『見え透いた罠』二

 オークの部隊と交戦を始めてから、たったの数分後。


「殲滅完了だ」


 アロエさんが私の隣にやってきて、そう報告してきました。

 いつの間にか、ナターリアも隣にいます。

 ついでに、この光景を見て腰が引けているイケメン伝令さん。

 しかし今回のオーク達。

 初めてオークと交戦した時とは違い、動きに統一性がありませんでした。

 やはり最初に頭が潰れたのが大きかったのでしょうか。


「それにしても、オッサンの精霊はすごいな……」

「私のというワケではありませんが……ええ、シルヴィアさんは凄いお方です」


 ――すごい。

 その言葉の意味は私が一番理解しています。

 交戦開始時にオークの頭を一瞬で潰したのは、シルヴィアさん。

 まぁ頭を潰したというよりかは、上半身を爆散させていた訳なのですが。

 リーダーを潰してくれたという事だけは間違いありません。


「そうなのか?」

「はい、大切な仲間です」


 毎日ハグで殺されている、というのは言わない方がいいでしょう。

 シルヴィアさんが攻撃したオークは、皆キックで爆散しています。

 今回の戦闘で使用されたのは物理攻撃がメイン。

 私の部隊員の実力を見たいという考えを読み取ったのか――。

 もしくは、いざという時の為に力を温存して戦ってくれているのか。


「オッサン、アタイが全員を見て周ったが、死傷者はゼロだ」

「流石ですね。それで怪我人は?」

「枝に引っかけてかすり傷を負ったヤツが一人だけだな」


 片眉を持ち上げて苦笑い気味にそう言ったアルダさん。

 シルヴィアさんが上手く立ち回ってくれていたのは事実です。

 が、あのオーク達を相手に、傷一つ負っていない元賞品剣闘士達。

 オークの集団と初めて戦って救援に来てくれた兵士達ですら、死傷者を出していました。

 あの時頼もしいと感じた隊長と副隊長の部下達よりも、この部隊は実力が上。


「並みの都市なら今いるメンバーだけで落とせそうだな」

「やりませんよ?」

「わかってる。私だってやるつもりは無い」


 移動の準備をしている部隊員達を見回してそう言ったアロエさん。

 確かにシルヴィアさんとこの部隊が居れば、並みの都市であれば落とせそうです。

 ナターリアも町の中に入ったら、無敵の殲滅力を見せてくれる事でしょう。


「ふんっ。……おい、ご主人様」

「はい?」

「東方向、本隊に近い場所で交戦している奴等がいる。オマエの知り合いだぞ」


 ――知り合い?

 この戦争で遊撃隊として動いている知り合い……?

 もしかして、ライゼリック組のフレイル兄弟の部隊でしょうか?

 であれば救援に向かう必要は無いかもしれませんが、一応向かいましょう。


「分かりました。体勢を立て直し次第、向かいましょう」


 私は移動の準備を終えた部隊員達に指示を出し、部隊の移動を開始しました。



 ◆



 移動を続ける事しばらく。

 激しい剣戟と怒声が聞こえてくる場所にまでやってきました。

 馬車を停止させ、馬を木に繋ぎます。


「アロエさん、アロエさんは部隊員を率いて裏側に回って下さい」

「ん、了解だ」

「シルヴィアさんとリア。それから十人くらいは、私と一緒に正面から突っ込みます」


 私の声に反応して、近くの十人が近寄ってきてくれました。

 その中の一人は、アルダさんです。


「それでは――行動開始!」


 私と数人は宣言通りに、一直線に喧騒が聞こえてくる場所へ突き進みました。

 見えてきた敵の姿は――オークの部隊。


「妖精さん、力を貸して下さい」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 出てきたおっさん花は二体で、操作権があるのは一体です。

 木々の間を縫うように進んだおっさん花は――敵オークを千切り飛ばしました。

 妖精さんの操っているおっさん花は、オークを捕食しています。


「なんだあの化け物!!?」

「魔王軍の新手か!?」


 まぁいつもの事ですが……。

 おっさん花の登場に驚いた冒険者が、おっさん花に切り掛かっています。

 しかしオーク達への攻撃は成功しているので、まぁいいでしょう。


「ふんっ!」


 今この瞬間にも、シルヴィアさんがキックで、オークを爆散させました。

 何時の間にか居なかったナターリアも、オークの首を落としています。


「化け物は攻撃するな……! アレは味方だ!!」

「最高位精霊も居るしぃ、間違いないわよねぇ」

「…………」


 聞き覚えのある声。

 私は基本的に出来る事が無いので、声のする方に向かって移動します。

 移動した先に待っていたのは案の定――ポロロッカさん、リュリユさん、ササナキさん。

 その足元には大きな巨体が倒れています。

 恐らくは、このオーク奇襲部隊を率いていたリーダーでしょう。

 姿形は牙王ガーブにそっくりです。

 やはりこの固体はオークの上位種。

 ユニーク固体ではない可能性が大きく上昇してきました。


「ポロロッカさんの部隊だったのですね」

「……ジェンベルのヤツに押し付けられてな、仕方なくだ」


 そんな会話を交わした直後――背後に回らせていた部隊がオークへの攻撃を開始。

 瞬く間に殲滅されていくオーク達を見て、ポロロッカさんが呟きました。


「……おい、なんだこの精鋭だらけの部隊は」

「しかも女の子しか居ないわねぇ~」

「これだけの手練れが、ランダムの部隊編成で集まるものなのか……?」


 楽しげに笑っているリュリュさんと、懐疑の視線を向けてきたポロロッカさん。

 それはそうでしょう。

 ここにいる賞品剣闘士だった者達の実力は、本来であれば隊長格です。

 賞品剣闘士だった生き残りは、皆一騎当千の実力者。

 強い者は本当に一人で千人を倒してしまいそうな力を持っています。

 そんな人達と自身の部下の実力を比べてしまっては……。

 多少の疑問も持ってしかるべきでしょう。


「ええとですね、話すと長くなるのですが……」

「……まて、まずは此処に居るオークを殲滅してからだ。そのあと話を聞こう」

「わかりました」


 ……。

 ………。

 …………。

 短い戦闘時間の末、オークの部隊は全滅しました。

 完全に挟撃したという状況もあって、オークの部隊は一人も逃がしていません。

 私の部隊とポロロッカさんの部隊は一時合流し、これまでの経緯を説明する事に。

 一度目の部隊員達が純魔族の子供に暴行を振るおうとしたのを、力で止めた事。

 それが原因で戦犯として審議会にかけられた事。

 新たに奴隷の部隊が付けられ、戦争で活躍をしなければならなくなった事。


「オッサン。……お前、また牢屋に入ってたのか……」

「はい、牢屋生活にも随分と慣れました」

「……そうか」


 何か言いたげな表情で、そう短く言葉を返してきたポロロッカさん。

 現在御者席に座っているのはポロロッカさんと私です。

 そうなると荷台に乗っているのは、ナターリア。

 馬車の横はリュリュさんとササナキさんが歩いています。


「それにしても……よくまぁ、こんな練度の高い奴隷達だけを集められたな」

「ああ、ポロロッカさん達は中に入らなかったから知らないのでしたね」

「……?」

「地下奴隷都市で賞品剣闘士をさせられていた者達で、彼女らはその生き残りです」

「……なるほど、納得した」

「そりゃ強いわよねぇ~。自分を守る為に強くなった子たちなわけだしぃ」


 私の話に納得したくれたお二人。

 お二人は私よりも裏の世界での場数を踏んでいます。

 リュリュさんは特に、彼女らが置かれていた環境を理解しているのかもしれません。

 と、そんな話をしていると……。


「――伝令! 本隊は夕暮れに時に一度陣を張り、明朝に出発して魔族の町への攻撃を開始する。遊撃部隊は本隊を囲むように展開し、油断なく各々休憩を取るように!!」


 やってきた伝令は地図を本隊に持って行ったイケメン伝令。

 ……魔族の町。

 今回は完全に、相手の側に地の利がある形。

 魔王軍との戦争の本番は――ここからです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る