『おっさん花』三

 妖精さんの笑い声が響く中、止まらずに直進を続けるオーク達。

 ……。

 …………。

 暗転もしなければ、武器も現れません。


「あぁ……」


 つい口から漏れ出てしまった、何とも言えない心の声。

 私はリンチにされる自分を見ないよう……諦めて目を閉じました。

 が……。


「……?」


 痛覚は無くなりましたが、触覚は残っているはずのこの体。

 リンチにされたらそのくらいは判ると思うのですが……。

 その衝撃が、どれだけ待ってもやってきません。

 不思議に思いながらゆっくり目を開けてみると、何故か立ち止まっているオーク達。


「えっ……」


 その視線の先は私では無く、その少し後方。

 更に言うのであれば、私の後方上部を見上げるよう固まっているオーク達。


「いったい何が……?」


 後ろに振り向いてみると、そこに居たのは――おっさん花。


「っ!!?」


 そうとしか表現のしようのない不気味な植物。

 太い触手状の根に、何百年……いや、何千年と生きた大木のような緑の茎。

 七メートル近く地面から垂直に伸びている不格好な茎。

 その花弁付近の茎から伸びているのは、緑色をした無数の触手。

 触手の先は鋭利に尖っていて、刺さった際に抜けない為の返しがついています。

 そんなコレを一目で〝おっさん花〟だと認識した最大の理由は――花部分。

 白く美しい色の、一枚一枚が恐ろしく巨大な花弁。

 しかし問題なのはその真ん中の部分。

 雄しべが生えているはずの場所から――生えていたのです。

 ――おっさんの上半身が、全裸で。


「雄しべぇ……」


 思わずそう呟いてしまい、オーク達の方へと後退りをしてしまいそうになりました。

 が、何故か下がれません。お尻の側から誰かに抱き付かれていたのです。

 その誰かが踏ん張っているせいで私は後ろに下がれません。


「妖精さん……?」


 その正体を確認して見てみると、そこに居たのは褐色幼女形体の妖精さん。

 妖精さんは思いっ切り私のお尻に顔をメリ込ませています。

 少しずつお尻全体に広がってくる、ひんやりとした吐息による冷気。

 ――う、嬉しいッ!! でも何故?


「どうして今……?」

「……ぶき」

「武器? もしかしてこの花が?」


 そう問い掛けながら花を見上げてみると、気が付いてしまいました。

 私がおっさん花と――見えない何かが繋がっているということに。

 自覚してしまえばあとは流れ。

 目の前に咲いているおっさん花は、三本目の腕であるかのように動かす事が可能。

 触手も……指を動かす要領で動かせました。


「今回は死ななくてもいいのですか?」

「……ひょひんぶん…………」


 妖精さんが何と言ったのかは分かりませんでしたが、一つ分かった事もありました。

 それは……妖精さんが口を開いて言葉を発する度に、私が幸せになれると言う事実。

 臀部全体にこの上ない幸せな触感が広がってきています。


「妖精さん、少しおしゃべりをしませんか?」

「…………」


 ――残念。

 とは言えこの場面、通常であればマイサンが反応してもおかしくないのですが……。

 何故かマイサンは生気を吸い取られているかのように無反応。

 しかしその代わりだと言わんばかりに、ムキムキと肥大化したおっさん花。

 太い茎と触手も心なしか膨らんでいます、

 浮き出ている血管のようなものには、一体何が流れているのでしょうか。


「グゥッ! 怯むな! 雌はもう目の前だ!!」


 思い出したかのように声を張り上げた牙王ガーブ。


「デスガ、アレハッ!」

「この世ノものジャ無い……!」

「何を言うか馬鹿共! 雌が我らを待っているのだぞ!! 進めえッ!! 突き進めえッ!!」

『『『ウオォオオオオオオオオ――!!』』』


 全力で突き進んでくる、恐怖に顔歪ませたオーク達。

 かなり酷い言われようをしているおっさん花。

 雄しべ部分におっさんが生えている点を除けば、かなり美しいお花なのに……。


「そんなに恐ろしい植物に見えますかね?」


 そんな疑問を覚えつつもおっさん花を操り、触手をオーク達の方へと向け――射出。

 ぐんぐん伸びていくおっさん花の触手。

 舌を伸ばす要領でおっさん花の触手を伸ば続け……オーク達の手前で停止。

 ……届きませんでした。

 触手は十メートルくらいの距離までしか伸びなかったのです。


「は、ワハハハハっ!」

「なんだこのマヌケな姿は!」

「押セェエエエ!!」


 ビクリと震えて一瞬だけ立ち止まったオーク達が、勢いよく突進を再開。

 まぬけな触手を見て勇気を取り戻してしまったのでしょう。

 私もおっさん花を突撃させます。

 うねうねと根の触手が動き、軽やかに前進するおっさん花。

 そして――オークの集団と衝突。

 触手を操ってオーク達に触手を突き刺し、命を奪っていきます。

 刺して、抜いて、刺して、抜いて……。

 触手の先についている返しで内臓を傷付けながら、引っこ抜く。


「ぐごぁあああぁああぁあああ――!!」

「怯むな! 進めェッ!」


 ――?

 数体のオークを絶命させたところで気が付きました。

 おっさん花は触手の先から、種を出す能力があるということに。

 今度は貫かない程度にオークへと触手を突き刺し――発射。

 その後、無理矢理に触手を引き抜きます。


「あ……あ、あぁ……アヴブグルゥゥゥゥゥゥゥヴヴヴヴヴヴヴ――――!!」


 その直後――。

 引き抜いた際に生じた穴と、オークの穴という穴から蔦が生えました。

 倒れ伏したオークも少しすると立ち上がり、別のオークへと向かって攻撃を開始。


「ナッ! クソッ! ニンゲンハ、アクマダ!!」

「ゾンビか? ちがウ……寄生さレテるぞッ!!」


 混乱するオーク達。

 が――。


「落ち着けぇッ! 冷静に触手を払うんだ! 寄生された奴は起き上がる前に頭と腕を落とせェッ! 我等を雌が待っているぞぉッ!! 【部族の団結!】【集団の意思!】【牙王の指揮下!】」


 混乱しかけたオーク達を、怒声とその指揮によって持ち直させた牙王ガーブ。

 最後に取って付けたような単語は何なのでしょうか。

 よく分からない単語を牙王ガーブが叫んだ直後から、おっさん花が押され始めました。

 ですが触手の数で隙を突き、おっさん花の種を植え付けます。

 とはいえ、冷静に対処されてしまってはどうしようもありません。

 次の種を植え付けようとしたところで、致命的な失敗に気が付いてしまいました。


「……種切れ、ですか……」


 ペース配分を考えずに種を発射し続けた結果。

 おっさん花の種が、発射できなくなってしまったのです。

 何故かげっそりとしてしまっている、花に生えているおっさんの上半身。

 ……狭められる包囲に、冷静に切り払われる触手。

 硬そうな触手は地面に落とされ、踏まれ、連続で切りつけられ……切断。

 再生は……しません。


「……まぁ、時間は稼げましたか」


 時間稼ぎに成功した私は、全身から力を抜きました。

 しかしその直後――。


「その通り! オレ達の包囲完了まで良く耐えたな、召喚師!!」

「オッサン、あとは任せておけ!!」


 左右の後方から聞こえてきた、聞き覚えのある声。

 声のした方を見てみると、そこに居たのは――。


「隊長! 副隊長!? どうして此処に?!」

「お前が先に逃がした者らが居場所教えてくれたぞ、召喚師!」

「ハッハッハッ! 通りで剣の腕が良くない訳だな! 総員――突撃ぃぃいいいッッ!!」


 掛け声と共に森やオーク達の後方から現れたのは、大勢の討伐隊。

 その誰よりも先に突撃を掛ける、隊長と副隊長。

 オーク達は完全に包囲される形となっています。


「マサカ、ワナダッタノカ!?」

「クソう、雌ヲ奪ワレテてさえイなケレばッ!!」

「逃ゲルカ!?」

「馬鹿者どもッ! 今から奪い返すのだろうが!! 最後の一匹になるまで――雌を目指せ!!」


 巨大な戦斧で討伐隊の一人を真っ二つにしながらそう言った牙王ガーブ。

 その腕力は本物です。


「流石ガーブサマ!」

『『『牙王! 牙王! 牙王!!』』』

「ガハハハハハ! もっと我を称えろ!」

「オークノオウ! キバオウ、ガー……グボッ! ……」


 討伐隊に刺し貫かれたオーク。


「牙王! 牙――……」


 ゴトリ、と討伐隊に首を落とされたオーク。


「ぐっ! 我が全員皆殺しにしてくれるわッ!!」


 ぶつかり合う討伐隊とオーク達。

 言うだけあってか、優勢なのは討伐隊。

 このまま放置していたとしても、押し勝つのは討伐隊でしょう。

 ……そんな中、牙王ガーブに迫る隊長。

 副隊長は他の討伐隊を纏めながら、オーク達を切り倒しています。

 私は隊長を援護するべく、おっさん花を操り――牙王ガーブへの攻撃を開始。


「むっ! 赤黒い触手……オッサンの召喚物か! 随分ボロボロだが、加勢に感謝するぞ!」


 ――赤黒い?

 おっさん花の触手は美しいライトグリーン。

 ……いえ、少しだけ疑問に感じましたが、変わった部分の多くある隊長のお言葉。

 聞き流してしまっても大丈夫なはず。


「行くぞ!」


 牙王ガーブに接近した隊長とおっさん花。

 牙王ガーブがおっさん花に戦斧を振り下ろしてきたので、触手でガード。

 が――ザックリ。

 触手ごとおっさん花本体も大きく斜めに切り裂かれてしまいました。

 幸いにもおっさん花の上半身は無傷ですが、もうかなり枯れてしまいそうな感覚。

 激戦の影響でおっさん花本体も、かなり柔らかくなっていたのかもしれません。

 そこに迫る牙王ガーブの追撃で、再度振り上げられた戦斧。

 これが命中したのなら……おっさん花は確実に枯れてしまうでしょう。


「【パリィ!】」


 僅かな光を纏った長剣で戦斧を弾き上げた、間に入ってきた隊長。

 おっさんの長剣よりも一回り大きくて重厚な、隊長の持っている長剣。


「行きますよ!」


 私はおっさん花の残り僅かな触手を伸ばし、牙王ガーブに突き立てます。

 出来る限り深く、内臓をかき回すよう……。


「ぬぉおおおお!!」


 ガーブは慌てず素早く、正確な一振りで触手を切り払いました。

 しかしガーブの体に残っている触手の先から、ドクドクと流れ出ている血液。

 その流れ出す量と速度は、ホースから溢れ出る水が如く。


「……ッ!」


 苦悶の表情を浮かべながらも、触手の切り端を掴んだ牙王ガーブ。

 牙王ガーブが触手の残りを引き抜こうとするも――返しのせいで抜けません。


「【スラッシュ!】」


 その隙を突いた隊長の攻撃。

 それは光を纏った長剣から放たれる――強力な斬撃。

 ……ここに来て、ようやく気が付くことができました。

 この世界には魔術だけでなく、スキルも存在しているのだという事に。




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