『ジョーカー』一

 気が付くと私は、サタンちゃんの天幕の中に立っていました。


「ヒヒッ。毎度毎度、お前さんは派手に死ぬナァ」

「私は、何がいけなかったのでしょうか……」

「そりゃお前さん、あんたの光が、あの子の闇の底まで届かなかっただけダ」

「ああ、なるほど……納得です」

「ヒッヒッヒッ、そりゃあよかった」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。


「あれ、まだですか?」

「ん? サタンちゃんのヌードでも待ってるのカ?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「そうです」

「違うダロ?」

「……失礼しました。では何故、私は戻れないのでしょうか」

「そりゃ当然、人形の効果が発動したからダ」

「人形が……?」

「そう、致命傷を受けた時、一度だけ身代わりになってくれる効果の人形ダ」

「身代わり人形と私が現実に復帰できないのに、どのような関係が?」

「効果発動の些細なデメリットとして――お前さんは、しばらく現実に戻れなイ」

「――っ!」


 人形の効果が発動したということは、つまり少女が致命傷を受けたということ。

 私の最後に見た光景から判断するに、エッダさんが撃ち殺したのでしょう。


「女の子は無事なのでしょうか」

「さぁ、だが人形の効果は一回きりダ。その後どうなるかまでは知らんナ」

「つまりあの状況でエッダさん、もしくは他の人が少女を攻撃していれば……」

「死んでるかもナ」

「――ッ!」


 平然とした顔でそう言ってのけたサタンちゃん。

 まるで他人の死というものに一切の関心が無いような、そんな無表情。

 いえ……実際のところ彼女は無関心なのでしょう。


「マ、運がよければ男たちの慰み者で済んでいるだロ」

「それは……いえ、エッダさんかタクミが止めてくれているはず」

「ヒヒッ、希望的観測ダ」

「あの子は積荷の一つでした。拘束に成功していれば無傷という可能性も……」

「人間らしい都合の良い思考ダ。……まァ時間もある、ゆっくりしていきナ」

「はい、分かりました……」



 ◇



 ――ありえない――。


 エッダはオッサンが殺されたのを見て咄嗟に少女の頭を撃ち抜いた。

 だというのに――オッサンは溶けて少女はピンピンしている。

 そして今――。


「あははははっ! 鬼さん、こちら!」

「クソッ! 早過ぎる!!」

「鬼はテメェだ殺人鬼!」

「自分を庇った相手を刺すたぁ正気じゃねェ!!」

「何人バラされた!?」

「〝肉塊〟の近くに居た三人がやられた! 一つの肉山になってるから判りにくいがなッ!」


 エッダと起きてきたタクミは魔力銃を構え、木々を盾に素早く動く少女に――発砲。

 撃っても当たらないと理解しつつも牽制のために魔力銃を撃ち続ける。

 周囲が森であるという環境を少女に存分に利用されていた。

 木々を渡る一瞬を狙おうにも、その渡る姿を見られなければどうしようもない。


「あははははははハハハハハっ!!」


 昼間だというのに薄暗い森の中に少女の狂気的な笑い声が木霊する。


「状況は!!? オッサンは何処に!?」

「ヤツがバカ共にファックされそうな所を助けた挙げ句、背後からブッ刺されて溶けたよ!!」

「いや、何処かから湧いてないのか!!?」

「ああ!? ンな化け物の生態なんか知るかッ!」

「くっ……」

「条件で発動しないとか、なんかあンだろ!! タクミのイカサマ奇跡みたいにな!」

「ありそうだ……っ! 僕のも一度使えば二十時間は使えないからね!」


 悔しそうな顔をしながらも冷静に周囲を観察するタクミ。

 タクミは少女が姿を見せて仕事仲間を攻撃している瞬間を狙って――魔力銃を撃つ。

 が、攻撃は避けられて自業自得とはいえ――仕事仲間の数が更に減った。

 襲撃グループのメンバー達は屑であっても雑魚ではない。

 だというのに、その殆どの者がろくに打ち合いも出来ず殺されている。

 勿論そうなっているのにはそれなりの理由があった。


「チクショウ! 〝狂気の魔眼〟持ちたぁ聞いてねェぞ!!」

「目を見るな! 正気じゃいられなくなるぞ!!」

「目を見ずにどうやって戦えばいいンだよ!!」

「知るか! 自分で考えろ!!」

「うわァアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!」


 また一人が発狂し、他の仲間へと切り掛かっていく。

 眼帯で封じられていた片目、その瞳は赤く、中に黒い螺旋模様が描かれていた。

 生まれ持ってのものなのか何処かの誰かに挿げ替えられたのかは不明。

 だが少女の左目は魔力を込めると怪しく輝きを放ち、目を合わせた者を狂わせる。

 そのせいで襲撃隊のメンバー達は目を見る事ができず、不意を突かれ続けているのだ。


「ちょこまかとうざってェヤツだ!! 【スナイピング!】」

「依頼報酬に響くかもしれないけど――殺すよ!」

「ったりめェだ! アタシはさっきから殺るつもりで撃ってるよ――ッ!!」


 近接武器を持っている襲撃隊の数が両手の指で数えられる程になった時。

 少女の気配が――消えた。


「どこいった……?」

「逃げたって考えるのは希望的観測だよね」


 その数瞬後――。


「――ねえ、その武器珍しいわね」

「後ろだ!!」


 突然タクミの背後に姿を見せた少女。

 咄嗟に振り向き反撃をしようとするエッダ。

 少女の持つ赤熱したナイフがタクミの体を突き刺す寸前で――ッ!


「間に合わない!!?」


 ――タッタッタッタッ! ――ダカダカダカダカダカ――ッ!

 タクミの背後を無数の弾丸が飛んだ。

 寸でのところでそれに気が付いて飛び退き、森の中へと消えて行った少女。


「アハハハハハハハハハハ――! 楽しいわねっ! すっごく楽しいわっ!!」


 だが、タクミは今の攻撃で助かった。


「今回は大盤振る舞いだ、魔石を使い尽くすつもりで撃つぞ!」


 横から重厚そうな魔石銃のミニガンを担いで出てきたのは、エギット。

 魔石ミニガンは魔石を異常に消費する代わりとして高い連射性と高い威力がある。

 これを魔力で代用しようとすれば瞬く間に魔力切れになってしまうだろう。

 魔石ミニガンを使えば、エッダのパーティーが受けた仕事は九割赤字になる。

 パーティーの秘密兵器だったのだが――命には代えられない。


「助かった! そして――殺れッ!!」

「おうっ!」


 素早く木々の間を移動する相手に向かって魔石ミニガンを乱射するエギット。

 それが当たらないと判断するなり二人に合流しようと移動を始めた。


「うふふ、そんなに遅くっちゃ――赤ん坊だって捕まえられないわよ?」

「エギット、武器を捨てて飛べ!!」


 エッダは魔力銃を構え、エギットの背後にいる少女を撃とうとしたが――。

 エギットの体で隠れてしまっていて――撃てない。

 魔石ミニガンを捨てて前へと跳んだエギット。


「あはっ! 【チョッパー!】」


 下から上へと振り上げられた赤熱したナイフ。

 赤熱とは別の光を纏っていることから、スキルが使われた事が見て取れる。

 瞬間――エギットの背中が爆ぜた。

 飛び散る肉片と……地面に倒れたエギット。

 ドレスを血で濡らして全身血濡れになっている少女はかなり御機嫌だ。

 少女は彼の背中を割き――楽しげな笑みを浮かべていた。

 倒れて動かないエギットの背中からは完全に白い骨が見えている。


「くたばりやがれ! 【ハードショット!】」

「くっ……! 【即応射撃!】」


 しかし背骨で攻撃が止まっているという事は、エギットはまだ生きている。

 そう判断し、エッダとタクミは少女を撃った――が、避けられた。


「うあぁあああああ!!」

「死ねえぇえええええ!!」


 そんな雄叫びを上げながら少女へと切り掛かっていく生き残りたち。

 今更逃げ出しても少女に殺されると理解しているのだ。

 やけくそ気味な攻撃は当然の様に、少女の素早い動きによって避けられてしまう。

 攻撃を仕掛けた二人は――バラされて、ただの肉塊になった。


「あはははははははっ!! 真っ赤っかー!!!」


 少女は笑い声と共に森の中へと姿を消したが、エギットは動く気配が無い。

 見た目以上にダメージを受けているのだろう。

 エギットの傍に立っているのは残り三人。

 エッダとタクミを合わせても、この場で立っているのは、もう五人だけ。

 三人の内の一人がエッダの方を見て口を開く。


「頼む! 俺らも加えてくれ!」

「馬鹿野郎! 来るならさっさと来い!! おい! 森に背を向けるな!!」

「ありが――ヴッ……」


 こちらを見ていた一人のくぐもった声と同時に――。

 森の側を向いていた二人が倒れた。

 二人は腹部が大きく切り開かれていて、その内容物が地面にこぼれ出た。

 何時から開きにされていたのだ。

 先ほど殺されたのは二人だと思っていたエッダだったが――違った。

 あの一瞬で三人がやられていたのだ。

 だからエギットへのダメージが比較的マシだった。

 ニィと笑う少女。


「【ディーサーセンブル】」


 男の腹部が爆ぜ、男は全身をガクガクと痙攣させながら前に倒れた。


「あと二人だけね! うふふふ、どちらか一人はお人形さんにしようかしらっ!」


 一歩、二人へと向かって歩を進めた少女。

 もう次の攻撃は外せない。

 外せば距離を詰められて肉弾戦の距離で戦わなくてはならなくなる。

 二人の得物が銃であるのに対し、少女の得物はナイフ。

 つまり相手の間合いで戦わなくてはならなくなるという事だ。

 エッダはまだいい。

 腰に差してあるナイフである程度は戦える自信もあった。

 だがしかし、タクミは駄目だ。

 ナイフの間合いにまで接近されてしまえば無力とまでは言わずとも、それに等しい。

 もう既に……二人の勝機は皆無だ。


「二人たぁ寂しいなァ……! 俺もよォ――数に入れてくれよな」

「……え?」


 右足をガッシリと掴まれて動揺している少女。

 少女の足を掴んでいたのは、倒れて動けなくなっていた――エギットだ。


「撃てェエエエエエエッッ!!」

「放して!」


 振り下ろされるナイフ。

 当然それは許されない。


「「【スナイピング!】」」


 エッダとタクミの二人揃っての同時射撃。

 エッダの弾は右肩を撃ち抜き、タクミの弾は左肩を撃ち抜いた。

 だらりと垂れ下がる少女の両腕。


「痛い! 痛いよっ! やだ! 死にたくない!」


 左足を振り上げる少女。

 履いている靴の先と踵からは、鋭利な刃が飛び出していた。


「「【スナイピング!】」」


 再び鳴り響く二人の同時射撃。

 それによって右膝と左膝が撃ち抜かれ、崩れ落ちる少女。


「なんで? なんで動かないの!? 痛い、苦しいよぉ……!!」


 涙をボロボロと流しながら芋虫のように這って、二人から距離を取ろうとする少女。


「やだ、死にたくない……。たすけて、たすけてよ……もう、やめてよぉ……」


 だが両肩と両膝が壊されている状態では二十センチも進めない。

 そしてなにより……少女のばらまいた内臓が、少女の移動を邪魔している。

 狂気の魔眼も魔力切れなのか、それとも使う余裕が無いのか。

 魔眼はその輝きを失っていた。


「エギット!」

「待ってて、今すぐC級治癒のポーションを使うから!!」


 エッダとタクミは泣きながら蠢くことしかできない少女を放置。

 エギットの治療をするべく治癒のポーションを取り出した。

 それは二人の手持ちの中では、もっとも品質が高いポーションだ。


「へっ、でっけー傷跡は残るだらぁが、助かる。助かるぞエギット!!」

「ほんと、最後にカッコイイとこ持ってくんだからなーエギットは!」


 二人は治癒のポーションの栓を抜き、エギットの背中に振りかけた。

 が、変化が起きない。


「おいおい、不良品掴まされたのか? しょうがねぇ薬屋だ。後でケジメを取らせねぇとな」

「――っ」

「大丈夫だぞエギット、C級ポーションはまだあるからな……」

「…………エギッ……ト……?」


 エッダは涙で霞んでいる視界の中、震える手で腰のウエストポーチを漁った。

 少し時間は掛かったが追加のC級ポーションを取り出す事に成功する。

 だが、タクミは固まっていて茫然とした表情で動かない。


「ったく、タクミはしょうがねぇな。でけぇ傷だからビビっちまったのか?」

「…………」

「大丈夫だぞエギット、アタシが助けてやるからな」


 エッダは二本目のC級ポーションを振りかけたが、血が洗い流されるのみ。

 エギットの体に――変化は起きない。


「ははっ、これも不良品かよ。本当にしょうがねぇ薬屋だ。流石にぜんぶってこたぁねぇだろ、なぁタクミ? アタシの最後の一本、使ってやるよ」


 声が震えた。

 手が震えた。

 取り出された最後のポーションは、その栓が抜かれたところで取り落とされてしまう。

 ポーションは地面に落ちて割れ、治癒の液体が地面に広がった。


「ああ、アタシとしたことが悪いなタクミ。お前のポーションも使わせてもらうぞ?」

「…………」


 タクミの返事を待たず、ウエストポーチから二つのポーションを取り出したエッダ。

 エッダはその栓を口で抜いて、エギットに振りかけた。

 が、何も変化は起こらない。

 ただただ、ポーションの液体が血に混じって地面に広がり続けた。


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