『再会』二

 場所は焚火のすぐ傍。

 その焚火を囲んでいるのは襲撃者の主犯格である四人と。

 頭鎧を外しているヨウさんと、ニコラさん。

 一応は私とシルヴィアさんもそれを囲んでいます。

 ナターリアは……遠くから様子を窺っているのが見えました。

 襲撃者の面々は、ボロボロになりながらも商隊の人達を拘束しているところ。

 妖精さんは小さな妖精さんの形体に戻っています。

 クスクスという妖精さんの笑い声が、この場に響きました。


「あー……それで、なんかの計画を邪魔したっぽいかぁ……?」

「ヘイタケル、ヘイタケル。良い事をした筈なのにボコボコにされたぜヘイタケル」


 一通りやられて落ち着いたのか、静かめな襲撃者のお二人。


「ああ、お前らのせいで計画が消し飛んだ。奴隷に紛れて敵の本拠地に潜入して、目的の人物を探し出して救出するという作戦がな! 御者の二人と護衛の一人。奴隷の八人がこちら側。最後の戦闘は計画を邪魔された事に対するヤツ当たりだ」


 ワザとらしく不機嫌に振舞っているヨウさん。

 しかし私には、彼はあまり怒っていないように見えています。


「私の目的も似たようなものですね。目的は攫われたエルティーナさんと子供達の救出。御者の一人に魅了を掛けてあって、それで潜入する予定でした」


 正直に言えば今すぐにでも出発したいのですが――。

 まぁ強行軍はロク事になりません。

 多少の時間消費なら受け入れましょう。


「まじかぁあああああああ……」


 自分達が計画の邪魔をしたと理解したタケルさんが、大きなため息を吐きました。


「それにしても大規模PKギルド、『フレイル神秘教団』のギルマスとサブマスであるフレイル兄弟が、慈善活動をするとは驚いたぞ。ライゼリック全盛期では、フレイルを持っていないプレイヤーを無差別に襲う悪徳宗教みたいな連中だっただろ」


 ――ドン引きの活動内容です。


「ヘイヨウ、ヘイヨウ! あれは一種のロールプレイだぜヨウ!」

「ロールプレイ……ですか。なるほど」

「現実となっちゃ話が違うぜYO!! あっ美少女ちゃん、今度お茶しない?」

「俺とでもいいぞぉおおおおおおおお!」

「え……ああ、今の私は美少女でしたね」

「「……?」」


 私をナンパしてきたフレイル兄弟の二人が、同じように首を傾げました。


「あー、タケルとタケシ。その人の本当の姿はな。頭頂部の髪が、えっと……」


 何やら言いよどんでいるヨウさん。

 一体何を言うつもりなのでしょうか。


「その……少し髪の薄い、おっさんだ。名前もオッサンって名乗ってるらしい」

「「……ファッ!? こんなに可愛いのにおっさんなのか!!?」」


 ――ファッ!?


「タケル様、とうとうそっちの趣味に目覚めてしまいましたか」

「タケシ様、薄々そうだとは思っていましたが、髪の薄い人がお好きな人に……」


 メイドさん二人に必死で言い訳しているタケルさんとタケシさん。

 かなり楽しそうで羨ましいです。


「ところで美少女オッサン様、そちらの色白美少女もおっさんなのですか?」

「タケル様とタケシ様が落胆するので、本物だといいのですが」

「ふんっ。私は、この世界で唯一無二の私だぞ」

「うぉおおおおおお!! 戦闘前の約束は生きているのですかぁあああああああああ!!?」

「ヘイタケル、ヘイタケル! 美少女からのハグが欲しいぞヘイタケル!」


 二人の物言いに薄い笑みを浮かべて口を開くシルヴィアさん。


「当然だ。望むのなら、どれだけだってしてやってもいい」

「タケル様のステータスですと、三秒以上のハグには命の危険を伴います」

「タケシ様、三秒以上でアイスマンになるのでお気を付け下さい」

「「……ゑ?」」

「それじゃあいくぞ」

「「ま、待って!!」」


 お二人の静止も空しく、一瞬ずつだけハグをされたお二人。

 結果――。

 焚火の周囲でガチガチと震えるフレイル兄弟ならず、震える兄弟が完成しました。


「ヨウとか言ったか? お前にも特別にハグをしてやってもいいんだが」


 とびっきり優しい笑みを浮かべて、ヨウさんにそう問いかけたシルヴィアさん。

 その笑みは見る者全てを虜にする程に美しい笑みなのですが、何故だか寒気がします。


「え、遠慮します」

「ご主人様はどうする?」

「私はいつでもNOですよ、シルヴィアさん」

「今日の分がまだだ。お前に拒否権は無い」


 全身に広がる、シルヴィアさんの冷たさ。

 ――悲しいみ。


『死にましたー』


 暗転から復帰した私は美少女になるべく身格好を整えます。

 最後のTSポーションを妖精さんから渡して頂き――飲む。


「シルヴィアさん、予備はもう無いので気を付けてください」

「了解だ」


 このパターンで予備を使う事になるとは、思ってもみませんでした。

 一瞬意識が遠のいて目が覚めると……。

 青い顔で私の事を見ている、ライゼリック組の姿。


「す、すげぇええええええ! 人間ってああやって凍るんだなぁああああああ……!」

「ヘイタケル、あんな死に方だけはしたくないな……!」

「……ニコラ、ひょっとして今……」

「しー、黙っといた方が良いよ」


 フレイル兄弟よりも青い顔になっているヨウさんとニコラさん。

 もしかしたらお二人は、私が死んでいたのに気が付いているのかもしれません。


「それで、出発は何時ぐらいにできそうですかね」

「タケル様に変わって答えます。今は任意奴隷と帰す組に仕分けているところです」

「タケシ様に変わって答えます。今しばらくお時間を下さい」

「そうですか。では今の内に、ライゼリック組の事を聞いてもいいですか?」

「ヘイおっさん、ヘイおっさん! 逆に、あんたは何処のどいつだYO!」

「私は、貴方達がこの世界にくる少し前に、この世界へとやってきた者です」

「ケリィイイイイイイイイ! 説明は任せたぞぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ヘイコリー、ヘイコリー! 俺らのロールプレイじゃ説明は難しいぜ、ヘイコリー!」

「承知しました、タケル様」

「承知しました、ロールプレイ頑張ってくださいタケシ様」

「ロールプレイ勢は大変そうだな」


 呆れ顔でフレイル兄弟を見ているヨウさん。

 ですがその顔は、どこか懐かしいものを見ているような……。

 そんな優しい顔であるようにも見えました。


「それではまずは、PKKであるヨウ様について解説しましょう」

「は……? 俺の事をか?」

「PKKのヨウ様は、こちらの界隈ではド級の有名人でしたからね」

「そうねコリー、ヨウ様は……コホン。少し真面目に話するから、私が全て説明するわ」

「任せたわ、ケリー」


 そう言ったコリーさんは、姿勢を正して不動状態になりました。


「対人ランキング三位のヨウとニコラ。ランキング登録名は『狂乱蝙蝠』」

「やばそうな登録名ですね?」

「はい。名前の通り戦闘中に狂喜のロールプレイをする、という事で有名でした」

「ライゼリックの全盛期はよくやってたな」


 懐かしいような目をしてそう言ったヨウさん。

 今は大丈夫なのでしょうか……?


「二対二の戦闘では負ける事も多いお二人ですが、その真価は集団戦――特に相手の数が大幅に上回っている時に発揮される事が多かったですね。乱戦で相手を利用するのが巧みで、集団PKに対してかなり強力な対抗手段になっていました」


 一対多数が得意なヨウさん。

 かなり変わった戦闘スタイルなようです。


「全盛期を思い出すなぁああああああ……」

「ヘイタケル、あの頃は楽しかったな……!」

「ライゼリックではPKによるアイテムドロップが実装されています」


 思い出に浸っている二人と説明を続けるケリーさん。


「私たちのようなPKプレイヤーは一定数以上存在していたのですが、そんなPKに対抗するのがPKK。通称プレイヤーキラーキラー。つまりは一対多数の戦闘を得意とする者達です。対人が苦手な者は護衛依頼を出し、道中の安全を保障してもらうようになっていました」


 ――PKK。

 言い得て妙な話ですが、すごく楽しそうな立ち位置です。


「それが成り立つというのは、なかなかに楽しそうなゲームですね」

「はい。そこで最も人気だった護衛プレイヤーが、対人ランキング三位の『狂乱蝙蝠』」

「ヨウさんとニコラさんのお二人ですか」

「二人が姿を隠さず居た場合、七割のPKが襲撃を取りやめる、と言われていました」

「普通PKと言えば、反撃を覚悟で仕掛けるものなのでは?」


 ゲームの仕様は判りませんが、全く覚悟も無しに襲撃するとは思えません。

 多少の犠牲は覚悟の上で仕掛けるのが普通でしょう。


「その通りですが……襲撃者側の個人もPKKに倒されれば、PKKにドロップが行きます。倒した数より倒された数の方が上回っていれば赤字もいいところ。ほぼ必ず定員以上を刈り取ってくるお二人は、PKにとっては脅威そのものでした」


 ――個別ドロップ。

 倒されたメンバーの居るパーティーの誰かに行くとかではないのでしょう。

 もしそれが、そのまま倒した人物の物になるのなら……。


「なるほど、パーティー単位のドロップではないと」

「あー、懐かしい。ライゼリックの後期には護衛依頼だとかも無くなってたからな」

「まったり化ですか?」

「そう。本当にのんびりするだけの余生エンジョイゲームになってた」

「いやでもキミ。PKKに遭遇したら必ず最後には死んでたじゃん」

「そうだったか?」

「全滅させて生き残れるかもってなると、何故かポカミスして必ず死ぬ。不思議だね?」

「ふ、不思議だなー」


 冷や汗を流しながら明後日の方向を見ているヨウさん。

 対してヨウさんにジト目を向けているニコラさん。


「このお二人の特徴は……ピンチで爆発する。逆境であればある程その動きは鋭さを増し、余裕が生まれてくると何故か死にます」


 謎の生体ですが……。

 緊張の糸が切れると油断してしまうタイプなのかもしれません。


「数で押し切れる! って思ってる時には絶対に押し切れないんだよなぁああああ……!」

「ヘイタケル、もう無理だ! って状況になると倒せたのは、なんでだろうな!」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ヨウさんを見ているフレイル兄弟。


「ちなみに最悪のパターンは、パートナーのニコラ様だけを倒してしまったパターンです」

「何故……?」

「それにプラスして、体力が残り僅かになった場合は攻撃が当たらなくなって……」

「あれはもう、アレだなぁああああ! レイドボスの領域よだなぁああああああああ!!」

「ヘイヨウ! お前の通り名知っているかヨウ!!」

「単体で瀕死のヨウ様の事を、PKプレイヤーの間ではこう呼びます。〝瀕死のゴキブリ〟」


 ケリーさんの言葉を聞いたヨウさんが、ピクリと反応を示しました。


「おいそれ。掲示板に書き込んで広めたの、テメェらか……?」

「「ちが――」」

「その通りです。……あっ……」

「「ケリィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――ッッ!!」」

「ダメじゃないケリー。もう一つの通り名である〝ユパ様アタック〟を先に出さないと」

「「コリィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――ッッ!!?」」

「よーし、お前ら! まずは一発殴らせろ!!」」

「待て待てまてぇえええええ! さっき十分殴っただろうがぁああああああああああ!!」

「ッ……まぁ、我慢しといてやる」

「「……ほっ」」

「痛みが殆ど無いゲームだったら殴ってたが、ここはゲームじゃないからな」

「そんなこんなで、かなりの有名プレイヤーです」


 思えば今現在のこの場所には、ライゼリックの一位から三位が揃っているのです。

 ゲーム内のレジェンドが勢揃いしていると言っても過言ではないでしょう。


「フレイル兄弟も双子PKプレイヤーとして有名だっただろ。単純に強い上に、襲撃回数が多すぎる。俺がMOB狩りパーティーを護衛していて交戦したPKプレイヤー、ダントツの一番だぞ? 毎回必ず頭数揃えてきやがって……ご馳走様ッ!」


 先程の私怨もあるのでしょう。

 笑みを浮かべて若干煽るような姿勢でそう言ったヨウさん。


「ぐぅぅぅぅぅううううううう――ッ! 闘技場では八割勝てるんだがなぁあああああ!!」

「ヘイタケル! ヨウみたいなPKKが護衛に出てこなくなってから、PKも減ったよな」

「だよなぁああああ。失敗する事もあったのが、楽しかったんだよなぁああああ……」

「タケル様。ギルドメンバーの方々も、ヨウ様と遭遇を楽しみにしていましたね」

「タケシ様。メンバーのイン率が下がり出したのも、そのくらいからでしたね」

「「「あの頃はよかったなぁ……」」」

「あはは、三人ともおじいちゃんみたいだね」

「タケル様……」

「タケシ様……」


 なにやら同窓会のような雰囲気となりつつあるこの場。

 私の立ち位置がありません。

 とは言え、この空気に水を差すのは無粋の極み。

 出発の準備が整うまで、皆様の武勇伝を聞くのもまた一興でしょう。

 そしてなにより、こういった空気は荒んだ心を優しいものに変化させてくれます。

 控えめな妖精さんの笑い声が、この場に響きました。

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