『燻る火種』二
敵の補給基地に近づくと、黒い煙が立ち上っているのが見えてきました。
空を飛んでいるのは赤い色のドラゴン。
その赤いドラゴンは一定以上の高度を維持していて、下に降りません。
「シルヴィアさん、先行して敵飛行戦力を叩いてください! 私もすぐに向かいます!!」
姿を現したシルヴィアさんは高度を上げながら、言葉を返してきました。
「――ああ、任せておけ」
「シルヴィアさん!」
「なんだ?」
「無理だと思ったら帰ってきて下さい。……これは命令です」
「……了解だ、マイマスター」
そう言って高度を上げて行ったシルヴィアさん。
向かう先は赤いドラゴン。
私もその後を追うように馬を走らせます。
妖精さんは笑い声を響かせながら、前の席で褐色幼女形体になりました。
「妖精さん、力を貸して下さい!」
――響く、妖精さんの笑い声。
地面から這い出したのは三体のおっさん花。
敵補給基地までの道中には炭化している遺体が数多く転がっていました。
燃え続けている木の壁の周りにも。
黒焦げになっている無数の遺体が転がっています。
全ての遺体を合わせたら……その総数は、五百を超えているでしょう。
これだけ手ひどくやられたとなれば、逃げだした者も多く居る筈。
なのに――。
燃えている補給基地にまで辿り着いてみると内部から聞こえてきた――怒声と戦闘音。
「制空権は……余裕だったみたいですね」
氷の塊にされた赤いドラゴンが、たった今――爆散しました。
馬を全速力で走らせながら、おっさん花と共に敵補給基地に突撃します。
敵補給基地の内部は一つ前の場所と同じで、至って普通の設備ばかり。
やはり最初の場所が異常だったのでしょう。
敵味方含め、黒焦げになっている遺体が多く見当たりました。
ですが子供の遺体がないのでまだマシです。
「――ふんっ、酷い下等種だったな」
一直線で傍にまで戻ってきたシルヴィアさん。
傷一つありません。
戦闘力から考えるに、空を飛んでいたのは低位のドレイクンだったのでしょう。
「流石です」
「今の私でも流石にあんなヤツには負けん。かなり弱っていたしな」
勝って当然だという様子でそう言ったシルヴィアさん。
交戦していた音が聞こえていた場所に辿り着いてみると――。
私が到着したタイミングで勝鬨を上げた冒険者達。
拍子抜けであるような気もしますが、悪い事ではありません。
それを見た妖精さんも笑い声を響かせながら、小さな妖精さんの姿に戻りました。
同時に消えるおっさん花たち。
「やっぱり、あの黒騎士が異常だったのですね……」
「ふんっ。一応言っておくが、タイマンでも私は負けなかったぞ」
勝っていたと言わずに〝負けなかった〟という部分が気になるところ。
プライドが高くて負けず嫌いなシルヴィアさん。
とはいえ最低でも引き分け以上には持ち込めるのでしょう。
そうこう考えていると、シルヴィアさんは魔石の形体に姿を変えました。
「さっきの美少女様には見覚えがあるぞぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「へーいタケル、へいタケル!!」
聞き覚えのある声。
声のした方を見てみると、目立つ声を上げながら四つの影が近づいてきました。
「〝フレイル戦闘団〟の……」
――フレイル兄弟。
もしかしたらとは思っていましたが、彼らも援軍に来たのでしょう。
実力の高さから考えれば不思議ではないのかもしれませんが……。
来ていてくれて、本当に助かりました。
「タケル様は空を飛ぶトカゲに手こずらされておりました」
「タケシ様は人間ロケット作戦を提案していました」
――人間ロケット。
「もしかして、彼女らをあのドラゴンに投げようと……?」
「その通りだぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
「へいタケル、へいタケル! 人間投石器作戦じゃ仕留められなかったからな!」
――なるほど。
地上から二人のパートナーが岩か何かを投げていたのでしょう。
シルヴィアさんが言っていた〝かなり弱っていた〟というのにも納得です。
その対空攻撃の御かげでドレイクンの高度が高かったのかもしれません。
ここまでの被害が出たのは、途中までは空に対する対抗手段が無かったから。
二人が来て居なければ高確率で全滅していたでしょう。
「人間軍はあれですね、飛行戦力がかなり脆弱ですよね」
「ドラゴンは空飛ぶ火炎戦車だからなぁあああああああああああああ!!」
「ヘいタケル、へいタケル! 何にせよ仕事は完了だぞ、へいタケル!!」
武器を収めて肩の力を抜いたフレイル兄弟と、そのパートナー。
勝鬨を上げていた冒険者らも後処理に動き出しています。
「ちなみに、本体の方に向かいますか?」
「被害がでかいからなぁあああああああああああああああああああああああ!!」
「ヘいオッサン、へいオッサン! 待機でいいんじゃないか、へいオッサン!」
「そうですね、私達は十分仕事をしました。馬を休ませてから私も戻ります」
◆
南東の補給基地にまで帰って来ると、各々が好きな場所で休憩を取っていました。
魔族の子供はナターリアがしっかりと見てくれています。
私は各部隊長の会合に呼ばれ、木造の仮設小屋に通されました。
成果の報告や情報共有をすることしばらく……。
そこで……私が確保している捕虜の話になりました。
「オッサンよ、助けに来てくれたアンタのやり方に文句は言いたくないが……」
「魔族の捕虜を三人かぁ」
「子供なんだろ? 放置しておいてもいいんじゃねぇか?」
「バカ、純魔族は子供でも戦えるのが多いんだよ」
そんな事を真面目な表情で話合っている隊長格達。
しかし純魔族とは一体……?
捕虜にした少女たちの見た目は、町で見かけた事の無いタイプの人型魔族。
もしかして人族とは相容れない、危険な種族なのでしょうか……。
万が一そのような存在であった場合、一度戦争を離れる必要が出てきます。
ここまで来て見捨てるという選択肢は、流石にありません。
「私は純魔族というのをあまり知らないのですが、どういった種族なのですか?」
「特徴的なのはアレだ。知性の低い魔物に襲われない」
「だな。町に住んでるハーピーの話しだと、初対面でも奇妙な親密感が沸くそうだ」
――魔物に襲われない。
それは確かに気になる情報です。
しかし、だとすると……。
共存に成功したら、どれだけ安全性が上がる事か。
「もう一つは、死んで時間が経つと魔石を残して消えるって事か」
「オッサンが戻ってきた時に死体が片付いてたのは、消えたからだぜ」
「遺体が消える……?」
遺体が消える。
精霊とされているアントビィの遺体ですら消えませんでした。
それはシルヴィアさんも言っていたので間違いありません。
純魔族の生態がどうなっているのか、かなり気になるところです。
「一説によると魔王が生み出した分体だって話しもあるな」
「魔物に襲われないってぇ特徴がその噂に信憑性を乗せるんだよ」
……なるほど。
その差が敵意識に繋がっているのでしょう。
だから一般冒険者は、その者を害する行為に忌避感が無いのかもしれません。
「あー、寝首を掻かれるのだけは避けてぇな」
「ちゃんと拘束はしてンのか?」
「面倒は私が見ます。もし攻撃してくるような事があれば――私が殺します」
極力真面目に、信じてもらえるように話しをしました。
――響く、妖精さんの笑い声。
妖精さんの笑い声が響く度に弱ったような顔をする隊長各たち。
「まぁ、しゃあねぇか」
「アンタを敵に回したくは無いからな」
「管理はちゃんとしてくれよ」
「はい」
「うしっ、それじゃあ次の議題だな!」
臭い物には蓋をしろ、と言わんばかりに話を次に持って行った進行役。
「オッサンが帰って来る前に早馬が来ていてな、前線都市の奪還は成功したそうだ」
「おおっ!」
曰く、本体からの伝令がきていたようで前線都市の奪還は成功したとの事。
攻略が長引かなかったというのは幸運です。
「敵の数が予想よりも少なかったらしい」
「となると、決戦は別の場所か」
「まぁここは一応、人間領だ。魔王軍にとっちゃ不慣れな環境だからな」
「てぇと、魔王軍のどっかの都市が本番か」
魔族領についての情報は少ないらしく、都市の位置も正確には把握していないとの事。
まぁ何にせよ、初戦を快勝できたのは幸先がいいです。
……輝かしいモノかどうかは、知りませんが。
「それで俺らは、指示のあるまで待機だとよ」
「ウチの部隊は損耗が酷いぞ? 冒険者の補充はあるのか?」
「どうだろうな、案外損耗した部隊で合併して運用する気かもしれないぞ」
「隊長が二人以上になるのは良くないぞ……」
「ああ、そうなったらどちらかを下にする必要がでてくるな」
「その時は残存兵力が多い方の隊長が上になるのか?」
「確かに自然で単純明快だ。が、隊長の実力で上を決めるのも悪くないだろ?」
その言葉を聞いた各隊長が表情を引き締めたのを感じました。
ピリッと空気が建物内に漂っています。
「まっ、結局は上の対応次第だな。変な事で揉めるなよ」
「……だな」
「わりっ、余計な火種を撒いちまった」
「気にすんな」
「ちなみだが、本体の被害状況はどうだよ?」
「ほぼ皆無だって聞いたな」
「戦闘前に突然現れた〝異世界からの旅人〟が、すげぇ活躍をしたらしい」
「どうも都合が良すぎる気がするんだよな……」
「これも神の御加護ってヤツだろ。俺はたいして信じてねェけどな」
「ヒュウッ! 救世主様の御降臨ってか?」
異世界組の話題で盛り上がっている隊長格達。
ライゼリック組の大半。
ヨウさんを含む殆どが本体に配置されているのでしょう。
恐らくは、リュリュさんとポロロッカさんも本体に居る筈です。
「と言うかよ、これで一旦は報酬が支払われるだろ?」
「そいやぁそうだな」
「ああそうか、じゃあそこで再編成される可能性が高いんじゃないか?」
「ククッ、負けてたら報酬をケチられるところだったぜ」
「あー、敗戦した国だとそういうパターンもあるらしいな!」
……。
…………。
………………。
特に意味の無い雑談が続く事しばらく。
話が少しずつ逸れて行っているような気はしますが、まぁいいでしょう。
それでも黙って会話を聞き続けていると……。
――バタンッ! という音を立てて、建物の扉が勢いよく開かれました。
そこに立っていたのは一人の冒険者。
「拘束していた二人の冒険者が――逃げ出した!!」
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