九章 『狂気の幕開け』
『オッサンと猟犬群』一
地下奴隷都市から帰ってきてから、約一週間の時間が経過しました。
ヨウさんへの支払いも終え、ササナキさんはポロロッカさんのパーティーに加入。
リュリュさんは難しい顔をしていましたが、一応は受けて入れくれました。
案外、相性は悪くないのかもしれません。
気になっていた戦争の件ですが、話は後日でもいいとのこと。
ナターリアが予想以上の〝
シルヴィアさんが居なくなるという事件もありましたが……無事解決しました。
意外な一面を見る結果になり、その性格が少しだけ軟化したような気がします。
「おいっ、今日はまだシてないだろ?」
「お、お金なら……」
「してくれないのか……?」
「うっ……」
窺うような視線を向けてきたシルヴィアさん。
最近は妙な技術を身につけてきて困ります。
本気じゃないのは理解しているのですが、そのサービス精神は――ちゅき。
「――ふんっ」
日課のハグは毎日欠かさずにされていました。
しかし、そのハグには今までのような雑さは無く、優しいハグです
ピッタリと体をくっ付けてくるので、それだけ冷気の冷たさの進行が速く……。
全身に広がる――圧倒的な冷気。
『死にましたー』
◆
更に数日が経過しました。
お金が少ないからなのか、サタンちゃんは現れません。
助けてくれたお礼ついでに色々と聞きたかったのですが……残念です。
法則を破って助けてくれたせいで、マズイ状況なのでは?
そう思っていたのですが妖精さん曰く、あのパターンは大丈夫との事。
やる事がなくなり暇を持て余した私は――ジェンベルさんの酒場へ向かいます。
場違い感の無くなったスラムの道をしばらく歩き、酒場の扉を開けました。
「……ったく、やっときたか」
「お待たせしてすみません」
「まぁ時間的な余裕はある。バァさんの牛歩でも間に合うくらいにはな」
「うーん、蹴られたら痛そうなお婆さんですね」
「ククッ。道草を食うなと指摘もできねぇな。まぁ座れ」
そう言ってカウンター席を勧めてきたジェンベルさん。
私は言われるがままカウンター席に着いて注文をします。
「ミルク。私のと妖精さんのをお願いします」
――響く、妖精さんの笑い声。
「クソッ……」
嫌そうな顔をしながらも大きなコップと小さなコップでミルクを出してくれました。
なんだかんだ言って、ジェンベルさんは優しい方です。
「で、戦争で部隊を率いる隊長でしたっけ?」
「ああ」
「分隊ですか? それとも小隊? まぁどちらでも荷が重いのには変わりませんが」
「全員が冒険者の中隊だ。約百五十人を率いてもらう」
「……は?」
百五十人?
稼ぎがいい冒険者だからと言っても、素人に任せる数ではありません。
上からの指示を部隊に繋げるだけの隊長だとしても、これはかなり厳しいです。
「無理とは言わせねぇぞ?」
「……ッ」
凄みのある表情で顔を近づけてきたジェンベルさん。
士気に無理を頼んで叶えてもらったのは、私の側です。
これでは無理だとは言えません。
「どうなるか分かりませんよ? 全滅させてしまうかもしれません」
「その時はその時だ。お前は部隊を手足のようにして使えばいい」
「……もしかして、そんなに全体の規模が大きいのですか?」
「魔王軍との戦争に参加する総数だが……少なくとも百万人は超えるだろうな」
「――!?」
この世界は発展のしかたが独特なので詳しい時代背景は不明です。
それでも百万越えは、相当な戦力なのではないでしょうか。
腕利きの冒険者と判断された者に百を超える人員が割かれるわけです。
「数だけで押し切れそうな数字ですね」
「いいや、それは違うな。こっちは数だけなんだよ」
「……?」
至極真面目な表情でそう言ったジェンベルさん。
私のコップに御代わりのミルクを注ぎながら、口を開きました。
「基本的に人族の側は質で圧倒的に負けてやがる。オッサンには精霊が居るだろ?」
「はい」
「防衛戦で精霊が蹴散らしてた低位のドレイクン。そいつに勝てる奴はすくねェ」
「割合で言うと?」
「タイマンだと九割八分以上が負けるな」
「マジですか」
「上位のドレイクンが相手になると雑魚が何万人束になっても蹴散らされるだろうぜ」
「となると、シルヴィアさんは……」
「ああ、テメェは最高戦力候補筆頭。もっとデカイ部隊が付いてもいいくらいだ」
「むしろ私は、そのデカイ部隊に参加する側の一人になりたいですね」
「契約があるから今回は無理だけどな?」
「ぐぅ……」
ドレイクンをタイマン以上で相手にしても勝てるシルヴィアさん。
そのレベルの戦力が貴重である事は理解しました。
しかし、どうして冒険者に隊を率いさせようとするのでしょうか。
普通の軍隊であれば考えられません。
「疑問顔だな」
「はい。なぜ命令中継をするだけのリーダーに冒険者を? 貴族は人員不足なのですか?」
「そりゃアレだ。命令中継じゃなくて別働隊だからだ」
「……へっ?」
カチリとハマる疑問のピース。
ですがそれは、あまりにも理解したくない状況です。
――別働隊。
「それってつまり……」
「完全に独立して動いてもらう」
「ひえー、って言ってもいいですか?」
「駄目だ。ちなみに補給線を断つだとかの少し変わった作戦がメインだろう」
完全に独立……そして補給線を断つ。
という事は――。
「目標の指示はリーダーにされるが、独立時は完全にお前の部隊だ」
「ひえー!」
「冒険者は基本的に実力主義。弱者の言うことを聞かねぇヤツが多い」
「私なら言うこと聞きますが?」
「集めた情報によると、オッサン本体は雑魚なんだろ?」
事実なので否定はできませんが――悲しいみ。
「それにだ。偉い連中を嫌ってる冒険者も少なくない」
「ああ、なるほど……」
「だから冒険者は冒険者に任せようってぇ判断だな」
「そのリーダーに指定した者が貴族に悪感情を持っていた場合は……」
「その為の志願制と高報酬だ。隊に編入される連中も普通よりかは高額報酬になる」
「志願制……?」
「ギルドの下請酒場が目ぼしい冒険者に声を掛けて勧誘。それが承諾されれば決定だ」
ジェンベルさんは「酒場には仲介料が入る」と言いながら、グラスを拭いています。
つまり私は、志願して中隊長クラスの役職に就いている事になっていると。
酒場に利益が入るという話で納得です。
でなければ、ジェンベルさんが声掛けなんてするわけがありません。
「目ぼしい戦力を別働隊にして本体は大丈夫なのですか?」
「本体だってクズばかりじゃない。……そうだな、ポロロッカくらいのヤツなら割といる」
「おお……!」
「もうひとつオマケに朗報だ」
そう言いながら、私の空いたグラスにミルクを注いだジェンベルさん。
ここのミルクは美味しいので、ついつい飲み過ぎてしまいます。
「最近この世界にやってきた異世界人が結構居てな。その一部が本体に入ってる」
「……まさか、ライゼリック組ですか?」
私の言葉に小さく驚いたような反応を見せたジェンベルさん。
逆に私は、ジェンベルさんがその情報を掴んでいる事に驚きました。
同じゲームから来たと言うプレイヤーから直接聞くしかない、その情報。
私はライゼリック組を複数見ていますが、今の発言はヤマ勘です。
しかし反応から見て、それは恐らく正解なのでしょう。
「まさかオッサンも、そうなのか?」
「異世界人なのは正解ですが、ライゼリック組とは違いますね」
「……だろうな」
――だろうな?
「ライゼリック組の異世界人は良い子ちゃんと甘ちゃん善人が大半だ。異常な程にな」
「まさか貴方は、私が良い子ちゃんじゃないと言いたいのですか?」
――響く、妖精さんの笑い声。
「逆に聞くがオッサンは、テメェが良い子ちゃんだと思っていたのか?」
「はい」
「よーし解った。そう即答するヤツは大抵がイカレポンチのサイコ野郎だ!」
酷い言われようです。
確かにライゼリック組には、なぜか根本的な善人が多いです。
ですが見てくださいよ、この曇りなき
「この目を見ても、まだサイコ野郎だと言えますか?」
私は瞳を見開いて上目遣いでジェンベルさんを見つめます。
ウインクウインク、パチパチリン。
バチコンバチコン、キラキラリン。
再度響く――妖精さんの笑い声。
「オッサンは俺を嫌悪感で殺す気なのか? 一度テメェの脳ミソを見てみてェぞ」
「ぎっしりですよ」
「ああ、間違いなくギッシリしてるだろうな。ただし脱脂綿でな!」
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