『過去からの遺物』三
場所は一般居住区のとある一室。
「マキロンさん」
「何だ?」
「特別な通路というのは、ココにあるのですか?」
「そうだ……ケホッ……」
「何故――女子トイレの中に?」
そう。現在の私達一行は妙に広い女子トイレの中へとやってきていました。
この世界でトイレが男女で別になっているのは始めてです。
そういった理由で入るのに抵抗はありませんでした。
現に男の子であるトゥルー君やタック君も、すんなりと入ってきています。
いえ、トゥルー君は男子トイレに居るのを見かけたら逆に問題になるでしょう。
何にせよ、先程までのシリアスな空気は何処に消えてしまったのでしょうか。
私が、何か悪い事でもしてしまったのでしょうか?
「さて、条件を満たせばこの部屋に居る全員が食料プラントの入り口に移動させられる」
「という事は……」
「帰る者は此処までだ」
「オッサン、ナターリアちゃん、気を付けて……」
「皆さんも気を付けて帰って下さいね」
「うふふっ。勇者様とわたしが居るんだもの! 何が出てきたって対処できるわっ!」
「それじゃあ、ボクたちは行くね」
「……頑張って」
名残惜しそうに女子トイレから出て行った〝猟犬群〟一行。
字面はかなり変態的ですが、そのような事は一切ありません。
「よし、それじゃあいくぞ。準備はいいな?」
「はい」
「パンちゃんとシルヴィア、それからナターリア。俺とオッサンを――全力で罵れ」
シンと流れる沈黙の時間。
…………?
彼はいったい何を言っているのでしょうか。
短い期間の付き合いですが、このような冗談を言うタイプには思えません。
だというのに……何故、女子トイレでこのような事を言うのでしょうか。
しかも表情は真剣そのもので一切の冗談を言っているようには見えません。
素面でこのような事が言えるとは不思議なものです。
「ふんっ。つまり起動キーが異性からの罵倒になっていると?」
「起動キー……?」
「まぁ女専用のトイレであれば確かに悪くない起動句だろうな」
この真剣でおかしな空気に妖精さんがクスクスと笑っています。
「その通り。これは言われる対象が人間の男でないと起動しない。さぁ、早く罵倒しろ」
マキロンさんは真面目に言っているのだと思います。
が、罵倒を要求している様は完全に変態。
「あまり長居したい場所でも無い。それと手は抜くなよ? それでは起動しないからな」
「マスターノ名前センスハ皆無デス。イチカラ勉強シテ下サイ」
「なかなか良い調子だぞ、パンちゃん」
パンちゃんのは……まぁ間違いなく本心でしょう。
本気でネーミングセンスを疑っているという空気が、ひしひしと伝わってきます。
腹部に書かれたその文字が駄ネームの凄まじさを物語っていました。
……私も、シルヴィアさんのお腹に何か書くべきなのでしょうか。
シルヴィアさんのお腹に、『しるヴぃあ』と書いてしまっても良いのでしょうか?
――否、書いている途中に指が凍って落ちるのがオチ。止めておきましょう。
「ふんっ。ばか、あほ、間抜け! ……オッサン? ……こんな感じだったか?」
罵倒が下手過ぎるシルヴィアさん。
パンちゃんの十分の一も心に響きません。
一から罵倒を勉強し直してきてください。
何より、『オッサン?』を罵倒言葉だと勘違いしている始末。
これは一体どういう事なのでしょうか……?
思い出したように『オッサン?』と言ってきた辺りに間抜けさが感じさせられます。
以前サタンちゃんと行った特訓の成果は何処で消えてしまったのでしょうか。
……いえ、シルヴィアさんは五千歳を超えているのです。
もしかしたら記憶力の低下が起こっているのかしれません。
やはりシルヴィアさんは、ロリBBA属性だったのでしょうか。
「わたしの得意分野だわ! ……こほん。ろりこんさん?」
「っっっ!!?」
「少しだけ、わたしと遊んでほしいのだけれど……」
思いっきり声音を変えて下腹部に響くお声を掛けてきたナターリア。
そっと手を取ってきた辺りに犯罪臭が漂っています。
駄目だと解っているのに……いけません。
上目遣いから放たれたその言葉の威力は絶大。
……ハァハァ……私、ロリコンさんになってしまいそうです。
「どうして息が荒くなっているのかしら?」
「い、いえっ……それはですね……」
「うふふふ、今みたいなのが好きだったのよね?」
――大好きです。
「すっっごく……き、きもちわるいわっ! とんだ大人が居たものねっ!」
――ビクンビクン。
少しだけ罵倒に遠慮が見られましたが合格ラインは突破しているでしょう。
「横になりなさい、この――ロリコン! ああ、当然仰向けで寝るのよっ!」
当然のように逆らえません。
私は言われるがまま地面に寝転がりました。
「わたしみたいな小さい女の子に言われて本当に寝転がるだなんて、とんだエッチマンだわっ! 信じられないロリコンね! ……あ、病院に連れて行ってあげようかしら?」
頬を紅潮させ、ノリノリになってきたナターリア。
ああ、イケナイ扉を開いてしまいそうです。
「罵られて悦んでいるの? 本当に救いようが無いのね……」
かと思えば唐突に冷たい視線で見下ろしてくるナターリア。
これが、プロの技というヤツなのでしょうか。
「ほらっ! こうされるのが嬉しいのでしょう? 踏まれてブヒブヒ鳴くといいわっ!」
靴を履いたまま、私の下腹部をグリグリと踏みつけてくるナターリア。
それは絶妙な力加減がされていて絶対に痛くはならないマイルド踏み踏み。
「ぶ、ブヒーブヒーッ!!」
これが……豚になるという事なのでしょうか……。
人間から豚へという畜生への成り下がり。
それは、とても堕落的で甘美な……。
そう、己の全てを受け入れるのです。
全てを解放しましょう。解――放――!!
「うふふふふっ、本当に豚さんみたいだわっ! 豚なら豚らしく、私の靴……」
そこまで言ったナターリアは一度足を退け――。
靴を脱ぎ。
上部に花の意匠が施された黒のオーバーニーソックスを脱ぎ。
素敵素足になったナターリアが、私の顔面に土踏まずを押し付けてきました。
――ッ! ――ッッ!?!?
地面に寝転がっている私の顔面に素足を下ろしたナターリア。
しかし、何故に臭くないのでしょうか……?
美少女は足の裏でさえも臭くならないものなのでしょうか?
うら若い御足から顔全体にじんわりと広がってくる温もり。
これは果たして、セーフなのでしょうか?
……否、ナターリアは成人女性である為セーフ。
それは――健全という名のバードウォッチング。
今すぐナターリアという小鳥さんを一片の隙も無くウォッチングしたいところ。
極限にまで頬を紅潮させているナターリア。
手を後ろで組んだ状態で足の指先を動かし始めました。
――ッッ!!?
バッチリ見えてしまっている太腿の破壊力は凄まじく。
指先を動かす度に躍動するその筋肉は、これ以上は無いエロス感を醸し出しています。
そして相も変わらずその奥に見えまするは、本丸ナターリア黒おパンツ城。
子供っぽい見た目とは裏腹に大人っぽい黒の下着を履いているのが印象的です。
――見つけてしまいました、下着の横についている紐。
一度でいいので是非ともその紐になり、ナターリアに引っ張って頂きたいところ。
「うふふっ。ろりこんさん? 目が凄くえっちなのだけれど、どうしたのかしら?」
全力の痛めつけるための踏みつけではなく、力加減のされた絶妙の踏みふみ。
そんな愛のある踏みふみが、私を狂わせます。
「あっ、わたしの足を、その汚い舌で舐めて下さる?」
――ッ!!?
――メーデー、メーデーメーデー!! ポップアップ! ポップアップ!!
――エンジントラブルが発生! 高度が低下している!
――直ちに帰港の許可を求む!!
――もう駄目だ! みんな助からないゾ!
上下じゃなければセーフ!
冷静かつ可及的速やかな対処をすれば、まだ着陸は出来るはずなのです
私は熟練おっさん操縦士のパイロット。
副操縦士であるナターリアもこの道のベテランで、死角などあろう筈もありません。
第二エンジンが爆発し、五十八のエラーが出ていようとも……ええ。
更には油圧装置が全失していようとも……ええ!!
そう、大丈夫なはずなのです。
なんせ――そう。熟練と、ベテランなのですから――。
「うふふふふ!」
ナターリアは少しだけ足を動かして足の指先で私の唇を撫で始めました。
いけません。ああ、いけません。
副操縦士が「大丈夫だ」と言っているのに燃料漏れが止まりません。
翼にも大穴が開いていて、もう旋回が出来ないのです。
「リ……リアっ! ――ぷっ!?」
「うふっ、うふふふふふふっ!!」
いよいよ歯止めが利かなくなっているナターリア。
開いてしまった私のお口に、ナターリアの指先が滑り込んできました。
ですが私は豚さんなので、人間様に抵抗など出来るワケがありません。
僅かに広がる魅惑的なしょっぱいお味。
舌を出してしまっても……いいのでしょうか……?
舌を……舌を……した……を……。
そうこうしていると――『起動キーを承認しました』というアナウンスが響きました。
「え……?」
次の瞬間――地面がパカリと開きました。
私一行は成す術も無く全員で落ちていきます。
落ちながらマキロンさんに問い掛ける、パンちゃん。
「マスター、ワタシモ次回ハ、アノヨウニ?」
「いや、あれはやり過ぎだ」
少し離れた位置ではナターリアが、「きゃー!」と楽しげな声を上げていました。
落下中に恐怖を感じているのは、私のみなのでしょうか。
――ですが何故。なぜ、もう少し待ってくれなかったのでしょうか……?
……何故、何故に儂たは……。
シルヴィアさんに、ハグをされているのでしょうか……?
ナターリアのふみふみで興奮して……?
――否、シルヴィアさんに限って興奮だなんてあり得ません。
シルヴィアさんは、ただハグがしたかっただけ。
ですが一体何時の間に、ナターリアと入れ替わっていたのでしょうか……?
――怖い。
落下の恐怖よりも、シルヴィアさんのハグが怖いのです。
何故なら今この瞬間にも、私の凍死が確定しているのですから――。
『死にましたー』
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