『牙のあるおっさんと、無いおっさん』一

 隊長の放った剣撃によって、大きく切り裂かれた牙王ガーブの腹部。

 触手の切れ端から流れ出ている血液とは比べ物にならない程の出血量です。


「【オオォォオオオオオオオオオオオッッ!!】」


 雄叫びを上げながら小さく後ろに跳んだ牙王ガーブ。

 牙王ガーブによって放たれる、全方位に対する戦斧の薙ぎ払い。

 そんな薄っすらと光を纏った戦斧に巻き込まれて完全に断裂してしまったおっさん花。

 流石のおっさん花もかなりの速さで土に戻っています。

 ……本当によく頑張ってくれました。

 隊長はと言うと、地面を這うようにそれを回避し――。

 そのまま匍匐前進にて、牙王ガーブに迫っていっています。

 ――隊長の前世はきっと虫だったのでしょう。

 走るのと同等に近い速度が出ている、驚異的な隊長の匍匐前進。

 隊長は飛び上がりながら切り上げ攻撃を放ち、落下時に頭部へと突き立てられた長剣。

 ……大きな音を立て倒れる、牙王ガーブ。

 残り僅かであったオークもそれを見て戦意を喪失したのか、瞬きの間に完全殲滅。


「勝ったぞぉおおおおお!」

『『『オオォォォォオオォオオオオオ――!!』』』


 そんな勝鬨が上がる中、申し訳なさそうな雰囲気で近づいてきた隊長。


「オッサン、召喚された魔物を守れなくてすまなかった」

「いえ、たぶん大丈夫です」


 そう言葉を返しながら、今もお尻に顔を埋めている妖精さんを見ます。


 ――今オナラをしたら、一体どうなるのでしょうか。

 そんなことを考えていると、妖精さんは何かを悟ったかのように移動を開始。

 ずりずりと顔をずらし、そのまま前にまで来た妖精さん――ッ!

 ッ――おぉおおおっさぁあああああんッッ!!

 興奮できたのも束の間、お願いもしていないのに何かが吸われています。

 生きるのに必要な何かが、少しずつ吸い出されているような感覚。

 そして強制的に……平常心を取り戻させられました。


「成る程、そっちが本体か! 顔は見えないがエロい力を感じるな!!」

「ええ!」

「……モゴモゴモゴ……モゴッ」


 ――おおおおぉぉぉぉおおおおおおおッッ!!

 妖精さんが! 口をパクパクッッ!!

 これにはイキリ立ちマイサンも、激しくイキリ立ち盆踊り。


「おっと! 今オレが豚にされかけたような気がしたが、気のせいだな! ハッハー!」


 妖精さんは隊長を豚にしようとし、失敗した模様。

 もしかしたら、一定以上の実力を持つ相手には効果が無いのかもしれません。


「ふむ……怒らせてしまったかな? オレは先に戻って拠点の片付けをしているとしよう」

「――了解しました」

「副隊長は痕跡を追跡してオークの拠点に向かうが、オッサンはどうする?」

「私は……流石に疲れたので、これで休ませて頂きます。……隊長に同行しても?」

「勿論いいとも」


 追撃に向かう面々に適当な挨拶を交わし、こちらに背を向けて歩きだした隊長。

 その直後、妖精さんは一瞬だけ黒い光に包まれ、小さな妖精さん形体に戻りました。

 死体の後片付けをしている討伐隊や、残党狩りに出た討伐隊。

 そんな討伐隊の方々の様子を尻目に、移動の準備を開始します。

 ポーションである程度まで回復した怪我人を護衛する隊長と、その兵士さん達。


「さあ出発だ!」


 私は帰還組の討伐隊と共に、討伐体の拠点を目指して出発しました。 



 ◆ 



「今回は助かった。これは活躍に応じた追加報酬になる、受け取っておいて欲しい」


 討伐隊の拠点に戻ると、隊長から金貨袋を渡されました。

 ジャラリと音が鳴るくらいには重い金貨袋。

 中を見て見ると、結構な数の銀貨が入っています。


「おぉ……別に、金貨でも良かったのですが?」

「くくっ、討伐隊の手を借りずにオークを殲滅していれば何枚かは金貨になっていたな」

「ああ、それは惜しい事をしました」


 足止めだって精一杯だった私には、オークの殲滅など夢のまた夢。

 苦笑いを浮かべながら言葉を返すと、隊長も同じように返してくれました。

 お互い本気で言っているのではなく、言葉遊びのようなやり取りをしているだけ。

 頭鎧の隙間から見える隊長の目は、僅かに笑っているようにも見えました。


「その追加報酬は人質を無事に助け出した事に対するものだ。有り難く使っておけ」


 おっさんの手の中にある金貨袋を指差しながらそう言った隊長。


「有難うございます。……それでは」


 私は隊長と別れ、討伐隊の拠点で休む事に。

 痛みは無いのですが、疲労と精神的な疲れはかなりのもの。

 討伐体の拠点に居た助け出した女性の皆様からは、感謝のお言葉を頂くことに成功。

 女性たちは懲りていないのか「プロにお金を出した方が良いわね」と言っていました。

 ……まぁこれなら、精神面は問題ないでしょう。

 そして何時の間にか居なくなっていたダイアナさん似の雰囲気の女騎士さん。

 確かに依頼で助けただけなので、感謝の言葉が欲しかったわけでは――。

 いえ、やっぱり欲しかったです。


「わ、私はその日でパーティーを組む事はあるけど……き、基本はソロで動いてます!」


 最後に声を掛けてきたのは女盗賊のミリィさん。


「なるほど?」

「必要な用事があったら呼んでください。お、オッサンを優先しますので……!」 

「その時は宜しくお願いします」

「こ、これが私の仕事をしている場所です。……じゃ、じゃあまた」


 ペコリと会釈をして去っていった、女盗賊のミリィさん。

 渡された紙は簡易地図のようになっていて、そこにとは酒場の位置が記されています。

 なんと……活動している酒場を教えて頂けました。

 ――嬉しいみ。

 何かあれば頼りにさせて頂くとしましょう。

 私はミリィさんを見送った後もしばらく休み……。

 オークの残党狩りに出ていた討伐隊が帰ってきた頃、入れ替わりで拠点を出ました。


「あなたは……」


 冒険者証であるドックタグを見るなり、少し嫌そうな顔をした町の門番さん。


「……いや、付いてきてください。詰所まで護衛しますので」


 嫌そうな顔をしながらも、何故か詰め所までの護衛申し出てくれた門番さん。

 町の門から詰め所までの安全は、これで保証されたと言っても過言ではないでしょう。

 私は依頼の報酬を受け取ったあと、衛兵の皆さんに見送られながら詰所を出ました。


「これだけあれば……!」


 潤沢になった資金。

これだけあれば……と既に夕暮れ時となっている市場で買い出しを開始。

 纏まったお金が入った為、普通の町人が着ている肌着を購入。

 もうボロ服は要らないでしょう。

 今まで着ていたボロ服は服を買ったお店で引き取ってもらいました。

 あとは〝ついでに〟大量のドロワーズも購入。

 夜はかなり冷え込むので、教会の子供達にプレゼントしましょう。

 あくまでも自分の服を買ったついでの物であり、下心は一切ありません。

 とはいえ不審者を見るような目を向けられても仕方がないのですが……何故か大丈夫。


「あの、変に思わないのですか……?」

「ええ? だって――……」


 どうやら数が数だけに孤児院の関係者だと思われたらしく、親切な対応をされました。

 もしかすると孤児院を〝利用〟している方なのかもしれません。

 私は大きな風呂敷に大量のドロワーズを入れ、教会への帰路に着きました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る