番外編3 『オッサンに届け、救いの光』

 場所は廃教会の礼拝堂。

 教会内はそれなりに広く、礼拝堂にもそれなりスペースがあった。

 礼拝堂の内部空間は、四×八メートルの長方形。

 ステンドグラスは無く、小窓から一筋の光が入り込んでいるだけの礼拝堂。

 その中にある精霊神の像に祈りを捧げていたは――エルティーナ。

 この国の主神は〝創造神ブルエッグ〟なので、一般的な女神像とは見た目が違う。

 エルティーナが祈りを捧げている石畳は、祈祷時の膝の形に削れていた。

 信心深い者が祈りを捧げ続けた証だ。

 そして、この教会が正規の教会だった頃の名残でもある。

 信仰の違いでかなり昔に廃教会になった、この教会。

 確かにエルティーナはそこで祈っているのだが、その跡を作ったのは別人だ。

 この教会の前任者。

 廃教会になる前に、この場所を管理していた者の痕跡だ。

 エルティーナは本日の祈祷を終え、〝精霊神アルファ〟の女神像を見た。

 右腕が欠けているものの、エルティーナはこれに似ている者を最近見ている。


「……やはり似ています」


 彼女は、おっさんの仲間になったという者達の姿を思い出した。

 遺跡調査の依頼をしている最中に仲間になったという者達。

 その者達は近所に居を構えた、おっさんの仲間でもある。

 その中の一人。

 ホープという者の姿が、精霊神の像にそっくりだったのだ。


「なぜ今、このタイミングで現れたのでしょうか」


 おっさんが現れてから好転し続けている環境。

 彼女はおっさんこそが、信仰の対象なのではないかと思い始めていた。


「っと、ここにいましたか」


 扉を開けて入ってきたのは――おっさん。


「……はい。日数を空けてしまったので、掃除を念入りにしていました」


 精霊神アルファの女神像をチラリと見て、苦笑いを浮かべたおっさん。

 それもその筈だ。

 おっさんの中では、この世界の現状が一本に繋がっているのだから。

 創造神ブルエッグの女神像は、パルデラレリック公国のブルーエッグ。

 そして、スラムの真下。

 地下シェルターノアを管理していたのが――ホープだった。

 改造型α系統、固体名称ホープ。

 精霊神アルファの正体だと言ってもいい。

 つまりこの世界の信仰系統は――精霊と、その生産者。


「オッサン?」

「いえ、なんでもありません」


 おっさんは気が付いていて敢えて言わないと決めた。

 真実に気が付かせる必要は無い。

 現実に存在している聖書にも、ベースのあるものは多い。

 それが大きく誇張されることで信仰は生まれるのだ。

 故に、ソックリさんという事にしておいた方がいいという判断だった。

 何かをおっさんが隠している事に気がついたエルティーナ。

 が、敢えてそれには触れない。


「オッサンは本当に不思議な人ですね」

「そうですか?」

「貴方が現れてから幸運ばかりが、この場所に降り注いでいます」


 好転し続ける環境に、突如として現れた女神像と瓜二つな人物。

 信仰が生まれるのには、十分すぎる奇跡だと言えるのではないだろうか。


「オッサン……貴方は、神様なのですか?」

「いいえ違います。もし私が神様だとしたら、それはきっと疫病神ですから」


 幸運ばかり。神様みたいだ。

 そのように言ったエルティーナ。

 だが言われたおっさんは、どうしてもそう思えなかった。

 理由はいくつもある。


「私が来てから領主の屋敷で、ここの子供達が殺されました」


 男の娘トゥルーはリュリュの機転で助かったものの、死者は出ている。


「私が来てから、この町は魔王軍の襲撃に遭いました」


 偶然ではあるのだが、それもまた事実。


「私が来てから――貴方と子供達が攫われました」


 まだ記憶に新しい、あの地下奴隷都市での出来事。


「私はこの世界で……仲間を死なせ続けています」


 霊峰ヤークトホルンではジッグ。

 護衛依頼では仲良くもなれた筈の、タクミとエッダ。

 地下奴隷都市では、ユリとシズハ。


「私は――」

「オッサン、それは違います」


 おっさんの言葉を遮るように強めの口調で言ったエルティーナ。


「確かに失うことは悲しい。その喪失感は経験した者にしか、わからないでしょう」

「……はい」

「ですがそれは、人を救った時にも同じことが言えるのではないですか?」


 エルティーナは言い聞かせるように語り出した。


「救った者が救ったと感じていなくとも、救われた者がいれば同意義です」


 普段は子供達を相手にしている説法の姿勢だ。


「確かに失われた命は、多いのかもしれません」


 ステンドグラスは無く、小窓から一筋の光が入り込んでいるだけの礼拝堂。

 そんな一筋の光が、エルティーナに後光を差した。


「ですが救われた命は、それ以上に多いのではないですか?」

「……エルティーナさん」

「少なくとも私や子供達は、みな、オッサンに救われています」

「ですが私は――」

「オッサン!」


 更にマイナスな事を言おうとした男の口を、エルティーナは再度遮った。


「前に私に言いましたよね? 〝最も疑っている時は最も信じたい時でもある〟、と」

「――っ」

「それから……神ではなく、自分自身を疑っているのはないか? とも」

「……よく覚えていましたね」

「忘れたくとも忘れられません。最高司祭の言葉よりも私の心に響いた言葉です」


 おっさんはこの世界に来て直ぐ、この場所でエルティーナとこんなやり取りをした。

 ある意味ではその時から、エルティーナはおっさんに親しみを覚えたと言っていい。


「今のオッサンは、自分自身を信じられていません」

「…………」

「なのに誰よりも、自分自身を信じたいと思っている」

「……はい」

「オッサン。……今の貴方は、私の事を信じてくれますか?」


 おっさんに数歩だけ歩み寄って、両頬に手を添えたエルティーナ。

 おっさんの俯いていた顔を持ち上げ、微笑みかける。


「そんなの……信じるに決まっているじゃないですか」

「よかった。であれば、私の言葉にも意味が生まれてきます」


 エルティーナはおっさんの耳元に口を近づけ、囁く。


「貴方を信じている、私を信じてください」

「――ッッ」


 ぶるりと震える、おっさんの体。

 当然今のおっさんの脳内では、煩悩の塊のようなやりとりが行われている。

 そんなおっさんから数歩離れて、再び微笑みかけたエルティーナ。

 おっさんは、ぼうっとした顔で、そんなエルティーナの笑顔を追った。


「オッサンの信じる私と、私の信じるオッサン。そして精霊神アルファ様の言霊に誓って」


 胸の前で手を組み、上目遣い気味におっさんを見たエルティーナ。


「今の貴方は、数え切れない程の人々を幸せにしています」

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