『命の炎』三
動き出す世界。
勝手に動く口。
「【――俺は死の中ででしか生を見出せない、真っ黒な勇者の成り損ない。……此の手は暴力で満たされた。此の意識は死と力でのみ満たされる、穢れた黒い塊。誰かの為にではなく、ただ自分の為に。……孤独、孤独、孤独。何者にも染まらぬ――ただヒトリの者となる】」
――全身に走る激痛。
結局のところ根本的には、彼女を守りたかったワケではなかったのでしょう。
ただ彼女をイジメている男たちが、目障りだっただけ。
今と同じです。
全ては――自分自身の為でした。
私は全身を襲う激痛に、叫び声を上げながら地面でのたうち回ります。
意識して抑えられる領域を超えている、断続的な苦痛。
世界が高速で回転しているような、グニャグニャに歪んでいる視界。
「……第一開花は、軽減負荷の激痛だよ」
絶対の激痛の中でも意識だけは冴えている状態。
何故だか【メタモルフォーシス】を使うと、妖精さんは同じセリフを言います。
思えば、サタンちゃんも同じ台詞を言っていました。
何か言わなければならない、理由でもあるのでしょうか。
「――ッ! ――――ッッ!! ――――――ッッッ!!!」
「勇者様! 勇者様、勇者様、勇者様ッッ!!」
「ごッ! ……っ!! いで……!!」
――来ないで。
思えば、誰かの目の前でコレを使うのは初めてでした。
ナターリアが泣き叫んでいるのが理解できます。
そんな酷い事になっているのでしょうか。
全身が焼き爛れて溶け、新たな体が作られていく感覚。
この世に存在している全ての痛みを全て受けているのでは錯覚させられる痛み。
格好悪く蠢き、喚き散らす事しかできません。
気が狂い、正気を失ってしまいそうです。
……。
…………。
………………。
痛みが治まり、体の感覚が戻ってきました。
傍に座り込んでいたのは、涙で顔をぐずぐずにしたナターリア。
「し、死んじゃうかと思ったわ……!!」
「私は死にませんよ。少なくとも、リアと子供を作るまでは」
「えっ!? じゃあ子供なんて要らないわっ!」
「私は欲しいです」
「じゃあやっぱり、わたしも欲しいっ!!」
そんなやり取りをしてから立ち上がり、勇者の方を見てみると――白い飛翔物。
私は反射的にそれをキャッチしました。
体に広がる、信じられない程の痛み。
「プッ……少し、休ませてもらうからな」
白く透明な液体を地面に吐きだしたシルヴィアさん。
四肢が全て無く、切断部分から透明な液体が垂れ流されています。
それが冷たすぎて熱くて、痛い。
「有難うございます。ゆっくり休んでいてください」
「礼はいらん。アレを片づけたらその体で私を抱きしめてくれれば、それでいい」
「わ、わかりました」
「――ふんっ」
魔石形体になり、杖の先に収まったシルヴィアさん。
以前の時とは違い、菜切り包丁のような武器は無し。
私は床に転がっていた杖を拾い、構えました。
杖は手に持った瞬間に形状を変え、禍々しい紅のロングソードに。
生き物のように脈を打つロングソード。
柄の部分にはシルヴィアさんの魔石が収まっています。
「リア、今の私はどんな姿になっています?」
「前に見た若い姿……よりも、もう一回り若く見えるわ」
なるほど。
つまりは学生時代の体。
最も中途半端で、常に心が揺れ動いていた時期です。
『此の身は、不滅なり……』
「バッチリ死んでいますよ、本物の勇者様」
恐らく彼が発している言葉は、生前の何時かに言った言葉のどれか。
文字通りの生ける屍というワケです。
「いざ尋常に――」
『力を、示してみよ』
「勝負!!」
地面を蹴り、勇者と接敵。
遅れて聞こえてくる、自分のものではない無数の足音。
私は紅剣を振りかぶり――振り下ろしました。
ガァン! と響く音。
「ヅッ!」
攻撃したのと同時に振り抜かれた錆びた剣によって、大きく切り裂かれた腹部。
間違いなく心臓に達していますが、まだ動けます。
追撃に動いた勇者の斬撃。
首筋を切り裂かれながらも、なんとか回避に成功しました。
どちらも普通であれば致命傷です。
「フッ!!」
私は再度紅剣を振りかぶり――強打。
ガァン! と響く音。
……効いている気配がありません。
それどころか――。
「グッ!!」
左腕を切断されました。
致命傷が有効打になっていないと判断したのでしょう。
攻撃の手を刈り取る術に切り替えてきました。
恐らくはシルヴィアさんもこの方法でダルマに。
私は大きく飛びずさりながら、左腕を黒血で回収&接着。
「あ、あああああ――ッ!」
「リア、私はまだまだ、全然平気ですよ」
失敗しました。
相手が憧れの勇者だから。
――正々堂々? いざ尋常に??
いつの間にか隣に居た妖精さんが、口を開きました。
「なんで色々、使わないの……?」
「……ですね。真剣な闘いでは、クソの役にも立ちませんよね」
思わず苦笑いを浮かべてしまいました。
正々堂々? いざ尋常に??
意識は体に引っ張られるものだと、何かで聞きました。
体と一緒に、意識まで若くなってしまっていたのかもしれません。
使えるものは何でも使う。
ここで負けては、意味がありません。
それが……真剣勝負というものだから。
『【魔人狩り】』
迫り来る勇者の斬撃。
悪しきを祓う空間をも揺るがす――圧倒的な一撃。
しかしこの距離であれば命を落とさずとも、ギリギリで避け――――っ?
私が避けたら、その後ろには誰が……?
――リア。
私は反射的に紅剣の切っ先を勇者へと向け――。
「【
無意識に動いた口。
それによって生じた白と黒の混じった炎が――勇者の斬撃を相殺しました。
その瞬間、理解します。
――燃やせる。
今の形体であれば、世界に繋がるパイプを通じて、命を燃やせます。
世界に存在している命を燃やせば――。
無尽蔵で圧倒的な、命の炎を生み出せる。
――これを使えば勝てる。
そう確信させられる程の力。
世界に無限に存在しているのではと思える程に満ちている、世界の命。
お願いの【メタモルフォーシス】を使うたびに理解する、命の使い方。
部屋内に響く、妖精さんの笑い声。
それに混じって聞こえてくる、数えきれない赤ん坊達の泣き声。
全方位から煩い程に聞こえてくる、裸足の足音。
何か……。
何かが世界に近づいてしまい、本能的に理解してしまっています。
言葉にすることも知覚する事も出来ないような、ナニカ。
それを今、私は〝理解〟しました。
コレ以上〝理解〟してはいけない――ナニカ。
意識する事も知覚する事も出来ないナニカを、コレ以上〝理解〟してはなりません。
……何か大切なものが、崩壊してしまうから。
『【短駆け】』
「――ッ! 【
命を燃やす事によって得られる圧倒的な力。
瞬く間も無く迫る勇者の攻撃を弾き、吹き飛ばしました。
勇者は大きく吹き飛ばされながらも両足で着地。
――命の炎。
どんな力にもなる、万能の力。
攻撃に、防御に、自身の強化に。
しかし。
しかし、この技は。
――この技は本当に、使ってもいい技なのでしょうか?
『【魔人切り】』
「【
相殺し、余った炎が勇者を襲いました。
が、勇者はそれを回避。
――通じる。
回避されたという事は、攻撃が通じるという事。
しかし、この力は本当に……ッ。
「なにッ、迷ってるんですか私……!!」
勝つためには手段を選ばないと決めたばかり。
そこに、もしも大きなリスクが存在しているとしても。
それが自身に対するものなら構いやません。
リスクの無い勝利なんて、この世界にはありませんでした。
この力で大切な存在を守れるのなら、なんの力だって構いません。
「【
力、力、力、力、力ッッ!!
『【短駆け】』
テレポートしているのではと思えた勇者の高速移動。
それが今は、ハッキリと見えています。
その速度はまるで、脱走したデブハムスターの速度のよう。
「フッ!」
全力を込め、紅剣で勇者の頭部へと斬撃を加えました。
――確かな手応え。
勇者の兜には大きな裂け目が生じています。
それなのに、なおも剣を振るおうとする勇者。
私は渾身の力を込めた――薙ぎ払いを放ちました。
激しい衝突音を立てながら吹き飛ぶ勇者。
勇者が壁に激突すると、壁が大きく崩れました。
壁は異常の厚さと耐久があるのか、崩れていても別の場所は見えません。
やはりこの古城も、普通の建築物ではないのでしょう。
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