『過去からの遺物』二
一本道の先は前の部屋と同じような居住区。
何事もなく幾らかの戦利品を獲得することが出来ました。
探索を終えた一行はマキロンさんの元へと集まり次にどう動くかを相談します。
マキロンさんが言うには、この場所は二つの場所へと繋がっているとの事。
一つは特別な方法で開くことが可能な扉。
食肉プラントに繋がっていて、召喚施設を経由すれば中枢に大きく近づけるとの事。
それとは別に正規の道順も聞き出しました。
そこは住民階級が高い者の居住区へと繋がっているそうです。
「でだ。金品の回収をしたいのなら次の居住区画だけは探索するのもアリだ」
「中枢には真っすぐに向かわなくてもいいのですか?」
「ここには警備兵が一体も残っていないというのもあって急ぐ必要はない」
「では全員で探索を済ませて、ここに戻ってくるというのでいいですかね」
「ああ、特別な通路に関してだが、食肉プラントへの直通路は一方通行になっている」
「という事は……」
「あっ。おれらはココか、次の居住区画を探索して終わりなのか……」
少しだけションボリしてしまったトゥルー君。
ここで帰還を予定している〝猟犬群〟のナターリア以外。
収入的にも心理的にも居住区画を先に探索した方が良さそうです。
「よしっ。それでは次の居住区を探索して、ここに戻って来ましょう。もしかしたら特別な臨時収入も期待出来るかもしれません。それに、区切りが決まっていれば重量を気にする事なく回収できますからね」
次の区画へと続く通路も、トラップ通路と似た様な一本道。
ですが魔力エネルギーが尽きているとの事で、何事も無く通過出来ました。
が、その先にあった高階級の居住区画は――。
「……おえっ」
「これはボクも、少しきついかも……」
鼻を押さえて顔を顰めているトゥルー君とタック君。
まぁそれも仕方が無いでしょう。
この場所には、かなりの数の遺体と魔導アンドロイドが散らばっています。
ココでは大人数で防衛線を張り、大規模な抵抗をしたのでしょう。
全てがバラバラに散らばっていて原型が残っている遺体は数える程しかありません。
ホール中央には彫像があったようなのですが、それも砕けて無くなっていました。
「……少し調べたい事がある。お前達は好きに漁っていてくれ。必要があれば呼んでくれても構わない」
そう言ってパンちゃんだけをお供に一人で歩いて行ったマキロンさん。
適当な遺体の傍で何か確認しては別の遺体へ、といった行動を繰り返しています。
もしかしたら身内か知り合いを探しているのかもしれません。
深く詮索するのは止めて仕事に移りましょう。
一部屋一部屋を確認し、使えそうな物を回収していたったところ――。
想像以上の獲得物を得ることが出来ました。
やはり階級で生活環境が大きく違うのか、高価そうな物が多かったです。
魔道具のベースになっている物がこれらであるとすれば。
この物品を売る事で大きな資金を得られるのは間違いありません。
更には、この世界での新たな技術として発展する可能性だってあります。
想像以上の獲得物を入手し、ホールにまで戻ってみると……。
マキロンさんは一つの遺体の前で手帳を読んでいました。
「マキロンさん、その方は?」
三体の魔導アンドロイドに守られるように死んでいる女性。
……少女……と言ってもいい外見です。
その少女の胸部には大きな風穴が開いていました。
これが致命傷になったのでしょう。
原型が残っている数少ない遺体の一つです。
その少女の姿は少し前に見えた幻覚の少女そっくりの見た目で……。
パンちゃんに重なって見えたアレは、ただの幻覚ではなかったのでしょうか。
少女は目を見開いて死んでいます。
その死があっという間の出来事であったと伺い知ることが出来ました。
チラリと私の方を見たマキロンさん。
ですが再び、視線を手帳の方へと落としました。
「俺の娘だ」
手帳を読みながら一言だけそう呟いたマキロンさん。
今の彼は一体、なにを考えながら手帳を読んでいるのでしょうか。
状況は違いますが、マキロンさんの気持ちは少しだけ理解する事が出来ます。
私が現在のマキロンさんの立ち位置であったのなら……。
絶対に冷静ではいられませんでした。
泣き叫んで暴れていたやもしれません。
……マキロンさんは、心の強い人間です。
今の私には、彼に掛けられる言葉がありません。
――『自分もそうだったから、気持ちは解る』と言うのは簡単です。
が、違うのです。
他人の肉親と自分の肉親。
そこには決定的な違いがあり、今の自身の気持ちとは絶対に違っているもの。
言葉を掛けられる事はストレスにしかなりません。
それが虚無と狂気へと近道に繋がっていると、私は知っています。
トゥルー君が声を掛けようとしたのを手で制しました。
彼が心の整理を終えるのを黙って待ちます。
「……俺は、まだ運のいい方だった」
ぽつり、ぽつりと語り出したマキロンさん。
「最愛の妻と娘が低階級に割り振られ、ゴミのように扱われるのを見ているしかなかった男を俺は知っている。その点、俺の妻や娘はけっこうな高階級でな。保有している魔導アンドロイドも多かった」
それは壮絶な階級社会での話。
マキロンさんの世界では住民階級が全てだったのでしょう。
「俺の妻は……ゲホッ……向こうの壁で擦り潰されて死んでいた。娘だけでも原型があったのは幸運だ」
チラリと離れた位置にある壁を見たマキロンさん。
そこの壁は、ペンキをぶちまけたようになっていました。
その壁際には原型の無くなっている遺体の数々。
あの中から自分の妻を見つけ出す作業は、地獄よりも地獄であった事でしょう。
――アレを見たあとで……幸運?
マキロンさんは、本当に強い人間です。
マキロンさんは手記に挟まれていた一枚の写真を取り出し、見せてきました。
そこには金髪の美しい女性とライトグリーンの髪を持つ娘。
その二人と一緒に写っているマキロンさんは、満面の笑顔を浮かべています。
「仲が良かったのですね」
「ああ、幸運な事にもな」
家族仲が良いのが幸運に頼らなくてはならなかった世界。
それはきっと……今の世界よりも生きづらいものだったのでしょう。
「手記に書いてあったんだが、二人は最後まで俺の為に頑張ってくれたらしい」
「…………」
「……っと、手に入れた情報も共有しないとな」
「……はい」
「事件が発生した原因は召喚施設の暴走。いや、故意による暴走だったのかもしれない」
「というと?」
「さっきも言ったな、階級違いの妻と娘を持った者が居たと」
「……はい」
――階級違いの妻子を持った者の話し。
低階級に割り振られ、ゴミのように扱われたという妻と子供。
「召喚施設を担当していたのがその男でな。その男が呼び寄せた異世界の何者かは瞬く間にこの地下シェルターを蹂躙し尽くしたらしい。まぁこの地下シェルターが長い事眠っていたのを考えるに、どうにかして外に出て行ったのだろう。数え切れない防衛設備も、テレポーテーションを駆使する相手には殆ど意味を成さなかったそうだ」
そして――それを見ているしかなかった男。
「なにっ? この地下シェルターはテレポーテーションを対策していなかったのか?」
マキロンさんの説明を聞いて、そう突っ込みを入れたシルヴィアさん。
昔の施設では、テレーポートの対策が基本だったのでしょうか。
「していたさ。地下シェルターの中で最もお前らへの対策がされていた場所だぞ?」
「だろうな。先の通路も演算に弱い系統のヤツが嵌れば次元の彼方に飛ばされていた」
「対策のされていた筈の施設内で自由自在にテレポーテーションを行使されたらしい」
「この世界の理とは全く違う原理で動いていた、という事か」
「たぶんな。見た事の無い化け物を大量に召喚してきたとも書いてある」
「ふんっ。つまりそいつが、パルデラレリック公国を滅ぼしたというワケか」
「……くくっ、皮肉な話だ」
「……?」
「地下シェルターを滅ぼした男が、半ば世界を平和に導いた事になるんだ」
「本当に追い詰められたニンゲンは、いつだって予想外のことをしてくるな」
「ああ。ちなみに――ソイツは何処に行った?」
突然真顔になって、もの凄い眼力でシルヴィアさんを睨むマキロンさん。
やはり妻と娘を殺された憎悪は凄まじいものになっているのでしょう。
「ふんっ、私は知らん。なんせ私は終始、辺境の寒冷地に配置されていたのだからな。ある程度の情報は入ってきたが、入ってきた情報と言えば突然の敗戦報告の連続。そいつの最後など知りはしない。存外、ブルーエッグと相打ちになっているのかもしれないぞ?」
マキロンさんの睨みに一切反応していないシルヴィアさん。
シルヴィアさんからすれば小動物に睨まれているようなものなのでしょう。
「……そうか。いや、そうだな。パルデラレリック公国は強大だ」
「その通り」
「たった一国で全世界を支配しかけていたんだ。アレがタダで破壊されるとは思えん」
「まぁ五千年以上も前の事になる。まともな生物であれば生きてはいないだろう」
「それもそうか。――さて、こんな墓所に長居する必要も無い。早くαを止めに行こう」
娘と妻に適当な布を被せたマキロンさん。
マキロンさんは、パンちゃんの手を引きながら歩いて部屋を出ていきました。
やはり彼は……本当に強い人間です。
私達の一行もその後に続き、一つ前の部屋へと向かって移動を開始しました。
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