『命の炎』一

 魔王城内への侵入を果たした私達一行。

 無茶をさせたおっさん花は限界に達したのか、地面に溶けて消えました。

 幸運にも魔王城の入り口付近は無人。

 扉を破って侵入した場所は何も無いただのホール。

 何本もの支柱が天井を支えています。


「何人やられた!?」

「十人以上は居ないぞ!」


 誰かが上げたそんな声。

 減っています。

 確実に誰かが、居なくなっていました。

 あの道を突破して減っているのが十人だけ、と一般的には言われるでしょう。

 しかしその台詞が言えるのは、無関係な第三者だけ。


「さぁ行け! ここは私たちが足止めをしておいてやる!!」

「アロエさん!? 全員で魔王を討ち倒すんじゃ!!?」


 せっかくだから魔王の顔を見てやる、と言っていたアロエさん。

 しかし今は外に注意が向いていて、奥に進む気が無いように見えます。


「私らみたいな中途半端な力じゃ、高みの戦いでは足手まといになる!」

「そっちの異世界人とアンタの仲間たけで奥に進みな!」

「どちらにせよ足止めは必要だしね」


 アロエさん、アルダさん、リオンさん……。

 三人だけでなく、全員が覚悟の決まった瞳をしていました。

 この場所で足を止めているのは時間の無駄。

 立ち止ると言う行為は、皆の危険を高めるだけの愚行です。


「ちゃんと生き残ってくださいね……」

「それはこっちのセリフだぞ、オッサン」

「ハッ! 魔王に挑むのに比べたらこっちは楽な仕事だよ!」

「早く魔王の首をもって帰ってくればいい」

「まっ、ここが踏ん張りどころってやつよねぇ~」

「……オッサン、あとは任せたぞ」

「わかりました」


 魔王討伐のメンバーはライゼリック組の四名と。

 私と妖精さんと、シルヴィアさんに、ナターリア。

 その合計は八名。

 多くの仲間たちに背中を任せ、私達は正面の扉へと進みました。




 ◆




 左右に青白い光を放つ光源が設置されている薄暗い回廊。

 そんな長い回廊を進む事しばらく。


「なにか聞こえる」

「ニコラ?」

「鼻歌かな? 最奥で誰かが鼻歌を歌ってるみたい」

「それが魔王だとすれば、魔王は随分と人間味がありそうだ」


 回廊を進みながらそんな会話をしているニコラさんとヨウさん。

 私には何も聞こえませんが、シルヴィアさんなら聞こえているかもしれません。


「シルヴィアさん」

「……聞いたことの無い曲だが、子守唄でなら近いものを知っている」


 予想通り、シルヴィアさんには鼻歌のようなものが聞こえていました。

 私は自身の身体能力が他の全員よりも劣っている事を理解しています。

 だから自分に聞こえなくて他の面々に聞こえるという物音を、幻聴だとは思いません。

 ――魔王。

 私は読み物の物語の中で、数多の魔王を見てきました。

 昔は絶対の悪とされていた魔王。

 しかし近年の魔王の中には、仲良くなれる魔王が数多く存在しています。

 でも――。


「魔王が人型の美女だったとしても、気を抜かないでくださいね」


 ――今回は違います。

 背筋に伝わってくる、どうしようもないような狂気。

 まだ目にもしていないというのに、何故か理解する事ができました。

 この世界の魔王は――狂ってる。

 レバンノンさんが魔王の事を言っていた言葉の通り。

 魔王は今、正気ではないのかもしれません。

 彼の言葉が今感じている確信に近い感覚を、より確かなものにしています。


「いいですか、今の魔王は正気ではありません」

「なんでそんな事がわかるんだ?」

「攻め落とした魔族の町で、魔族の領主に聞きました」


 感覚がどうこうと言っても信じてもらえないでしょう。

 だからこそ、最も信じてもらえそうな真実だけを語る事にしました。

 回廊の終わりに到着です。

 両開きタイプの巨大な扉。


「扉です、皆さん準備カクゴはよろしいですか?」


 全員の顔を一瞥し、私は扉を押し開きました。

 扉の先は広いダンスホールのような場所。

 左右の支柱に灯されている赤い炎。

 天井から下がっているシャンデリアも淡い光を放っています。

 そんな広大な空間に佇んでいる人影は一つ。

 ここに居たのは――あの時の黒騎士。

 魔族の補給基地を攻撃した時にいた黒騎士です。

 正確に言えば、それと同じ存在感を放っている別のナニカ。

 黒騎士というよりかは、これは錆騎士です。

 元々は青かったのであろう鎧がさび付き、黒に見えている状態。

 黒くこびり付いている汚れの中には血も混じっているように思えました。

 兜の隙間から見えている顔は、間違いなく死人のもの。

 何時からそのままなのか、ボロボロの赤いマントが風も無いのに揺れています。

 首に下げている錆びたペンダント。

 そのペンダントの意匠はかなり凝っています。

 元々はかなり高価なものだったのでしょう。

 あの村に居た黒騎士のほうが、黒騎士としての見た目は上。

 しかし感じ取る事のできる危機感は、こちらが圧倒的に上です。

 黒騎士の背後には、上へと続いている階段が存在していました。


「ゲートキーパーというワケですか」

『…………』


 沈黙。

 錆騎士は全く動きません。


「えっ!? あの徽章……」

「リア?」

「あの徽章……ウチのだわ」

「……!!?」


 ナターリア家の徽章。

 話を聞いて彼女が元お嬢様であったのは、なんとなく気が付いて居ました。

 しかし何故それが、今、ここで出てくるのでしょうか。

 どうしてあの錆騎士が――。

 その徽章のペンダントを首から下げているのでしょうか。


「こんなところまで来ていたのね、お父様……」


 ナターリアの父親……?

 何故?

 どうして??

 どんな経緯があって、ナターリアの父親がこんな場所に???


「わたしの家ってね、勇者の家系なの」


 勇者の家系。

 ――勇者の家系!!?

 私の事をずっと〝勇者様〟と呼んでくれていたナターリア。

 そんなナターリアの家系が、本当の勇者の家系??

 この世界における真の勇者。

 私の中で、何かか一つに繋がりました。

 ナターリアとその母が人攫いに遭い、決して表に出ない裏の世界でされていた事。

 絶対に表には出てこないて、最終的には死ぬはずだった存在。

 勇者の家系であるナターリアと、その母。

 それは表に出せないわけです。

 ナターリアの強さの秘密もこれなのでしょう。

 本当にこの世界は――度し難い。

 ナターリアらに地獄を見せていたのは、恐らくこの世界の貴族達。

 世界を救う勇者の家系に対して、どうしてそんな事が出来るのでしょうか。

 ナターリアが。

 その母親が。

 美しくて普通では絶対に手の届かない、高嶺の花だったから??

 ……。

 …………。

 酷過ぎます。

 本当に人の闇というものには、底がありません。

 あの村で黒騎士のナターリアに対する攻撃が止まったのは、実の娘だったから。


「ヨウさんとその仲間方、残念ですが魔王はお任せする事になりそうです。……本当は私が魔王を討って、この世界の勇者になりたかったのですけどね」


 憧れの勇者。

 愛してしまった、ナターリアの父親。


「他の誰かにこの場を任せる事は、できそうもありません」


 これは今の私がこの先ずっと生きていくのに、避けては通れない戦い。

 退路なんてものは、最初っから用意されていません。

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