『命の炎』二

 チラリとライゼリック組の方を見てみると、ヨウさんは顔を顰めさせていました。


「三人で大丈夫なのか……?」

「人には何時か絶対に譲れない時が来る。今が私の、その時なのですよ」


 私は一歩だけ前に踏み出し、杖を構えました。


「それに三人なんかじゃありません。……妖精さん、力を貸して下さい」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 地面から這い出してきた、おっさん花セカンド二体。

 二体ともの操作権は私にあります。


「たくさんです」

「確かに俺達には魔王を倒さなきゃならない理由がある。だがそれでも……」


 ただのおっさんでは物語の主人公にはなれません。

 それはきっと、その役職に相応しくないからなのでしょう。


「行って下さい、私は黒く染まり過ぎました。貴方達とは違い、血に塗れた罪人です」


 私には、主役になる事ができません。

 それはきっと、真っ直ぐな人生を送って来られなかったから。

 誰かを助ける為に別の誰かを裏切り、殺す。

 そんな現実を、多く見過ぎてしまいました。


「私は多分違いますが……貴方は、この世界に必要な人材です」


 私では勇者になる事ができません。

 それはきっと、足りない物が多すぎるから。


「私のような道端の石っころが居なくとも、貴方たちなら倒せます。魔王だってね」


 現実を知り過ぎて、夢を見る事のできなくなる年齢。

 人間というものに絶望し、人間に守るべき価値を見出せなくなった今の私。

 私は守りたい相手の為にだけ善という暴力を振りかざす、ただの偽善者です。

 今立っている場所は、間違いなく正の真逆に位置する裏舞台。

 光に満ちた少年少女が立っている場所とは、正反対です。


「だからきっと、ここが私の舞台です」


 私は小さく笑みを浮かべ、もう一歩だけ前へと踏み出しました。


「ここは任せて先に行ってください。……言ってみたい台詞、殆ど言えちゃいましたね」

「っ! 了解だ……!!」


 右と左にわかれて駆け出した四人。

 それに合わせておっさん花セカンドを突進させます。


『魔を、打ち倒すまで……』


 勇者は剣を抜き放ち、一体のおっさん花セカンドを粉微塵に。

 何をされたのかが解りませんでした。


「ふんっ!」


 隙を突いて勇者を蹴り飛ばしたシルヴィアさん。

 勇者は大きく吹っ飛び、柱を一つ粉砕しながら壁に激突し――階段に向かって突進。

 ある意味では予想通り。

 あの勇者は、シルヴィアさんクラスの存在です。

 勇者の背後にある階段に体を滑り込ませようとしているライゼリック組。

 流石の速さと身体能力です。


『押し、通る……!』

「いや逆ですって」


 譫言のような言葉を発しながらライゼリック組に迫る勇者。

 その間にもう一体のおっさん花セカンドを滑り込ませ、盾にします。

 瞬く間に微塵切りにされたおっさん花。

 が、ライゼリック組の姿はもうありません。

 ライゼリック組の姿が消えると、途端に標的をシルヴィアさんに変えた勇者。


「【氷結晶剣!】」


 氷の剣を生成し、これに対処。

 あのシルヴィアさんが……押されています。


「リア、下がって見ていてください。申し訳ありませんが私は、貴方の父親を殺します」

「えっとね、別に気にしなくてもいいの。もう死んでるし、私も殺すのを手伝うわ」

「ダメです!」

「……ど、どうして?」

「例え死んでいたとしても、自分の親に刃を通さないでください。お願いします」

「…………うん」

「いい子ですね、だから私も好きになったのです」


 素直に後ろに下がってくれたナターリア。

 とは言え私は、このままでは戦えません。

 本当は死ぬ程の苦痛を伴うので使いたくは無いのですが――。

 多分恐らくきっと、死ぬほどの苦痛にも、多少は耐性ができている筈です。


「妖精さん」

「……なに?」


 ――【メタモルフォーシス】をお願いします。

 そう言わなくてはなりません。

 言わないと、言わないと目の前の勇者とは、戦力として戦えません。

 痛い、苦しい、辛い……。

 あれは、本当に苦しいものです。

 言わずに済むのであれば……。


「ぐっ……!」

「ああっ!!」


 左腕を切り飛ばされて怯む、シルヴィアさん。

 それでも右手一つで追撃を回避。

 ――ここまで来て、何を血迷って……ッッ!!

 あそこまで言っておいて、どうしてこんなッッッ!!!


「……【繋がりの主である私は、繋がりし悪魔に乞う! メタモルフォーシス!!】」


 ――っ。


 妖精さんの笑い声だけが響く、止まった時間の中。

 意識だけが先行し、時を置いて老いていく感覚。

 風景をそのままにして薄暗く違和感だらけの、この世界。

 また来てしまいました。

 何もかもを投げ出してしまいたくなるセピア色の世界に。

 そんな中で思い浮かんできたものは、どんな苦境に立たされても諦めない勇者の姿。

 その勇者に憧憬しながらも、徐々に現実が見えてきてしまった青年時代。

 本当に孤独で、最も不幸で、最も戦えた、嘘のようなあの青年時代。



 ◇



 ――選択教室。




 青年時代の私の通っていた学校は、農業高校。

 選択科目で教室が決まる授業が存在していました。


「痛ッ。ちょっと、やめてよ……」


 控えめに制止を呼びかける女の子。

 ――ゲラゲラと笑う四人の男子生徒。

 一人は女の子の後ろの席で、一人はその左隣。

 残りの二人は一人目の斜め右後ろと、その右隣。


「っ! やめてってばっ……」


 ――ゲラゲラ笑う四人。

 四人……? 違う。

 四人以外の何人かも、同調して笑っている教室内。

 教師は当然のようにそれを無視しています。

 ……進む授業。

 女の子が前を向くと始まる――〝遊び〟。

 背中をシャープペンシンルの先で何度も刺すという……。

 女の子のお尻を何度も足で突くという……。

 ただの――〝遊び〟。


「ヤメテって言ってるでしょ……!!」


 立ち上がり涙ながらに訴える女の子。

 きょとんとした顔になる数人の男子生徒。

 シンとなる空気


「どうした、中島?」

「えっ……」


 教師がようやく女の子の事を気に掛けたかと思えば……違いました。

 ――迷惑そうな教師の顔。

 まるで女の子が悪い事をしたような、そんな空気。

 私が入学した高校は、歴史のありすぎる高校でした。

 それ故に就職先も多く、倍率は常に三~四倍以上。

 私は陸上推薦と農家推薦で、倍率一.一倍の狭き門を通過しています。

 周りは皆、自分よりも上の人達。

 頭が良いエリート。

 そのハズなのに……。

 ――〝人格は成績に比例しない〟。

 ショタっ子時代の数少ない、尊敬できる教師の言葉。

 ――〝先生はな、人格で選ばれるんじゃあないんだ〟。

 イジメを無視する教師の事を話した時の、尊敬できる教師の言葉。

 それと同じ。

 ――〝死ぬくらいなら、死んだつもりでやってみろ〟。

 ――〝それがお前の正義なら、それがお前の人生だ。犯罪でも気にすんな!〟。

 今思えば、ロクな大人じゃあ無かったのかもしれません。

 ショタっ子にこんな事を言うのが、良い大人なワケがありません。

 しかし、それでも。


「イジメとか………! ダルい事やってんじゃねぇ――――ッッ!!」


 青年時代の私の蹴り飛ばした机が教卓に当たり、激しい音を立てました。

 立ち上がった私はまだ座っている男子生徒を殴り……。

 笑っていた全員を殴り……。

 蹴って殴って……。

 殴って蹴って……。

 殴って……。



 ――停学一週間。

 毎日反省文の宿題つき。




 私を最低の自分にしないでくれた、あの恩師の言葉。

 全ての勇気をくれた、感謝してもしきれない、恩人の言葉。

 イジメに怒り、怒りに任せて鉄棒を蹴った挙句骨折した、格好イイ大人の言葉。

 悪い生徒を脅す為に体育館の床を思い切り蹴って破って破壊した、悪い教師の言葉。



 そんな悪い教師の言葉ですが――。

 今の私を形作った、尊敬できる教師の言葉です。

 真っ黒でも、ほんの少しだけ〝勇者〟に近づけてくれたのは、その教師の言葉。



 一週間後。


「ねえ**! **も補習なんだって?」

「ああ」

「頭悪いんだね!」

「ほっとけ、でも中島と同レベルな」

「一緒に行かない?」

「俺この学校に友達も居ないボッチだけど、いいのか? クズだぞクズ、人間のクズ」

「別にいいよ、私は他の男子よりクズだと思ってないし」

「じゃあ、うん、まぁ、いくか……」


 校舎を繋ぐ渡り廊下を歩く、頭の悪い私と、頭の悪い女子生徒。

 なんだかんだでドキドキしてしまっていた、青年時代の私。


「またなんかあったら助けてやる。……迷惑じゃなかったらだけどな」

「……! あ、ありがと。……迷惑なんかじゃないよ。ほんと、全然ね」


 学園の新しい悪者役は、青年時代の私でした。

 人間というものは不思議なもので。

 元々あったよりも大きな脅威があれば、一つにまとまる生き物です。

 イジメをする対象の居なくなった不良は、なんだかんだで更生。

 しかし頭の悪い青年時代の私と女の子の関係は、それなりに長く続きました。

 ――そう。

 母親が亡くなり、私が稼ぐしかなくなる、その時までは。

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