『逆さま勇者の為の武闘』二

重力操作グラビレイ


 ズシン、と音を響かせて天井に着地した勇者ユリウス。

 足の周りには半透明な黒い球体ができています。

 恐らくはアレで天井に立っているのでしょう。


「頭に血が登ってしまいますね」

『…………』

「あぁいえ、貴方の血はもう固まっているのでしたっけ?」

『…………』

「……?」

『汝が、実力を、示せ……』

「――ッ!?」


 ハッとなって勇者ユリウスの顔をジッと見つめてみると……。


「そう、ですか……」


 まごうことなき死者の瞳。

 あの状態は、ダヌアさんのペンダントによる一時的なものだったのでしょう。

 戦う場所が変わって良かったのかもしれません。


「リアにちゃんとしたお別れ、言わせてあげられないですからね……」

『どこに、行ったのだ……』


 もしかして勇者ユリウスも、その事に気が付いて打ち上げたのでしょうか。

 きっと勇者ユリウスは、血眼で家族を探したのでしょう。

 それなのに……見つけられなかった。

 そんな状態で彼は……。

 彼は何を考えて、魔王城にまで辿り着いたのでしょうか。


「貴方の娘は、ちゃんと近くに居ますよ」

『…………』


 私は勇者ユリウスに向かい、〝倒す〟と宣言しました。

 が、違います。

 私は彼を、〝殺さなくては〟ならないのです。

 例え、どんな汚い手を使ったとしても。

 彼にナターリアを殺させるという最悪だけは、起こさせてはいけません。


「勇者ユリウス、私はちゃんと――貴方を殺します!! 【命冥炎リーンフォース!】」


 前方に向けて放った白と黒の爆炎。

 確実に威力の増している命の炎。

 私は命の炎と同時に、勇者ユリウスに接近します。

 錆びた鎧の一部を溶かしながらも、確実に迎撃の姿勢を取ってくる勇者。


『……アソボ』


 そんな勇者の足を――黒い影が引っ張りました。

 体勢を崩した勇者。


「フッッ!!」


 そんな勇者への斬撃は、ギリギリのところで避けられました。

 ベースになっている技量からくる実力の差が、かなり出ています。

 今の身体能力としては、確実に私の方が上。

 卑怯な手だって使っています。

 だというのに、技量が無いせいで詰め切れていません。

 勇者は崩れた姿勢のまま腕をクロスさせて――。


『【一閃――偽、十字切り】』


 空気をも断ち切る程の圧倒的な斬撃。

 私はそれを紅剣、黒血、触手、全てを総動員して防御します。

 それでもなお威力を殺しきれずに吹き飛ばされ、距離を離されました。

 天井から落ちそうになるのを何とか黒血で接着。

 勇者の方を見てみれば、数えきれない黒い影に、ビチビチと張り付かれていました。

 それを邪魔そうに振り払おうとしている勇者。


「ヒヒッ! 足りてないんじゃあないカァ? 命がナ!」


 サタンちゃんの声。

 一体何処から?


「ここダ、ここ」


 声の発生源を見てみると、紅剣に口のようにものが形成されていました。

 更にはバラバラに生成されている四つの目。

 遥か昔、硬派なファンタジー小説で読んだことがあります。

 ――思考魔法剣インテリジェンスソード

 又の名をエゴソード。

 きっとこの剣も、その類のものなのでしょう。


「いや、どちらかと言えば呪いの剣だナ。剣王の兄が寄生されていた系のダ」

「……朱肉の剣だね」


 心を読んで突っ込みを入れてきたサタンちゃんと。

 当然のように天井に立っていた妖精さん。

 髪の毛が重力に逆らって天井に向かって垂れています。

 ……剣王の兄が寄生されていた魔剣の色は黒でした。

 しかも、こんなに肉肉しいものではありません。


「嘘でもいいので、これは聖剣だって言ってください」

「聖剣ダ」

「……うん」


 悲しいみ。

 私だってなんとなくは気が付いていました。

 この剣が、おおよそ正義の味方が持っていいような剣では無いという事を。


「まぁこの武器はアタシの一部ダ。多少の形状は変えられル」

「なるほど」


 だからロングソードの形体になってくれたのでしょう。

 その点は助かっているのですが、この侵食、もう少し抑えられないのでしょうか。


「無理だナ」


 どちらにせよ……今のままでは足りないと言うのなら、使うしかありません。


「……【命冥炎リーンフォース】【命冥炎リーンフォース】【命冥炎リーンフォース】、【命冥炎リーンフォース】」


 確かな力。

 使うたびに脳裏にチラつく、理解する事の出来ない真理。

 何もないはずの全方位から……。

 赤子の産声のような泣き声が聞こえてきます。

 泣く事の出来なかった、妖精さん近しい者達。

 その全ての〝成れなかった者達〟が、喜びの声を上げています。


「……【命冥炎リーンフォース】【命冥炎リーンフォース】【命冥炎リーンフォース】――っ! ゲホッ!!」


 突如として口から噴き出した黒血。

 頬に触れてみると頬も黒血で濡れていました。

 耳と目からも黒い血が流れ出ています。


「この体でも、このくらいが限界ですか……」

「コレで負けたら死んだ方がいいくらい戦いのセンスがないゾ」

「……オーバーキル状態だよ」


 世界の奥底から溢れ出す命の力。

 サタンちゃんと言う通り。

 これだけあれば、シルヴィアさんか複数人いたって同時に戦えます。

 ――技量さえあれば。


「サタンちゃん、もう少し侵食を抑えて下さい」

「この方が戦えるけどナ?」


 朱肉の剣が肩まで侵食してきています。

 が、サタンちゃんの言うと通り。

 このままの方が剣をより巧みに扱う事が出来るでしょう。

 不思議な呪いの剣です。

 私は朱肉の剣を上段の構えで振り上げました。

 朱肉の剣には赤と黒と白の光が集まり、それが汚く混ざり合います。

 地獄の輝きを強めていく、命を吸いに吸った朱肉の剣。


「勇者ユリウス。次の一撃で、貴方を闇の底に沈めてみせましょう」

『……【覚醒】』


 ……覚醒?

 どこかで聞いた覚えのある言葉。

 あれは確か……――タクミ。


『ラスト、バトルだ……』


 剣を左下に流すように構えた勇者。


「……そのようですね」


 蒼く淡い輝きを放つ勇者ユリウス。

 黒い影たちが、それに弾かれるように勇者から離れました。

 鎧にこびり付いていた錆が全て落ち、鎧は青く美しい勇者の鎧に。

 錆剣は白銀の輝きを取り戻して……伝説の剣へ。

 勇者の剣には青い光が集まり、二回りくらい大きくなっているように見えました。

 優しい光です。

 誰かを、何かを、世界を……。

 それら全てを守ろうとする為に生まれた、勇者の光。

 私はその光景を見て、思わず苦笑いを浮かべてしまいました。

 勇者ユリウスのその姿は、まごう事なき――真の勇者。


『――真聖――』

「やっぱり私も、そちら側に立っていたかったですね」

『魔人切りィイイイイイイイイイイ――――――ッッ!!』

「――【命冥炎リーンフォース!】」


 同時に放たれた、最強の一撃。

 時空を歪ませる程の、伝説を超えた光のぶつかり合い。

 視界の全てが光に埋め尽くされ――――――――――









 …………。



 ………………。



 ……………………。




 ――『死にましたー』




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る