『疾走』二
転ばぬよう、慎重な足取りで三人の方へと移動します。
近くまできて見てみると、遠くであったせいで気が付けなかった事に気が付きました。
「ポロロッカさん、腕が……」
「支給されたポーションで傷は塞いだんだがなァ、ちぃと血を流し過ぎだ」
「でも腕の傷が塞がって良かったわぁ」
近づいて声を掛けた私をチラリと見たあと、そのように言ったお二人。
二人はポロロッカさんの傷を治療しようと、ポーションを使う作業に戻りました。
遠目からはヤークトフォックスを切った際の返り血のようにも見えましたが――。
全てがそうではなかったらしく、自分の血液もかなり含まれていたようです。
「治るのですか?」
ポロロッカさんが一番負傷しているというのは、見ればスグにわかりました。
が、ジッグさんとリュリュさんもかなりボロボロです。
破れた防寒着をカバーするように、予備の防寒着を着ているのが良い証拠。
大きな傷は塞がったのか、新たに取り出された防寒着をポロロッカさんに着せたお二人。
治療が終わったと判断したのか、素早く立ち上がろうとしたポロロッカさん。
「っと……」
「ポロロッカさん!?」
ふらついて倒れそうになったポロロッカさんの体を支えます。
しかし力の無いこの体では、彼を支えたまま登山を続けるのは……不可能。
「……チッ。傷こそ塞がったが、自分だけの力で動くのはもう無理だ。血が足りな過ぎる。……仕方がない、置いて行ってくれ」
それは絶望と諦めの表情。
こんな場所で置いていかれたら、死んでしまうのは間違いありません。
それを知らないポロロッカさんではないでしょう。
……だというのに、自分を置いていくようにと述べた、彼の勇気。
自身を連れて行けば隊全体の生存率を大きく下げてしまう、という考えなのでしょう。
これを見捨てられるようになったら、私は――私ではいられなくなります。
「見捨てたりなんてしませんよ。誰がなんと言おうと、私は仲間を見捨てません」
その言葉を聞いてゆっくりと口を開いた、周囲を警戒しているジッグさん。
「……あそこに洞窟があるな。とりあえずあそこまで運ぼうぜ」
「正面から来たヤークトフォックスは、あそこから来たのでしょうか」
「そうねぇ、だとしたら、あの中には居たとしても子供くらいかしらぁ?」
「あぁ」
三人で力を合わせてポロロッカさんを洞窟の中まで運び込みました。
洞窟の中には案の定と言うべきか、ヤークトフォックスの子供が三匹。
「私は荷物を回収してきます」
「頼んだ」
洞窟から出て、荷物を回収して戻ってきた頃には……。
ヤークトフォックスの子供の姿はなく、代わりに焼き途中の肉がありました。
「子供の間は魔石が生成されないって聞いたが、本当だったみてぇだな」
「あらぁ~。それじゃあ、大人の人間が死んだ時は魔石ができるって知ってたぁ?」
「チッ、誰でも知ってる事だろうが! 胸糞わりィ奴だ!!」
和気藹々……とは程遠い空気が流れている洞窟の中。
ポロロッカさんはというと、気だるそうな顔で壁に寄り掛かっています。
目をうっすらと開けているのみで、何とか意識を手放さないようしているという状態。
「人間に魔石? 魔石ができるのは魔物だけではないのですか??」
人間にも魔石ができるなんて、初耳です。
しかし何故、今その話題が出るのでしょうか。
「おいおい、この中で一番無学なのはオレだと思ってたが。オッサン、あんたも相当だな」
ジッグさんが世捨て人を見るような目で見てきます。
それが面白かったのか、クスクスと笑い声を響かせる妖精さん。
逆にリュリュさんは、私の反応に驚いている様子が一切ありません。
「魔石っていうのはぁ、生物が死亡した際に生成される魔力の結晶のことよぉ~。大抵の場合が、その死亡した生物の強さに比例して大きさと純度が変化するわねぇ。……ちなみに色々の場所で売れるからぁ、回収しておく癖を付けておくといいわよぉ~」
生物が死亡した際に魔力が一箇所に集まって結晶化した物が――〝魔石〟。
つまり今まで燃料として利用してきた全ての魔石は、生物から取り出されたもの。
もしかして今日消費した魔石の中にも……人間のものが?
この魔石が生成される原理が、魔術の利用できる理由に繋がっているのでしょうか。
「……てめェ、故意に省いたな?」
「あらぁ、何の事かしらぁ?」
強面顔でリュリュさんを睨むジッグさんに、涼しい顔で受け流すリュリュさん。
「ハァ……オッサン。人間の魔石は売れねェから気ィつけな」
「あ、では今日消費した魔石の中には……」
「安心しろ、人間の魔石は入ってねェ」
「よかった……ですがどうして今、その話題になっているのですか?」
「不謹慎だが、ワーウルフの魔石なんかは売れる」
「それってまさか――」
「ああ、人間領で売れねぇのは、人間産の魔石だけ。……あとはわかるな?」
そんな話をしていると――。
今にも寝落ちしてしまいそうなのに、無理矢理に瞼を持ち上げたポロロッカさん。
ポロロッカさんはそのままの体勢でジッグさんを睨んでいます。
「……俺を殺して、魔石を取るつもりなのか……?」
「しねェよ。殺すつもりならテメェにポーションなんて使ってねぇ」
「とは言え、ここに置いてったら高確率でオダブヅよぉ?」
「クソわかってるよ、言われなくともな」
その言葉を最後に全員が黙り込み、なんとも言えない沈黙が空気を支配しました。
体力の回復を待って下山するというのなら問題はなかったのでしょう。
ですが今は山頂を目指して登っている真最中。
山頂までこの疲弊している状態のポロロッカさんを連れて行くことなど――不可能。
酸素の魔道具でシュコシュコやっている私なんかは、足手まといにしかなっていません。
ではこの状況で皆が生きて下山できる可能性の高い、いちばん最良の選択肢は……?
……そんなの、一つしかありません。
「三人ともここに残ってください。私が一人で――山頂まで行ってきます」
シュコー、シュコー。
「ハッ! 酸素の魔道具でシュコシュコやってる奴が言うと説得力が違ェなァ!」
「ですが、他に方法は……」
「オレァこの先、アンタとアンタの荷物を背負って、山頂を目指すつもりだったぜ!」
「すみません……」
荒っぽい動作で肉を火から外したジッグさん。
私とリュリュさんに手渡し、最後にポロロッカさんの傍まで行って……。
ジッグさんは「無理してでも食っとけ」と言ったあと、元の場所に腰を下ろしました。
口調は厳しいですが、本当は仲間思いで、優しい方なのかもしれません。
「まぁ……わたしがここに残って二人に山頂を任せるってのが、妥当な落とし所よねぇ」
「リュリュさん……!」
「もちろんポロロッカを見捨てて、三人で登るのがベストだとは思うのだけれどぉ……」
そのように言いながら、露骨な流し目を送ってきたリュリュさん。
動作の意味は理解できませんでしたが……嬉しいみ。
「それで行きましょう。ジッグさん、良いですか……?」
「しゃあねぇ。ここに戻ってきた時に二人がおっ死んでても、後悔はすンじゃねェぞ」
「……はい」
横目で視線を向けてみると、渡されたお肉を平らげていたポロロッカさん。
ポロロッカさんは薄目を開けたまま意識を失っているようです。
私はバックパックを背負い直し、酸素の魔道具を抱えながら出発の準備を整えました。
山頂までの行程は残り僅か。
山頂で〝メビウスの新芽〟を回収したあと、お二人を回収して下山すれば依頼は完了。
ポロロッカさんやジッグさんは大丈夫でしょう。
リュリュさんも……きっと改心してくれる筈です。
なんなら改心するまで、私の愛を無料でプレゼントし続けたって構いません。
「オッサン、行けるか?」
「はい」
シューコ、シューコ。
「……本当に行けるんだな?」
二度目の問い掛けに黙って頷き返すと、妖精さんがクスクスと笑いました。
「まっ、いざとなったら本当にお姫様抱っこで歩いてやる」
「すみません……」
「いいさ、抱えた状態で奇襲を受けたって、最悪死ぬだけだ」
そんな事を言いながらジッグさんは、一歩、洞窟の外へと向かって足を進めました。
――霊峰ヤークトホルン。魂すらも凍てつかせる、死と雪の山。
響く、妖精さんの笑い声。
「……まぁなんだ。取り敢えずよ……妖精さんを黙らせてはくれねェか?」
シュコー、シュコー。
クスクスと笑う妖精さん。
「――無理です」
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