『危険人物は誰だ』一
罠の香りをぷんぷんと漂わせている兵士三人組。
知らない人に付いて行くのはいけない事。
私は亡き母の言いつけを守り、断固たる態度で断ります。
「今は人探しをしている最中なのでまた今度、私の方から伺わせて頂きます」
この全身鎧の兵士三人組は私を罠に掛けるつもりなのでしょう。
この場で戦闘になるのなら――危険なシルヴィアさんを解き放つのも辞しません。
「人探しですか、一体誰を探しているので?」
「一緒に生活している子供が三人も迷子になっています。その捜索ですよ」
警戒しつつも無駄な争いは避けるために、丁寧な対応をしておきます。
対して全身鎧は「……ふむ」と考えるような仕草をし、口を開きました。
「それではこういうのはいかがでしょう? オッサン殿は私の紹介状を持って領主様のお屋敷へ、その間私を含めた三人……いえ、増援も呼んで八人で子供達を探すのです。これならば私共も領主様にお叱りを受ける事無く、オッサン殿も目的を達成できるでしょう」
この領主私兵の話、胡散臭すぎて何一つ信用できません。
何故こんなにもしつこく私を領主の屋敷へと誘導しようとしているのでしょうか。
霊峰の依頼主は領主夫人で、現状最も疑わしいのも領主夫人。
では領主様本人はどうなのでしょう?
もし領主夫人と領主が誘拐犯の主犯だというのなら――。
現場へと案内してくれるのなら、大人しく従うのも一つの選択かもしれません。
そんな事を考えていると、褐色幼女形体の妖精さんがローブの裾を引きました。
私は妖精さんに引かれるがまま体を屈め、聴きの姿勢を取ります。
妖精さんが内緒話の体勢を取ったので、そっと耳を近づけると……。
「……この三人、迷子の子供に繋がってるかも」
――ッ。
この三人組は領主私兵。
領主が白であるのだとすれば、子供達に繋がっているというのはおかしな話です。
領主の私兵である三人組と、スラムの孤児。
思えばこの三人組、ここにいるタイミングが良すぎるのではないでしょうか?
もしこの者らが偽物で、裏の商売を生業としている者らの雇われであれば話は簡単。
シルヴィアさんを
――否、彼らのこの格好は間違いなく上流階級の私兵。
追加報酬??
いつだって何の労働もなしに手に入れられるお金はありません。
一人で領主のお屋敷に向かわせようとしているのも……やはり罠。
誘拐の目撃者である私を、領主は消すつもりなのでしょう。
霊峰ヤークトホルンで殺しきれなかったから、多少強引な策に出たと考えるのが普通。
とはいえ、罠に嵌めるのならば領主の屋敷に行く前に別の場所に寄るはず。
領主の屋敷に直接向かっても子供達が居るとは思えません。
ここは……嵌まってやりましょう、ドップリと首まで。
その上で大暴れして、子供達を助け出すのです。
「ああそういえば、子供達は少し前に見つけて先に帰らせたのでした!」
「随分と考え込んでいましたね?」
「いやー私とした事がド忘れしていましたよ、思い出すのに時間が掛かりました!」
「子供から何か耳打ちされていたようですが?」
「この子がそれを教えてくれました。……妖精さん、教えてくれて有難うございます」
迷子の子供達との繋がりがある全身鎧の三人組を、このまま逃す手はありません。
三人には子供達が捕まっている場所まで案内して頂く必要があります。
こうなってくると選択肢は一つ。
一つ。話を聞くのは殺してからでも遅くは無い、殺してから考える。
一つ。とにかく拷問だ! 肛門に触手を突き刺して九尾にしよう。
一つ。おっと、こんなところにオニオオシメジがッ!
エトセトラエトセトラ。
そして最後の一つ。
騙されたフリをして、現場まで案内してもらう。
子供達を保護したあとは、おっさん花と危険なシルヴィアさんを放ち――逃走。
――これしかありません。
この間わずか二十秒。私は言葉を続けます。
「私は領主様の屋敷を知らないので、案内をお願いできますか?」
完璧な営業スマイルを浮かべることが出来たと自負しています。
……にちゃあ。
「……ええ、勿論ですとも」
フルフェイスなので表情は読み取れませんでしたが、不審に思われたかもしれません。
とはいえ、それでも案内はしてくれるご様子。
私は兵士に案内されるがまま付いて行きます。
配置は先頭に一人、後方に二人。
護衛されていると思えば心強い配置なのですが、恐らくは別の目的。
逃がさないように囲まれていると思うと、生きた心地がしません。
この三人組は領主の屋敷に行く途中で「寄り道をする」と言い出すはず。
流石に領主の屋敷に子供達が居るとは思えません。
領主の屋敷に子供たちが居れば、他のお偉い方々が黙ってはいないでしょう。
――……流石にそこまでこの町が腐っているとは、思いたくありません。
「オッサン殿はご安心ください。道中のどんな危険からも我々がお守りしますよ」
「え、ええ、心強い限りです」
罠に嵌まった私は奴隷に落ちてしまい、お嬢様に購入されてニャンニャン……。
もしくはマダムの性欲発散に――おや、悪くないかもしれません。
……ではなく、運が良ければ子供達と同じ場所に行けるはずです。
そんな事を考えながら歩いていると、唐突に足を止めた先頭を歩いていた私兵。
私はその背中にぶつかってしまい、尻餅をついてしまいました。
――いったい何が。
と思いながら顔を上げると、前を歩いていた私兵が前を向いたまま硬直しています。
腰の剣に手を当て、それをカチャカチャと鳴らしながら立ち止まっている私兵。
震えているのでしょうか?
後ろを見てみると……他の二人もカチャカチャと震えていました。
「オッサンってばニヤニヤしながら何処に行くのぉ? もしかして、犯らかしちゃったぁ?」
「……おい、本当にその通りだったらどうするつもりだ」
「勿論見捨てるけどぉ~……でもねぇ?」
この脳髄に響くような甘いお声、聞き覚えがあります。
私は立ち上がり、少しだけ横にずれて前方を確認してみました。
そこに立って居たのは案の定、ポロロッカさんとリュリュさんの二人組。
そして、お二人に対し警戒を露わにしている全身鎧三人組。
手足をガクガクと震わせ、剣もカチャカチャと音を立てています。
よくよく見なくても解るほどに、全身が僅かに震えているご様子。
「ぐぅっ……〝教会狩り〟のポロロッカに、〝告死蝶〟のリュリュ……最悪だ」
「誰かに解放されたと聞いていたが。クソッ! クソッ! クソッ! 手を組んだのかッ!」
――私が解放しました。
と内心で呟きながら、黙って様子を見る事にします。
先頭の私兵は「……ハっ……ハっ……ハっ……」と病人の息遣い。
「大丈夫、俺はまだ大丈夫。まだ足は動くか……? 動いた。そう、次は左足を後ろに……」
よく見なくとも、既に半壊状態。
三人組が真っすぐに見ているのは――。
ヤークトフォックスに左手を奪われたポロロッカさん。
ヤークトホルンで無難に立ち回っていたリュリュさん。
このように恐れられる程、本当にお二人は強いのでしょうか?
シルヴィアさんの前に立てば鎧袖一触にされると思うのですが……。
「逃げるのぉ? 【わたしと遊びましょぉ~……ボ・ウ・ヤ】」
「……ひうッ……」
逃げようとしていた右後方の私兵が、上擦ったような声を漏らしました。
完全に足は停止しているご様子。
少しすると今度は逆に、軽い足取りでリュリュさんの方へと近づいて行きます。
「ああ、愛しい人よ……私は貴方の為にこの命すらも捧げる所存でございます」
「まったく抵抗できないのぉ? 仕方のない男ねぇ~」
キリッとした雰囲気で歩いていった私兵の一人は、完全な魅了状態。
――ええ、間違いありません。リュリュさんは怖い人です。
それを見たポロロッカさんは思い切り顔を顰め、一歩後退りました。
「あ、ああぁあああ――ッ! 無理だ無理だ無理だッ!! 誰でもいい、助けてくれぇッ!」
「ははは、〝教会狩り〟の方は片腕が無いぞッ! ははははは、行けるぜコレは!!」
一人は完全に正気を失っているご様子。
奴隷になる以前にお二人がやった所業は霊峰ヤークトホルンで聞き及んでいます。
聞いてはいるのですが……本当に、何処までやったのでしょうか。
「ふんっ、今の魅了を私のオッサン……ご主人様に使ったら、殺すぞ?」
「……解ってるわよぉ」
頬を膨らませながら上目使いで睨んでくるリュリュさん。あざといです。
そして何時の間にか出てきたシルヴィアさん。
さらっと私の事を、所有物宣言しかけていました。
嫌です。シルヴィアさんの所有物だけは嫌です。
死にながら何度も抱き枕にされ続ける夢を見たくにいには……い・や・で・す。
「あぁ、安心してくれ。ご主人様は私がハグをして正気に戻してやる」
――何一つ安心できる要素がありません。
フンと一つ鼻を鳴らし、シルヴィアさんは魔石の形体に戻りました。
シルヴィアさんの所有物宣言とご主人様宣言。一体どちらが本心なのでしょうか。
シルヴィアさんが引っ込むと同時に、小さな妖精の姿に戻った妖精さん。
――響く、妖精さんの笑い声。
何にしても……リュリュさんが私に魅了を使った場合は、二人ともが死ぬようです。
「お、おぉ! さっきのが〝肉塊〟の使役精霊! そうだ、こっちにはオッサン殿が居る!」
「はは……そ、そうか。こっちも負けていないのか!」
今更ながらにシュルル……という金属音を立て、鞘から剣を引き抜いた領主の私兵。
武器を構えている私兵の二人は戦う気のようです。
この三人組が本当に敵なのかどうかは確信が持てていません。
念のため、リュリュさんとポロロッカさんにも情報を渡した方がいいでしょう。
「リュリュさん」
「なぁに?」
「この三人は領主様の屋敷まで案内してくれる、私兵の方々です」
意図を汲んでくれたのか、ポロロッカさんは黙って聞いてくれています。
一応、追加報酬のくだりも話しておきましょう。
「ヤークトホルンの件で、追加報酬があるのだと聞きました」
「本当なのぉ?」
「……おい、審議する必要もなく黒だろ」
魅了された領主私兵に問いかけるリュリュさんと、それに突っ込むポロロッカさん。
正気の私兵二人は、何故か体に力が入っているように見えます。
「勿論その通りだよ、ハニー」
「へー、ふぅん……」
目に見えて力が抜けた、正気の私兵二人。
それに胡乱気な視線を向けながらも、一応はリュリュさんも納得しているご様子。
まさかのまさか、本当に言葉の通りで彼らは白。
これは、警戒の度合いを一段階下げてもいいのかもしれません。
しかしだとすれば、行方不明となっている子供たちはどこに行ったのでしょうか。
手がかりが全くなくなってしまいました。
……失敗しました。まさか彼らが白だとは……。
騙されているフリをして連れて行かれるという作戦は実行前に失敗確定。
…………?
ではこの私兵三人組が子供達と繋がっているという妖精さんの御言葉は??
妖精さんが間違ったことを言ったとは思えません。
――こんな場合は、一体どうすればいいのでしょうか。
と考えていると、魅了を受けている私兵が致命的な言葉を漏らし始めました。
「そう言えばハニー、俺達は領主様の屋敷でオッサンを罠に嵌めるつもりなんだ」
「「うおぉぉぉおおおおおォォオオオ――ッッ!!」」
雄叫びを上げながら正気の私兵二人が躍り掛かります。
前に居た兵士はリュリュさんに、後ろに居た兵士は――私に。
当然のように避けられない私は――グサリ。
……ああ……やっぱり妖精さんは、正しかったのですね……。
『死にましたー』
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