『魔族領』三

 現在は部隊を停止させ、どこを攻撃するかで話し合っているところです。

 全員が集まっても仕方が無いので、部隊からは指揮官的な立ち位置の三人だけ。

 一緒に地図を囲んでいるのはアロエさん、リオンさん、アルダさん。

 それから私と、ナターリア。

 正確な地図を入手した御蔭で、敵のいる細かな位置がかなり判明しました。

 シルヴィアさんの索敵能力はインチキ過ぎる気がしてなりません。

 一体どうやって彼女は、見えない場所を正確に把握しているのでしょうか。


「人類軍の本隊はココですね?」

「そうだ」


 人類軍の本隊。

 その数は十万前後。

 他のルートにも十万規模の軍隊が二つ存在していて、同時進行している筈。

 流石に一ルートだけが突出しているとは考えたくありません。

 人類軍は情報を入手しているのか、魔族の都市に向かって直進しています。

 その周囲に散っている偵察部隊の幾つかの部隊は交戦しているご様子。

 私達の部隊はシルヴィアさんに教えてもらいながら、慎重に行動を起こしましょう。


「まずは自由になっている敵部隊を叩こうと思います」

「ならここの敵なんかは、ココの場所で待ち伏せ出来そうじゃないか?」


 地図の一点を指差して、そう言ったアロエさん。

 良く見てみると、その場所は少し開けた場所になっていました。

 周りを木々に囲まれている開けた場所。

 まるで奇襲に使ってくれと言わんばかりの地形です。

 問題があるとすれば――そこを敵が通るかどうか。


「シルヴィアさん」

「安心しろ。六割がた敵は、その場所を通過するだろう」


 ――六割の確率。

 なんというか、天気予報の降水確率並みに信頼できない確率です。

 いまいち安心できません。


「数はどのくらい居るのか判りますか?」

「百はいるな。もっと近づけば正確な数字も出せるぞ」

「いえ、大ざっぱで構いません。ありがとうございました」

「ふんっ。気にするな」


 シルヴィアさんが言うのであれば百以上の数であるのは確実です。

 他の小規模な偵察部隊が接触したら、数で押し切られるかもしれません。


「待ち伏せが失敗したら正面切っての戦いになりますが……」

「アタイとしては敵が何なのかも気になるね」

「現地に到着したら、わたしが偵察に出て確かめてくるのはどうかしら?」


 私が頭を悩ませていると、アルダさんとナターリアが意見をくれました。

 確かに敵が何なのかは気になります。

 ナターリアなら並みの相手であれば、気配すら察知されずに偵察が可能でしょう。


「一人で行かせるのは何かあった時に危険ですね……」


 何なのか判らない対象に向かって出す偵察。

 もし相手が索敵能力の高い部隊だったら……ナターリアが危険です。


「シルヴィアさん」

「私は気配を消せないぞ。必要が無かったからな」

「そうですか……」


 名前を呼ぶだけで知りたい答えを返してくれるシルヴィアさん。

 ナターリアにシルヴィアさんが付いてくれていれば安心なのですが……。

 と、私が考え込んでいると、アロエさんが口を開きました。


「リオンを同行させたらどうだ?」

「リオンさんを?」

「ああ、リオンは足の速さと隠密で戦うのがメインなんだ」

「ん? つまり闘技場では……」

「実力の半分しか出せていなかっただろうな」


 ……実力の半分以下。

 おっさん花との相性も良かったのだと思います。

 が、普通に戦っていたら二回か三回は殺されていたかもしれません。


「リアとリオンさんの二人で決まりですね。では、目的地に向かいましょう」




 ◆




 無事に待ち伏せ地点に到着してしばらく。

 ナターリアとリオンさんが偵察から戻ってきました。


「リア、お疲れ様です。それで……どうでした?」

「敵は装備をきっちり整えたオーク達だったわっ!」

「オークですか……」


 この世界に来て始めて倒した魔族も、オークでした。

 一応は勝利していますが、油断していい相手じゃないのは確かです。


「あと一体だけ、すっごく大きなオークも居たわねっ!」


 巨大なオーク……?

 確かあの時も、オークの集団を指揮する者が居ました。

 名前は確か――牙王ガーブ・ピッグズリーブ。

 この部隊に居る元賞品剣闘士たちがそう簡単にやられるとは思えませんが……。

 牙王ガーブの一撃は鎧を身に纏った兵士をも一刀両断する程でした。

 交戦する際はシルヴィアさんにお願いして、真っ先に狙ってもらうとしましょう。


「あと一つ、問題が発生してしまったわっ」

「何ですか?」

「人類軍本体の動きに合わせて軌道修正したのか、ここを逸れる可能性が高いの」

「……困りましたね」


 戦力的には負ける事が無いのは確か。

 しかし被害を最小限に抑えるとなれば、それは奇襲するのが一番。

 負傷などだけでなく、体力や精神的な問題だってあります。

 何か、オークの部隊をこの場所に誘導する方法は……何か無いのでしょうか。

 ……誘導……釣りだし……――あっ!


「私が女装して、オーク達をここまで連れてくるというのはどうですか?」

「名案ねっ!」

「おいバカ! 本物がこんなに居るのに偽物を使うな!!」


 満面の笑みで同意してくれたナターリアに対し、抗議の声を上げたアロエさん。

 私はあの時だって、隊長、副隊長と共に女装でゴブリン数体を魅了しました、


「女装には少しだけ自信があります」

「へぇ。道具も無ければ、髪も少ない。それに、逃げ切れる自信はあるのか?」


 ――ありません。

 ないない尽くしなのは理解しています。

 ですが、髪の話を出すのは卑怯だと言わざるを得ません。

 ……悲しいみ。


「私が囮になってもよかったんだが、忌み子じゃオークですら忌避する可能性がある」

「そんな事は無いと思いますが……」

「なら勇者様、わたしがオーク達を釣ってくるわっ!」

「う、うーん……」


 確かにナターリアの愛らしさであれば、オーク達も簡単に釣れるでしょう。

 しかし見せ餌としてワザと敵に見つかるというのは、やはり危険です。

 ――シルヴィアさん……はダメですね。

 シルヴィアさんの姿を見たオーク達がバラバラに散る可能性があります。

 見た目は完璧美少女なシルヴィアさん。

 ですがその本質と実力を見抜ける者からすれば――恐怖と理不尽の塊です。

 シルヴィアさんに殲滅してもらうのも選択肢としてはアリなのですが……。

 最初から全力を出し過ぎて、強敵に対して力を発揮できないと困ります。

 あの黒騎士のような相手が複数出てくる可能性だってゼロではありません。

 断腸の思いですが――仕方がありません。


「一人では行かせたくないので、誰か足に自信のあるヒトはいませんか?」

「ん、それならやっぱり私かな」


 スッと手を上げてくれたのはリオンさん。


「お願いできますか?」

「ああ……あ、それと。闘技場での事は、ちゃんと忘れたか?」

「はい」


 ――いいえ、バッチリ覚えています。

 何度も確認を取られて逆に忘れられなくなりました。

 人間とは――。

 三度忘れて三度思い出すと、もう二度と忘れられなくなる生き物です

 つまりお漏らしリオンさんの姿を私は、もう一生忘れる事はないでしょう。


「それじゃあ勇者様、行ってくるわねっ!」

「ええ。ですが、くれぐれも安全重視でお願いしますよ」

「うふふっ、安心して! わたしは勇者様以外には捕まるつもりは無いわっ!」


 そんな言葉を残して走り去っていくナターリアと、その後に続くリオンさん。

 その姿は数度瞬きをしている間に消えてなくなっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る