『燻る火種』三

「落ち着いてください。逃げたというのは、あの二人なのですか?」


 報告に来た冒険者は息を整え、ゆっくりと口を開きました。


「ああ。見張りをしていた数人と、その他にも数人も居ない。たぶん買収された」

「リアには?」

「まだ言ってない。副隊長は子供を看てるが、言った方が良いか?」

「……いえ、私から説明します」


 最初に報告を受けたのがナターリアでなくて助かりました。

 でないと、追いかけて殺してしまう可能性があったでしょう

 丁寧に説得してお金で納得してもらうつもりだったのですが……。

 こうなってしまっては、どうしようもありません。


「この場合、逃げ出した冒険者は報酬を受け取れるのでしょうか?」

「隊長が上に報告しなけりゃ受け取れる筈だぜ」

「……そうですか」


 悪いのは不条理を突き通した私の側です。

 この案件を上に報告して逃げた冒険者を突き出すのは、あまりしたくありません。

 もし報酬が支払われないようであれば、自分の報酬からお金を出すつもりでした。

 そもそも魔族の捕虜を取っている現状。

 私自身に後ろめたいものが多すぎます。

 戦える者が逃げてしまったのは問題ですが……。

 まぁいざという時は、その穴を埋められるように立ち回りましょう。


「では報告は無し。皆さん、誰が居なくなったのかを確認したいので離席しても?」

「あ、ああ、別に構わねェ」

「んじゃ、俺らも解散にするか」

「そうだな。それじゃあ各隊、本体からの指示かくるまで待機していてくれ」


 お私が最初に席を立ち、その後に席を立つ他の隊長達。

 建物を出たら真っ直ぐに拘束していた冒険者の場所に移動します。

 二人の冒険者を拘束していた場所には案の定、切られたロープが落ちていました。



 ◆



 何事もなく三日が経過。

 食料等はきちんと送られてきているので、生活に問題はありません。

 殆どの者はテントで寝ていますが、功労者という事で大きめの木造小屋が貰えました。

 問題があるとすれば、寝泊まりする建物の総数が少ないせいで……。


「うぅ、いつか絶対に、殺してやるんだから……」

「はい、生活環境が整ったらいつでも来てください」


 命を狙ってくる女の子。

 正直に言って、この子はあまり問題ではありません。

 それ以上に立ち直ってくれてよかったという気持ちの方が大きいです。

 元が強い子なのでしょう。


「え、えへっ、捨てないでね? なんでもするから……」

「何でもしないでください。あと捨てませんし、もっと自分を大切にしてください」


 必死に媚びてくる女の子。

 見捨てられたら助からないと思っているのでしょう。

 実際のところは、どうなるのか判りません。

 無事に魔族領まで辿り着ければいいのですが、普通に考えたら無理でしょう。

 それにまた別の場所で戦火に巻き込まれる可能性もあります。

 何にしても現実的ではありません。


「お父さん、どこぉ……おかぁさん……」

「……すいません」


 時々両親の名前を呼ぶ女の子。

 この子が精神的に一番キます。

 なんせ本当に、謝る事しかできないのですから。

 三人とも多少の差はあれど、青紫に近い肌の色をしています。

 そんな少女たちと同じ建物での共同生活。

 少女たちの行動域は建物内限定で、ほぼ軟禁状態。

 ――く、空気が重いです。


「勇者様、日中は外に居てくれてもいいのよ?」

「いえ、可能な事は私がします。彼女らを捕虜にしたのは私ですからね」


 出来る事と言っても相手が女性なので、私は見張っているだけ。

 ロープなどによる拘束はしていません。

 ナターリアは寝首を掻かれない絶対の自信があるようですし……。

 私であれば寝首を掻かれても、あまり問題はありません。


「リア、少し二人で寝室に行きましょう」


 寝室と私を交互に二度見したナターリア。


「乱暴にしても、ぃぃょ……?」


 胸の前で手を組んでの、うるうるお目め上目遣い。

 ――ッッッ。


「……こ、今後についてのお話だけです」

「残念っ」


 少し肩を竦めながら軽い様子で後を付いてくるナターリア。

 茶目っ気がたっぷりで愛らしさもたっぷりです。

 寝室に移動すると、ナターリアはダブルベッドに腰を下ろしました。

 私は床に敷いてある毛布類を適当にどかして、椅子に腰かけます。


「さて、この先の展開で対処も変わってきますね」

「どういうこと?」


 私の言葉に、コテンと首を傾げたナターリア。


「まず人類軍は前線都市を取り戻すのに成功しました。立て直しの期間が設けられるようであれば、この子達を廃教会に預けられます」


 戦争の最中ずっと連れまわすとなると、問題が出て来ます。

 その対処として一番現実的なのが、戦争中は誰かに預けるというもの。


「エルティーナたちに預けるのね」

「はい、このままではリアに掛かる負担が大きすぎます」


 そもそも誰かが彼女らの面倒を見なくてはならないという、この現状。

 女性でなくてはダメな部分は、ナターリアが負担してくれています。

 この体制ではナターリアが戦えない場面が出てくるでしょう。

 単純に戦力が下がります。


「リアはこの案、どう思います?」

「普通のとこじゃあダメだけと、あそこなら純魔族の子も受け入れられると思うわ」

「ええ、その辺りはエルティーナさんたちを信頼しています」

「んー、最低限の自衛はできるし、名案ねっ!」

「では時間があった場合は、そうしましょう」


 そう、時間的な猶予があれば問題はありません。

 問題が出てくるとすれば、強行軍を選択された場合。


「連れて行かざるを得ない場合は、どうしましょうか」

「本当は勇者様の隣で戦いたいのだけれど、わたしが子供達を見ていてもいいわよ?」

「では、その時はお願いしても……?」

「勿論っ!」

「我慢ばかりさせてしまって、すみません。本当に助かっています」

「うふふっ、そう言ってもらえるだけでわたしは幸せだわっ!」


 そう言ってニコやかな笑みを浮かべたナターリア。

 何故なのかは判りませんが……。

 ナターリアと二人で話していると、たまらなくムラムラします。

 ――いけません。

 確かに彼女が完全なウェルカム状態であるというのも大きいです。

 しかし、もう何というか……。

 我慢している理由すらも、忘れてしまいそうになってきました。

 そのくらいムラムラきています。


「そう言えば勇者様」

「はい?」

「そろそろ二回目のご褒美とか、ほしいなぁー?」


 ――ご、ご褒美ッッ。

 そう言えば約束していました。

 リアは捕虜にした女の子たちの面倒も見てくれています。

 お礼として何かしてあげるのは、当然のことでしょう。


「は、ハグで、いいんでしたっけ?」

「それでも嬉しいのだけれど、勇者様っ。わがまま言っても、いーい……?」

「私に可能な事であれば、なんでも言って下さい!」

「――っ。な……なんでもぉ~?」


 窺うような目をしながら、そんな事を言ってきたナターリア。

 ……なんというか。

 これを許容すると、イクところまでイッてしまうような気がします。


「エッチなのはダメですよ」

「むぅ。それって普通は、女の子のセリフなのだと思うのだけれど……」


 ぷくー、っと片方の頬を膨らませたナターリア。

 一度でいいので膨らんだ頬をつんつんしてみたいところ。


「それじゃあね、口に、チュー、ってしてほしいなぁ~?」

「く、唇にですか?」

「まぁ勇者様が、嫌じゃなかったらなのだけれど……?」


 ……イヤなわけがありません。

 しかし私の側からナターリアの唇にチッスを仕掛けるのは初めての事。


 ――止めるんだ!!

 ――貴様は……理性大臣!!?

 ――自身の穢れを悟り、手を出さないと誓ったではないか!!

 ――しかし彼女は、こんなにもウェルカムなんだぞ!!

 ――そうだ! 据え膳食わぬは男の恥!!

 ――バカめっ! お前は全部が恥だわっ!!

 ――お前もだ!

 ――お前も!

 ――お前も!!

 ――お前も!!!


「んっ……」


 ナターリアが、胸の前で手を組んで目を閉じました。

 夢を知らないお姫様の純粋なキス待ち顔。

 ゴクリ、とはしたなく喉が鳴ってしまいました。

 ――生唾! 飲まずにはいられないッッ!!

 二人きりの部屋で、このシチュエーション。

 イケナイ気持ちに、なってしまってもいいのでしょうか……?


 ――兎に角我慢するんだ!

 ――だが理性大臣、彼女をこれ以上我慢させるのはだな……。

 ――そうだそうだ! 両想いならいいではないか!

 ――貴様らのソレは本当に愛情なのか? 性欲ではないのか??

 ――『『『ぐむむ……』』』

 ――いやしかし、例え性欲だとしても彼女は満足する筈だ!!

 ――そ、そうだ! その通り!!

 ――これは彼女が望んでいる事なのだぞ!!

 ――ええい!! 兎に角、ダメだダメだダメだ!!

 ――『『『…………』』』

 ――どうした煩悩大臣ども……? 顔が怖いぞ?

 ――総員、理性大臣を浄滅させよ!!

 ――『『『イー!!』』』

 ――うわなにするヤメrrrrr…………。

 ――理性大臣は消えた! この間僅か三十秒!!


 理性大臣が消えてしまいました。

 これはもう、仕方が無いのではないでしょうか……?

 ナターリアが悪いのです。

 こんなに愛らしいのに、私を何度も誘惑してくるのだから……。

 そう……誘惑してくるナターリアが、イケナイのです。

 私だって……ええ、もう十分に我慢しました。

 理性大臣が浄滅してしまうくらいに我慢したのです。

 もう手を出してしまっても……いいのでは、ないでしょうか……?


「リア……」


 私はナターリアの肩に手を添えて……――。







「――オッサンは居るかぁッ!」

「ごめんなさい! ま、まだ何もしていませんっっ!!」


 外から聞こえてきた声に反射的に言葉を返してしまいました。

 外に居る人物は建物の扉を、ドンドンと荒っぽくノックしています。

 衛兵さん!? それとも警察!!?

 ナターリアと二人っきりで、ベッドのある部屋にいるこの現状。

 外に居る者が突然――警察だ! と言いだしたら、私は言い逃れできません。


「は、はい! 今出ます!!」


 恐らくは次の指示。

 そうでなくとも戦争関係の何かでしょう。

 部屋の外で怯えている三人を不満顔のナターリアに任せ、私は扉を開けました。

 扉の先に立っていたのは物々しい雰囲気をした――五人の騎士。


「現在貴方には、味方殺しによる戦犯の容疑がかかっている。奪還された前線都市リスレイまで捕虜にした純魔族と、それからパーティーメンバーを連れて同行してもらおうか」

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