『逆さま勇者の為の武闘』一
唐突に――バギン! という音が響きました。
「えっ……?」
私の首から、何かが落ちました。
それは――ダヌアさんから頂いた、紫の宝石がついたペンダント。
地面に落ちたせいなのか、宝石部分が割れています。
何時から光っていたのでしょうか?
淡く光っていた光が徐々に弱くなっていって……消えました。
壊した?
まさか闇を祓う、的な効果だったのでしょうか。
だとすれば戦う前に外しておくべきでした。
『意識が戻った……のか?』
「――!?」
声の方を見てみれば、そこに立っていたのは勇者。
その瞳には理性の光が宿っているように見えました。
これはダヌアさんから頂いたペンダントの効果なのでしょうか?
ダヌアさんが私の魔法耐性の無さを把握していたのだとすれば。
洗脳的なものを解除する効果を仕込んでいたとしても不思議ではありません。
勇者はゆっくりと数歩、私の方に向かって歩み寄ってきました。
もしかして、これは平和的な解決が成立するパターンなのでしょうか。
不意に勇者が――跳躍。
振り上げられている錆びた剣は、間違いなく私を狙っています。
「ちょっ!?」
咄嗟に紅剣で迎撃。
反応は遅れましたが、何とか受け止める事に成功しました。
能力上昇を重ね掛けしていなければ両断されていたでしょう。
「いつもの戯言ですか……っ!」
『すまない。意識は戻ったが、体の自由は利かんのだ。此の身が死者であるのは変わらぬ』
ある意味では一番やりにくい状態です。
私は力任せに紅剣を振るい、勇者を弾き飛ばしました。
『新たな英雄よ、臆するな。全力で此の身を滅ぼすがいい』
「小さな頃より貴方に憧憬を抱いてきたこの私に、貴方を滅ぼせと?」
『いいや、だからこそ滅ぼしてほしいのだ。本当にわからんか?』
「…………理解はできます」
意識の無い状態で譫言のように言っていた勇者の言葉の数々。
その内容からも察するに、勇者はこの世界に対する愛が強いのだと思います。
だからこそ。
こうして世界に牙を剥いている、今の自分が許せないのでしょう。
「手加減はできませんが、いいですね?」
『存分に其の力を示すがいい、新たな英雄よ』
「私は名無しのオッサン。勇者に憧れ、貴方を滅ぼす存在です」
『ユリウス・アリアンクリス。力及ばず倒れ、何も救えなかった者の名だ』
チラリ、と後ろのナターリアを見た、勇者ユリウス。
……アリアンクリス。
アリアンクリス……?
まさか――〝アリス〟。
ナターリアが昔呼ばれていたという呼称。
適当に付けられた名前ではなかった、という事ですか。
「お父様……」
『すまない、リア』
感動の――。
「勇者様を傷つけないで負けてね?」
『グブァァア!!?』
勇者ユリウスの意識に大ダメージ。
実の娘に応援されない悲しさ。
その痛みは想像を絶するものである事でしょう。
確かにナターリアにしてみれば家を空け、家族に地獄を見せた父親なのかもしれません。
世界の為だなんて……。
死ぬよりも辛い思いをさせられた者からすれば、知った事ではないでしょう。
どうして家族よりも世界を優先したの? と思うのも理解はできます。
ですが、それでも……。
「リア。確かにお義父さんは家族を守れなかったかもしれません」
『お義父さんと言うな』
「でもお願いします。彼を、許してあげてはくれないでしょうか……」
死してなお実の娘に嫌われるだなんて、私には耐えられません。
チラリとナターリアの方を見てみると、キョトンとした顔をしていました。
「ううん? そんな事は全然怒ってないわ、過ぎた事だもの」
「本当に?」
「ええ! それに勇者様にも出会えたし、結果的にはむしろ感謝しているわっ!」
『リア……!』
「あっ、お父様!」
『なんだい!』
「体の自由が利くのなら、自害してくれてもいいのだけれどっ!」
『グブブブブブブブブ……っっっ!!?』
「その人はわたしの大切で、救いで、光で。心の底から――愛している人なのっ!」
『オゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!??』
勇者ユリウスを襲う、言葉の刃の雨霰。
勇者でなければ耐えられない凄まじい口撃です。
――否。とても耐えられているようには見えません。
「お父様が良い人でも悪い人でも関係ないの。勇者様の敵で勇者様を傷つける存在だから、ただ死んでほしいだけだわ」
体の支配権を彼自身が持っていたとすれば、間違いなく床に崩れ落ちていたでしょう。
――響く、妖精さんの笑い声。
『ずずずずずッ! 随分とっ! 愛しているのだな、その男をッッ!!』
「うん、そのヒトが居ないとわたし、もう生きていけないし……」
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!』
「オーフィンレリアエビ?」
『リアの好物であったなッ!』
ヤケクソ気味な勇者ユリウス。
こんな勇者様は、見たくありませんでした。
「……かわいそう」
「妖精さん、私もそう思います」
『え、英雄よ……! 我が娘を助け出してくれた事に対して、まずは礼を言う。ありがとう』
「は、はい」
『此の身は娘を救いだせなんだからな。……して、我が娘との関係は?』
「必ず幸せにしてみせます。娘さんを、私に下さい」
『……ヅッ! た、頼んだぞ……! 我が娘を……!!』
「はい」
勇者ユリウス。
一難去ってまた六百九十難。
何時の日か私も、彼と同じ感情を抱く日が来るのでしょうか。
「お父様! わたしと勇者様はね、すっっっごい関係なのっ!」
『なにッ!?』
背筋に走る悪寒。
確信にも近い嫌な予感が、私に襲いかかってきました。
この世界に来てから精度が上がり続けている嫌な予感センサー。
今感じている嫌な予感の的中率は、恐らく――百パーセント。
「傷だらけだった私の体を毎日洗ってくれて、たくさんの幸せを注いでくれたわっ!」
おやっ?
いえ、嘘は言っていません。
体も洗ってあげましたし、サタンちゃん印の治療薬も飲ませました。
「キスもいっぱいしてくれたわね! 勇者様とスるのはね、すっっごく気持ちいいのっ!」
「それ以上刺激するのは……!」
『ほ、ほうッ! ほうほう!! ほうほうそうか……!! そうなのかァアッッ!!』
バギィ、と軋む地面。
圧倒的な殺気です。
地面が軋んだその瞬間――。
勇者ユリウスの体の目的と意志の目的が、一つに纏まったのを理解しました。
『そうだ、此の身が稽古をつけてやろう!! そうしよう!!!』
「い、いや! たぶん色々と誤解があってですね!」
「この戦争が終わったら子供を授からせてくれる約束もしているのっ!」
『そうなのかぁああアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!』
「ええ、たくさんの愛を注いでもらって……うふふっ! 楽しみだわっ!」
ブルブルと震える勇者ユリウスの体。
体の支配権、取り戻しているのではないでしょうか……?
『稽古! そう稽古だッ! 未来の英雄が軟弱者ではいけないからな……!!』
「本当に操られてるのですよね!!?」
『当然だぁああああああああアアアアアア――ッッ!!』
ブルブルと震える程の殺気。
勇者から放たれる、異世界ナンバーワンの圧倒的な殺気。
元の私の体であれば、これだけで気絶していたかもしれません。
確信を持って言えます。
勇者ユリウスは今、稽古という名の死闘をするつもりに違いありません。
つい先程までは今ある力だけでも押し切れそうな戦況でした。
なのに今は、このままでは全く力が足りていないような気がします。
「り……【
元から薄暗かったこの空間に、更に黒い霧が出て来ました。
全方位から聞こえる大小様々な子供の裸足の足音。
上から下に黒い小さな人型が降ってきたかと思えば、十歩ほど走って消えました。
――いる。
成れなかった〝みんな〟が、いる。
紅剣の柄が肉の芽を伸ばして、私の腕を飲み込みました。
まるで剣と一体化しているような……一体化している感覚。
『【ソニックムーブ】【ブレイブハート】【ブレイブパワー】【ブレイブマジカ】』
互いに自身へと付与した能力上昇。
世界が揺れているのではないかと思える程の、ビリビリと痺れるような気迫。
これが勇者ユリウスの――本来の圧力。
「リア! もし私が負けて一度死んだら、リアは逃げてください」
「嫌よ、それに逃げる場所なんて何処にもないわ」
…………。
前に進めば魔王。
後ろには魔王軍。
ここにいれば、勇者ユリウス。
「勇者ユリウス! 本当に体は動かせないのですか!? 自分の娘も殺す程に!!?」
『……間違いなく殺す。リアを嫁に欲しいのなら、此の身くらい滅ぼしてみよ!』
「くっ……! 私は貴方を倒し、魔王も倒して他の仲間も助け出すッ!」
『何を言おうと先にも言った通り、此の身に自由は無し。汝が実力を示せ!』
勇者ユリウスが地面を軋ませて――跳びました。
世界に残像を残す程の速度。
が、今の私であれば――見えます。
「【
勇者ユリウスの進行方向に紅剣の切っ先を向けて放つ、命の炎。
その炎は正確に勇者ユリウスを飲み込みました。
が――。
『マジックバリアが無意味な謎の攻撃! なかなか強力だ!』
突破。
私の懐にまで入り込んできた勇者ユリウス。
勇者ユリウスはそのままの勢いで切り上げ攻撃を放ってきました。
地面を錆剣でガリガリと削りながらの斬撃。
私はこれを紅剣で受け止めて――反撃。
胴を狙った斬撃はその鎧を浅く切り裂いただけで、ほぼ空振り。
剣を振るう直前、勇者ユリウスが半歩下がったのです。
『【打ち上げ】』
体を捻るように放たれた、下からの切り上げ。
紅剣以外の全てを防御に回しましたが案の定、威力を殺しきれません。
吹っ飛ばされた私は天井に叩きつけられ、全身から黒血が吹き出しました。
「ガヅッ……!」
全身の肉が潰れたのではないかという程の確かな痛み。
全身にメチャクチャな切り傷が出来ています。
天井に叩きつけられただけのダメージではありません。
受け止めた筈の斬撃が肉体にまで到達していたのです。
即座に黒血で止血を行使。
ついでに足を天井に接着しました。
体はまだ動きます。
……この体は、一体どの程度で死んでしまうのでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます