『失敗者』一

 次の日の昼頃。今日も一人で闘技場の受付にやってきました。


「……で、何なんですかあの前口上は。真っ黒くろだったのですが?」

「んあ?」

「そもそも何ですか魔王と双璧を成す者って! 意味不明じゃないですか!!」

「光だろ? アレのどこに不満があったってンだ。完全に要望通りだっただろ」

「ぐ、ぐぬぬぬ……!」

「へっ、あんたが出る回で賞品剣闘士側に賭けた奴は不運だな」

「そういう賭け方式なんですね」

「当然だ。じゃなきゃ圧倒的な実力差のある勝負は掛けになんねぇよ」

「まぁあと二回勝てば目的の戦いです。さっさと勝ってにゃんにゃんしましょう」

「で、今回はどうする?」

「……何をですか」

「前口上だ」


 思わず受付に向かってジト目を向けてしまいました。

 この場で何を言ったとしても、ダークな感じに魔改造されてしまうのがオチです。

 ならばここは――。


「フォックスフォックスな感じでお願いします」

「あいよ」


 ――!?

 まさかの即答。二つ返事で了承されてしまいました。

 これはこれで不安はありますが、どうなるのか少しだけ楽しみな私もいます。

 私は受付さんと適当な挨拶を交わして剣闘士の待機場所へと向かいました。

 現在は誰かが戦っている最中らしく歓声が飛び交っています。

 待機場所に居たのは……老人? らしき男性が一人。

 老人の格好はこの場所にしては珍しい布装備。

 忍者……とまでは行かなくとも、それに近い格好をしています。


「お前さん有名人じゃな。その人気を一欠けらでも分けて欲しいものだ」

「その名声でモテモテになるのならともかく、避けられるのなら私は要りませんね」

「ほぅ、思っていたより話が通じそうじゃ」

「お爺さんは思っていたより……危険な臭いがしていますね」

「カカッ! 儂は何処にでも居るスケベ爺じゃよ!」


 目の前の老人をよく観察してみると、何かを隠しているような気がしました。

 暗器使い? それとも……。


「……毒使い?」

「鋭いのぅ。じゃが、少し違う」


 そう言うなり懐から小瓶を取り出したお爺さん。


「儂が使うのは惚れ薬や媚薬が中心だの。これは男が相手でも効果があるぞい?」

「良い趣味してますね。勿論、悪い意味で」

「お前さんにだけは言われたくないのぅ」


 そんな突っ込みを入れられたタイミングで、血濡れの男が運び込まれてきました。

 ……当然のように死んでいます。


「自分の力量すら理解しとらん若造が、ああやって死んでいくんじゃな」

「そういうお爺さんは?」

「儂か? 儂はアレじゃよ。実力で言えば中の中くらいじゃ」

「謙虚ですね」

「でも大抵の相手には勝てる。自身の実力と道具、あとは言葉を駆使して戦うんじゃ」

「気軽に話していますが、自身の戦い方を話してしまって大丈夫なのですか?」

「お前さんには絶対に敵わんと理解しておる。儂は勝てん勝負はせんからな」

「まぁ負けるつもりはありませんが……」

「どれだけの力を隠しておるのかも不明。敵対関係になったら儂は逃げるじゃろう」

「本当の敵になったら……世界の反対側に居ようと、私は追いかけていきますよ」

「おお! 怖いこわい! お近づきの印にコレを一本プレゼントしてやろう」


 そう言ってお爺さんが手渡してきた小瓶には、ピンクの液体が入っていました。


「お前さんとは敵対しないという証じゃな」


 ――媚薬、なのでしょうか?


「儂の名前はパズロン。今渡したそいつは、ホレ薬じゃ」


 ――っ。

 普通であれば夢の薬です。

 が、私の趣味ではないので扱いに困る代物かもしれません。


「自分を毛嫌いしとる相手に使うと嫌われとる分だけ、その効果は強く発揮するぞ」

「……なるほど。相手に嫌われるよう立ち回ってから、コレを使うという事ですか」

「ま、その通りじゃな」

「私に使われていたら危なかったですね」

「儂に対しての悪感情をあまり持っとらんお前さんに使っても、あまり効果は無いな」


 なんとなく察してはいたのですが、彼は人の心裏を見るのが得意なのでしょう。

 敵にはしたくない相手です。


「……使うかどうかは判りませんが、有難く頂戴します」


 そうこうしていると老人の出番がやってきたのか、アナウンスが響きました。


『さぁて次の賞品剣闘士はミリィ! 対する挑戦者は連戦連勝中の――』

「っと、出番じゃな。儂は今回で卒業じゃから、もう会う事はもう無いじゃろう」

「直前に話していた人が遺体で出てくるというのは、かなり嫌なものです。ご健闘を」

「なぁに、儂が負けるとしたら前の二つじゃった。今回の儂が負ける事はまず無いて」


 そう言葉を残して闘技場の方へと歩いていった老人。

 アナウンスに知り合いの名前が呼ばれていたような気がします。

 が、彼女がこんな場所に居るワケがありません。

 同姓同名の人違いであると信じたいところです。



 ◆



 待つ事三十分程度……闘技場の方から誰かが戻ってきました。

 その気配は二つ。


「パパぁ! もっとっ! もっとちょーらいっ!!」

「むぅ。演出の為とは言え薬を盛り過ぎたかのぉ……」


 渋い表情をして出て来たのはパズロンさん。

 その腕に抱き付いて瞳を情欲に歪ませているのは――ミリィさん。


「な、なぜミリィさんがこんな場所に!!?」

「今は儂の声しか聞こえ取らんよ」

「まさかッ!」

「ミリィは儂の娘なのじゃが、組織に指示された暗殺に失敗したらしくての」

「……娘、ですか?」

「ああ。殺されはせなんだが、ここに捨てられたそうじゃ」

「お、お父さん!」

「誰がお父さんだ馬鹿者。ミリィの暗殺対象はお前だったのじゃぞ?」

「……特に何かをされた覚えは無いのですが……」

「マジかお前さん」

「ボディータッチのサービスが多かった気はしますが、それくらいです」


 深いため息を吐いたパズロンさん。

 それにしても、ミリィさんをここまでメロメロ状態にさせた薬

 もしかしてパズロンさんは、ミリィさんに嫌われていたのでしょうか?


「真正面から殺せないと悟ったミリィは、お前さんを毒殺しようとしたそうじゃ」

「毒……」

「遅延型の麻痺毒と神経毒を織り交ぜた、オリジナル毒」

「ミリィさんは優しい女性です。止めてくれたのでは?」

「んや、確かに使ったと聞いた」

「本当に?」

「お前さんが爆発に巻き込まれて溶けて湧いたら、毒の症状が消え失せたとも聞いたの」

「爆発に巻き込まれて……?」


 思い出される一度目の鶏自爆アタック。

 それと同時に浮かんできた、キサラさんのお顔。

 私は鳥肌が止まりません。


「まっ儂は、この子を連れて先に脱出させてもらうとしようかの」


 そう言って立ち去って行ったパズロンさんと、ミリィさん。

 万が一にでもミリィさんが対戦相手として出て来ていたのなら。

 私は、衝動的に彼女を引き取ってしまっていたことでしょう。

 パズロンさんがミリィさんを助けに来てくれて本当に良かったです。

 危うく一人目からの挑戦になるところでした。


『続きましては賞品剣闘士アルダ! 対する挑戦者は――』


 その声に合わせて闘技場への扉を開き、私は闘技場への道を進んでいきます。

 今回も確実に勝たなくてはなりません。

 例えその結果……相手に深いトラウマを植え付ける事になったとしても……ッ。

 全力で勝たなくてはいけないというのに。

 何故か胸が、苦しくなってきています。

 ――大丈夫。今のところはおっさん花セカンドじゃなくとも勝てるでしょう。

 問題はなのは私が、おっさん花セカンドを抑え込めるかどうか。

 今後のためにも、力のコントロールは身に付けておいた方がいいかもしれません。



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