『見え透いた罠』一

 ナターリアとリオンさんを見送った森の中。

 私は体一つ動かさず黙って空地を見ていました。


「そんなに気張ってると、いざという時に動けなくなるぞ」

「……こう見えて何時でも戦えるようにと身構えていたんですけどね」


 とは言っても身構えているだけで、私自信に戦闘能力はないのですが。

 ただ囮役が追われて飛び出して来た時に、おっさん花を出してもらうだけ。


「飲んどけ。少しは冷静になれるはずだ」


 アロエさんが差し出してきたのは、温かそうなコーヒーの入ったコップ。

 いつの間に用意してくれたのでしょうか。

 改めて冷静になって周囲を観察してみると……。

 全員が臨戦態勢でありながらも、程よくリラックスしていました。

 これこそが、あの地獄を生き抜いてきた者達の心得なのでしょう。


「……ありがとうございます」


 私は珈琲を受け取り、一口飲みました。




 ◇◆◇




 待ち伏せ地点から五分程行った、その場所。

 ナターリアとリオンは息をひそめ、木々の影から敵の奇襲部隊を観察する。

 ナターリアは黒のゴシックドレス。

 リオンは防御力を重視し、ナターリアから貰った赤のフード付きローブを着用。

 今二人の視線の先には――オークの奇襲部隊が居た。


「ガハハハッ! お前たち! 〝牙帝、ガーブ・ピッグツーリーブ〟様に付いてこい!!」

「オォォオオ! ガーブ様ァァアアアア!!」

「一生付イテ行クゾォオオオオ!!」

「メスヲ! メスヲ、ウバウンダァアアア!!」

「お前らァ! 深追いはするんじゃあないぞォ!」

「何故デスカ、ガーブサマァ!!」

「ニンゲンナンテ、タダノコダネブクロダ、デス!」

「オイ! 唯ノトハナンダ!! 子種袋ヲ侮辱スルナ!!」

「オーク族ノ誇リヲ、忘レルナッ!!」

「ワ、ワリィ……」


 先頭を歩いているのは、牙帝ガーブ・ピッグツーリーブ。

 牙王ガーブ・ピッグズリーブよりも一回り大きく、屈強な体を持つオークの指揮官。

 牙帝ガーブは部下たちが油断しているのを見て、移動しながら口を開いた。


「人間を甘く見るんじゃあないぞ。集団で動いている時の奴等は、強い。その数は少ないが、一騎当千の人間もいる。一当たりしてメスを数体攫ったら、俺達は撤退して子を作るんだ。……いいかぁあアアアアッ! くれぐれも深追いはするんじゃあないぞォオオオオオオ!!」


 牙帝ガーブの言葉にオーク達は、『『『ウオォォオオオオオ!!』』』と雄叫びを上げた。

 他の奇襲隊が戦闘している事を知っているという事もあり、隠密行動はしていない。

 牙帝ガーブの思惑は、士気の高さを維持して戦闘に臨むというもの。

 圧倒的に数が多い人族軍を目の当たりにした時、部下が怯まないよう鼓舞しているのだ。


「……うん」


 そんな様子を物陰から観察しているナターリアとリオン。

 ナターリアはゆっくりとククリナイフを取り出し、気配を殺したまま構えた。


「……なにするつもり?」

「わたしだけで殲滅したら……勇者様、褒めてくれるかしら」

「殺れるの?」

「油断しなければ問題なく狩れるわ」

「そっか。……でも一つだけ忠告をさせてもらってもいい?」

「なに?」

「絶っっっ対に、怒られる」

「…………」

「もう一つ言うと、かなり心配も掛けると思うよ」


 ナターリアは敵を一人で殲滅して、おっさんの元に帰った時の事を考えた。

 頭の中に思い浮かんできた光景は――自分を想って怒る、おっさんの姿。


「やっぱり止めておくわ……」

「それがいい」

「安全第一よね」

「ふっ、地下奴隷都市では聞かなかった言葉だ」


 そんなやり取りをした囮役の二人。

 ナターリアは武器を収め、作戦通りに行動する事を決めた。

 それはリオンも同様で、ナターリアとリオンは同時に――気配を表に出す。


「ン? メスノニオイダ!!」

「ナニッ!!」

「シカモ、ショジョノニオイダゾ!!」

『『『ウオォオオオオオオオ!!!』』』

「…………」


 興奮して騒がしくなるオークたち。

 しかし、その中でただ一体、牙帝ガーブだけ冷静に周囲を警戒していた。

 牙帝ガーブの勇猛な瞳は、気配のした場所を一点に見つめる。

 つい先程まではこれっぽっちも感じなかった雌の気配。

 だと言うのに、それが今はスグ近くに現れた。

 警戒しない理由が無い。

 そんな牙帝ガーブの見ている場所から――二人の少女が飛び出した。


「あっ!」

「オーク!?」


 ナターリアとリオンを踵を返し、オーク部隊からの逃走を開始した。

 少し考えれば罠を疑いそうなこの状況。

 実際、牙帝ガーブは二人を疑っていた。


「きゃっ!」


 突然の事で動けなかったオーク達の視線の先で、ナターリアが転倒した。

 黒のゴシックドレスのスカートが捲れあがり、黒の大人っぽい下着が露わになる。

 当然――ワザとだ。


『『『ウォオオオオオオオオッッッッ!!』』』


 しかし偶然なのか罠なのかは、オーク達には関係なかった。

 目の前に差し出された形の良い綺麗なお尻。

 それがワザとらしくフリフリと揺らされ……仲間の手を借りて立ち上がる少女。

 オーク達には、それだけで思考を放棄するのには十分だった。


「気を付けろ! さぁ逃げるぞ!」

「え、ええっ!!」


 かなりの速度で逃げていく二人。

 そんな二人を見て牙帝ガーブは――。


「雌の尻を追わぬはオーク族の恥!! 追え、追え、追えぇえええええエエエエ――――ッッ!!」

『『『ウォオオオオオオオオオオオ!!』』』


 誰がどう考えても罠だ。

 牙帝ガーブだって、そんなことは百も承知である。

 オーク族の生態を利用した、この露骨なハニートラップ。

 オーク族は駆けた。

 牙帝ガーブを先頭にして――全速力で雌の尻を追いかけた。


「うふふふっ! 貴方達のイチモツ程度で、わたしを満足させられるのかしらっ!」

「追って来るな! この――ノロマめっ!」


 ワザとらしく前傾姿勢で逃げるナターリア。

 当然追う側からしたら、その下着はモロ見えだ。

 しかもオーク族が誇る自慢の一品を貶しながらの逃走。

 間違いなく、確実に、十中八九、絶対に罠。


『『『メスゥウウウウウウウウウ!!!』』』

「うぉオオオオッ!! あの雌にヒィヒィ言わせるまで止まるなぁあああアアアアアッ!!」

『『『ガーブ様! ガーブ様! ガーブ様!』』』


 しかしオーク達にとってそれは、彼女ら追わない理由にはならないのだ。

 何故ならオーク族は雌の尻を追う事こそが――誇りと、正義なのだから。


「ほらっ! わたしを捕まえられたら下着を脱いであげてもいいわっ!」


 森の中を逃げながらスカートを持ちあげ、下着をチラチラと見せるナターリア。

 一方で、その先を走って進む方向を制御するリオン。


「足ノ付ケ根!  足ノ付ケ根ヲモット見セロォォォオオ!!」

「グォオオオオオオオオオ!!!」

「シリ、シリ、シリィイイイイイイイ!!」

「オーク族の誇りと正義に誓って! 奴等を地の果てまで追えぇええええェエエエ!!!」

『『『ウォオオオオオオオオオオ――――ッッ!!』』』


 誇りと正義を胸に二人の少女の尻を追い続けた結果、木々の無い開けた空間に出た。

 一目見ただけで解る程の、完璧な待ち伏せ地点。

 オークの部隊が肩までドップリと罠にハマったところで――。

 バンッ! という音と共に、牙帝ガーブの上半身が弾け飛んだ。

 走っていた勢いのまま数歩進み、前に転がって倒れた牙帝ガーブ自慢の下半身。


「ふんっ。準備運動にもならないな」


 シルヴィアの爆裂キックが、牙帝ガーブの上半身を消し飛ばしたのだ。

 一瞬で我に返った残されたオーク達。

 それと同時に木々の中から――奴隷部隊が飛び出してきた。



 ◇◆◇



 罠にハマったオーク族のリーダーを、シルヴィアさんが爆殺しました。

 それを合図に飛び出した部隊員達。

 その先頭を行くは、おっさん花です。


「【血花!】」


 アロエさんの一刀で数体のオークが血を噴き出して倒れました。

 鎧袖一触とはこの事でしょう。

 他のオーク達も瞬く間に殲滅させていっています。

 それにしても、どことなく見覚えのある見た目をしていたのは気のせいでしょうか?

 ――牙王ガーブ。

 あれはユニーク個体ではなく、オークの上位種だったのかもしれません。


「ワ、罠ダッタノカ!!? ニゲ――ギャッ!」

「雌の尻さえ追っテいなけれバ!!」

「ウォオオオオ――ぐぁ!?」


 何やらデジャブ感のある事を言っているオーク達がいます。

 人族とは違って種族全体の思考パターンが統一されているのでしょう。

 可能であれば私も、女性のお尻を追いかける人生を送りたかったところです。

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