『メビウスの新芽』一

 暗闇から復帰し、景色が戻ってきました。


「これは……」


 驚愕の光景。

 地面がスケートリングのようになっていて、その下には岩肌が透けて見えています。

 これが観光地であれば、人でごった返していたに違いありません。


「彼女は……?」


 シルヴィアさんの居た位置を見てみるも、シルヴィアさんの姿はありません。

 攻撃の凄まじさを地形が物語っています。

 おっさん花セカンドは――驚いた事に、原型を辛うじて留めていました。

 一体は〝メビウスの新芽〟を庇った状態で半壊。

 二体目はジッグさんの氷柱と荷物入り氷柱の二つを守って、八割壊。

 無理をしたようなので当然ですが、一体目以上に崩壊しています。

 二体が居た地点だけは地面が抉れていません。

 少しするとおっさん花セカンド二体はボロボロと崩れ、存在を消しました。


「……終わりましたか」


 が、不意に背後から感じた途轍もない冷気。

 環境から来る冷気とは比べ物にならない程の――何か。

 反射的に後ろを振り向いた瞬間。


「――ッ!!?」


 彼女と目が合いました。


「――捕まえたぞ――」


 ――シルヴィアさんッ!?

 正面からがっしりと抱き付いてきたシルヴィアさん。

 その姿は、先程した攻撃の衝撃で服が消し飛んでしまったのか、完全な裸体。

 肌の感触は筆舌し難い程に柔らかく――弾力があり、もっちり滑らかな肌触り。

 おおよそ、人間ではあり得ない至高の肌触り。

 ――ですが、それを楽しむ余裕などありません。


「くくっ……これならばもう、さすがのお前とて回避はできないだろう?」


 シルヴィアさんの目は完全に血走っています。

 ですがまぁ、それはいいでしょう。

 完璧美少女であるシルヴィアさんはどんな表情をしていても美少女なのです。

 つまり問題なのは、シルヴィアさんに触れられている場所。

 触れられている場所から瞬く間に全身へと広がりつつある、圧倒的な冷気。

 もう既に指一本どころか、呼吸すらも……。


「ニンゲン、おまえの体は温かいな」


 ――ひょっ?

 シルヴィアさんがすりすりと、私の体を撫で回し始めました。

 空気は少し変わったのですが、変わらない肉体の凍結速度。

 残念ながらシルヴィアさんの言う温もりは、たった今からシルヴィアさんのせいで……。

 今ここで、無くなってしまうところなのです。


「本当に温かいな……」


 ――私は死ぬ程冷たいです。

 と言葉を返そうとしたのですが――口が凍て付いて喋れませんでした。

 ただただ、変な息のようなものが口から出ていっただけ。

 当然、言葉を発する事などできる筈もなく……。


「初めてニンゲンに触れたが……今まで凍らせてきた連中も、こんなに温かかったのか?」


 温もりを求めるように体を撫で回してくるシルヴィアさん。

 しかし私の耳にはもう――パリパリ、という音しか入ってきていません。

 次の瞬間。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると少し距離のある場所に復帰し、立っていました。

 周囲を見渡して、現在の状況を確認します。

 私ある一点を見て、この戦いに決着がついた事を確信しました。


「今度こそ終わりですね」


 私が先程まで立っていた場所に横たわっているシルヴィアさん。

 もう指先一つも動かせないと言うような、虚ろな瞳。

 致したのはシルヴィアさんだというのに、致された側であるようにも見えます。

 近付いてみると……シルヴィアさんの虚ろな目と目が合いました。


「……まだ、負けていない……ぞ……」

「っ!」


 私は近付いたあと、止めを刺すつもりでした。

 戦闘が始まってスグに殺されてしまったジッグさん。

 その手向けとして、仇であるシルヴィアさんを殺すつもりだったのです。

 だというのに――。

 この極寒の地から来る寒さとは別の何かが、手を震わせてきました。

 そのよくわからない何かが、決意を鈍らせてくるのです。

 いえ……そもそもココで、この少女にトドメを刺す意味はあるのでしょうか?

 ただ孤独になる事を恐れていた少女に、トドメを刺さないといけないのでしょうか??

 私は、トドメを刺すべきなのでしょうか???

 ――否!

 私は〝メビウスの新芽〟さえ回収して帰る事ができれば、それでいいのです。


「私は一刻もしないで動けるまでに回復する。そしたら今度こそ、お前を殺してやる」


 ばっちりトドメを刺す理由が出来てしまいました。

 何故それを敵である私に教えるのでしょうか??

 チートな回復力は戦闘不能後も健在という事なのでしょう。


「回復するのが早すぎると思うのですが?」

「ふんっ……」


 鼻を鳴らしてそっぽを向いたシルヴィアさん。

 そんなシルヴィアさんも現在は全裸。

 美しく青みがかったその白い肌が、目を惹きつけて放しません。

 私と彼女の全裸姿。

 一体どこでこんなに差が生まれてしまったのでしょうか。

 先ほど触られた際の感触は見た目通りの大変素晴らしいものでした。


「……?」

「どうした」


 そんな事を考えながら観察していたら、気が付いてしまいました。

 先程まで虚ろになっていたその青い瞳が、既に光を取り戻しかけてきています。

 半刻もしないで回復するとは言っていましたが……もう???

 シルヴィアさんの瞳は今――真っ直ぐにこちらをみつめています。

 それはまるで、得物に狙いを定めた鶏のようにッッ!!


「ふんっ。お前は私の攻撃を、なんらかの魔力と魔素を利用した手段で回避しているのだと思っていた。……だが、それは間違いだった」


 失うものが何もない私は、彼女が自由になる前に撫でられた分をやり返そう思います。

 そうして手を伸ばしかけましたが……思い留まりました。

 先程シルヴィアさんに抱きしめられた時のこと。

 天にも昇ってしまいそうな極上な感触と共に、天に昇ってしまっています。

 手を止めて固まっているを私を訝しげな表情で見てきているシルヴィアさん。


「私はお前に襲い掛かると同時に、魔力をコントロールできぬようにと全魔力を打ち込でいる。……そう、その状態で魔力を行使できるワケが無い」


 柔らかそうな唇と、宝石のように美しい瞳。

 完璧過ぎる美少女の造形をして横たわっているシルヴィアさん。

 その姿には、多種多様な欲望が刺激されます

 ですがここで手を出してしまうのは、流石に……。


「そう思っていたのだが…………ん、どうした? 触らないのか?」


 ――ぷつり。

 シルヴィアさんの挑発的な瞳に、何か大切なものが切れた音が聞こえました。

 そう、私の中にあった何か大切な糸が、切れてしまったのです。

 目の前に倒れているのは敵であり、何をしても誰にも文句を言われない存在。

 更には、おっさんが凍る程に美しい少女の容姿。

 襲い掛からない理由は、ありません。


「…………」

「……どうした?」


 ……動けません。

 経った今この瞬間に襲い掛かる決心をしたというのに、体が動きません。

 シルヴィアさんに目を奪われ過ぎて忘れていました。

 この環境は、何もせずとも肉体を凍て付かせ、命を奪ってくるのです。

 そんな私に懐疑的な視線を向けてくるシルヴィアさん。

 次の瞬間。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、シルヴィアさんから少し離れただけの位置に復帰しました。


「うおぉぉおおおぉぉぉおおおおおっ!!」


 おっさん、飛び込みます。シルヴィアさんに向かって!!

 全力で体当たりをしても彼女がビクともしないのは知っています。

 その事実は、おっさん花が戦闘中に証明してくれました。


「ふんっ」


 おっさんダイブを、無表情ながらも手を広げて迎え入れてくれるシルヴィアさん。

 私はシルヴィアさんを抱きしめ――。

 極上の肌触りをした肉体をさわさわとようしたところで、気が付きました。

 もう既に、上半身が動かないという事実に。

 死の気配を感じたため、反射的にシルヴィアさんから離れようとします。

 なんとか動く足を使って離脱を試みましたが。


「……!!?」

「逃げるな、臆病者」


 それは――シルヴィアさんが許しません。


「……ぁぁ、やはり温かいな」


 恐ろしい程までの〝狂喜の笑み〟を浮かべたシルヴィアさん。

 がっちりと私を抱きしめてきて放してくれません。

 こちらは何もできていないのに、シルヴィアさんは体を弄ってきています。

 次の瞬間――。


『死にましたー』


 暗転から復帰した私は、虚しさと共に妖精さんにお願いをしました。


「妖精さん……私の服と荷物を、ここにお願いします」


 コクリと頷き、クスクスと笑い始めた妖精さん。

 気が付くと足元には、少し前の着ていた防寒具と荷物が置かれていました。

 暗転。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、僅かに離れた地点に復帰しました。

 私はバックパックから保温のポーションを取り出し、一息に呷ります。

 それから防寒具を装着しれば……完全装備の完成。

 これによって、おっさん全自動昇天機構が崩れ去りました。


「彼女は……」


 シルヴィアさんの方を見てみると……先の接触でまた全魔力を打ち込んだのでしょう。

 またもや虚ろな瞳になっていて、宙を見つめています。

 シルヴィアさんが動けない事を確認し、〝メビウスの新芽〟を根から回収ました。

 芽を折ってしまわないように、慎重に回収用の魔道具の中へ。

 依頼の品は、これにて回収完了でいいでしょう。


「ジッグさん、私は〝メビウスの新芽〟とポロロッカさん、リュリュさんを無事に送り届けたら……必ず貴方を回収しに戻って来ます。……だから、もう少しだけ待っていてください」


 勇ましい姿で固まっているジッグさんに黙祷を捧げます。

 可能であればここでジッグさんを氷の棺から解放し、共に下山をしたいところ。

 ですが依頼品を送り届けてリュリュさんとポロロッカさんの安全を考慮するのなら――。

 間違いなく、後から一人で来るのが確実でしょう。


「では、一足先に下山しますね」


 ……遺体を回収するくらいなら、シルヴィアさんだって見逃してくれるはず。

 山頂から出て行く直前、シルヴィアさんの方を見て――目を見開きました。

 その瞳には既に光が宿っていて、その首と瞳は、確実にこちらを捉えています。

 ――ッ。

 ぞわり……と完全防寒装備であるというのに、冷気を感じたような気がしました。

 私は山頂から逃げ出すように、お二人の待つ洞窟を目指します。

 そうして山頂から出る直前。

 褐色幼女形体の妖精さんは黒い光に包まれ、小さな妖精さんの姿に戻りました。

 小さくなった妖精さんは私の防寒具の中へと潜り込んできて……嬉しいみ。



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