『失敗者』三
なんやかんやとありましたが、木造小屋の中にまで帰ってこられました。
「うーっ、うーっ……!」
「り、リア、落ち着いて下さい」
体に密着して離れてくれない涙目のナターリア。
「酷いわ勇者様っ! わたしには手を出さないのにあの人にはエッチな事しようとしてッ!!」
「あ、あれには深い訳があってですね……」
――いいえ、そんなものはありません。
彼女にもその感情が伝わってしまっているのか言い訳をスルーしてきます。
「長い付き合いの子たちとならまだしも、ぽっと出のあんな人に……あっ、もしかして勇者様って、おっきいおっぱいが好きだったのかしらっ!?」
いいえ――おっきいおっぱい〝も〟好きなのです。
「い、いえ! おっぱいの大きさは違えど、どんなサイズのおっぱいにも同じだけの夢とロマンが詰まっていると信じています!!」
本来ならいけないのですが、涙目で唸るナターリアが可愛すぎます。
――くっ。落ち着くのです、マイサーン!!
「うーっ、うーっ……! 罰としてあと十分。いえ五分でいいわ! このままでいさせてっ!」
……罰? むしろこれは、私へのご褒美なのではないでしょうか……。
「好きなだけ、いてくれて構いませんよ」
五分と言わずに一時間くらいはそうしていてほしいところ。
「もうっ、そういう意味じゃあないのだけれどっ! わたしね、勇者様の誰にでも優しくしちゃうところは、きら……きっ……ううん、やっぱり大好きっ! でもね、レディーの心は何時だって難しいのっ!」
ぷりぷりと怒りながらも肌を密着させてきたナターリア。
……クッ、本当に落ち着いて下さい、マイサーン!!
そんなやり取りをしていると小屋の扉が開き、ニコラさんが帰ってきました。
小屋の中を見渡したニコラさんは首を傾げながら、口を開きます。
「ええっと、これはどういう状況?」
「オッサンが浮気しかけて、ナターリアちゃんが怒った」
「補足。彼は初対面の相手に手を出しかけて、この子の事は大切にしてるみたい」
「ん、だいたい把握した。それはオッサンが悪いね」
「――!?」
まさかの味方ゼロ。
私は、イケナイ事をしている気分になってまいりました。
「ヨウ君にそんな事をされたら、ボクだって同じような気持ちになっちゃうよ。移り気でエッチなところもオッサンはヨウ君にそっくりだ。そのクセして大切に想ってる相手には全く手を出さないチキン」
ニコラさんの冷ややかな視線が私に突き刺さります。
「勇者様の、いくじなしぃ。わたしなら、勇者様のが小さくたって笑わないのにっ」
――呼んだだ、るるぉ?
マイサンが、私の愚息が、呼び声を上げようとしています。
今考えてみればこの環境、非常に危険なのではないでしょうか。
ナターリアは美少女、シズハさんも美少女、ニコラさんも美少女。
この微妙に薄暗い小屋の中には女性の良い香りが充満しています。
「オイ、誰か飛ばさなかったか?」
「気のせいですよ」
この世界の女性には、エスパーしか居ないのでしょうか。
みんなの太腿が今日も大好きです。
……っと、皆が私にジト目を向けてきていました。
やはりこの世界の女性はみなエスパー……。
「ゆ、勇者様? 口に出ているのだけれど……」
「……!!? 一体どこから……?」
「〝この環境〟の辺りから、ずっとブツブツと言っていたわ」
――危険パートの、ほぼ最初からじゃないですか。
「でも嬉しい。勇者様は、わたしのことも美少女だと思ってくれているのねっ!」
「アタイは嬉しくない。なんせ美少女だと思われてないんだからね」
久しぶりにやってしまいました。
どおりでユリさんからの突っ込みが入った訳です。
バッチリとユリさんを飛ばしていたので、あの突っ込みが入るのは当然でしょう。
いけませんよ、マイサン。今は、今だけは――!!
「勇者様って、ふとももが好きなのね?」
ローブの裾部分を捲って美しい褐色の太腿をチラ見せてきたナターリア。
そのキメの細かい褐色太腿には一寸の隙も無く――。
この地下奴隷都市で買ったのであろう白い下着が、ほんの少し見えています。
――ッッ!!?
――パンツはね。星よりも、お淑やかなんだ……。
ふとももはね。月よりも、優しいんだ……。
私は子供時代……。
満天の星の中に浮かぶ、月を見るのが大好きだったのです。
そう、あの時も……あの、満天の星模様を――。
◇
――あの日も……空には、お淑やかな星が煌めいていたのです。
子供時代の私は、家族のお手伝いで畑に出ている事が多くありました。
それは学校の休みの日であったり、学校から帰ってきた後であったりと。
毎日それなりの体力労働をしていたのです。
そんなある日の私は、お手伝いで疲れ切った状態で帰宅しました。
流し台へと直行して軽く洗い流した両手。
が、服にはまだ泥が付いていて、服で水を拭う事はできません。
普段なら幾つものタオルが入っている場所には……。
その日に限って、タオルが一つも入っていませんでした。
何か無いだろうか――と周囲を探したショタっ子時代の私。
そうして、タライの中に残されている衣類やタオルの数々を発見しました。
ショタっ子時代の私は、その中にあった一枚の布を手に取り――。
手に付着していた僅かな泥を、綺麗に〝してしまった〟のです。
――綺麗になった両の手。
なのに、僅かな違和感に襲われました。
違和感に気が付いたショタっ子時代の私は、その布切れを広げ――愕然。
お淑やかで薄い星が散りばめられていたそれは――妹の下着、だったのです。
こんなアニメのような事が実際に起こるのか、と愕然としていたショタ時代の私。
ですが、それに対する行動を起こしたのは迅速でした。
なんせ、その下着には泥が付着してしまっています。
見つかってしまえば言い逃れの出来ないその状況。
この時ほど無言で慌てた日は、他に無かったでしょう。
そんな場面を見られてしまえば百年の尊敬も地に落ちるというもの。
――○○くん、と私を慕ってくれていた妹にさえ。
ケダモノと罵倒されていたはずです。
勇者は他人の家を漁るのが特権ですが、勇者見習いにはそれが許されません。
私は……ショタおっさんは……妹の下着を必死に洗濯しました。
ぐっすんおよよと半ベソをかきながら洗濯した、妹の星柄パンツ。
後にも先にも、この時ほど必死に洗濯をした日は無いでしょう。
――そんなお星模様の、遠き過去の思い出……。
◇
「――ッ! ウッ、頭がっ!」
「ゆっ、勇者様!?」
「長いこと停止してたなー」
「ユリおねぇちゃん、ガン見しすぎ」
「葛藤してた……というより上の空状態だったね」
「も、もしかしてわたしの太腿に、あまり魅力がなかったのかしら……?」
しょんぼりとした顔になってしまったナターリア。
いけません、この場が混沌としてきています。
それにしても何故ナターリアは、こんなにも……んんんんんんんっ! えっち!
に見えてしまうのでしょうか。
もしかして私は、本当にロリコンさんだったのでしょうか……?
――否、そんな筈はありません。
美少女がふともも+パンチラを仕掛けてきたら興奮してしまうのは当たり前の事。
つまり私は普通であり、常識人だと言えるでしょう。
「い、いえ。ナターリアの太腿はこれ以上無いくらいに魅力的でしたよ」
「ほんとっ!? すっっごくっ、嬉しいわ!」
「ただちょっと……妹の事を思い出してしまいましてね」
「えっ? 勇者様って妹がいたの?」
……勇者。
私の妹も、ゴッコ遊びをしている時はそう呼んでくれいました。
そのせいなのか、ナターリアのそんなところを妹と重ね合わせてしまいます。
ナターリア以外の三人も興味深そうに耳を傾けてきていました。
「はい、居ました」
「勇者様は異世界からの旅人だのもね」
「そうですね」
「この世界に来て離れ離れになってしまったのかしら? 寂しいわね……」
「いえ、病で――」
そこまで言ってしまったところで、私はハッとなりました。
わざわざ暗い事を言って、この場の空気を悪くする必要はありません。
なので私は――嘘を吐きます。
「……や、病のカゼをひいて寝込んでいたので心配ですが、今はきっと元気になっています。私なら全然大丈夫なので気にしないで下さい」
上手く誤魔化せた……筈だったのですが、どうしても感情を抑えきれませんでした。
何故だか――涙が止まりません。
笑顔を浮かべる事はできたのですが、滲み出る涙を止められませんでした。
私は慌てて明後日の方向を向いて、ローブの裾で顔を隠します。
完全に過ぎ去った過去であるというのに、どうして今更になって……?
枯れていたと思っていた涙は、異世界に来て復活してしまったようです。
「勇者様……」
「もしかして妹さん……」
「ユリおねぇちゃん、それ以上は言わない方がいいよ」
涙を拭い落して部屋を見渡してみると、全員が悲しそうな顔をしていました。
……失敗です。
こんな空気にしたかった訳ではありません。
なぜ涙というものは、こんなにも我慢が利かないのでしょうか。
「少し出てきます。夕飯の時間には帰って来るので心配しないでください」
「勇者様……いってらっしゃい……」
「いってきます」
ナターリアの表情は私を一人にしたくないと言っています。
が、私の心情を読み取ってくれたらしく、静かに見送ってくれました。
ナターリアは……本当に良い女性です。
もし、ナターリアにとって本当に良い人が現れたのなら――。
その人と幸せになって欲しいと思わざるを得ません。
私では彼女を……人を幸せにしてあげる事は、きっとできないでしょう。
この地下奴隷都市は……この、地下奴隷都市こそが。
私の居るべき場所だったのかもしれません。
お金と暴力が支配している、グラーゼン地下奴隷都市。
ここには常に闇が満ちていて、いつも死の気配が隣に佇んでいます。
暗い人間性と歪んだ人生を歩む者の、最果ての地。
幸せを取りこぼし続けてきた人間が、誰かを幸せにしてあげられる訳がありません。
だから私は――。
「……だいじょうぶ」
「妖精さん……?」
「……いまのロリコンは、幸せじゃないの……?」
「幸せ過ぎて、夢のようですよ」
「……そっか」
「この世界が実は夢の中で、いつか覚めてしまうのではないかと不安な程です」
確かに辛い事も多くありましたが、幸せだと思えた時間はそれ以上にありました。
「……なら、だいじょうぶ。ロリ……きみは、誰かを幸せにできるよ」
「妖精さん……」
「……幸せを知ったからね」
褐色幼女形体の妖精さんは私の手を取って、一緒に歩いてくれました。
ひんやりと冷たくて、心が温かくなる妖精さんの手。
この世界にやってきてからすぐ、ずっと傍に居てくれた妖精さん。
「妖精さんの手は本当に温かいですね」
「……たいおんは、ないんだけどね……」
今の私なら、やれる筈です。
ナターリアやエルティーナさん、それから子供達。
皆を地上へと連れ帰りって平和な日常を取り戻すのです。
その為になら何でもやってやりましょう。
闘技場もササナキ戦を除けばあと一回。
賞品剣闘士である女性を攻撃するのは確かに心苦しいですが、精一杯戦い抜きます。
負けは絶対に許されません。
もし万が一私が、自分自身の力のみで戦う剣士であったとしたら。
こんなにも悩まされてしまう事は無かったでしょう。
――私の体は、貰い物の体です。
本当の肉体は前の世界で腐って無くなっているのかもしれません。
そうでなくとも、この世界で何度も死んでいるので溶けてなくなっているハズ。
――私の命は、貰い物の命です。
死んで生き返る。
その度に命は妖精さんらに対価として渡され、力として変換されています。
そして私は新たに用意された命によって、この世界で生き返る。
――私の力は、貰い物の力です。
対価として差し出した命の代わりに強力な力を貸してくれる、妖精さんとサタンちゃん。
シルヴィアさんも力を貸してくれてはいますが、それは私の物ではありません。
地下奴隷都市に来てからハグをされていないので後が怖いですが……。
まぁ、そのくらいなら喜んで受け入れましょう。
何時だって危険を顧みずに助けてくれるシルヴィアさん。
そんな彼女の……唯一の喜びなのですから。
私は……私という意識だけを持った別人なのかもしれません。
全てが偽物であるこの私に、一体何ができるのでしょうか。
――それでも――。
この世界に存在していて自由意識が存在しているというのなら。
全力で――生きてやりましょう。
私が子供時代から憧れている存在は、何時だって〝勇者〟という希望の光。
なのに私は自分勝手で、助けたい相手しか助けられません。
理想の勇者とは程遠いものにしかなれていませんが、できる事はやってみます。
現在行っている誰かを助ける行為は、偽善なのかもしれません。
が、それでもその偽善は――。
ほんの少しだけでも、本物の光りに似ていると信じています。
妖精さんと二人で歩く地下奴隷都市は、少しだけ明るく見えました。
こんな場所でも誰かと一緒に歩いている時だけは、心が落ち着きます。
この地下奴隷都市に来てから暗い考え事をする時間が増えました。
が、それは私にも守るべきものが、まだ残っているという事に他なりません。
支えてくれる人や守るべき人が居る限り。
私は地獄の底でだって――戦い抜いてみせます。
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