。


「固体名称アントビィ。貴様、そこまで壊れているのか……」

「馬鹿を言うな! 吾輩は正常だ!!」

「それじゃあ、この中にいるニンゲンはどいつだ?」


 シルヴィアさんは少し横にずれ、私達一行全員が見えるように退きました。

 真剣な表情で目を凝らし、私達一行を見渡しているアントビィ。


「それは……」

「ふんっ。演算関係が完全に死んでるな。今なら旧型αにも演算戦で負けるだろう」

「吾輩は、今スグにでも貴様らをスクラップにする事が可能なのだぞ……!」


 目を剥いてシルヴィアさんに食って掛かるアントビィ。

 しかしその一方でシルヴィアさんはというと、かなり冷静です。


「事実であるだけにタチが悪い。コアにハッキング可能なホープを連れてくるべきだった」

「貴様は何型だ!!」


 ――ズシン。

 アントビィが地面を力強く踏むと、闇の波動が生まれて床が大きく陥没しました。


「タイプυ、固体名称シルヴィア。健在はこの男をマスターにして活動している」

「タイプυ……タイプυ……タイプυ……知らない形番だ……」


 自身の記憶を探るように何度も口で繰り返したアントビィ。

 そもそも五千年という歳月を経て、完全に正常である方が異常だったのです。

 かたちのあるものは、いつか無くなる。

 アントビィは、一体どこに異常を起こしてしまっているのでしょう。


「私は、パルデラレリック公国で最後に作られた最新型だ」


 少しだけ自慢げにしているシルヴィアさん。

 それに対しアントビィは、ポカンと呆気にとられているような顔になりました。


「残っているのか? 公国が……! それなら吾輩の不具合を――!!」

「それは無理だ」

「何故だ――ッッ!!?」

「公国は滅びた。一人のニンゲンが、異界から召喚した化け物によってな」


 恐らくシルヴィアさんが言っているのは、ノアで得た情報の話でしょう。

 それは、ある意味では一人のニンゲンが行ったモノなのかもしれません。


「……信じられん。結局のところ我々は、ニンゲンに負けたのか……?」

「そうだ。前線で戦っていたのなら全く知らないという事はないだろう?」

「もう……あまり覚えていないのだ……」

「……そうか」

「なぜυは、そんなに正常でいられた? その男にメンテナンスされていたのか?」

「違う。単純な性能の差と、行動ルーチンによる負荷の違いだ」


 シルヴィアさんの表情には見下しているようなものありません。

 むしろ、敬意さえ持っているようにも見えました。


「お前は戦闘特化で五千年以上もの間、フルで稼働し続けてきた。違うか?」

「……その通りだ」

「ならば、その負荷は計り知れないことになっているだろう」

「……だが、それが吾輩への最後の指令なのだ」

「お前は今の人類に敵視される行為を繰り返してきた。だが、私はお前に敬意を表する」


 アントビィに憐みの視線を向けながら、そのように言ったシルヴィアさん。

 その言葉を聞いたアントビィは、そっと俯き加減になりました。


「吾輩は……コアだけを残して、一度消滅している」


 ポツリポツリと紡がれる言葉。

 涙を流していそうな表情をしているのに、涙が流れていません。

 元々その機能が備わっていないのか……不具合なのか。

 それは、マキロンさんに頼めば直せるのでしょうか。

 確かに彼は、多くの人々を地獄に突き落としてきたのでしょう。

 が――もし、それを正せると言うのなら。

 誰にでも一度くらいは、やり直すチャンスがあっても良いのではないでしょうか。

 一度の失態で全てを失うだなんて、ありふれてはいますが悲し過ぎます。


「復活した吾輩は、再戦に備えて力を蓄える事にした。ここはその為の農園だ」


 アントビィの手に力が入り、強く苦られた手から黒い滴が地面に落ちました。

 人の悪感情で強くなるらしい、タイプζ系統。

 使命を全うし続けて戦う力を蓄えていた、ζ系統、固体名称アントビィ。


「長い年月を経て完成した農園は、吾輩に無限の力を与えてくれている……」


 事情があって作られた、この地下奴隷都市。

 ここは、彼が最高のポテンシャルで戦う為の戦闘フィールドなのでしょう。

 必要だったのかもしれませんが、苦しんでいる人が居るのもまた事実。

 出会ってきた精霊の数は、キサラさんもカウントするのであれば五体。

 そのいずれもが、なんだかんだで人族と上手くやっています。

 シルヴィアさんの時のような和解は、できないのでしょうか。


「――が、今の今まで、何の為にこの場所を作ったのかさえ忘れていた……」


 ――?


「では何故? なぜにこの場所を存続させ続けたのですか?」

「半分は惰性。だがもう半分は――楽しくなってきてしまったからだ……!」


 唐突に狂喜の笑みを浮かべたアントビィ。

 アントビィの体から滲み出す闇。

 途轍もない――嫌な予感がします。

 狂喜に顔を歪ませ、歓喜に打ち震えているアントビィ。

 私の直感が危険警告を発しています。

 ――甘かった。

 彼は性格の部分、もっと言えば人間性の心を司る部分が――腐っている。




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