『審議会』一
「戦犯ですか……? しかも味方殺しの??」
「そうだ」
確かに捕虜の問題で一度揉めて、おっさん花の触手での攻撃はしています。
が、殺してはいません。
それどころか、動けない程の大けがを負った者もいませんでした。
なのにどうして、私が殺した事になっているのでしょうか。
「何かの間違いでは?」
「貴様の横暴に耐えかねた数人が部隊から逃げ出している」
「それは……」
――部隊から逃げ出した数人。
それは……確かにいました。
「その者らが、ベーゲルック伯爵に助けを求めたのだ」
もしかして逃げ出した中に居た誰かは、貴族にコネを持っていたのでしょうか。
女の子の父親を殺して、女の子に暴行も加えていた二人組。
その二人は部隊の反乱の指揮もしていました。
妙に場馴れしていて全体を先導するのが上手かったのは、貴族と繋がりがあったから?
――失敗しました。
「命令無視をされたので多少手は出しましたが、殺してはいません」
「手を出したのは認めるのだな?」
「……はい」
何故なのかは判りませんが、間違った回答をしたような気がしました。
まるで事実を認めてはいけなかったかのような、そんな違和感。
騎士達は何故か、私よりも後ろに居るナターリアを警戒している様子です。
騎士はナターリアが背中に庇っている捕虜の子供達を見て、口を開きました。
「ふむ、確かに見目の麗しい純魔族だ。それを自分だけで楽しみたかったのだろう?」
「私は手を出していません。捕虜として丁重に扱って――」
「嘘を吐くなッッ!!」
私の言葉を遮り怒鳴ってきた騎士。
返答が気に入らなかったのかもしれません。
まるで罪を決めつけ、冤罪を疑わないどころか暴力と恐喝で自首を迫る様子。
……何と言うか、騎士にも色々とあるのでしょう。
リュポフさんたちのように正道を生きる騎士も居れば、このような騎士も居ます。
「今の私には、恐喝も暴力も効きませんよ」
何故だか心の湖面は穏やかで、一切揺れ動いていません。
しかし表情を変化させるのも面倒になってしまい、無表情になってしまいました。
――響く、妖精さんの笑い声。
「……ッ」
逆に一歩後退りした騎士の男。
これがこの世界に来たばかりの私であれば違いました。
弱腰になって、首を縦に振るしか出来なかったでしょう。
しかし今は、もう慣れました。
慣れたくはありませんでしたが、慣れてしまったのです。
そもそも、シルヴィアさんの『ハグをさせてくれ』より怖い脅しはありません。
なんせシルヴィアさんからのハグのお願いは、確実な死が訪れるのですから。
死が視えるようになって、死域を感じるようになって……。
ハグをされる前に周囲を見渡しましたが、一面全てが死域でした。
なんと彼女のハグには、逃げ道が用意されていなかったのです。
「シルヴィアさんめ……」
「――ふんっ、呼んだか?」
つい口に出てしまい、シルヴィアさんが登場してしまいました。
シルヴィアさんを見た騎士達は抜剣し、大きく後ろに跳んでいます。
「よ、呼んではいません」
「で、コイツらを凍らせればいいんだな?」
「ダメです」
「どうしてだ、もう武器までしっかりと構えているぞ」
「武器を抜いたのは、シルヴィアさんを恐れてですよ」
シルヴィアさんとそんな会話をしていると、騎士達が口を開きました。
「ふ、フザけるなッッ! 我等が貴様如きの使役精霊を恐れるとでも!!?」
「さっさとソイツを収めろ! 今すぐ死にたいのか!!」
「ぐぅぅ、なんという威圧感……」
「コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ……!!」
「ひ、ヒィィ……」
シルヴィアさんに対する反応は様々でした。
しかし流石は騎士階級。
シルヴィアさんの実力が見えているのかもしれません。
見た目は完璧美少女のシルヴィアさん。
なのにその実は――。
人肌恋しシリアルキラーおぱんつオッサン絶っコロ美少女BBAシルヴィアさん。
「おいっ、コイツらの前にお前にハグをしてもいいか?」
「ダメです。空気を読んでください」
「この状況で妄言を吐いた、お前にだけは言われたくない」
「……ゑ?」
私は騎士たちを見て、シルヴィアさんを見て、ナターリアを見て……。
ナターリアは口の辺りを指差して、何かを伝えるようなジェスチャーをしました。
もしかしてこの状況で、何かを口走ってしまったのでしょうか……?
――否、そんな筈はありません。
「私は〝人肌恋しシリアルキラーおぱんつオッサン絶っコロ美少女BBA〟らしいな?」
――ありました。
「ご、誤解です。あ、五回ハグをしていいという意味ではありませんよ」
「してもいいのか?」
「ちゃんとダメだって言いました!」
心の湖面が大きく波打ちまくっています。
それは正に、まもなくハリケーンでも起こるのではないかと思う程。
「貴様らぁああああアアアァアアアアア――ッッ!!」
そんな声を上げた一人の騎士。
頭鎧で顔は見えませんが、かなり怒っているのでしょう。
ええ、その通り。シルヴィアさんが全て悪いのです。
「これ以上の侮辱は審議会で不利になると思え! 貴様は先頭の護送車。捕虜と〝アリス〟は後ろに護送車に乗れ! 今すぐにだッ!!」
――んんんっ??
今彼は――アリス、と言いましたでしょうか?
いったい誰の事を言っているのでしょうか。
何処かで聞いた覚えがあるような……ッ。
思い出しました。
ナターリアが過去に呼ばれていた呼称……だったような気がします。
しかし何故、騎士たちがその名前を……?
「私達は本当に部隊員を殺していません。他の部隊員たちに聞いてもらえれば……」
「我々に言われても知らん! そういう事は審議会で言うのだな!!」
「では証人として部隊員を連れて行っても……」
「それは許されていない、さっさと乗り込め!」
「…………」
底の無い泥沼。
何もかもが裏目に出ている気分です。
戦争に参加したのは失敗だったかもしれません。
もし利益を求めず、皆を守りたいという気持ちだけで魔王軍に挑んでいれば。
ひょっとしたら、こんな事にはならなかったのかもしれません。
これ以上の抵抗は無駄でしょう。
するとなれば、彼らを殺して逃げるくらい。
可能性は低いかもしれませんが、口で無実を勝ち取るしかありません。
「大体は理解しました。ですが彼女たちだけは、見逃してはくれませんか?」
「勇者様!」
「しっ、リアは黙っていてください」
何かを言おうとしたナターリアを、力強く見つめて制止させました。
「無理だ」
「彼女たちに罪はありません。全て私の独断です」
「我々の任務に変更は無い」
「…………」
――失敗しました。
何もかもを助けようとして、大切な人をも危険にさらしてしまうという愚行。
あの時、純魔族の子供を助けたのは間違っていたとは思いたくありません。
しかし問題は、その後。
私が宙ぶらりんだったせいで招いたこの事態。
ジャックさんの言う通り先導者である、あの冒険者を殺しておくべきでした。
命には優先度があると理解していながら、全てを選ぼうとした私の愚かさ。
本当に、何もかも失敗ばかりです。
――甘かった。
無実を勝ち取れず彼女らに危険が及ぶようであれば、逃げましょう。
思いっきり暴れて、ナターリアと捕虜を助けで逃げるのです。
無実になる可能性だってゼロではありません。
なんせ私は、部隊員を殺していないのですから。
暴行を振るった罪だけであれば受け入れます。
が、それだけでもナターリアに危害が及ぶようであれば、その時は……。
「わかりました、貴方がたの指示に従いましょう」
「よし、大精霊を消してさっさと乗れッ!」
私は騎士に先導されるがまま、建物を出て外に止めてあった馬車を目指します。
シルヴィアさんは不満そうな表情のまま魔石形体に戻りました。
ナターリアたちも警戒しながらも騎士の指示に従い、あとに付いてきます。
「リア、大丈夫ですからね」
「うふふっ、勇者様のその言葉があれば百人力ね! 全然心配していないから大丈夫よっ」
捕虜の子たちは騎士たちの雰囲気に怯えていますが、ナターリアは平気そうでした。
――信頼には応えなくてはなりません。
何があってもナターリアだけは、何をしてでも助け出してみせましょう。
私は、そんな事を考えながら馬車へと乗り込みました。
乗り込んだ後は第一に杖からシルヴィアさんの魔石を外し、懐に突っ込みます。
ひんやりと冷たくて、少しだけ気持ちのいい魔石。
――いえ、やっぱり寒くなるので、あまり良くはありません。
とはいえ、シルヴィアさんの体温を少し感じているような感覚はあります。
今はそれが凄く頼もしくて、安心する事ができました。
「シルヴィアさん、いつも助けてくれて、ありがとうございます」
そう呟くと魔石の冷気が、ほんの少しだけ強くなったような気がしました。
……。
………。
…………。
――冷たくなるのは、やめてください。
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