『失敗者』二

 闘技場の通路から出ると、実況の前口上がハッキリと聞こえてきました。


『今日もこの男がやってきた! 賞品剣闘士に賭けたヤツは泣いて叫べ!! ササナキを手に入れた暁には、ササナキの尻に触手を九本突っ込んで九尾にしたいと豪語するこの男。その名も――オッサァァァァァァァアアアアアン――ッッ!!』


 …………?

 この実況は一体、誰の事を言っているのでしょうか……?

 観客席のナターリアたちが居る地点を見てみたら皆が白い目を向けてきています。

 もうなんというか、冷や汗が止まりません。

 少しだけその光景を見たみたいと思ってしまっただけに。

 本気の冷や汗がドバドハと出てきます。

 お相手剣闘士の女性が一歩後退りをしたのが視界の端に入りました。

 今回のお相手剣闘士は白髪褐色の大柄な女性。

 気の強そうな表情と、たわわな胸を支える引き締まった体。

 筋肉質な太腿も私は好きです。

 願わくば腹筋がバッキバキではないと信じたいところ。


『それでは――試合開始ィィィイイイ!!』

「おいオッサン、少し話を聞け! 【韋駄天!】」


 瞬く間に私の眼前へと移動したアルダさん。

 やはりその身長は高く、私よりも頭半個分は高いです。


「……戦闘は始まっているのですが?」

「まぁ聞け」

『おおっと、いきなりの談合試合かぁ!!? これはつまらない!!』


 四方八方から飛び交うブーイング。


「っるせェ! こっちはテメェらを楽しませる為に戦ってンじゃねぇんだよッ!!」


 実況と観客席に怒鳴りつけたアルダさん。

 眼前に佇むたわわおっぱいが、ブルンと揺れました。

 ――でかい。

 この世界で出会ってきた人の中では、ダントツでしょう。


「……それで?」


 アルダさんは顔を近付けてきて、私の耳元で囁くように口を開きました。


「実はアンタ、賞品剣闘士の中ではちょっと評判が良いんだよ」

「意外ですね。あんな戦いをしたというのに」

「だからこそだ。圧倒できる力を持っていながら敗北した賞品剣闘士を犯さねェ」

「それが……?」

「なんだかんだと変な屁理屈を立ててまでな」

「あれが本心だとは思わなかったのですか……?」

「この目で見てみればわかる。あんたは恐らく、善の側に立っている人間だ」

「違います」

「それこそ、なんでこんな場所に居るのか判らない程にな」

「……それで、結局何が言いたいのですか?」


 本心ではなかったというのは正解。

 が、善の側に立っているというのは間違っています。

 むしろ私は、どうやっても決して善の側には立てない人間でしょう。


「アタイに勝って、アタイを身請けして欲しい。そうしてくれたら強制の嫌々じゃなくて誠心誠意アンタに奉仕してやる。アタイも他のクズにグチャグチャにされて壊れたら捨てられるのは嫌だ。後衛タイプでのアンタの盾として外敵からも全力で守ってやるつもりだ」


 アルダさんの甘い誘惑が、私の心を揺さぶってきました。

 その光景は想像してみただけで胸が躍るようです。

 ――普通の冒険。頼れる仲間。可愛くて、信念のあるヒロイン。

 そんな冒険ファンタジーに、私は憧れていました。


「……ッ……魅力的ですね……」

「そうだろう? だからアタイを――」

「ごめんなさい」


 私はアルダさんの言葉を遮るように断りの言葉を入れました。

 私欲のためだけに初志を捻じ曲げる事だけは、したくありません。


「今は明確な目的と理由があって、ササナキさんを欲しています」

「……そうか」

「ですが道楽でコレに参加していたとしたら、私はアルダさんを選んでいたでしょう」

「へっ、口説かれてるみたいだな? 顔は好みじゃないが、ちぃとだけキュンときたよ」

「私は心を揺り動かされ続けていますよ」

「……あーあ! アタイの負け負け!! 好きに犯して帰っちまいな!!」


 パタリと仰向けに倒れて闘技場に寝転がってしまったアルダさん。

 ブルンと揺れた双丘には張りがあって一度で良いので登山をしてみたいところ。

 そう……本当に一度で良いので……たった、一度だけでいいので……っ!

 マイサンも登山に挑戦したいと、いきり立ってまいりました。


「さ、触ってもいいのですか……?」

「ん? へへっ、無理矢理じゃなけりゃイけるってか?」


 つい、ゴクリと生唾を飲み込んでしまいました。


「いいよ来な。観客もそれを望んでるし、負けたアタイに抵抗の意志はない」


 私はゆっくりと双丘に手を伸ばしかけ――停止しました。

 背筋に走る凄まじい悪寒が、私の手を止めさせたのです。

 悪寒の発生源を探すべく周囲を見渡してみれば、それは観客席のナターリア。

 目を見開いて顔には暗い影が掛かっているように見えました。

 響く、妖精さんの笑い声。


 ――やばい。


 ナターリアの目力には、そう思わせられるだけの迫力があります。

 ここでアルダさんの双丘に手を伸ばして致してしまえば……ええ。

 私かアルダさんのどちらかは殺されるような気がします。

 つまり今の私が取る事のできる選択は――。


「……帰ります」

「ん? でも触らなくて――ッ。酷い殺気だね。アンタはこの先、苦労するよ」

「た、多分大丈夫ですよ……きっと……もしかしたら……はい……」


 私はブーイングの嵐の中、闘技場を後にしました。

 今回の試合では観客を満足させられていません。

 観客が味方であるというアドバンテージは消えたと言っていいでしょう。

 甘い人間だと思われて襲撃される可能性だって高まったかもしれません。

 が、それでも――あそこで手を出さなかったのは正解だったのだと思います。

 もし手を出していたら衝動的に身請けをしてしまっていたかもしれません。

 真正面から戦ってこられるよりも、こういった展開の方が危険です。



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