『疾走』一
山頂までの道のりの最終日。空は雲一つ無い快晴。
登山隊一行は現在――低酸素の環境下での全力疾走を強いられていました。
「クソッ! 罠に嵌る以外にも攻撃してくンのかよ!!」
そう悪態を吐きながら、虹色の魔法瓶を投げたジッグさん。
投げられた魔法瓶は、背後から迫って来ていたヤークトハンターに命中。
命中した魔法瓶は、ボシュン、という音を上げて体毛広域に影響を及ぼしました。
毛皮の一部分を溶かし、治療の難しい負傷を与えることに成功した魔法瓶の投擲。
がしかし――。
「ボォォオォオオオオオオ――ッッ!!」
霊峰ヤークトホルンに響く、怒りと痛みの入り混じった声。
受けた痛みは追撃を止める程では無かったらしく、更に速度を上げて追いかけてきます。
「ぜぇ……ひぃ、ふぅ……しゅ、手法瓶とやらは、もう無いのですか!?」
「今ので最後だ!!」
「……投げていなければ、もうとっくに追いつかれていた……!」
「わたしのなんて一番最初に使い切ったわよぉ!」
手法瓶を投げる。それは逃げながら何度も繰り返してきた行動。
それこそ今日が初見である私ですら、道具の効果を覚えてしまう程に。
「まだ三体も居やがるぞ!!」
「……クソッ、一体しか減ってないのか!」
背後から迫ってきているヤークトハンターは元々四体居たのですが、現在は三体。
一応は逃げながら、一体を減らす事に成功していました。
まぁそれも殺したのではなく、視界を奪って行動不能にしただけなのですが……。
「ほ、本当にもう無いんですか!?」
「無い!!」
手法瓶を使い切った。
しかしそんなのは些細な問題です。
今一番の問題になりかけているのは……体力の限界値。
他の仲間達にはまだ余裕がありそうなのですが、私はもう体力の限界です。
それこそ、胃の中身が全て口から出てきてしまいそうな程に――。
「…………」
「どうした!?」
「オイ、立ち止まるな!」
唐突に立ち止まってしまった私にそんな声を掛けてくれる仲間達。
しかし残念ながら、もう本当に一歩も歩けないのです。
「……ひっ、ふっ、ヴっ……こ、ここは片付けておくので、皆さんお先に――ウッ、ヴオエェェェェェェェエエエエエ、ボボボボボボッ!」
真っ白な雪の上に、汚いもんじゃ焼きを作る事に成功しました。
具材は朝食に食べたもの。
空中で回転しながら黒い光に包まれ、褐色幼女形体で雪の上に舞い降りた妖精さん。
今日の妖精さんは美しいお顔を一切隠す気が無いないらしく……。
こちらに振り向いた三人の仲間達の視界に、その御尊顔が収まりました。
「だいじょぅ……ぶッ――!?」
「……アレが妖精さんだと? やはり……」
「ありゃアたぶん大丈夫だ! 先に――ッ!」
言葉に詰まったジッグさん。
前方を見てみれば――いつの間にか行く先を塞いでいた、二体のヤークトフォックス。
後方からはヤークトハンター、前方からはヤークトフォックス。
もはや戦闘は避けられません。
「よ……っ……いっ!」
――妖精さん、力を貸してください!
と言ったつもりだったのですか、酸素が足りず、上手く言葉を発せませんでした。
しかしそれでも響く、妖精さんの笑い声。
妖精さんが笑い声を上げたあと、地面からズルリと現れたのはおっさん花。
今回のおっさん花は繋がりを感じられないタイプの召喚です。
「ボォォオォオオオオオオ――ッッ!!」
おっさん花を敵と認識したヤークトハンターの一体が、おっさん花に接近。
それを迎撃せんと伸ばされるおっさん花の触手。
触手を腕で払おうとしたヤークトハンターに千切られた数本の触手。
がしかし、殆どの触手はヤークトハンターに絡みつきました。
手法瓶で溶かされた毛皮が無い場所に突き刺さる、絡みついた触手。
前の方からはヤークトフォックスの泣き声が聞こえてきています。
それに続いて聞こえてきた、硬質な物と剣とがぶつかり合うような音。
「【コォオ――――――ン!! 〈コォ!〉】」
「……ぐぅッ! 一体でさぇ厳しいというのに、二体――ッ!」
「オレとポロロッカで一体ずつ抑え込む! リュリュは援護してくれ!」
「了解よぉ」
三人からの援護は期待できません。
私は先程の全力ダッシュで、高山病に限りなく近い何かになってしまっています。
「――いえ、完全に高山病ですね」
そんな今の状態で可能な事と言えば、妖精さんの勝利をただ祈るくらい。
片膝を立て、お祈りのポーズを取ります。
「ヴォ?」
触手による致命傷を受けたヤークトハンターを見ている、他のヤークトハンター二体。
不思議そうな表情を浮かべ、突き刺されたヤークトハンターを見ています。
そして、次の瞬間――。
触手に刺されたヤークトハンターの一体は、他の二体へと振り返り……攻撃を開始。
仲間への攻撃を開始したヤークトハンターの目、鼻、口。
それからおっさん花によって空けられた穴。
その全ての穴から、緑の触手が飛び出しています。
仲間の急変に驚いたのか、僅かに反応が遅れる二体のヤークトハンター。
「ググォオ!!?」
おっさん花によって寄生されたヤークトハンターによる、強烈な一撃。
それによって数メートル以上は後ろに吹っ飛んだヤークトハンター。
「ボォオオオオオオオオオオ――!!」
吹っ飛ばされたヤークトハンターは体勢を崩す事なく猛り、勇猛な雄叫びを上げました。
寄生されたヤークトハンターに合わせて動いていているおっさん花。
もう片方のヤークトハンターへと触手を伸ばし、突き刺し攻撃に成功。
がしかし抵抗に成功されてしまったのか、傷を負わせつつも瞬く間に千切られた触手。
拘束から脱出したヤークトハンターは、もう一体と同じ位置まで下がられました。
無謀にもその二体に追撃をしようと迫る、おっさん花。
それに対して二体のヤークトハンターは、大きく息を吸い込み――。
「「【ボォォオォオオオ!】」」
ヤークトハンターの口から吐き出されたのは氷のブレス。
元々氷に強い寄生ヤークトハンターには殆ど効いていないようですが、おっさん花は別。
おっさん花の触手はいくらか凍らされてしまっています。
それでも敵ヤークトハンター二体の左側を取ろうと、地面を這って移動するおっさん花。
寄生されたヤークトハンターはその意を汲むように、逆側へと回り込んでいます。
「避けろポロロッカ!」
「……舐めるなァ!!」
「【我が敵を焼く炎の球となれ〈ファイアーボール!!〉】」
後方から聞こえてくる怒声と剣戟の音。
その音から察するに、あちらの戦闘も長引いているのでしょう。
……頭のふらつきが止まりません。
――おっと、また吐き気が……。
両側から飛び掛かり、固まっているヤークトハンター二体に絡みつくおっさん花。
当然ように暴れて抵抗するヤークトハンター。
それによっておっさん花の触手はどんどん千切られていっています。
がその僅かな隙に付け込む、寄生ヤークトハンター。
「ヴォッ! ヴォッ! ヴォッ! ヴォッッ!」
寄生されているが故の全力乱打を放ちまくる寄生ヤークトハンター。
動きの鈍っているヤークトハンターは避ける暇もなく、殴打され続けています。
片方を集中的に殴る一方で、もう一体にも定期的に加えられる殴打。
徐々に硬質そうな体毛が赤らみ、肉が見え始め。
やがて……周囲に肉片が飛び散りだしました。
「ボォオォォォオオオォォォォ――!!?」
大きく響く、ヤークトハンターの苦痛に歪む悲鳴。
が、苦しみに悶えているヤークトハンターへの拘束を強めているおっさん花。
油断はありません。
乱打され続けているヤークトハンターからは、動きの色彩が無くなってきました。
拘束を解く為の動きが弱くなってきているような気がします。
殴っているヤークトハンターの手が潰れ、周囲の白い雪を赤く染め上げた頃……。
ようやく、敵ヤークトハンターが動かなくなりました。
完全に動かなくなった二体のヤークトハンター。
一瞬だけ黒い光に包まれ、小さな妖精さん形体に戻った妖精さん。
触手の殆どを千切られ、ボロボロになっているおっさん花はというと……。
瞬く間に地面に溶けて、消えてなくなりました。
それに伴い、苛烈に動いていた寄生ヤークトハンターも活動を停止。
ドサッと雪を巻き上げ、地面に倒れて動かなくなりました。
「終わった……のでしょうか」
正面の戦闘だけを見ていましたが、周囲を静寂が支配していた事に気が付きます。
妖精さんも小さな妖精さん形体を取ったことですし、後方の戦闘も片付いたのでしょう。
小さな吐き気を抑えてゆっくりと立ち上がり、三人の方へと視線を向けました。
「……あっちも、何とかなったみたいですね」
独り言に小さく頷き返してくれた妖精さん。
私は応援するのに精一杯でしたが、なんとか切り抜けるのに成功したようです。
三人の戦っていた場所には、胴体と首の離れたヤークトフオックスが二体。
その一体にもたれ掛かるように座っているポロロッカさん。
他の二人はポロロッカさんの前に座り、周囲を警戒していました。
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