『独裁者の采配 』三

 暗闇が晴れると、白一色に染まった部屋の中に立っていました。

 ユリさんが寒そうにしてはいますが、シズハさんが庇ったのか平気な様子。

 流石はライゼリック組。

 直撃さえしなければ、大きなダメージは入らないのかもしれません。


「ふぅ……少しだけ、冷たかったかな?」

「ふんっ、目は覚めたか?」

「ああ勿論」


 平然とした態度でそこに立っていたアントビィ。

 しかしながら右半身は、凍て付いています。


「チャンスだ! 砕け散りな!!」


 何時の間に接近していたのか、アントビィの背後から長剣を振り下ろしているユリさん。

 正面からは、ユリさんに合わせて切りこんでいるシズハさん。

 そして頭に振り下ろすようにクレイモアを振り下ろすニコラさん。


「バカ! 接近戦を仕掛けるな!!」


 シルヴィアさんが怒鳴りつけたか、そのくらいのタイミング。

 全員の武器が、アントビィに命中しました。

 しかし刃が通っていないのか、全ての武器がアントビィの皮膚で止まっています。

 アントビィの体の〝表面〟に付着していたシルヴィアさんの氷が、剥がれ落ちました。


「今の吾輩は百パーセントの性能になっている。此れに敵うものなど、ありはせぬ!」


 三人の事をまるで気に掛けていないアントビィ。

 彼女らの実力は、シルヴィアさんに対抗できるレベルだった筈です。

 だというのに、アントビィは無傷?


「……今の貴様なら公国を守れたか?」

「フハハハハハ!! 無理だ! 今の吾輩とお前たちくらいの実力差があるだろう!!」

「……今のうちに距離を取れ」


 小声でそのように言ったシルヴィアさん。

 その声が聞こえていたのか、アントビィから素早く距離を取った三人。

 アントビィにも聞こえていたハズですが、アントビィは三人を追いません。

 基本的に〝精霊〟は対話が好きなのか、声を掛けると律儀に言葉を返してきます。

 それは……誰かに定められていたものなのでしょうか。

 私も今の内にと妖精さんにお願いをし、おっさん花を出してもらいました。

 出てきたおっさん花は、セカンドが二体。


「それに奴等は、我々セイレイを無力化する術式を編み出した。万に一つも勝ち目はない!」

「……奴等? アレはニンゲンが生み出した対抗術式ではなかったのか?」

「何も知らないらしいな、シルヴィア。実に幸せな奴だ」

「情報の共有化を求む。真実をよこせ」

「今の貴様は裏切り者だ。それにやる情報など何もない!」


 アントビィは「だが……」と言葉を続け。


「吾輩をスクラップにしてみるがいい。今の世界の真実を教えてやろう!!」

「チッ、【氷結牢獄アイシクルプリズン!】」


 氷の棺に囚われた瞬間に、それを破壊して脱出したアントビィ。

 彼女の氷が、アントビィには全く効いていません。

 一切のダメージが無いワケでは無いのですが、瞬く間に自然再生しています。


「少し遊んでやる。【暗黒玉シャドウボール!】」


 アントビィが放った攻撃の向かう先は――ユリさん。

 ユリさんは剣に光を纏わせ、迎撃する気満々です。

 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ……先程と同じように逸らすのでは、と思いました。

 が、ソレを見た瞬間――私もおっさん花の触手腕を伸ばします。

 間に合うかどうかはギリギリのライン。ソレだけは、絶対に見過ごせません。

 ユリさんの肩越しに視えているのは……〝赤い一つ目鬼〟。

 やはりあの鬼を完全に取り除く事は――出来ないのでしょうか。

 ――ッ。

 私はこの世界に来て、諦めない事に対する可能性を知りました。

 シルヴィアさんに勝ったのも持久戦による粘り勝ち。

 確かに諦めずとも無理な事は五万とあるでしょう。

 ですが一度……あと、もう一度くらいは――奇跡を!!


「取り除いて見せます!!」


 ユリさんが剣を振り下ろす直前、おっさん花の触手は黒い玉に追いつきました。

 触手一本を残して全ての触手を黒い玉の足止めへと向けます。

 触れた瞬間から無に還っているおっさん花の触手腕。

 が、一本の触手は赤い一つ目鬼を捕らえました。

 ――獲った!!?

 それと同時に消え失せる――ユリさんの半身。


「か――っ……?」


 一瞬だけ視線を動かし、消え失せた半身を見たユリさん。

 が、バランスを失いって崩れるように地面に落ちたユリさんの体。

 ……鬼を取り除いても、ユリさんが死んでしまっては……無意味です。

 私は今、ポーションを持っていません。

 それ以前にあの致命傷は、C級治癒のポーションがあっても間に合いません。


「特AA級ポーション! 急げ!!」


 声を張り上げたのはニコラさん。

 ――特AA級?

 前にナターリアの傷を癒そうとして、A級治癒のポーションの存在を知りました。

 しかし、それですら入手の困難な治癒のポーションでした。

 なのに、その上の上。

 まさか……持っているのでしょうか? 特AA級ポーションを??

 発狂する寸前だったシズハさんが、ハッとなって小汚い小さな袋を漁りました。

 そこから出てきたのは、精巧につくられた魔法瓶に入っている赤い液体。

 治癒のポーションでしょう。


「間に合って……!!」


 治癒のポーションの蓋部分を砕き、ユリさんに振り掛けようとしているシズハさん。

 当然――それに追撃を仕掛けようと手を上げたのは、アントビィ。


「させませんッ!」


 私はおっさん花を本体ごとアントビィに突進させます。


「【暗黒領域ダークテリトリー】」


 アントビィを中心に地面から溢れ出した漆黒の闇。

 その黒い領域に侵入し――何事も無かったかのように突き進んでいくおっさん花。


「――ッ!? 効果無しだと!!?  【暗黒玉シャドウボール!!】【四死方向槍ベクトルランス!】」


 放たれた一つの黒い玉がおっさん花セカンドに穴を空けました。

 その直後に地面から生えてきた無数の黒い槍が、おっさん花を蹂躙します。

 地面に溶けて消えてゆく、おっさん花セカンド。

 が、その隙を突いてシルヴィアさんも攻撃を放ちました。


「【氷結晶槍ダイアモンドランス!】」

「【暗黒壁シャドウウォール】」


 シルヴィアさんの放った攻撃は突如としてせり上がった闇に飲み込まれて消えました。

 思いっきり不愉快そうに顔を顰めているシルヴィアさん。

 そして流れ弾として飛んできた黒い玉が――私に命中です。


『死にましたー』


 暗闇から復帰すると、少し離れた場所に立っていました。

 チラリと視線を横にやってみると、かなりの素肌が見えているユリさん。

 無くなっていた場所が完全に再生していました。

 どうやって手に入れたのかは知りませんが、凄いポーションです。

 現在のユリさんには、赤い一つ目鬼が視えていません。

 シズハさんは音を立てないよう、ゆっくりとユリさんを動かしていました。

 入ってきた扉を目指しているようです。


「無駄だ。この場所なら、お前が吾輩に勝つ確率は皆無に等しい」

「……ふんっ、私単体ならそうだろうな」


 そのような会話をしているシルヴィアさんとアントビィ。

 ニコラさんはと言うと、チャンスは窺っているものの動けないという様子。

 確かに異常が多く見られるアントビィですが、その戦闘力は一級品。


「まぁ確かに――奇妙ではある」


 そう言って私の方を見てきたアントビィ。

 その瞳には疑問の感情が宿っているように見えました。


「一人で行使可能な力にしては不自然すぎる。それに、なぜ死なん? 殺したハズだ」

「私は無敵ですから」

「あり得ん。百パーセントがニンゲンであるお前が、死なない訳が無い」


 何にせよ今は、アントビィの注意を私に向ける事が先決です。

 恐らくシズハさんは、ユリさんを連れて逃げるつもりなのでしょう。

 先程見た彼女の瞳には、もうユリさんしか映っていませんでした。

 圧倒的すぎる力。

 が、それは無尽蔵ではないのだと、シルヴィアさんで知っています。

 無限に思える力も、最後には必ず尽きてなくなるのだと私は知りました。

 その限界に違いはあれど、最後には必ず尽きてしまうのです。

 だから恐らく……私の力にも限界は、どこかに存在しているでしょう。


「強すぎる力は、最後に何もかもを滅ぼすもの……でしたっけ?」

「……何の話だ?」

「同郷の者が私にくれた言葉ですが、貴方にも差し上げますよ」

「ククッ! クハハハハハハハッ!! 実に良い言葉だ!!」


 大きな笑い声を上げているアントビィ。

 一体、どこがそんなに面白かったのでしょうか。


「一度くらい実現させてみたいものだな!!」


 やはり、人の言葉をそのまま流用するものではありません。

 私では上手に使いこなせませんでした。


「あぁ違うか。この世界では一度……それが実現していたのだったな」

「――ふんっ。パルデラレリック公国は、それで滅びたと言いたいのか?」


 アントビィの言葉に反応したのはシルヴィアさん。

 宙に浮いて腕を組み、不満そうな顔でアントビィを見下ろしています。


「実際にその通りだっただろう?」


 不敵な笑みを亜壁ながら、シルヴィアさんの方へと視線を向けたアントビィ。


「世界を支配していた公国が、追い詰めたニンゲンに滅ぼされた! 何も残ってない!!」

「パルデラレリック公国で最後に作られた、この私が残っている」

「お前がか? ハッ! 吾輩と同じスクラップじゃないか!」

「私を貴様と一緒にするな」

「確かに違うな! 吾輩は公国からの最後の指示を全うしているが、お前はどうだ!!」

「……しているさ」

「どんな指示だ!! ニンゲンと仲良しこよしをしろ、とかか!?」

「ふんっ。当たらずも遠からず……か」


 シルヴィアさんの返答で逆に、ポカンとした表情で呆気にとられたアントビィ。

 予想外すぎる返答に、また固まってしまいそうな気配がありました。


「……嘘だろう? 殺戮兵器の型番である我々が……その、最新型への指示が?」

「私は根本に、ニンゲンへの親しみを感じるように作られている」

「吾輩は……支配欲、弾圧、殺戮欲だ……お前は、どこで、何を間違えた?」

「何も間違えてはいない。最後の指示だって現在全う中だ」

「どんな指示だ……?」

「〝自由に生きろ〟というものだったな」

「……そんなバカな……あり得ん……嘘だ……」

「ふんっ、私が嘘を言う意味が無い」

「吾輩にも……そんな指示が欲しかった」

「作られた時期の違いだ。諦めろ」


 慰めたり同情したりするのではなく、バッサリと切り捨てるシルヴィアさん。

 その辺りは相変わらずなのですが、少し冷たいです。

 それ以前に、ニンゲンに対して親しみを感じるように作られた……?

 では何故――私は毎日ハグ死させられているのでしょうか。

 親愛というよりは、死ン遭い。

 確かに、ニンゲン好きだと感じる部分はありました。

 が、基本的にはクールなシルヴィアさん。

 せめてツンデレくらいにしてほしかったところです。


「ならばせめて……お前にも闇を見せてやる! まずはお前のニンゲンを殺す!!」

「できるものならな」


 一体何時の間に私は、シルヴィアさんのモノになったのでしょうか。

 それに突っ込みを入れない辺り、シルヴィアさんに不満はないようです。

 おやっ……アントビィの標的が私一点に集まったような気がしました。

 注意を引きすぎて穴が開いてしまわないかと思ったほどです。

 確かに好都合ですが、嫌な汗が溢れ出て止まりません。


「その次にお前をスクラップにしてやる。それでお前への指示は――失敗だ……!」

「ふんっ」


 殺害予告をされているのに表情を崩さないシルヴィアさん。

 彼女はたぶん、どんな顔をしていても気高く美しくのでしょう。


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