『孤高の少女』三
一連の行動が落ち着いたあと、明らかに不機嫌になっているシルヴィアさん。
口をへの字にさせ、見下ろしてきてます。
「ふんっ。もう容赦はしないぞ」
そのように言ってきたシルヴィアさん。
――容赦された事など一度も無かったような気がします。
という言葉は、何とか我慢して飲み込みました。
私は妖精さんの力をお借りし、追加のおっさん花を呼び出します。
【
上から振り下ろされるのを想像して上を見上げたのですが――ドスッ。
地面から列車でも飛び出してきたかのような衝撃と共に、体が空へと舞い上がります。
下を見てみると円柱状の氷の柱があり、それが体を打ち上げたのだと理解しました。
「ああ……何故人には、翼が生えていないのでしょうか」
上昇の速度が緩まってきた事から、もうじきに落下が始まるのでしょう。
落下の衝撃は数分もしないで訪れる事実であり、確実に起こりうる未来を示唆した幻想。
しかし同時に別の何かが〝可能性〟を告げ、その出来事が頭の中を駆け巡ります。
私は思い出しました。あの有名な歌詞の一節を。
――そう。誰の背中にも、翼があるはずなのです。
未来を目指すための翼が、この背中にも……。
いつの間にか上昇は止まっていて、肉体が下降を始めました。
――羽ばたくのなら、今しかありません。
私は背中に意識を集中させ、羽ばたく翼をイメージしてみました。
が、何故か羽ばたく事は出来ず、落下速度のみが上がっています。
◇
――翼――。
私は小学生の頃鶏小屋で飼育されていた鶏と、鶏先生の事を思い出しました。
鶏先生とは学校で唯一雄の鶏を手懐けていた、白髪混じりの先生の事です。
何時も鶏に怯えている生徒達の盾となって、鶏を止めて下さる素敵な先生。
ある日、薄暗い校舎横の通路を歩いていた普通のショタおっさん。
その時、鶏小屋から脱走していた雄の鶏と、鉢合わせてしまった事があったのです。
――今でも忘れられません。あの時のギラついた鶏の眼を。
当時ショタっ子であった私を、獲物として見ていた雄鶏の目。
勿論――ショタおっさんは逃げました。
思い切り背を向け、泣きながら逃げ出したショタおっさん。
そんな恐怖を背負ったショタっ子の背をさも当然のように追いかけてきた鶏に……。
私は恐怖すると同時に、可能性を見せ付けられたのです。
通常の鶏は地面を素早く走るか、産卵用のケージに収容され並べられているもの。
一般的にはそのように想像されると思います――が、その雄鶏は違いました。
僅かな助走距離で翼を大きく広げ雄大に空を飛んだ鶏に――。
逃げることも忘れ、ショタおっさんは見とれてしまっていたのです。
今でも忘れられません。
――見事に私の顔面に着地した、鶏の爪の痛みを――。
◇
その時の事を鮮明に思い出し、閃きます。
鶏が羽ばたく時のように両手で羽ばたけば、飛べるのではないだろうか――と。
私は空を飛ぶ決心しました。
左手は無事動き、羽ばたくことが可能です。
私は生還への可能性に胸を膨らませながら、逆の手へと意識を向け――。
「ッッ!!?」
右腕は肘から先が変な方向に曲がっていて、落下し始めた今となっては上へと向います。
――ッ!? メーデー! メーデー! メーデー! 右手右翼がやられました!
無事な左手を動かし……ベイルアウトするためのレバーを探します。
――が、左手をどれだけ動かしても、それが見つかりません。
本機にはキャノピーはおろか、パラシュートすら装備されていなかったのです。
下を見てみると、お迎えの天使が如く無表情で手を振ってい妖精さん。
私はそれに応じ、左手で手を振り返しました。
◇
――思い――出した。
雄の鶏に襲われたショタっ子時代の私は、泣きながら校舎へと逃げ込みました。
逃げた先で、女の先生に起こった出来事の全てを、〝詳細に〟伝えてしまったのです。
それから数日後――鶏小屋からは、雄の鶏が消えていました。
ショタおっさんにはその時、何が起こったのか分からなかったのです。
それでも恐怖の対象である鶏が居なくなった事に、その時は安堵の息を吐きました。
が、ある日の小雨が降る放課時。
ショタおっさんは外に出て、雄鶏に襲われた場所へと向かいました。
小さな黄色い傘を差してのお散歩。
何故ショタおっさんが一人、校舎の横に居たのかというと。
――道を挟んだ校舎の反対側。
そこの山側の一面には、それは美しい紫陽花が咲いていました。
その紫陽花を見るのが好きだという事を隠す為に、一人で外にいたのです。
小雨が降る中、その紫陽花を見るのがショタっ子時代の数少ない楽しみでした。
一人でその紫陽花を見に向かってみると……驚いた事に先客が一人。
何時からそこでそうしていたのか、そこに立っていたのは鶏先生。
雨に打たれて花弁の散る紫陽花の根元に、何一枚の木の板が刺さっていました。
ショタっ子時代の私は――それは何? と鶏先生に尋ねたのです。
鶏先生は全身ずぶ濡れで、目や鼻の下にも大量の水が付いていました。
それでもショタおっさんに向かって、黙って笑いかけて下さったのです。
ショタおっさんと鶏先生の二人。
昼放課の終了を告げるチャイムが鳴り響くまで、雨の滴る紫陽花を見続けていました。
――鶏先生が失踪したのは、それからしばらくしてからの話――。
◇
落下の恐怖からなのか、不思議とおっさんの目じりに涙が溜まります。
結晶となって、上に取り残されていく涙。
下を見ると何時の間に移動していたのか、シルヴィアさんが真下で待機していました。
――受け止めて下さるのでしょうか?
と思っていたら、足を大きく振り上げたシルヴィアさん。
蹴られる事を想定しましたが、柔らかそうな御足で攻撃をする事など不可能でしょう。
つまりこれは――足で受け止めて下さるのだ、と私は判断しました。
地面が……シルヴィアさんが近づいてきます。
今現在の私は、果たして何キロ出ているのでしょうか。
次の瞬間――。
「ふんっ!」
シルヴィアさんの柔らかそうな御足が――思い切り振り抜かれました。
――振り抜かれ?
ボリンッ。
そんな音と共に視界がぐるぐると回り、肉体が再度空中に投げ出されました。
下半身が別方向に飛んで行ったせいで、何時もよりも多めに回っています。
果たして私は、羽ばたく事が出来ていたのでしょうか……。
教えてください――鶏先生。
『死にましたー』
◆
それからも戦闘は続き、昼、夜、朝。昼、夜、朝。
只々時間のみが過ぎていきました。
夜越えを一日と数え、三日が経ってもシルヴィアさんの力は衰えません。
とは言え、大技を使う回数は明らかに減ってきているような気がします。
「なッ! くそッ!! 【
それでも私が〝メビウスの新芽〟の回収に向かうと、大技を出してくれました。
大技を誘発すべく、定期的にそれを行います。
生き返る度に肉体的には完全回復状態となるのですが、精神的には三日徹夜。
おっさん改め、オッ三徹。
二日目まではジッグさんの無念を晴らすべく奮闘していたのですが、そろそろ限界です。
今現在の戦闘モチベーションを維持しているのは……残念ながらエロの力。
シルヴィアさんの太腿と妖精さんのお声と、女神様のお声の力。
少しでも早く決着が着く事を願い、〝メビウスの新芽〝に通うこと二十回、三十回。
どんどん通う頻度が上がってきています。
それでも一向に着かない決着に、私は数度に一度は体育座りをしてしまいました。
その際には当然、お尻から凍て付いています。
――更に三日が経過――。
この頃になってようやく、おっさん花の攻撃がシルヴィアさんに当たるようなりました。
幾度と無くシルヴィアさんの肌を触手が貫き、飛び散る無色透明な体液。
飛び散った体液が私に当たった時なんかは……。
あまりの冷たさに思わず死んでしまいました。
「本当に……ッ!」
何時の間にか、ヤークトハンター達のドラミングが完全に消えています。
こっそり見渡してみても、その姿は見当たりませんでした。
おっさん花による寄生種もシルヴィアさんに植え付けているのですが、発芽しません。
体内で何かに押さえつけられ、押し出されるように傷口から摘出されていました。
ちなみに、寄生種は地面に落ちると消えて無くなります。
「しぶとい連中だッ!」
傷が一定時間で塞がって完治するシルヴィアさん。
一度だけシルヴィアさんの腕を千切り飛ばしたのですが、瞬く間に完治しました。
シルヴィアさんが「【
自動的な再生の数十倍近い速さで負傷が回復していきます。
まぁ負傷は完全に治してしまうシルヴィアさんですが、服はボロボロになりました。
それに従ってかなり増えてきた肌の露出。
現在の私は、最初の三日よりもやる気を出して戦えています。
繋がりがあるおっさん花の攻撃は、全て服を狙っての攻撃。
そうしないと正気を保てないので、なんとか許しい欲しいところ。
「……ちゃんとして」
妖精さんの冷たい視線が頭頂部に突き刺さりました。
――更に二日が経過――。
既に回避、迎撃、再生で手一杯どころか、間に合わなくなっているシルヴィアさん。
そんなシルヴィアさんに、更に強力になっているおっさん花が攻撃を続けています。
服などは既に服の役割を果たしておらず、これではまるで――ッ。
私は思わず、攻撃を止めてしまいました。
「……?」
こちらの表情を窺っていた妖精さんも、同時に攻撃を止めてくれました。
驚異的な再生能力でトドメを刺す事もできず、永遠と嬲っているようなこの状況。
心の弱い私は、息苦しくなってきてしまったのです。
「……はぁ、はぁ、……ッ! 【
息も絶え絶えという状態なのに、その瞳にはまだ、闘争の輝きが宿っています。
シルヴィアさんの戦意は、まだ失われていません。
「シルヴィアさん、このままでは死んでしまいます」
「いいじゃないか、殺す気なのだろう?」
「いえ、メビウスの新芽さえ持ち帰らせて頂ければ……」
「……ふんっ。私は決して、それを許しはしない」
何故。
何故そうまでして、ただ一つの植物を守ろうとするのでしょうか。
私には――理解できません。
「命の短いニンゲンには理解できないのだろうが……私はな、約五千年もの歳月をかけ、その生命と存在を共にしてきた」
落ちかけていた高度を再び持ち上げ、宙へと浮かんでいくシルヴィアさん。
……と、シルヴィアさんが何かに気が付いたように、周囲を見渡しました。
「……なんだ?」
窪地になっているこの場所の両側から、〝ソレ〟は現れました。
色は黒に近い深緑色。
幾つもの触手を束ねて作られた、無数の太い腕を生やしている〝それ〟。
八本の触手の腕を利用して雪の上を移動する〝ソレ〟は――恐らくおっさん花。
僅かな繋がりのお陰で、おっさん花であると理解できました。
それでもこの姿には、驚いて目を見開いてしまいます。
そう……〝ソレ〟は、おっさん花と同じ存在。
ウジュルウジュルと蠢く胴体部分からは、目を剥いて変な角度に首を傾げた――。
おっさんの上半身生えています。
――これは。
褐色幼女形体の妖精さんを見てみると、妖精さんが答えてくれました。
「……おはな」
「なるほど」
――全く理解できません。
花弁の一枚すら残っていないおっさん花の、一体どこがお花だと言うのでしょうか。
その事について考え込んでいると、シルヴィアさんが声を上げて笑い始めました。
「くくっ、くははははっ! 途中から奴らの姿が無いと思っていたが、そうか。食ったのか! その体から感じるエネルギー、なるほどな」
シルヴィアさんは何かを理解したご様子。
ですが私には何一つ理解できません。
皆が理解しているのに、私だけが理解できていないこの状況。
私は褐色幼女形体の妖精さんにお願いをして、教えを請うことにしました。
「妖精さん、教えてください!」
「……ロリコンが死ぬと、わたしは強くなる」
「ほぅ……」
「……それとは別に、消えてないおはなも強くなる」
「な、なるほど!」
「……おまけで、白いゴリラの命も吸収したよ。……あれがいまの、制御限界」
「なるほど、大体理解する事ができました。有難うございます」
「……いいよ」
妖精さんがそう言った直後――暗転。
『死にましたー』
暗闇が晴れると、少しずれた地点への復帰。
アノおっさん花がどうやって完成したのかを、少しだけ理解する事ができました。
私が死ぬとそれに比例して妖精さんの地力が上昇し、おっさん花が強くなる。
それとは別で、おっさん花が生存時に私が死ぬと、おっさん花が少し強くなる。
更には何かを捕食しても少し強くなるのでしょう。
色々と理解できたのですっきりです。
さっきまでシルヴィアさんと戦っていたおっさん花は、地面に溶けて消えました。
それと入れ替わるように……おっさん花セカンドが前進を開始。
八本の腕で地面を移動しながら、ゆっくりとシルヴィアさんの方へと進むセカンド。
八本足で移動する姿はまるで、獲物を捕食せんとする蜘蛛のよう。
シルヴィアさんはそれを見て、苦笑いのような表情を浮かべています。
「私をも喰らおうというのか。……いいだろう。今、此処で、この身が朽ち果てようとも……他の何を、失おうとも……」
高度をどんどん上げていく満身創痍のシルヴィアさん。
私の背筋に、凄まじい悪寒が走り抜けました。
シルヴィアさんの真下に辿り着いたおっさん花センカド二体。
足としている八本以外の腕を、シルヴィアさんへと向けて伸ばします。
ヅルヅルと伸びていく腕のような触手。
「必ず、おまえ達を滅ぼしてみせる――ッ!! 【
伸びていく腕を迎撃する氷のブーメラン。
が、腕は切れる事無くシルヴィアさんを追跡しています。
対して氷のブーメランを操りながら、スレスレで回避しているシルヴィアさん。
「【緊急吸給! 警告、友軍は直ちに退避せよ! スリー……トゥー……ワンッ!】」
空気中の何かが、シルヴィアさんに吸い込まれていっています。
戦闘が始まってから一度も晴れる事の無かった空が、晴天になりました。
現在は雲一つ残っていません。
これは明らかに――やばいやつです。
このままではどうにかなって、なんやかんや恐ろしい事が起こった末!!
きっと――どうしようも無い事態になってしまうでしょう。
何故か、妖精さんがジト目を向けてきています。嬉しいみ。
そんな間にもシルヴィアさんの肺部分は膨れ上がり――――放たれる光。
「【ジェノサイド――ブラスタァアアアァァァァアアアアアアアアアアア――――ッ! ――――――――ッッ!! ――――ッッッ!!】」
それは青い光の奔流。
全てを飲み込む、冷気のエネルギー。
その青い光の奔流は――山頂全体を飲み込む程に強大です。
おっさん花セカンドを、ヤークトマウンテンの頂上を――。
ここにあるもの全てを飲み込むように、埋め尽くすように広がって――――。
逃げる場所など、ありはしません。
私がその光の奔流に対して、抱くことができた感情は……。
「綺麗です……」
――美しい誇り高い、決意の光。
私はその冷気を感じる間も無く、青い光の奔流に飲み込まれました。
『死にましたー』
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