『暴動』三

 入り組んだ路地を進む事しばらく。

 行き止まりの袋小路に防火扉のようなものが設置されているのを発見しました。


「鍵が掛かってるな。シズハ、開けてくれ」

「了解」


 シズハさんは鍵の掛かった扉に張り付くと、何やら針金のようなものを取り出しました。

 針金を鍵穴に差し込み、カチャカチャと動かし始めます。


「シズハさんはピッキングができるのですか?」

「まぁ、ライゼリックのパートナーキャラクターは皆できるね」


 得意そうな顔でそう言ったユリさん。

 ライゼリック組はどこまでも万能で羨ましいです。

 私の仲間――シルヴィアさんなどでは、蹴破る事しか出来なかったでしょう。


「開錠といえば宝箱ですか?」

「その通り。この技能を上げてないと、レジェンド宝箱が開けられないんだ」


 そんな話をしていると、ガチャン、と音を立てて鍵が開いたようです。

 ゆっくりと扉を開いたシズハさんを中を確認し、一つ頷きました。


「意外と難しくて手こずった。中は安全そうかな?」

「念のため、ここからは私が先行しましょう」

「宝珠を持ってるのもオッサンだしな。任せた」


 扉の中は、私が四つん這いでなんとか進める程度の通路でした。

 通路は暗いので魔石灯を持って進みます。

 体格の良い人や大きく太っている人では詰まってしまうかもしれません。

 扉を潜って四つん這いになって中を進んでいる最中。


「あっ……」


 あることを思い出して大きく後悔してしまいました。

 なぜ私は、一番先頭を行ってしまったのでしょうか。

 誰かの後ろを行けば、間違いなく素敵な光景が待っていた筈だというのに……。

 もしかしたら後ろから誰かに押されての、ラッキースケベだってあったかもしれません。

 ――悲しいみ。


「――おわっ!?」


 暗くて狭い通路を五メートル進むと、手を滑らせて地面に滑り落ちてしまいました。

 そんなに高くはありませんでしたが、地面には五体着地するのに成功です。

 べしゃり。


「大丈夫か!?」

「え、ええ。出口が段差になっているので、気を付けてください」


 地面に転がっている魔石灯を拾いって少し高く掲げて周囲を見てみます。

 正面には真っ直ぐ続いている登り階段が存在していました。

 結構長く続いているのか、上の方は暗くて見えません。

 天井までの高さは六メートルくらいでしょうか。

 地面や壁、それから天井は鉄で作られているように見えます。

 これは元々あった地下シェルターの一部なのかもしれません。

 とは言え発光していなくて明るくもないので、ノアよりは現実的だと言えるでしょう。

 軽く壁を叩いてみると、やはりなんらかの鉄っぽい質感です。


「おおー、一気に現代っぽい空間に出たな」

「現代というよりは近未来っぽくないですか?」

「いや、よく分からん」

「ユリおねぇちゃん、細かい事とか気にしないから……」


 魔石灯を掲げながら階段の傍にまで移動して上の様子を窺い見てみます。

 上の方までは見えませんが、階段の途中に何らかの模様の一部が見えました。

 壁面に何か書かれているのでしょう。


「……嫌な空間だな。この世界と合っていないというか、不自然だ」


 そうこうしていると、ヨウさんらが中に入ってきました。


「こんな場所、ラビクエのラビリンスにもあったよね。キミがバグを発見したあの……」

「ああ、鍵が必要な扉を壁抜け出来るバグな。かなりキツイクエストだった」

「まともに攻略してた前線組でも、かなり苦戦してたみたいだからねー」


 ヨウさんとニコラさんが、ちょっとした雑談に花を咲かせています。

 エルティーナさんたちが入ってきたくらいに扉の閉まる音が聞こえてきました。

 最後尾を守っているササナキさんかナターリアが扉を閉めたのでしょう。


「全員中に入りましたね?」


 通路から出て来たナターリアが小さく頷き、周囲を見渡して顔を顰めました。

 地下遺跡を彷彿とさせるこの空間は、気分のいいものではないのかもしれません。

 私は魔石灯で進む道を照らしながら前へと進みます。

 その後ろをユリさん、シズハさん。

 ヨウさん等は、それから少し離れてついてきました。


「――ッ」


 階段を模様が見えていた場所まで登ってみると。

 その模様がただの模様では無かった事を思い知らされました。

 壁面に大きく擦り付けられるように書かれている、この世界の文字。

 それは茶褐色に変色していて、随分前に血で書かれたものであるように見えました。

 何と書いてあるのかは判りませんが、今回はそれで良かったような気がします。


「〝今すぐ引き返せ、希望は無い〟って書いてあるね」

「うへぇ、不気味だな」

「……シズハさんはこの世界の文字が読めるのですね。もしかしてユリさんも?」

「アタイは読めないね。でもパートナーキャラクターはみんな読めると思うよ」

「なるほど。要するに異世界をガイドしてくれる存在というわけですか」

「ああ、シズハの存在には本当に助けられてる」

「それで……どうします? 引き返してみますか?」

「馬鹿言うな。ここまで来たのに引き返すワケないだろうが」

「…………」


 冗談っぽくそう言ったユリさんに、私は言葉を返せませんでした。

 どうにも……嫌な予感でしてたまりません。

 この上には何か強大で邪悪な存在が待ち受けているかのような……。

 この地下奴隷都市に来てから、私の五感が昔を取り戻してきているようです。

 人の視線と気配を敏感に読み取っていた、ショタっこ時代の私。

 無音で近づいてきた相手の存在にだって感付いた事もありました。

 この感覚を無視して、私達は前に進んでもいいものなのでしょうか?

 ……嫌な予感が止まりません。

 ジッグさんもシルヴィアさんと戦う前に、こんな気配を感じていたのでしょうか。


「気のせい、だったらいいのですが……」

「オッサン? どうしたよ険しい顔して」

「いえ、警戒して進みましょう。ユリさんは危ないと思ったら下がってください」

「ほいほい」


 軽い調子で返事を返してきたユリさん。

 とはいえ警戒を怠っている様子はありません。

 道を進むと壁面には赤茶褐色で、ビッシリと同じ文字が書き綴られています。

 恐らくはこの全てが〝今すぐ引き返せ〟と書かれているのでしょう。

 この文字が読める後続組の子供達は、かなり怖がっているかもしれません。


「……っと、扉ですね」


 階段が終わると平らな地面がある場所に出ました。

 そこには大きな鉄扉が一つ設置されていて、扉には二つの穴が開いています。

 宝珠がピッタリと入る大きさでしょう。

 念のため押してみましたが、このままでは開きませんでした。


「何事も起こらなければいいのですが……」

「なぁオッサン、フラグって言葉知ってるか?」


 ジトっとした目で私を睨みつけてきたユリさん。

 私は窪みに二つの宝珠を嵌め込み、数歩下がります。

 少し待つと金の宝珠二つが光を放ち、扉が左右にスライド移動して動き始めました。

 ……押しても開かないワケです。


「これは……」

「不気味な一本道だねぇ」


 ユリさんの言う通り、扉の先は妙に不気味さのある通路になっていました。

 通路は少し広めの幅があって左右の窪みには青い炎が灯っています。

 まるで私達の一行がこの通路を使う事を想定されていたかのような……。

 私は一歩踏み出し、この通路の中へと足を踏み入れました。

 視界的には悪くもなく良くもなく。

 まずは、ノアの時のような罠が無かったのに一安心です。


「この火、熱くないですね……」


 青い炎に手を近づけてみたところ熱を感じませんでした。

 素早く一瞬だけ炎に触れてみたりもしましたが、全く熱を感じません。


「へぇ、不思議な火もあるもんだね」


 ユリさんは炎へ手を伸ばし――。


「待って」

「……?」


 私と同じように炎を触ろうとしたユリさんの手を、ササナキさんが止めました。

 確かに不用意な行動であるかもしれませんが、彼女が止めに入ったのは意外です。

 が、彼女は確かな確信があって、ユリさんの動きを止めたように見えました。


「その炎、触れてはダメ」

「なんでだ? オッサンは平気そうだぞ」

「…………」

「オイ」


 黙り込ってしまったササナキさんの頭に、ユリさんがチョップを落としました。

 気持ちは分かりますが、暴力はいけません。


「……なぜ?」

「ぬわぁあぁあぁああ……またこれかぁあぁあぁあぁあああぁぁぁ……!!」


 そしてササナキさん本人は、なぜチョップをされたのか解っていないご様子。

 ユリさんはもどかしそうに身悶え、両手をわなわなと震わせています。

 きっと、ユリさんも早漏なのでしょう。


「はぁ……俺が聞いてみる」


 ヨウさんがユリさんに変わって話を聞き、根気よく話をする事五分。

 ササナキさんから青い炎に関する情報を聞き出す事に成功しました。

 苦労して聞き出されたその内容は――魔力を吸収する効果がある、というもの。


「私には魔力が無いので……なるほど、そういう事ですか」


 どんな理由でその炎がこの場所に設置されているのかはわかりません。

 が、今は良いでしょう。

 今優先すべきは謎の解明ではなく無事にこの場所から脱出する事です。

 もしかしたら、シルヴィアさんに聞けば詳しい事が判るかもしれません。

 太古の時代では、コレも普通に存在していた光源という可能性もあります

 私達一行は警戒を強めながら、足を進めました。



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