『石の部屋』三

 何事も無く過ぎさった二日目を終え、三日目の朝。

 現在は城門の外でダイアナさんの御見送りを受けているところ。

 依頼が依頼なので、廃協会の皆には伝えていません。

 つまり見送りに来てくれているのは、ダイアナさんただ一人。


「いいか? 霊峰に住む魔物は気配を消すのが上手い。周囲をよく見て、慎重に行動しろ」

「分かりました。それで、この方達は?」


 目を向けた先には――屈強そうな男性が五人。それと美しい女性が一人。

 男性組はタンスのように大きなバックパックを背負っています。


「奴等は荷物持ち。全員が殺人犯罪による奴隷で、奴隷の首輪で拘束されている」

「……奴隷、ですか……」

「安心しろ、裏切られる確率は低い。なんせ勝手をすれば首が飛ぶんだからな」

「彼らは誰が集めたので?」

「領主夫人様だ」


 ――領主夫人。

 今現在、最も疑わしい人物であり、最も警戒しなくてはならない存在。

 奴隷たちに山中で屠るよう命令を下している可能性も警戒しなくてはなりません。

 まぁそうなったらそうなったで、敵は確定します。

 場合によってはその時点から行動を起こしましょう。


「成る程。荷物持ちは分かるのですが、女性の奴隷は何故? 戦闘要員ですか?」

「慰安用。お前の好きな時に好きにすればいいそうだ。喜べ、食べ放題だぞ?」


 おどけた様子でそう言ったダイアナさん。

 しかしその言葉に、思わず顔を顰めてしまいました。


「そういうのはあまり好きじゃないですね」

「ふむ、オッサンはそういうタイプか。だがその女は本物の凶悪犯だ。気は抜くな」

「一体何をしたのですか?」

「冒険者から衛兵、更には騎士までも……その顔と体で誑かし、冷酷に殺してきた女だ」


 そう語りながら、表情を険しくさせたダイアナさん。

 ダイアナさんの言葉には、妙な実感がこもっているように思えました。


「私が捕まえた時、その女の周囲には五人の衛兵が転がっていた。遺体でな」

「衛兵……ですか」

「ああ、出来る事ならばこの私が……いや、何でもない」

「…………」


 ――衛兵。

 つまりはダイアナさんの同僚。

 更にその現場を見ているのなら、感情に憎悪が混じったとしても仕方の無いこと。

 軽はずみに助けたいだとか、可哀想だ、などは言えません。

 特にダイアナさんや衛兵さんの前では注意した方がいいでしょう。


「まぁ囮にするなりなんなり好きにしろ。使い方はお前の自由だ」


 本当は自分で手を下したいのでしょう。

 しかしそれをしないのは、ダイアナさんが職務に忠実な衛兵だからなのかもしれません。


「ただし、開放して自由にだけはしてくれるなよ? 同じ罪を償う事になるからな」

「……決死の霊峰へ共に向かわされている時点で、同じ罪を償わされているのでは?」


 すっと視線を横に逸らしたダイアナさん。


「ま、まぁ、立ち位置が違うだろう。ほらっ、御者が待っているぞ! 行った行った!」


 誤魔化すように急かし、おっさん一行の七人を大きめの帆馬車に乗せたダイアナさん。


「出すぞ」


 御者さんのそんな声で軽快に進みだした馬車。

 馬車が出発するとダイアナさんの姿は遠ざかり、三分後には見えなくなりました。

 ……この世界に来てから初の登山。

 死者の魂すらも凍てつく、霊峰ヤークトホルン。

 本当にあるかどうかもわからない花に為に、一行は馬車に乗って進みます。

 ――死と雪の、銀世界に向かって。



 ◆



 馬車を進めて半日。特に会話も無いまま、道中は平和に過ぎていきます。

 警戒していた女性奴隷からの接触もありません。

 がしかし、森を突っ切る道を走っていた馬車が唐突に止まりました。

 馬車は止まり、御者席から声が聞こえてきます。

 御者席の方は白銀の全身鎧で、顔の表情は伺い知れません。


「……野盗です。加勢をお願いしても?」

「ええ勿論。皆さんもお願いします」

「……ああ」

「……分かった」


 そんな返事の後、荷物を馬車の中に残して外へと出た全員。

 外に出るなりおっさん以外の全員が、即座に剣を構えました。

 それに合わせて遅れながらに剣を構えたのですが……。

 周囲を見ても、木以外のものは何も見当たりません。

 一つ溜息を吐きながら宙で一回転し、一瞬だけ黒い光に包まれた妖精さん。

 妖精さんは光が消えると、褐色幼女形体の姿を取っていました。

 何故か、またもやお尻に顔を押し付けてきます。

 全員が妖精さんをチラ見しましたが、声を掛けて来たのは男性奴隷の一人。


「……その子供は?」


 ――妖精さんですよ。

 と答えようとしたのを遮って、御者さんが口を開きました。


「強い力を感じる召喚物だ。召喚師の方ですね? 剣の取り出しが遅いのにも納得です」


 剣の取り出しの遅さについては、以前にも隊長と副隊長に言われました。

 ここはもう、召喚師という事にしておいた方がいいのかもしれません。


「ま、まぁそうなりますね」

「何にせよ、少々数が多そうなので有り難い」

「妖精さん、力を貸してくださるのですか?」

「……ひょひんぶん……」


 何を言ったのかは分かりませんが、どうやら力を貸して下さるようです。

 押し付けられたお口がモゴモゴと動きました。嬉しいみ。


「もう一度、言って下さいませんか?」

「…………」


 ――残念。

 とそんなやり取りをしていると、野盗の側に動きがありました。

 姿を現した野盗の数は、ぱっと見て二十人前後。

 この時点で対処可能な許容人数を大幅に超えています。

 何故ならおっさんの許容範囲は、二分の一人までなのですから。


「さて、大物だぜこいつぁ。どうだ? 荷物を捨てて逃げてくんねぇか? 見逃し――」

「【敵を刺し貫け〈魔矢〉】」


 野盗の言葉を早口で遮ったのは女性奴隷。

 女性が言葉を発すると、同時に現れた光の矢が一直線に野盗の方へと飛翔。

 そしてそれが――野盗の一人に突き刺さりました。

 完全に不意を打った形だった為か、そのまま前のめりに倒れて動かなくなった男。

 油断の対価として支払ったものは、大量の血液と命。


「女奴隷、大正解だ」

「ふん、相手が馬鹿だっただけよぉ~」

「……お前、触媒無しでの魔術が使えるのか」

「くくっ、何人かは木の上に隠れてるな」


 取った行動を賞賛する御者さんに、当然だと言葉を返した女性奴隷。

 それに続いて口を開いたのは、屈強そうな男性奴隷の二人。


「や、ヤロウ! 頭を殺りやがった!! 全員皆殺しだ! 殺れッ! 殺れ――ッ!」


 野盗の誰かが叫んだ言葉に反応して動き出す、野盗全体。

 その動きは何処かふわついているように見えました。

 あまりにもあからさまなので、素人だからそう見えるという訳では無いでしょう。


「モゴモゴモゴ――モゴッ」


 ――おおおぉぉぉおおおおおおおっ! お尻に幸せな感触がっ!

 妖精さんも何かするようです。

 その間に隠れていた野盗が矢を放ったのか、無数の矢が飛んできました。

 切り落とす気満々な様子で武器を構えている他の人達。

 がしかし、こんなの一般人に対処できるレベルを大きく超えています。

 おっさんでは野球の球にすら棒を当たられません


「これは、死――」


 次の瞬間――ズルリッ、と地面から生えてきたおっさん花。

 おっさん花は機敏に動き、飛んできた矢を全て払い落としました。

 以前に見たおっさんの花よりも一回り大きく、触手の太さも太めなおっさん花。

 今回は何も指示しておらず、繋がりも感じていません。

 一瞬の沈黙。固まる空気と、動きを止めた野盗達。

 少しの間の後、野盗達の誰かが口を開きます。


「は? なんだ……ありゃ……」

「ば、化け物だ。この世の生きもんじゃねぇ……」

「逃げるのか? 今、ここで逃げるのか!? 俺は今すぐにでも逃げ出したい!」

「駄目だ! 頭の指示が――くそっ、最初に死んでやがる!」


 地面をずるずると移動し、野盗との距離を詰めたおっさん花。

 おっさん花は距離を詰めるのと同時に、触手で野盗達を刺し貫きました。

 そのまま根元にまで持っていき――グシャグシャと音を立てながら、食べています。

 肉をシュレッターにかけたら、きっと似たような音がするでしょう。


「や、やめ――」


 触手の射程も伸びているのか、木の上で弓を構えていた者にまで攻撃をしています。

 すぐ近くから、生唾を飲む音が聞こえてきました。


「あ、アレは、オッサン殿の召喚物……でいいのですよね……?」


 御者さんは一歩後退りながらも、なんとかという様子で言葉を紡ぎました。

 それは他の方々も同じらしく、全員が〝そうです〟の言葉を待っています。


「正確にはこの子の召喚物ですね。勿論、こちらに害はありませんよ」

「顔を服に押し付けて隠しているのは、契約者以外に顔を見せないため、ですか……?」

「多分そうだと思います」

「なるほど。……ふぅ、確かにこれ程の力をお持ちなら、霊峰の……」


 呼吸をするのを忘れていた、と言わんばかりに息を吐き出す皆さん。


「ギャアアアアアアアアアアア――――」

「……はっ! 許して――」

「いやだぁぁぁあああアアアアアアアアア――――」

「くそっ! 逃げろ! 逃げ――ゴガッ!」

「剣が弾かれる! おい! 矢を――ウブッ!」

「無理だ! 毒矢が効いてない!! 触手がこっちに――あぁァァァアアァァ――」

「…………神ぃ……さ――」


 野盗の方は何時の間にか阿鼻叫喚状態。

 辺りに多くの肉片が散乱していてもおかしくは無い絶叫なのですが……。

 全ておっさん花の根の奥底へと飲まれているので、死体は一つも転がっていません。

 ……いえ、最初に殺された野盗のリーダーだけは転がっていました。

 仲間の男性奴隷の一人が、限界だ、と言わんばかりに馬車の後ろへと移動。

 そしてエチケットタイム(ゲロ)を始めてしまいました。


「ヴぉええええェエエエエ――――」


 しかしおっさん花が仕事をしている為、やる事がありません。

 仕方が無いので格好だけつけておくとしましょう。しゃきーん。

 ……恰好をつけている事数分。

 野盗達は確実に数を減らし、十五分もしない間に全滅した野盗達。

 おっさん花は仕事を終えた……という様に地面の中へと溶けて消えました。

 妖精さんの方を見てみれば、何故かツヤツヤとしている褐色幼女形体の妖精さん。

 妖精さんは一瞬だけ黒い光に包まれ、小さな妖精さんの姿に戻りました。

 便座カバーヘッドに腰を下ろし、何時ものようにクスクスと笑う妖精さん。

 嬉し可愛いみ。



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