『独裁者の采配』二

「ふんっ、これだからポンコツは……」


 一つ鼻を鳴らして、アントビィから距離を取ったシルヴィアさん。


「今宵は、甘美なる絶望の闇を大量に味わえた!!」


 ――甘美なる絶望の闇?


「親子で脱出の直前だった盗賊が死の間際にした、あの顔!!」


 脳裏をよぎる、ミリィさんと、それを助けに来たパズロンさんの顔。

 殺した……のでしょうか? あの二人を……?

 逃げ出すのに失敗したのでしょうか? あの二人が……?

 よくよく考えてみれば、シルヴィアさんクラスの規格外であるアントビィ。

 逃げ出した者を見つけ出し殺す事など、きっと造作もない事だったでしょう。

 確かにミリィさんは、最終的には私の命を狙っていたのかもしれません。

 が、それでも、それ以上に与えられたものは多かったはずです。

 それを……殺した?

 この目の前に居る、よくわからない存在が??


「研究棟を襲撃した連中も今頃は、ミンチか欲望の捌け口にされているだろう……!!」


 研究棟を襲撃した……?


「先頭で戦っていた女! アレはサド趣味のサンドバックにされていたナァ!!」


 頭の中に思い浮かんできたのは、アロエさんのクールな笑み。

 あの地獄の中でなお、他人を気遣う心を持っていた彼女を……サンドバック?


「今頃死んでるかァ? 反乱を起こした賞品剣闘士共も、制裁の真っ最中だ!!」


 闘技場で戦った賞品剣闘士の女性たち。

 その彼女らに対する……制裁行為。


「アレはゴミ捨て場行き確定だ!! 甘美! 甘美!! 甘美ィイイィイィィイイイイイ!!!」


 感情を高ぶらせ、目を剥いて唸るアントビィ。


「さぁ選択の時間だ。地下に戻って制裁を受けるか、ここで死ぬか!」


 ここまで邪悪な存在は、この世界に来てから始めて見ました。

 確かに彼にとっては、この場所は必要だったのかもしれません。

 確かに誰にでも、やり直す機会は与えられるべきなのかもしれません。

 ですが、私には――コレを許す事が、できそうもありません。


「まぁ手始めに反乱の罰として、ここで一人は死んでもらおうか」

「そんなのは選択じゃあ、ありませんッ!」


 やはり私は……おっさん以外のモノには成れそうもありません。

 依頼で討伐したオーク達ですら、己の胸の内に誇りを持って生きていたのです。

 今のコレは……コノ男は……ニンゲンの生みだした、闇の塊。

 出会った頃から気高く、誇りを持っていたシルヴィアさん。

 それとは――全く別の存在です。


「希望が潰えて絶望した濃厚な悪感情だけが……! 吾輩を満たしてくれる!!」

「……私は貴方が憎い」

「ァア! 眼前からも甘美な闇が溢れで出てくる!! これは、ニンゲンの闇だ!! フハッ……」


 アントビィの全身から、どす黒い何かが溢れ出ました。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

「……妖精さん、力を貸してください」


 褐色幼女形体になった妖精さんがクスクスと笑い、おっさん花が這い出しました。

 出て来たおっさん花は――二体のセカンド。

 その巨体でも、この場所が広いので何とか扱えるでしょう。


「選択は決まったらしいな! 処刑の時間だ――【暗黒玉シャドウボール!】」

「【氷結壁アイスウォール!】」


 私達の方向に向かって放たれた闇の塊。

 それはシルヴィアさんの作り出した氷の壁を易々と破壊し、突き進んできます。

 舌打ちをしながら横に回避したシルヴィアさん。

 ですが私は――避けるワケにはいきません

 なんせ私が避けたら、入り口に居る皆に当たります。

 ライゼリック組なら耐えられるかもしれませんが、エルティーナさんや子供達は無理。

 ナターリアでも厳しい可能性があります。

 私はおっさん花セカンド二体の触手腕の全てを伸ばし、キャッチを試みました。


「使いこなしているのか? 中次元の悪魔を?? ……だがまぁ、この場所では無駄だ」


 闇の球体に触れた部分が無へと還り、全く止められません。

 水に落とした一円玉が落下していくのと同等の速度で押されています。

 闇の球体の性質は、余剰次元魔力ポータルライフルの上位版に近いのでしょう。

 分子レベルに分解されるのでは無く、無に還るという効果のようですが……。

 やがて闇の球体はおっさん花二体を突き破り――。


「ダメです!!」


 ――後ろにはッッ!!

 私は手を伸ばして闇の球体に触れました。

 僅かに吸い込まれるような感覚と共に、私の腕が消えて無くなります。

 湧き水のように溢れ出した血液に、私は目が眩みそうになりました。


『『『――オッサン!』』』


 教会組の皆が、声を揃えて私の名を叫びました。


「くッ……!」


 それでも止まらずに背後へと飛んでいく闇の球体。

 その直線状に居るのは――ライゼリック組。

 迎撃するつもりなのか、彼等は剣を構えています。

 その背後には、エルティーナさんや子供達。


「無理です!! 皆さん避けて!!」


 私の注意を喚起する叫びが空しく響きました。

 ライゼリック組は背後を庇うように――剣を振り上げます。

 彼等に向かって真っ直ぐに突き進んでいく闇の球体。

 向かう先は、ユリさんの真正面。

 ――結局、運命は変えられないのでしょうか。

 ユリさんを貫通して背後にいる協会組を巻き込む……かと思われた黒い光。

 ――が、闇の球は、ユリさんを避けるように左斜め上方へと逸れました。

 闇の球体は、そのまま壁を抉りながら何処かへと消えていきます。


「……?」


 アントビィにとっても予想外だったらしく、不思議そうに首を傾げていました。

 そのままの姿勢で固まり、ブツブツと呟いているアントビィ。

 予想外の事が起こった際に生じる負荷が、彼を止めているのかもしれません。

 ――まさかライゼリック組の誰かが、何かをしたのでしょうか?

 何か視えない運命のようなもので、攻撃が逸れたようにも見えました。

 一体何が??


「シスターさん、子供達を連れて下がってな! ここはアタイたちが何とかする!!」

「ユリおねぇちゃんも下がって!」

「馬鹿言え! ここで逃げたら、もうシズハに顔向けできなくなっちまう!!」

「で、でも……!」


 そんなやり取りをしているユリさんとシズハさん。

 それに続き――。


「その通り、俺はオッサンに一度助けられている。だからここは――逃げ出せない!」

「ヨウ君……ごめん!」

「――グッ――!? ニ……コラ……?」

「ごめん、ヨウ君は逃げて。今のキミはね……弱すぎるんだ」


 首筋を殴られて前に倒れたヨウさん。

 ニコラさんはそんな彼を優しく受け止めました。

 ニコラさんは「ヨウ君をお願い」といって、エルティーナさんに預けています。

 下がっていくヨウさんと教会組。

 そうして、ややあって固く閉じられた扉。

 もしかしてヨウさんは、ニコラさんよりも戦えないのでしょうか?

 単純に逃がしたかっただけというよりは、戦いにならないという印象です。

 では逆に残ったメンバーは、アントビィと戦えると思っていいのでしょうか。


「……シルヴィアさん?」

「しー」


 右人差し指を立てて静かにするようにと指示してきたシルヴィアさん。

 左人差し指は空中で弧を描くように動かしていて、虹色の水玉を形成しています。

 その視線の先ではアントビィが固まっていました。

 隙を突いて即座に攻撃を仕掛けなかったのは、これを理解していたのでしょう。

 あまりにも無防備なアントビィ。

 彼は、やはり何かが欠如しているのかもしれません。

 とは言え、仮にも戦闘タイプなら攻撃を仕掛ければ反応は示すはず。

 私は突撃体制を取っていたライゼリック組を制します。

 右手を動かそうとしましたが――ありません。


「……!」


 左手の手信号でシルヴィアさんを指差すと、全員が小さく頷いてくれました。

 シルヴィアさんの攻撃はかなり無差別なので、巻き込まれては堪りません。

 あの輝きの強い水玉は恐らく、【絶対零度】。

 しかしアレは、こんな狭い場所で使っても大丈夫なのでしょうか?

 確かにこの場所には広い空間がありました。

 が、シルヴィアさんの攻撃範囲は――もっと広かったような気がします。


「シルヴィアさんちょっと――」

「【超凝縮・絶対零度!!】」


 虹色に輝く水玉がアントビィに向かって飛んでいって――命中。

 ぶわりと広がった白い冷気に、部屋全体が包み込まれます。

 私は、体が凍て付いていっているのを自覚しました。

 私は理解します。これは――死に至る寒さであると。


『死にましたー』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る