『魔族領』二

 次の日の早朝。

 寝不足の私が率いる奴隷部隊は、前線基地を出発しました。

 朝になって判明した事ですが、魔族領の大地は殆どの物が紫色になっています。

 土、草、木、そして何故か岩も。

 水は普通に無色透明でした。

 が、安全を考え、魔族領の食料や水は出来る限り接種しないようにと言われました。

 人族側に立っている魔族が言うには問題ないそうなのですが、人族への影響は不明。

 本隊の高貴な指揮官たちは魔通玉という魔道具で連携を取っているそうです。


「私達は本隊の壁ってワケか」


 アロエさんの言った通り。

 前線基地で私達一行に告げられた指示は、本体が前進する為の援護。

 殆どが森に覆われている、この魔族領。

 森の中を進む人族軍は、散発的な奇襲で数を減らされているそうです。

 普通の馬車が通れる道が少ない、この環境。

 そのせいで進軍ルートが予想されているのが、大きく不利に働いています。

 その対策として出された作戦が、中隊以上の偵察部隊を複数出すというもの。


「仕方が無いですよ、こんなところで本隊が疲弊していては話にならない訳ですし」


 人族での戦争は正面切っての戦いが多いらしく、連携に苦労しているそうです。

 ちなみに今進んでいる道は、当然のように悪路。

 木の根が這っている少し広めの獣道という所でしょうか。

 故に荷馬車は――当然のように浮いています。


「本当に最高位精霊様の魔石、動力に使っても大丈夫なのかしら……」

「シルヴィアさんが問題ないと言ったので、たぶん大丈夫です」


 現在御者席に座っているのはナターリア。

 私の杖を持って魔石部分を手すりに押し当てています。

 シルヴィアさん曰く、回復量よりも消費が少ないから大丈夫だとの事。

 どうして昨日の洞窟内でも同じようにしてくれなかったのかと聞くと――。

 当然のように、『お前が楽しそうにしていたから黙っていた』と言われました。

 ……ぐぅの音も出ません。


「オイオイ! 伝令を二人付けられたがアイツら、めちゃくちゃ弱いぞ?」


 まだ若さの残る顔立ちの青年二人を指差して、顰めっ面でそう言ったアルダさん。

 そんなイケメンな青年二人は部隊員の女性達に絡まれて困っているご様子です。

 賞品剣闘士であった女性たちは全員、見目の麗しい者達ばかり。

 青年たちの気持ちは嬉しさ半分、困り半分、といったところでしょうか。


「気持ちは解る。ケド正面切って言うのは酷いんじゃない?」

「私もリオンに同意見だ」


 アルダさんに指摘をしたリオンさんと、それに頷いたアロエさん。

 先頭は他の精鋭部隊員に任せ、アルダさん、リオンさん、アロエさんは馬車の護衛。

 アロエさんの話だと先頭を歩いているのは、五回目剣闘士と、その仲良し達。


「私達の場合は活躍を知ってくれる人が必要なので、彼等は必須ですよ」

「ほーん。でもアタイらが守らなきゃ、アイツらは確実に死んじまうね」


 アルダさんの言う通り。

 実力者揃いの賞品剣闘士たちの中にいる、お荷物三人。

 当然、そこには私も含まれています。

 自分一人だった場合、青年二人よりも私が戦えないのは確実。

 お荷物仲間として、私もイケメンの仲間として迎え入れて頂きたいところ。


「なぁ、アロエならあの伝令、何人までなら同時に対処できる?」

「それは……難しい質問だな……」


 アルダさんの問いに考え込んでしまったアロエさん。

 もしかしてあの伝令達、実は意外と強いのでしょうか?


「弱すぎて必要な数が数えられん」

「でも百人もいたら、流石のアロエでも危ないだろう?」

「いいや、三百までなら絶対に負けないな」

「おぉぅ……流石は五回目剣闘士だね」


 彼等で三百と言うのなら、私では千人くらいなら撫で斬りにされそうです。

 この世界では本当に一騎当千の実力者がいるのだから、野盗はやっていられません。


「私なら何人居れば、アロエさんを襲えますかね?」

「一人でもやめろよ? 次にアレをされたら、私は立ち直れなくなる自信がある」


 ……アレ。

 地下闘技場でやった、アロエさんシェイクエッグの事でしょうか。

 勿論やるつもりはありません。


「勇者様」

「はい?」

「彼等のフォローをするワケじゃないのだけれど、気配は多少隠せると思うわ」

「……なるほど。伝令としての技能はきちんと持っているワケですね」


 恐らく、彼らの実力は普通くらい。

 ここに居るメンバーには全く通じないだけで、本当に弱いワケではないのでしょう。

 気配を消すのが上手い、ナターリアが言うのだから間違いありません。

 彼等は伝令係。戦闘力以外のところで活躍してくれる者達です。

 ……戦闘が始まったら極力身を隠しているように、と後で言っておきましょう。



 ◆



 入手した情報を元に作成された簡易的な地図。

 それを頼りに森の中を進む事しばらく。


「――ふんっ、敵を見つけたぞ」


 唐突にシルヴィアさんが姿を現しました。

 ナターリアは慌てて荷馬車への魔力供給を引き継いでいます。


「どこですか?」


 私が地図を広げると、シルヴィアさんはツララを生成し――。

 その場所を教えてくれました。


「雑な地図だが、ココと、ココと、ココと…………」


 沢山教えてもらえました。

 鉛筆モドキで印を付けていきましたが、地図が雑なので正確な位置は判りません。


「一度馬を止めろ。私が正確な地図を出してやる」

「分かりました。全体――止まれっ!」


 私が止まるように指示を出すと、部隊は緩やかに停止しました。

 隊が止まったのを確認したシルヴィアさんは高度を落としてきて……。


「【簡易氷生成】」


 地面から生えた、氷の地図。

 大ざっぱな部分は手元の地図と同じでも正確さが違います。

 が、氷で生成された物なので、もの凄く見づらいと言わざるを得ません。


「シルヴィアさん、色が見にくいです」

「なら何枚か書き写したらどうだ?」


 地図の模写。

 美術は苦手というワケではありませんでしたが、完璧な模写はできません。


「リア、地図は書けますか?」

「んー……あまり自信はないわ」


 ナターリアが無理となると……。

 アロエさん?

 目が合うなり首を横に振られました。


「私は地図を持たない旅人だった」


 それならリオンさんは……?

 目が合った瞬間に難しい顔をした、リオンさん。


「私もアロエと同じ」


 あまり期待はしていませんが、アルダさんは……。


「おい、なんかアタイにだけ失礼な視線だな?」

「えっ! 書けるのですか!?」

「無理だけど……」


 ――予想通り。

 こうなっては仕方がありません。

 荒い地図になるのは承知の上で、私が書き写しま――。


「まっ、待った! ソレ、魔族領の地図なのか!?」


 慌てた様子で駆け寄ってきた、イケメン伝令の二人。

 その視線は、シルヴィアさんが生成した地図に釘付けです。


「はい。シルヴィアさんが出した地図なので、正確さは折り紙つきですよ」

「――ッ」

「驚いたな、こんな正確な地図を……」


 伝令の二人はシルヴィアさんの生成した氷の地図をまじまじと見つめ……。

 紙と鉛筆を取り出しました。


「五分だけ待ってくれ! 我々が正確な地図を模写をする!!」

「本体にこの地図を渡してもいいか!?」

「ええ、拒否する理由はありません」

「助かる!」

「これで戦略の幅が広がるぞ!!」


 そんな事を言いながら素早く正確な鉛筆捌きで地図を模写していくお二人。

 そっと手元を覗いてみると、もう半分以上できていました。

 コピー機といい勝負ができるかも知れません。

 地図を書き上げた伝令のお二人。

 短く言葉を交わし、その一人は地図を持って去って行きました。

 もう一人は二枚目の地図を書いています。

 彼らが居て助かりました。

 顔が良くて、地図も書ける。

 努力の賜物だという事は理解できるのですが――羨ましいみ。

 お二人はお荷物同盟脱退です。

 最後に残ったのは、便座カバーヘッドで地図の書けない私が一人。

 私達一行は二枚目の地図が完成するのを待ち、隊を出発させました。

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