『石の部屋』二

 ダイアナさんは間違いなく敵の側では無い。

 そうなってくると途端に愛しく思えてくるのが人間の性でしょう。

 つまり――。


「ダイアナさん」

「ん、なんだ?」

「ダイアナさんのパンツを下さい」

「…………」

「パンツを下さい」

「聞こえている、二度と言うな」

「パンツ――」

「黙れ、やらん! だいたいな、何故私がお前にくれてやらねばならん!」

「いえ、どうせ死ぬのならと思いまして」

「……そうか。まぁいいだろう、今晩はお前の食事にパンツを添えてやる」

「ありがとうございます。ああ、できれば脱ぎたてをお願いします」

「注文の多い奴だ。……ふむ、脱ぎたてのパンツだな? 今晩の食事を楽しみにしていろ」


 ――ダイアナさんの脱ぎたてパンツが食べられるなんて、嬉しいみ。

 そんな事を考えている内に、霊峰の話など頭の中から抜け落ちていきました。

 そして、その日の夜――。


「……悲しいみ……」


 薄暗い牢屋の中に響く、空しさと悲しみの声。

 しかしこの場所には、もう一つの人影も存在していました。


「――オレのパンツが食べたいが為に牢屋へ入るとは、仕方の無い男だッ!」

「た、隊長……」

「さぁ、好きなだけ食べるがいい!! 勿論、お代わりもあるぞッッ!!」


 そうして差し出されたのは、パンツを穿かされたパン二つ。

 ――ッ!?

 当然の権利であるかのように、ダイアナさんはここに来て居ません。


「ああ、お代わりが欲しければ大声で俺を呼ぶといい、出口に立っているから――なッ!!」


 そんな事を言い、ドヤ尻を見せ付けながら牢を出ていく隊長。

 お代わりどころか、今ある物も回収していって頂きたいところ。


「……悲しいみ……」


 パンツを穿かされたパン二つを手に取ると、ほんのりと伝わってきた下着の温もり。

 本当は食べたくないのですが、食事である事に変わりはありません。

 隊長の脱ぎたてパンツを穿かされたパン二つから、パンツを取り除きます。

 そして、硬くぼそぼそとしたパン二つを、なんとか平らげました。

 水はありましたが、スープはありません。


「……悲しいみ……」


 薄暗い牢の中に深い悲しみの声が響き、妖精さんの笑い声も響きました。

 教会でフォス君が掛けてくれた魔法の効果は切れているのかもしれません。

 まぁ謎の幸福感は無くなりましたが、妖精さんは近くに来てくれるようになりました。

 妖精さんは近くをくるくると飛び回りながら、御機嫌そうに笑っています。


「おおっ! もう食べ終わったのか! ほらっ、お代わりだぞッ!!」


 何故かお代わりを持ってきて、満点のドヤ尻で出て行った隊長。

 先程と変わらず、パンツを穿かされたパン二つ。


「……悲しいですよ、妖精さん……」


 おっさんは、深く苦しい悲しみに包まれました。

 響く、妖精さんの笑い声。

 そうして、次の日の昼頃――。


「聞いたぞ、オッサンッ!」


 カーン! 一カメ。


「オレのパンツが食べたいらしいな!」


 テーン! 二カメ。


「仕方の無い奴め! 外周見回りの任を終えたばかりの、脱ぎたてホカホカを食べるがいい!!」


 ドーン! 三カメ。

 ――ッッ!! 

 そんな、副隊長――――ッッッ!!

 そこはかとなく湯気の立ち上るパンツを穿かされた、パン二つ。

 今日この日程、パンツの下の穴が二つある事を呪った日はありません。

 ぼそぼそのパン二つに染みついていた、そこはかとない塩味。

 美女の吐瀉物を食べた方がまだ空腹感が満たされるでしょう。

 ――その日の夜。

 ダイアナさんは仕事を終えたのか、牢屋の前へとやってきました。


「どうだ? パンツは美味しかっただろう?」

「…………」

「気を遣っておまえの知人――いや、恥人から取り寄せてみたぞ」

「…………」


 微妙にニュアンスを変えて放たれた同じ言葉。

 どう変換されたのかが、手に取るようにわかります。


「まぁこれで少しは懲りただろう。明日からは普通の食事を持ってきてやる」

「…………」

「ほら、これが今日の夕飯だ」


 差し出されたのは作りたてかと思われる温かげなパンが一つに、スープが一皿。

 スープの中には少しではありますが、肉が浮かんでいます。

 しかし、つい堪らず、小声で呟いてしまいました。


「……妖精さん」

「ん、何か言ったか?」


 呟き声に対して言葉を返してきたダイアナさん。

 しかしそれには反応を返さず、言葉を続けます。


「ダイアナさんの今穿いているパンツを、私の手の中に……下さい――ッッ!!」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 そして手の中には、確かな温もりが。

 暗転。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、そこは牢屋の隅。

 ほかほかと温かげな黒パンツが地面に落ちています。

 素早く動き、ソレを――目にも留まらぬ早業で拾い上げ、握りしめました。

 ここへ来る前に鍛錬か何かをしていたのでしょう。

 手の中にあるパンツはそこはかとなく湿っています。

 ――では、取り敢えず。


「すーはーすーはーッッ!」


 フローラルのかほり。

 からの、痛恨の一舐め。……ぺろり、僅かな塩味。

 同じ塩味でもここまで感じるものが違うとは、大発見だと言えるでしょう。

 今この瞬間、世紀の大発見をしたと言っても過言ではありません。


「おい、脈略も無く等々に溶けるな」


 ……溶ける?


「しかも黒い雫に包まれながら現れたかと思えば……ん? おい、そんな隅で何をしている?」


 牢の中が薄暗いせいなのか、ダイアナさんには見えていないご様子。

 なので、ゆっくりと、ダイアナさんが差し出してくれた食事の方へと歩み寄ります。

 自然と縮まる、ダイアナさんとの距離。


「なにを――ッッ!!? おまえ! いつの間に服を!!?」

「ふ、ふふふ……」

「……お、おい、今おまえが口に含んでいる物は何だ? 見せてみろ、ほ、ほら早く!」

「ダイアナさんも悪いのですよ……」


 そんな事を呟きながら、スープに下着を浸けました。

 何かに気が付いたダイアナさんは、自分の股関節部分に手を当て――。


「な、無いッ!?」


 スープに浸した〝ダイアナさんのパンツ〟を、ゆっくりと丸めます。


「あぁダイアナさん、魔石灯の光りが綺麗ですよ。……おやっ、北斗七星かな?」

「おっ、おおおおおっ、おまえッ! 待て! 少し待て! くっ……殺すッ!!」


 ダイアナさんが鉄格子をガチャガチャと揺らしますが、格子はびくともしません。

 腰に鍵束があるというのに、ダイアナさんは鉄格子を揺らすのに全力全開。


「殺すぞ!? 絶対に殺す!  殺す殺す殺す殺す! 殺すぅぅぅうううううう――ッッ!!!」


 そうこうしている間にも、ダイアナの下着を丸めきることに成功しました。

 もうその形はマカロン以外の何物でもありません。


「ほらダイアナさん、美味しそうですよね。これですね……マカロンなんですよ?」

「違う、それは下着だ! 食べるな! 正気に戻れ!!」


 完成したダイアナさんのマカロンを、ゆっくりと口へと運びます。

 むしゃむしゃむしゃ。パンツ美味い、パンツ美味い。


「あああああああ! 死ね! 喉に詰まらせて二回死ね!!」


 ――クワッ!


「これはッ! ダイアナさんの味っ!」

「お前えぇぇえええええええあぁああああいぅえおぉぉぉぉおおおおおお――ッッ!!」


 何やら奇妙な言葉を発しながら鉄格子を揺らしいているダイアナさん。


「今殺す! スグ殺す! 骨まで砕いて殺す――ッッ!!」


 ガシャンガシャンと激しく音を立てる、鉄格子。

 しかしそれでも、鉄格子は――破 れ な い――。

 口から出したダイアナさんのパンツを今度はパン一つに被せ、むしゃり。

 租借して飲み込み、残ったスープで流し込みます。

 そうして料理とパンツを完食した頃、キィ……と鉄格子の扉が開きました。

 どうやらダイアナさんは今更になって、鍵で扉を開ける事に成功した模様。

 がっくりと四つん這いになり、石畳の上で落ち込むダイアナさん。


「……ほ、本当に食べてしまったのか……?」

「ご馳走様でした。料理はダイアナさんが?」

「…………ああ、明日の朝食には毒を入れておく。安心して食べるといい」

「では、明日のパンツも戴きますね」


 ぐしゃりと崩れ落ちた、ダイアナさん。


「……ぁ、ぅ……私もやり過ぎた。品質を上げて持ってくるから、止めてくれぇ……」

「分かりました」

「それと、パンツは返さなくて良いぞ」


 ――!!?

 まさかの一枚は公認パンツ!?


「…………いや、嫌な予感がした。残骸でも可能な限り綺麗にして返してくれ」

「そうですか……」

「お前なら生きて帰ってくるな、間違いない」

「勿論帰ってくるつもりですよ。……妖精さん、元の状態でパンツを出してください」


 ものすごくドン引きしていた妖精さん。

 しかしお願い事を言うと……クスクスと笑い出しました。

 ドン引きしていたように見えたのも、きっと気のせいでしょう。

 ――暗転。


『死にましたー』


 なんだかんだで、何故かほかほかのパンツをダイアナさんに返却する事になりました。

 ダイアナさんがパンツを掴みましたが、こちらもパンツを掴んでいます。


「お、おい、早くその手を放せ!」

「いえ、もう少し脱ぎたての温もりを……」

「何故脱ぎたてじゃない私の下着が何故ホカホカなのかという点には突っ込まない」

「そうですか?」

「だがな。今すぐその手を放すか手を切り落とされるか、三秒以内に選べ」

「あと三秒ですね」

「クッ! ……一、二、さ――」


 おっさん、ギリギリで手を放します。

 こうして常識的な日常は過ぎてゆき、この日は牢のベッドで床に就きました。


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